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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 五章 木下川の戦い
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第五十二話 仕掛ける

「とりあえず、中は外ほど厳重ってわけじゃなさそうだな……」


 飛びついた屋根を小道具で外して屋根裏へと侵入した(かい)とエイジは、眼下の様子を観察しながらそう結論付けた。

 外には哨戒(しょうかい)していた兵士たちがいたが、中は牢番をしている兵のみだ。

 ウタコによれば、三つ連なる櫓の内、最も背の高い真ん中の棟のみが牢としての機能を持っているらしい。

 その言葉の通り、真ん中に侵入したらいきなり当たりを引くことが出来た。


「牢は複数あるけど、牢番は端っこのあいつだけみたいですね」

「一番大きな牢の前にいるあいつか。しかしデカいな」

(かい)様、どうしましょう」

「ああ。ありゃあなかなか、厄介そうだ」


 エイジの言葉に頷きながら、どうしたものかと(かい)も思考の糸を手繰り始める。

 眼下には顔の中心にひとつ目の大男が牢番として一人、大斧をもって彫像のように佇んでいた。その額には角も生えている。

 常であればあの男を行動不能にして牢の中にいる目的の人物を救い出すのだが、どうもあの見た目は妖怪のようだ。


「こっちにもそれなりの奴が詰めてたかぁ。しかもご丁寧に鎖帷子まで着込んじゃってまぁ」

「あの巨体に鎖帷子とは……俺らの武器じゃ一撃で致命まで持っていくのは少し厄介ですね」


 エイジの言う通り、厄介なのはその点だった。

 さすがにあの巨体を吊り上げることは出来ないし、(かんざし)で急所を突くのも鎖帷子が邪魔だ。

 着込んでいない場所に毒を通すか、そのまま締め上げるしかないが、どちらにしても動きを止める必要がある。


「こういう時はフカマルの怪力か、乙の防御無視の音波攻撃で中身を直接ってのが定石だが……。まあ、連携すりゃやり様はあるさ」

「と、いうと?」

「耳貸せ」


 気配と声を殺したまま、二人は互いの見解を述べる。

 そうして一頻(ひとしき)り唸った後で、(かい)はエイジの耳元へ顔を近づけて耳打ちを始めた。

 (かい)から何事か呟かれるたびに、エイジの表情も「成程」と取っ掛かりを見つけた様な顔に変わった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それからすぐに、(かい)とエイジは行動を開始した。

 屋根裏から音も無く飛び降りた(かい)は、牢番から死角となる位置にいったん隠れてエイジの行動を待った。

 ちらりと上を見れば、暗闇の中にエイジの脚がちらりと映る。

 目の利く(かい)でもこれだから、見つかる様な事はないだろう。


 彼と打ち合わせた通りに行動できるよう、相棒の釣り竿の糸と針とを確認しながら、(かい)はエイジの行動を待つ。


 そして、その合図は闇の中から音も無くひらりと舞い降りてきた。

 エイジの羽織っていた着物だった。


「うわっっぷなんだいきなり!!見えねえ!!」


 突然真上から頭に降りてきた着物に視界を塞がれ、ひとつ目の巨漢は声を上げて腕を振り回した。

 勿論、こんなものは直ぐに気づかれる。だが、当然これで終わりではない。


「……っ!腕が、なんだ何が起きてる!」


 布で牢番の視界を塞いだのを合図に、(かい)は即座に飛び出し釣り竿を振るった。

 まるで意思をもった生き物のように、寸分の狂いも無く釣り針が牢番の腕に食い込む。


 そのまま(かい)はひとつ目の牢番の周囲を動き回りながら、釣り糸をその手足に引っ掛けていく。

 

 時に梁の上に上り、柱から回り込み、背後に回ってを繰り返し、(かい)が動きを止めた頃には牢番は手足をでたらめに締め付けられていた。

 まるで蜘蛛の巣に捕まった虫の様に、或いは糸が絡まってしまった操り人形のようになっている。

 糸から逃れようと身体を捩ったのか、関節も極まってギリギリと締め上げられている。

 頑丈なアラクネの糸を加工した釣り糸は、力づくで破ることも難しいはずだ。


「て、てめぇら、何モンだ……」


 一連の流れの中で頭の布の取れた牢番が、縛られた状態のまま歯を食いしばって問い掛けた。

 常人であれば即刻腰を抜かしてしまいそうな程に、怒気を孕んだ目だ。

 (かい)はその視線をさして気にした様子も無く、軽い調子で答えて見せる。


「なぁに、ただのコソ泥だよ、気にするな。それに知ったところでこれから死ぬんだ。意味がないだろ?」

「っチィ……、言わせておけば、誰ッ……カァ」

「言わせねえよ。動きが止まってりゃこっちのもんだ」


 牢番が叫ぶ前に、喉に(かんざし)を突き立てたのはエイジだった。

 鎖帷子の隙間から、いつも通り首筋の筋肉を分け入るように簪を打ち込むと、気管に到達したところで牢番の叫び声は枯れ果てる。

 しかし毒を打ち込んでも、巨漢は尚も(かい)を睨みつけている。

 大した胆力だと、(かい)は感心した。


「悪いが、生かしておくと厄介そうなんで命は貰ってくよ。俺の武器は釣り竿だけじゃあないんだ」


 (かい)が懐から取り出したのは、匕首。

 普段使っている釣り針やエイジの針と同じように、たっぷりと毒を塗ってある物だ。

 身体が大きい分、確実に殺すためにはこの男に相応の量の毒を打ち込む必要がある。


「……くそったれ……」


 憎らし気に呟いたひとつ目の牢番の言葉は、誰に向けたものか。

 不甲斐ないと自分に向けたものかもしれないし、あるいは(かい)やエイジに向けたものかもしれない。


 そのどちらであっても構わなかった。

 末期(まつご)の恨み言など、これまでの任務の中でいくらでも耳にしてきたからだ。


「よく言われるよ」


 決して皮肉ではない。ただ事実を淡々と述べて、(かい)とエイジはそれぞれの暗器を再び牢番へと突き立てる。

 それから程なくして、牢番は大きなひとつ目をぐるりと剥いて、血を吐き出した。

 がくりと力なく項垂れた巨体が、糸で縛られた手足を通して支えられたことでぎしりと音を立てた。


「ふぅ」

「久しぶりに面倒な奴でしたね」

「……おめぇら、いったい何モンだ」

「「ッ!!」」


 直後、暗闇から聞こえた声に(かい)とエイジが戦闘態勢に入る。

 先ほど聞いたような台詞を突然にかけられ、これまで無かった気配を突然に感じて、一息ついた(かい)たちの身体に一気に冷や汗が湧いて出た。

 敵意はない。殺意も。それでも警戒は怠れない。


「ここだ。牢の中だ」

「「……?」」


 そんな二人の心境を知ってか知らずか、暗闇の中の声は自分から再び話しかけてきた。

 面食らって顔を見合わせた(かい)とエイジは、牢の端においてあった行燈を持って牢を照らす。

 牢の中を行燈の灯りが照らし、中にいた影を映し出したところで、(かい)とエイジは「「あ」」と揃えて声を上げた。


「あんた方、人寿郎の手の者か?それとも」


 牢番と同じようにひとつだけのぎょろりとした目、傘のように一本だけの脚と、毛深く力強い筋肉に包まれた身体。

 声の主は、救出の対象でもあった一本鑪(いっぽんだたら)その人であった。


「俺達は人寿郎(じんじゅろう)の手の者じゃない。吉祥(きっしょう)様と、その同盟者である蘇芳(すおう)梔子(くちなし)の軍勢だ。そういうあんたは、梔子(くちなし)に兄弟弟子のいるっていう一本鑪(いっぽんだたら)か」

「ああ、そいつはわしの事だぁ。一本鑪(いっぽんだたら)のクロガネってんだ。あんたら、吉祥(きっしょう)様の軍の者なら丁度いい。わしを助けるついでにもう一人、助けてやっちゃあくれねえか」

「もう一人?」


 件の一本鑪(いっぽんだたら)は、クロガネという名前らしい。

 始めは警戒した様子を見せていたクロガネだったが、素性を明かすなり自ら片足で器用に飛んで近づいて来る。

 そしてこれまた器用な事に、彼は(かい)とエイジに向かって片足で土下座の体制を取ると、もう一押しと言わんばかりに頼み込み始めた。


「わしの職人仲間の妖怪がもう一人掴まってんだ。作る物は違えど同じ職人同士、見捨てることは出来ねえ。腕も確かだから、あんたらの手助けになるはずだ」

「いったいどこにいるんだそいつは」

「この下の階にいる。今なら牢番も大したのはいない。一番強い奴ぁ、あんた等がさっきやっつけちまったからな」

「どうします?(かい)様」


 エイジが静かに耳打ちしてくる。

 クロガネの言う通り、腕が確かな職人であればなんらかの役に立つ可能性は高い。加えてそいつは妖怪だという。

 クロガネにしろその妖怪にしろ、戦闘技術があるかどうかは別として、妖怪である以上は何らかの特殊な力を持っているだろう。

 それをわかっていて放置しておくのも危険だ。


「分かった。そいつも連れて行こう」

「恩に着る」

「そいつの特徴と名前は?」

「ああ、蜘蛛の妖怪だ。絡新婦(じょろうぐも)……名はアサギヌという」


礼を述べて顔を上げた一本鑪(いっぽんだたら)の口から告げられた名は、(かい)も耳にしたことのある瑠璃(るり)の仕立て職人の名であった。

いよいよ本格的に潜入、ということで今回は桃はお休みです。

ちなみに牢番は一つ目鬼。この作品の世界の西側じゃサイクロプスとも。

鍛冶師の妖怪ということで、設定段階で一本鑪を使う事はけっこう早い段階で決めていました。

なんでも鍛冶神の零落した姿であるという説もあるんだとか。


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