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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 四章 梔子の地にて
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第四十八話 束の間の休息

 緊張の連続だった先ほどの時間から一転、街に繰り出してみれば最初に受けた印象のまま、賑やかな喧騒が出迎えてくれる。


 行き交う人々や軒先で甘味を味わう女性たちの、雑談や世間話による賑やかさだ。

 子供たちの遊ぶ声や、客を呼び込む店の主の景気のいい掛け声で賑やかな蘇芳(すおう)とは少しだけ雰囲気の違うものだ。


 そんな空気間の違いにほんの少しの戸惑いと期待感を抱きながら、桃は部下二人とカワベエ、凰姫(こうひめ)(おと)を伴って茶菓子屋に来ていた。


 すれ違う人たちは聞いていた通り、遠方から来ている人も多いのだろう。

 いくらか大きめの荷物を背負って、梔子(くちなし)の土産物や名産を扱う店先に集まっているように見えた。


「ホントに凄い賑わいだねぇ」

「ええ、本当に。地理的な要因もあるけど、ずっとこの賑わいを保てているのは多聞(たもん)の政策もあってのことなのでしょうね」


 狛が外を眺められるように設けられた席から道行く人を眺めて漏らした声に、凰姫(こうひめ)が応じる。

 それぞれの手の中には繊細な細工で彩られた練り切りがあって、花や果実を模したそれらに舌鼓を打っていた。


 桃達は多聞(たもん)の話を聴いた後で、凰姫(こうひめ)お勧めの菓子屋へと訪れていた。

 結構な老舗と聞いていたその店は、所々に歴史を感じさせながら綺麗に保たれていた。

 よく手入れが行き届いていて、店主の真面目な人柄を感じられる。


 彼女の言う通り、この賑わいを長い時間保てるのは多聞(たもん)の力あっての事だろう。


 多聞(たもん)は数年に一度、こういった老舗に対して設備や商品開発の足しにと補助金をだしているという。

 この店もそのひとつであり、その補助によって店を盛り立てることで商業都市として街の経済をさらに回しているのだ。


 こういった政策は当然元手が必要だし、思いついても軌道に乗せるのは難しいはず。

 戦を生業とする武人の家系でありながら公家風の化粧を好んだりと少しばかり変わったところはあるが、それをやってのけてある程度の成果を出せるあたり、やはり名君の一人なのだ。


「道行く人たちの顔も明るいし、着物もすこし洒落た感じですね」

「だなぁ。流石は首都と直接街道が繋がる街だ。それを上手く発展させられるのは多聞(たもん)様の手腕だろうけど」


 ハヌマンの言葉に応えながら桃は手に持った栗饅頭を(かじ)る。

 

 滑らかに()された栗餡の中には、ゴロリと大粒の栗が入っている、栗尽くしの饅頭である。

 素朴なようでいてしっかりとした甘みと舌に絡みつく餡が、外の少しだけ塩気のある饅頭の皮によって引き立てられる。

 濃い目のほうじ茶でその甘味を洗い流せば、もう一口、と手が伸びてしまう。


 もともと甘いものが好きだというのもあるが、それを加味しなくてもとても美味しい。

 甘いものを食べることはめったになかったというハヌマンも、目を丸くして無言で(かじ)りついていた。

 

 六人掛けの席の向かいにはハヌマンと(おと)、カワベエが座っていて、桃を挟み込む形で狛と凰姫(こうひめ)が座っている。

 男女同数なのだし、其々向かい合う形で座ればいいのではと提案したが「桃殿、此処は姫様の為にも姫様の隣へ」と却下されてしまった。


「桃様、栗饅頭美味しい?」

「ああ、美味しいよ」

「ふぅん。そっか、美味しいんだ」


 練り切りを切り分けながら、狛が意味深な様子で栗饅頭の味を聞いて来る。

 そわそわとした彼女の様子に、何が言いたいのか何となくあたりを付けながら、桃はもう一口、栗饅頭を口に運んだ。


「ねえ桃様」

「ん?」

「栗饅頭美味しい?」

「ああ。……栗饅頭、気になるのか」

「え?あー。えへへ……はい。」


 桃の言葉に気まずそうに頬を書きながら、狛は目を逸らす。

 素直に言えば分けるくらいはするのにと、俺はそんな狛の様子にほんの少し呆れながら手助けをした。


「ひとつやろうか」

「食べ過ぎになっちゃうよ。」

「じゃあ練り切りと交換で。俺も気になってたしな」

「じゃあ、お言葉に甘えて……半分こしよ」


 珍しく恥ずかしそうにしながら、狛は桃の提案を受け入れる。

 普段の距離感は近い癖にこういう時だけ遠慮したり、女心は分からない。

 ぼんやりとそんな風に考えていたら、今度は逆側からくいくいと控えめに袖を引かれた。


 袖を引いた人間は分かり切っている。凰姫(こうひめ)だ。


「どうされたんです?」

「私も、お饅頭食べたいなぁなんて」

「姫様もですか……」


 ――姫様は何度か栗饅頭食べているのでは?と聴きたかったが、やめておいた。

 桃に向かって無言で(おと)が首を振っているのが見えたからだ。

 目線で栗饅頭を示したらこくこくと(おと)は静かに首を縦に振ったので、「分けてあげて」という事だろう。


「じゃあ、どうぞ」


 そうして桃は、饅頭を差し出す。

 すると凰姫(こうひめ)は、笑顔のまま一瞬固まったように見えた。

 視界の端で、(おと)がなにやら首を振っているのが見える。

 ちらりと横目で見てみれば、カワベエなどはあきれ果てた顔をしている。

 ――おまえ、そりゃ無ぇわ。と言っているような顔だった。


 ……なにか、間違えたか。


「私の練り切りとも半分こ!しましょう!」

「は、はい」


 ずい、と身体を乗り出す勢いで声を上げた凰姫(こうひめ)に、桃は思わず身体をのけぞらせる。

 

 栗饅頭が欲しいのなら半分こよりもまるっと一個の方がいいだろうに。

 いや、それが女心という奴なのか。


 元々女性経験は少ないかったとはいえこれでも人生二週目なのに。

 それでも分からないことはあるものなのだと、改めて実感させられながら、桃は半分に割った最後の栗饅頭を(かじ)るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おぉ……」

「こりゃあすげえ」


 目の前に広がる光景を見て、桃とカワベエが思わず感嘆の声を漏らす。

 それは周りにいる皆も同様で、数時間前に甘味を楽しんだばかりだというのに、目の前に広がる光景を目にして食欲が強く刺激された。


 多聞(たもん)の屋敷に戻った俺達を待っていたのは、これまた創意工夫を凝らした料理の数々であった。

 蘇芳(すおう)は海の幸に恵まれていることもあって海鮮の割合が多いが、この梔子(くちなし)領はそういった偏り無く様々な物が並んでいる。


 大陸中の文化へ造詣(ぞうけい)の深い多聞(たもん)は、食文化も当然に詳しいらしい。

 梔子(くちなし)の名産は勿論の事、かつての世界でいう所の洋食や中華に近い、カムナビではあまりお目にかかれない料理もあった。

 これらの中にもきっと、次元穴(じげんけつ)でやってきた別の世界の人間から伝わったものがあったりするのだろう。


「ほほほ。たんと食べるが良い。麻呂が各地より調理法と材料を集めて調理させた品々じゃ。普段は外交の場で出すような料理じゃが可愛い姪御も居るでの。違う土地の食文化を知るのも勉強になるじゃろうて」


 料理にはその土地の文化だけでなく、経済や交易など様々な物が反映される。

 外交の手段としても、領の国力を見せつけるうえでも、料理というのは非常に重要になってくる。

 そういった意味でも、各地の食文化を取り揃えられる多聞(たもん)の力というものを強く感じられた。


「では、お言葉に甘えて」

「ええ、伯父様、いただきます」


 凰姫(こうひめ)の一言で、それぞれが思い思いに料理を口に運び始める。

 凰姫(こうひめ)は狛や(おと)と談笑しながら、ハヌマンは時折桃に飲み物を薦めつつ食事を楽しんでいる。

 カワベエはというと並んだ料理を見るだけ見た後で、我に返ったように「これ以上なかよしごっこに付き合ってられるか」と何処かへ行ってしまった。


「さっきまで一緒に街を散策してたくせに、勝手な奴ですね」

「存外あれでも遠慮しているのかもしれません。一応数名に見張らせていますが、ふらりと町の食事処で夕食を取っているようですね」


 ハヌマンの言葉に、(おと)がカワベエの心の内を補足するように答える。

 付き合いは短いが、あれで結構色々と気にする男だ。

 恐らくは(おと)の言う通り、遠慮したのだろう。

 

「まあ、嫌なら仕方ないさ。多聞様、申し訳ございません、折角ご用意いただいたのに」

「よいよい。訊けばあのものは元々敵の手の者であったとか。思う所もあるのじゃろう。余った膳はそちらで分けて食べると良い。この際作法などあまり気にするな」

「ありがとう伯父様。いただきます。桃、いただきましょう。カワベエにも色々あるのよ。私も正直、まだ彼は信用しきれない」


 凰姫(こうひめ)が控えめに呟く。

 やはり攫われたこともあって、カワベエを簡単に受け入れることは出来ないのだろう。

 むしろそれを本人の前で顔に出さないだけでも大したものだと思う。


「それでいいと思いますよ。むしろ姫様に断りなくこちらへ引き入れた俺が謝るべきなんですから」

「それは……蘇芳(すおう)の、お父様の為だったから……」


 整った顔を少しだけむくれさせて答えた凰姫(こうひめ)の言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。

 急ぎの事態かつ恵比寿(えびす)の赦しがあったとはいえ、カワベエのしたことを思えばその気持ちは当然。

 むしろ桃がフォローしなければならないのだが、情けないことに上手な言葉が見つからない。


 戦いばかりのこんな世界だ。

 昨日の敵が味方になる事もあれば、その逆だってある。

 凰姫(こうひめ)も立場に絶対はないと頭では分かっているのだろうが、実際に戦いに出てそれを実感している桃や勇魚(いさな)とは、また割り切り方が違うのだ。


「ほほほ、まあまあ、暗い話は後にせよ。任務とはいえ折角の遠出なのじゃ」

多聞(たもん)様」

(こう)よ、そちも長旅で疲れていよう。近くに天然の湯が沸いておっての、湯治も良いだろうと整備したのじゃ。湯浴みを楽しんでくると良い」

「温泉ですか。それはいい。姫様、狛殿、参りましょうか」


 多聞(たもん)の助け舟に(おと)が乗る形で、凰姫(こうひめ)の背中を押す。

 相変わらず遠慮した様子を見せながらも温泉は魅力的だったのか、ほんの少し明るい顔つきになった凰姫(こうひめ)は狛に手を引かれて広間を出ていく。

 その後姿は、まるで仲の良い姉妹のようでもあった。


「ありがとうございました。多聞(たもん)様」

「よいよい。(こう)も聴き訳は良いが、あれでまだ子供じゃからの。ああなってしまう事もある」

「ええ。正直、無理をしているようで少し心配になります」

「確かにの。あれはしっかりした娘じゃが、それは同時に危うさでもある。まあ、(こう)は其方の事を信頼しておる。これからも気にかけてやってくれ。さすれば麻呂も義弟(おとうと)も安心じゃ」

「心得ております」

「それを聴けて、麻呂も満足じゃ。そら、まだ明日もある。其方らも湯を浴びてくると良い。いつ彼奴等が動くか分からぬ以上は息抜きできるときに息を抜き、休めるときに少しでも休んでおくことじゃ」


 多聞(たもん)は自慢の湯を桃達にも堪能させようと、重ねて湯を薦めた。

 その言葉に、桃も甘えさせてもらう事にしようと立ち上がる。ハヌマンも桃が休まねば羽根を伸ばすことなどできないだろう。


「はい。お言葉に甘えさせていただきます」

「ほほ、素直なのは桃殿の美徳じゃの」


 見送られて外に出れば、まだ残暑の空気を含んだぬるい風が頬を撫でる。

 これならば湯冷めの心配もないだろうと、桃は久しぶりの温泉にほんの少し心を躍らせながら、多聞(たもん)から教わった場所へ向かうのであった。

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