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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 五章 木下川の戦い
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第五十四話 塗壁再び

「見えた!城内への扉!」


 狛の言う通り、正面には城内への扉が見えてきた。

 しかしさすがに最低限の妨害はするつもりなのだろう、入り口の扉は閉じられてしまっている。


「さすがにここは閉じていったか……!」

「お任せを」


 そういって前に出たのは、ハヌマンだった。

 その手には蘇芳(すおう)の鍛冶師特製の武器が握られている。

 しかしその武器は、塗壁と戦った時に持っていた双つの節鞭ではなかった。

 形状からして棍だろうか。


硬鞭(こうべん)じゃないのか」

「ええ。色々試したのですが、農具って柄の長い道具も多いんですよ。だから長い方が何となく扱いやすくて」

「確かにあの時も最初は槍持ち込んでたもんな……」


 農具と棍棒術を一緒にしていいのかとも思ったが、本人が扱いやすいならばまあ問題ないだろう。

 何でも器用にこなす印象だったが、やはりハヌマンの中でも使いやすい武器とそうでないものがあるのだ。


「まあまだこの武器も調整中の部分がありますし、技術的にも使いこなすというにはほど遠いですが」

「一寸様に手も足も出なかったもんね、私達」

「あの人の特訓に最初からついて行けるだけでも、大したもんだと思うよ。俺や勇魚(いさな)も最初の内は痣まみれにされて、食事も受け付けないくらい疲れたし」


 無理にでも腹に詰めておかないと特訓の意味が無いと言われて、当時の桃達はなんとか腹に詰めたものが、特訓時期等の前提が違えど、それを思えば二人は凄い。

 桃にとっても頼れる配下だし、二人のお陰で周囲は更ににぎやかになった。

 この二人が仲間になってくれて、本当に良かったと心から思う。


「下がっていてください。この手の壁を破るのは、経験済みですから」

「ああ」


 ハヌマンの言葉に、狛やカワベエと共に数歩下がって距離を取る。

 それと対照的にハヌマンは、前へ一歩ずつ足を踏み出していく。

 そして扉を目の前にすると、思い切り棍を振りかぶって叩きつけるように振るった。


 一撃。ただそれだけの行動で、扉がひしゃげて中の様子が僅かに覗き込めるようになる。


「さすがに頑丈ですね」


 そう言ってもう一度、今度はひしゃげた扉を押し込むように棍を突き込み、止めと言わんばかりに前蹴りで城内へ続く扉を蹴破った。


「さすが」

「やるぅ」

「ふふふ、一寸殿に鍛えられた甲斐がありました」

「うわ、すっごい嬉しそう」


 狛の言う通り、ハヌマンの顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 なんというか、やっぱりハヌマンは顔に出やすい性格らしい。


 それを微笑ましく思いつつも、押し入った中の様子に思考は強制的に切り替えられた。

 桃の中に再び緊張が走る。

 

「……いくら何でも静かすぎる……おかしい……」

「というか、暗いね」


 浦島衆の報告の通り兵が少ない。

 

 空間を仕切る襖は開け放たれ、奥と両端は闇に溶け込んで見えない。

 辛うじて見える足元には泥で汚れた板間が広がっている。

 分かっていたが、そこまで広くは無い。

 矢車城よりも少し広い程度だろう。


 道中もそうだったが、人の気配があまりにもない。もぬけの殻と言っていい。

 人の息遣いそのものを感じられないから、(おと)殿の魔法で眠っている訳でもない。

 桃の周囲には狛とハヌマン、そしてカワベエと中まで一緒に随行してくれた兵達のみだ。


 もしや知らぬ間に本隊へ向けて挟撃の兵を出されたか、と一瞬嫌な考えが頭をよぎる。

 しかしその考えは、突然周囲の壁に灯った燭台の灯に遮られた。


「その疑問に答えよう」

「げ、この声は」


 普段は溌剌(はつらつ)とした様子の狛の口元が僅かに歪む。

 

 その声を耳にした総員が武器を取り、警戒態勢に入った瞬間だった。

 突然桃と配下、カワベエの背後が壁によって遮られ、兵達と遮断される。


「桃様!!うわあっ」


 兵の一人が叫んだ。いや、悲鳴に近いか。

 壁の向こうで兵達が戸惑う気配がして、それが次第に悲鳴へと変わっていく。


「何だ!?」

「落ち着けハヌマン。此れは多分……、俺達も一度会ってるやつだ」


 声を荒げたハヌマンを制し、状況を引き続き観察する。

 壁を使って桃達を孤立させたこのやり方といい、能力といい、桃達はこの力を知っている。


「ガンリョウ!どこだ!」

「さすがに勘がいいな。桃君。そして教えてやろう。兵達は始めから城にはいない。城の守りには我ら妖怪がいれば十分よ」


 言葉が朗々と響いて、桃達と兵を遮断していた壁が両者の間をさらに押し広げる様に移動していく。

 壁はやがて城の外へ繋がる出入口付近まで広がると、桃達を閉じ込める形でその動きを止めた。

 そして奥に現れたのは、見覚えのある特徴的な剃りこみの坊主頭。


「やっぱり生きていたか。親戚のおっさんみたいな距離感で呼ばれる覚えは無いんだが?」

「というか、いちいち暗い所に誘き寄せて燭台灯す演出好きなの?前もそうだったよね」


 あの時、天狗たちの襲来によって有耶無耶になってしまったが、ガンリョウはまだ息がある状態だった。

 生きている事は察しがついていたが、体を真っ二つにされておきながら、もう前線に出られるとは驚異的な回復力だ。

 桃と狛の突っ込みに対し、ガンリョウは口の端を吊り上げて仰々しく語り始めた。


「別にそういう訳ではないが、登場する演出は重要だろう?何事も第一印象が大切だ」

「俺からすりゃお前の第一印象は既に良くないんだがな」

「「同じく」」


 ハヌマンと狛が声を揃えて同意を示す。

 ガンリョウは相変わらずというか、どこか芝居がかった喋り方だ。

 

「それは結構なことだ。話の続きだが、妖怪というのは生命力が強いものもいてね、私もその一人だ。急所さえ守れれば土さえあれば再生できる。それと、兵達の多くは私の能力を上手く使って裏口を作り、移動してもらった。既に本隊へ合流済みだ」

「何故?奇襲にでも使えば良かったものを」

「人寿郎様は奇襲のような卑怯な手は好まん。そしてこの城を預かる将も、囲まれ、討たれることを分かったうえでそれを了承した」

「……簡単には信用できんな」

「無論、信じるも信じないも自由だ。さて、私がここに来た理由なら察しが付くだろう。君たちを足止めする為さ」

「そう言われて諦めるとでも?」

「いいや。思っていないとも。だからお互い力づくで行こうじゃないか」


(桃様)

(どうした)


 戦うしかない。そう判断した桃が腰に差した剣を取ろうとしたその時、こっそりとハヌマンが小声で呟く。

 剣の柄に手を伸ばしたまま、視線だけをハヌマンに向けて、桃は小声で返した。


(奥の階段へ続く道、空いています。兵達がいないのであれば、カワベエと共に先へ進んでください)

(任せてもいいのか)

(大丈夫だよ、桃様。あたしたちも一寸様に結構鍛えられたから強くなってるもん)

(カワベエの目的が一反木綿という妖怪なのであれば、ここにカワベエが残る理由も無いでしょう。まだ完全に信用したわけではありませんが、戦力にはなるはずです)

(分かった。二人とも、頼んだ)


 ガンリョウが瓦礫や煉瓦を弾丸のように飛ばすのを合図に、其々が走り出す。


「カワベエ!走れ!」

「え!?何なになになに!?俺なんも聴けてねえんだけど!!ていうか手ぇ繋ぐな気色悪い!」

「俺だって好きでつないでるわけじゃないわい!」


 戸惑うカワベエの手を無理やり引っ張って、桃は地面を蹴った。

 すぐに文句を垂れてそれを振りほどいて走り始めたカワベエに反論しながら、奥の階段を目指した。


 飛び交う石の雨霰を躱し、時に撃ち落としながら、ガンリョウをすり抜ける。


「むっ!?」


 ガンリョウが手を伸ばして桃達を捕まえようとしたが、遅い。

 その手は桃へと届く前に、桃の信頼する配下二人に、がっちりと止められた。


「お前の相手は……」

「あたし達でしょ……!!」

「……成程、いいだろう」


 桃が後ろをちらりと見れば、狛とハヌマンは、ガンリョウの攻撃を受け止めて弾き飛ばし、構えた武器をガンリョウに向けたまま宣戦布告している。

 それは主の邪魔をさせないという宣言でもあり、ガンリョウに対する敵意を自分たちに向ける為でもあるのだろう。

 桃は一瞬後ろ髪を引かれるような気持ちになったが、あの二人の信頼を裏切ることは出来なかった。


「行くぞ桃、あいつ等なら大丈夫だろ」

「わかってる」


(あの二人が大丈夫と言ったんだ。俺が信じなくてどうするよ)


 二人の戦闘の音が背中に突き刺さる。

 その音に押されながら、桃とカワベエは上の階へ走った。


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