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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 五章 木下川の戦い
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第五十五話 リベンジ

 ――木下(きしも)城 一階。


 桃とカワベエが先行して二階へ向かったのを見送り、ハヌマンと狛は襲撃してきた妖怪塗壁(ぬりかべ)――ガンリョウと対峙していた。


 振り回される岩のような腕から繰り出される一撃を、狛とハヌマンはそれぞれ武器で弾き、躱していく。

 以前対峙したときも似たような攻撃をされたが、その時以上に避けづらい。


「どうした先ほどの威勢は!逃げてばかり、防いでばかりでは、君たちの大切な主人を追いかけられないぞ!」

「くっ……!」


 棍を回転させ、跳ばされた煉瓦や瓦礫を弾き飛ばしながらハヌマンは僅かに息を吐いた。

 決してうぬぼれではなく、ハヌマンも狛もあの時よりも強くなった。

 武器だって、以前急ごしらえで使っていたものと比べるべくもない。

 それでも妙な戦いづらさを感じるのは、何故かと、ハヌマンは相手を観察する。


(足下がごちゃごちゃしているせいか?いや……)


 ガンリョウの攻撃は依然と比べて鋭さと激しさが増している。

 狛もハヌマンも結構な数の攻撃を打ち込んでいるが、上手く刃筋や衝撃をいなされてしまいなかなか有効打にならない。

 加えて時折、何処からともなく壁を作りだして地形を変えられるために、思う様に動けない歯がゆさがあった。


 一方で頑丈な体を活かした攻撃はその速度と速さを増し、まともに受けてしまえばそれだけで戦闘の継続が不能になることも考えられた。

 どちらが功を得て桃に褒めてもらうか、などと考えている余裕などない。

 

 今は連携が必要だろう。

 

 そう考えたハヌマンがちらりと視線を向ければ、狛も同じ考えだったようで目が合う。


「狛!いけるか!」

「分かった!」


 合図は互いにその一言。

 一寸との訓練で、二人同時に連携して打ち合ったりもした。

 連携は最低限取れる。


「以前はしてやられたからな。今回は始めから本気で行かせてもらう」

「それはこっちも同じだっての!!」


 狛がガンリョウの視界から外れるように走り始める。

 ハヌマンもその補助のために駆け出し、棍棒を振るう。

 金属製の重い棍棒の一撃は、ガンリョウの頑強な体の上からでも確実に手傷を負わせられる。

 そういった意味では、刃筋をいなされては有効打にならない刀よりも相性のいい武器だ。


「ハァ!!」


 自らに返ってくる衝撃をものともせず、ハヌマンは更に棍棒を回転させ手連続で攻撃を仕掛けていく。


「なるほど、確かに以前よりも成長しているようだが……!甘い!」

「!!」


 ガンリョウは自らの腕にひびが入るのもお構いなしに、強引にハヌマンの棍棒を端を掴んでその動きを封じ込めた。

 一方で動きを止められたことで、ハヌマンの顔に僅かに焦りが浮かぶ。


「ははは!捕まえたぞ!」

「いや……捕まえたのは」

「何っ!?」


 今度焦りの表情を浮かべたのは、ガンリョウの方だった。

 掴んでいたハヌマンの棍棒が彼の手首の動作で三つに別れ、内側の紐がガンリョウの身体を締め付け拘束し始める。


「三節混……!しかもこの紐は……」

「そうだ、頑丈で有名なアラクネの糸で編んだもの。その頑強さと粘り強さはピカイチだ。その太さでも引きちぎるのは容易でないぞ。それともうひとつ」


 ハヌマンが薄く笑う。

 ガンリョウはその笑みを見て、思い出した。

 刀では動いている自分に有効な一撃は難しいと、ハヌマンを優先していたが故に対処していなかった者がいる。


「あたしのこと、忘れてたでしょう」


(――しまったっ)


「動きを止めたんなら、今のあたしにだってあんたを斬れるんだから」


 次の瞬間、ガンリョウの手足の関節に、無数の剣閃が走る。

 音も無く振り抜かれたかに見えたそれは、暗闇で無数の火花を散らして、鋭く空気を切り裂くような音を立てる。


「ぐ……おっ!?」


 そして直後、ガンリョウの身体が、突然力を失ったような浮遊感に襲われる。

 

 否、そうではない。

 

 狛が動きを止めたガンリョウの手足の関節を、的確に切り落としたのだ。

 手足を失い、体を支えられなくなったガンリョウが崩れ落ちただけだった。

 ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく己の身体に、またもしてやられてとガンリョウは己が憎らしくなる。


 (またしても……だが諦めるかぁ)

 

 ギリギリとガンリョウが歯を食いしばり、切り落とされた手足を粘土のようにしてゆっくりと再生を始める。

 大丈夫。再生に時間はかかるが、近くに切り落とされた手足があるならそれを使ってまた再生できる。


 しかし、すでに決着はついていた。

 

 ガンリョウが手足を切り落とされた時点で、否、拘束されて動揺させられた時点で、戦いは終わっていた。

 ガンリョウが再生可能な事は、此処に入った時の桃との会話で二人とも認識している。


「「しつこい」」


 三節混を解いたハヌマンが脳天に三節混の一撃を、狛が股間に蹴りを入れる。

 頑丈な体を持つガンリョウにとっても脳天の鉄棍の一撃は、なにより鍛えようのない股間への一撃は堪えたらしい。


「あ"っ……」

「桃様との会話聞いていたんだもん。再生もちゃんと警戒してるよ」

「……多分、もう聴こえてないな。泡を吹いてる……」

「ホントだ、蟹みたいに泡吹いてる……」


 身動きの取れないところへ見舞われた上下同時攻撃に、今度こそガンリョウは意識を手放した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――木下(きしも)城 二階。


「これは……」

「さっむ……たまんねえなこりゃ」


 カワベエと共に二階へと到達した俺は、一階とはまた違った奇妙な様相に声を漏らした。

 二階の辺り一面には霜柱が立っていて、天井からは所々大小の氷柱が下がっている。

 室内だというのに、この階だけが真冬以上の寒さになっていた。


「ここもタダじゃ通り抜けさせてはくれなさそうだ……」

「ったく、おれぁ寒いのが大の苦手なんだ。勘弁してくれよほんと。足が霜焼けになっちまう」


 身体を抱き込むように縮こませて、(しき)りに体を摩りながらカワベエが呟く。

 そもそも恰好からして寒そうだが、正直桃もこの状況は予想していなかったので少し堪えた。


 周囲は幸いなことに、一階と同じく壁に燭台の灯りがあってその灯りを頼りに出来る。

 階段を上がったところに伸びている廊下を中心に、ふたつの部屋が口を開けていた。


 一方は奥の方まで確認できるが、壁のようだ。

 もう一方は先に目をやった部屋よりも広いのか、奥の方は良く見えない。

 一応灯りがある分、視界全てが暗闇というわけではないが、その分奥で口を開けている闇は、見つめていると魔物の口に飛び込むような怖気があった。


 桃は警戒を緩めず、周囲の様子を観察しながら足を再び前に進める。

 この最上階へ進ませてくれれば寒いだけのエリアだが、こんな歓迎の仕方をしておいて何もないという事はあるまい。

 問題は何が来るか、だ。

 この二階だけとはいえ此処まで空間の環境を変えてしまう力を持つ相手となると、考えられる選択肢は必然的に限られてくる。


(鬼が出るか蛇が出るか……)


 桃はさらに腰の剣の柄に手をかけ、両側で口を開けている部屋の内、広く奥が見えづらい部屋の中へ慎重に足を運ぶ。

 暗がりの中、ほんの少しの灯りの揺らめきの変化も見逃さないように集中する。

 板間の廊下から開け放たれた襖を抜けて少し進んだところで、何かが風を切るような気配を感じ取った桃は、咄嗟に身をかがめてカワベエに叫んだ。


「カワベエ!伏せろ!!」

「ぬぉおぉおぅ!!」

 

 直後、頭上を鋭く硬い何かが強烈な冷気を(まと)って飛んでいく。


(氷柱……!?)


「何者だ!!」

「躱しましたか。流石、ガンリョウや鉄鼠(てっそ)を相手に生き残ったというだけはありますね」


 暗闇の中から、艶やかな声と共に燭台の灯りに揺れた影が近づいて来る。


(さっきの攻撃といい、この階の様子といい、ひょっとしたらとは思ってたけど……)


 現れたのは一人の美女。

 髪と目の色は、アクアマリンを彷彿とさせる澄んだアイスブルー。

 正にその姿のイメージに合う通りの白い振袖を、黒の帯で留めている。

 その振袖から除く肌もまた真雪のように白く、爪は血のように鮮やかな赤の塗料で爪化粧をしていた。


「お初にお目にかかります。(わたくし)人寿郎(じんじゅろう)様に与する妖怪の一人、皆からは雪女と呼ばれております。よろしくお願いいたしますわ。桃様」


 開いた扇子で口元を隠した穏やかな挨拶と裏腹に、桃の心臓に鋭く冷たい殺気が流れ込んでくるようだった。


「こちらこそ……、あんたみたいな美人から一方的に知られてるとは光栄だ」

「まあ、それは良かった。では桃様、私がここに居る理由もお察しですね?」

「逢引のお誘いなら嬉しいんだけど、まあ違うわな」

「ええ。勿論。貴方も、性に合わないであろう軽口をいう程度には動揺している様子ですが……(しばら)く、お付き合いしていただきますわ」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ぬぉおぉおぅ!!」


 桃の叫びに、少し遅れて部屋に踏み入ろうとしていたカワベエは咄嗟に頭を伏せる。

 直後、なにかが頭上を飛びぬけていった。

 恐る恐るそれを追って後ろを向くと、どうやらその正体は大きな氷柱だったらしい。

 燭台の灯りにぎらぎらと光る氷柱が、少し離れた向こう側の壁に深々と突き刺さっていた。


(やっべええええ、顔に風穴開くところだったぁぁあ)


 感謝はしたくないが、とりあえず桃に感謝しつつ桃の背中を見守る。

 すると程なくして見覚えのある女が出てきて、桃と会話を始めた。


 あれはそう、たしか雪女だったはずだ。

 人寿郎(じんじゅろう)の城で数回、一方的に見ただけだが、かなりの美人なので記憶に強く残っていた。


 桃はというと、普段はあまり口にしないような冗談めかした会話を交わして武器を構え始める。


(アホかぁ!何が逢引だ!姫さんとあの銀髪の嬢ちゃんに言いつけるぞボケ!)


 そんな事を突っ込んでいる場合ではないのだが、カワベエは思わず突っ込んでしまう。

 この寒さで体の動きも鈍っているのに、何余計な戦いをしようとしているのか。

 逃げようにも逃げられないのかもしれないが、此方としては勘弁願いたい。

 

 桃にも言った通り、河童一族は寒さが大の苦手なのだ。


(しかし、俺だけ最上階に行くのもなぁ……というか、一反木綿の野郎がいるかもと思って付いてきたがはずれだったか……?)


 本隊の方にいるのだろうか。

 桃が焚きつけた言葉を確かめるのもそうだが、カワベエとしても兄貴分の件に決着を付けたい。


 別段敵討ちとかではなく、ただ確かめたかった。

 兄貴分の後ろについて行くばかりだったカワベエにとって、それは自分なりの僅かな指針だったのだ。


 その為には、一反木綿に会わなければならないのだ。


(くそ、外れだったらとんだ無駄足じゃねえか……)


 カワベエは気付かない。廊下の天井から自分を見下ろす陰に。


(ああもう、結局今回も俺は何も確かめられずにあいつらとなかよしごっこか?)


 カワベエは気付かない。天井の陰からゆっくりと伸びてくる、柔らかな凶器に。

 桃達と共に行動することが当たり前になってきていた自分を思い出して、集中力を欠いていた故に。


(……どうする、もうおっぱじめちまう感じだし、加勢すべきか……)


 カワベエは気付かない。背後に迫った、殺意を持った真っ白な細い布切れに。

 目の前で始まろうとしていた桃と雪女との戦いに気を取られていたが故に。


(くそ、やればいいんだろやれば……!)


 そしてカワベエは飛び出す。しかしそれは叶わない。

 直後、背後に迫っていた柔らかで白い殺意は、カワベエの背を切り裂いた。

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