第五十一話 浦島衆、潜入
時刻は夜中、日付が変わろうかという頃。
海は桃達一行よりも一足先に、浦島衆の面々を引き連れて木下城へと来ていた。
桃達は近くに陣を張り、夜明けとともに城を包囲する予定だ。
「海様、乙様、此方です」
「悪いな。助かる」
海達を城の中に引き入れたのは、人寿郎軍の兵士の一人だっただった。
他の門番の目を盗み、正門とは別の位置に地下からの侵入経路を作っていたのだ。
「二の丸はこの梯子を上がった先です」
「分かった。ウタコ、お前は退路の確保を頼む」
「御意」
名を呼ばれて、兵士の姿がうねうねと変わっていく。
暗い地下でその様子は影となってよく見えないものの、変化はほどなくして収まって、先ほどの兵士よりも一回り小柄な影が現れる。
「相変わらずすげえな、その変化は」
「ああ、顔はともかく体格や声まで変えられるってのはな」
「エイジ殿、フカマル殿も、褒めても何も出やしませんよ。それよりも早う海様について行った方がよろしいのでは?」
「わかってるよ」
「しくじらないで下さいね」
「ほいほい」
城の内部は、戦に備えているにも関わらず静かであった。
二の丸に続く梯子を昇った海は、そのまま道なりに進むと三棟の連結した櫓が見える。
その中に、救出の対象である一本鑪はいるという。
櫓には扉の前に見張りが2名。付近には歩哨も数名見える。
(さすがに厳重だな……けど、なんか兵が少なくないか?)
楽に近づかせてはくれないらしい、と周囲を観察する。
今回は暗殺ではなく、救出が主な目的だ。
浦島衆だけであれば見張りの目を盗んでの退却もできるだろうが、救出対象を連れての退却でそれは難しいだろう。
(兵が少ないのは気になるが、調べるにしても救出後として……。御命頂戴しますかね)
目配せと手で合図し、指示を伝える。それをみて動いたのはエイジと乙だ。
乙が魔法で空気の流れと振動を操り、音を鳴らす。
大きさや範囲の調節が可能な彼女の使う音の響きは、確実に周囲の歩哨と見張りの目をなにも関係のない一点に集中させた。
「なんだ?何か聞こえたよな?」
「ああ、聞こえた。まあ歩哨が様子を見に行く……うがぁ!?」
「な……なん……!?」
在りもしないものを警戒し視線を逸らした見張り達の背後に、音も無くエイジが降り立つ。
直後、エイジが二人の首筋に錐の様に長い針を突き立てると、それまで普通に会話していた見張りの声は無慈悲に断たれた。
倒れた見張り達をよそに、歩哨たちは乙によって偽装された音の原因を探っている。
だが当然、探ってもなにもない。
揃いも揃って奇妙な勘違いをしたものだと結論付けて踵を返そうとしたとき、目の前に現れたのは巨漢の影だった。
フカマルである。
「な、いつの間に……!?」
武器を構えようとしたがもう遅い。フカマルによって槍は素手で捕まれてへし折られ、そのまま槍と同じように歩哨の首がへし折れらる。
続けてフカマルは近くのもう一人の首根っこを掴み上げると、そのまま地面に叩きつける。
「あんた、随分身体が凝ってるね」
そう言葉をかけたのは、ただの皮肉か、あるいは本当に叩きつけた歩哨の身体が凝っていたのか。
それは本人にももうわからない。叩きつけられた時点で、歩哨は気絶していた。
歩哨の身体は叩きつけられたまま地面に押し付けられ、そのまま鎧ごと半分に逆向きに鯖折りされた。
「……悪いね。お代は要らないよ」
少しだけ同情の眼差しを向けて、フカマルは殺した二人の身体を軽々と持ち上げる。
死体をそのままにはして置けば見つかった時、面倒になる。
それを防ぐために目立たない近くの蔵の中に放り込むのだ。
「う、うわぁ……!」
フカマルの手を逃れた歩哨が、急ぎ敵襲を知らせに走る。
しかしそれは敵わず、まるで足を引っ張られたかのように前のめりに倒れ込んだ。
「ヒィ……」
足元を見れば、足首を切断されていた。
痛みなど感じる間もなく、綺麗な切り口で自らの右足だけが先ほどまでいた場所に取り残されていた。
「恨みは無いが、逃がすわけにはいかないんだよ。悪いな」
足首を切断したのは、木の上から海の放った釣り糸だった。
まるでピアノ線の様に目立たないその糸は、未だに状況を理解しきれていない歩哨の首に巻き付くとそのまま締め上げる。
手元の力加減ひとつで切断するのも締め上げるのも自由なその釣り糸が、これまた海の絶妙な手元の操作で手繰られていく。
そうして歩哨の喉元に到達したのは、大きな釣り針だった。
(……っ!!)
喉に針がかかった所で、ようやく状況を理解した歩哨の顔から血の気が引いていく。
命乞いか、あるいは死を悟ったが故の精神状態故か、締め上げた喉がしきりに動く。
喉元に触れた針先が、僅かに弾力のある血管に押し返された。
此処を切り裂いてもいいが、今は違う。狙うのは気道だ。
喉にあたる針の感覚を頼りに、目的の場所まで到達すると海は無言のまま、無表情に指先で糸を手繰る。
「――!!」
気道に釣り針を突き刺して、軌道から肺へ毒を送り込む。
声も上げられないまま、歩哨の顔から血の気が失せていく。
そのまま海が木から飛び降りると、エレベーターのように歩哨の身体が持ち上がった。
「……死んだか」
歩哨の身体からは力がだらりと抜けて、紫色に鬱血した顔と充血した目が此方を睨んでいるようにも見えた。
だらりと口から零れた舌と光の無い眼は、既にその命が消えたことを示している。
「よし、じゃあ俺とエイジで中に入る。フカマルは見張りを。乙は血痕の誤魔化しをして後から来てくれ」
「俺っすか!?」
「室内での行動はお前とが一番やりやすいんだよ」
「へいへい」
「エイジ、海様を頼んだぞ」
「兄上をお願いいたします」
口を尖らせて了承したエイジに、フカマルと乙が口々に言う。
「お前ら、俺の事ちょっと心配し過ぎじゃない?もうちっと信用してもらえないと俺ぁ凹むぜ」
心配してくれるのはありがたいが、もう少し信じてくれてもいいのではないか。
そんな思いを抱きながら、海はエイジと共に、櫓から中へ潜入を開始した。




