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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 三章 矢車城の戦い
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第三十三話 高枕安眠を誘う


「ほんで?おみゃあらは特に何の成果も無くまーた戻ってきた、と」

「はい、歓吉様。申し訳ございません」


 矢車城の入り口を狙う位置に張られた軍勢の陣に、特徴的な声色の特徴的な口調の男の声が響く。

 オウムの様な、猿のような声だった。

 陣立ての中にはその声の主である鎧姿の男が一人、濡れ鼠となった兵達を前にしてなにやら考え込んでいる。


「なるほどにゃぁ。まあ、襲撃の失敗はしゃあないわ。相手が相手じゃ。それよか、本当にあの鬼は引っ込むと言ったんか?」

「ええ。『いい加減飽きてきたから降りる』と……」

「どうもきな臭いが、その言葉の通りなら相手の士気は相当下がるのう……、気になるのは初めて遭遇したっちゅう奴じゃの。確かに桃と呼ばれておったんか?」

「はい。恐らく追加されていた熱湯などの嫌がらせは奴からかと……」

「あ~っ!厄介じゃのう。こんな状況で入ってくる奴なんぞ絶対(ろく)な奴じゃにゃあ!直ぐに鉄鼠(てっそ)様に知らせにゃぁ!」


 将の名は歓吉(かんきち)と言った。

 

 黒目がちのメガネザルのような顔が特徴のこの男は、瑠璃(るり)領主の弟である人寿郎(じんじゅろう)によって一般の兵から取り立てられた。

 その証として褒美に漢字を与えられた出世頭である。

 そのことを面白く思っていないものも多いものが、よく気が回るために人寿郎(じんじゅろう)からは気に入られていた。


 今回も人寿郎(じんじゅろう)の命によって、矢車城の攻略を任された鉄鼠(てっそ)の手伝いにと参陣している。

 ところがこの状況である。

 

 勝ち戦と思っていた戦いは状況と総大将の戦の方針とが悪い方向に重なって、状況が膠着(こうちゃく)してしまった。


(この状況、相当に厄介じゃあ……!嫌な予感がするがや……)


 兵士たちがもたらした情報は城の警備が緩くなって、士気も下がっているであろうと判断できるものだった。

 本来であればここで攻勢を強めるべきだろう。


 しかし、今回の戦の総大将である鉄鼠(てっそ)はそれを良しとしていない。

 領主は討ち取り、それ以外は可能な限り生け捕りにせよとの命令だった。

 

 人材不足故にあちら側の兵を取りこみたい故の言葉とは歓吉とて百も承知だが、それにしたってこの状況においては耳を疑うような命令だった。

 

 ただでさえ酒呑童子と言う強力な相手がいる中で、その酒呑童子がやる気をなくしている。

 ともすれば、好機のはずであった。

 しかしそんな中で、『なるべく生け捕りに』などと縛りを設ければ、身動きなど到底できない。


 元々圧倒的な勝ち戦のつもりできた兵達に命がけで、或いは困難な条件を付けて戦えと言ったところで、軍は崩壊しかねない。

 その酒呑童子の代わりにでてきた桃と言う男も、この状況で顔を出してくるあたり何かしら厄介なことをしてくる可能性が高い。

 

 現に兵士たちも被害を受けている。


 無駄に死者を出すな。という命令さえなければこうなる前にいくらかやり様もあっただろう。

 しかし現状では中途半端に牽制するしか出来ないのがもどかしかった。


「相手方の兵たちはもはや此方と積極的に攻撃するような様子はありません。戦意がないとみていいのでは?」

「そうですよ。兵たちの間でも、もはや相手方には戦意なしと(もっぱ)らの噂です」

「たわけ!!相手に戦意がないなら猶更今のうちに叩かにゃあ!既に蘇芳(すおう)の連中が着陣しとるんだで!」

「でも、鉄鼠(てっそ)様からは刺激しすぎるなって厳命されてるじゃないですか。『包囲し続けて相手が瑠璃(るり)領主の命を差し出すよう待て』と」

「うぐっ……」


 兵たちの言葉に、歓吉も言い淀む。

 

 下手に攻勢に出る事で生じるであろう不利益を考えて、相手の戦意が挫けて完全に折れるのを待つ。

 確かに普通であれば通用するだろう。


 しかし今回、この砦の攻略に参加している将兵は寄せ集めと言っても差し支えないものだ。


 主力の部隊は人寿郎(じんじゅろう)と共に奪った瑠璃(るり)城の守りに詰めている為に、前線に出る兵たちの数が足りなかったのだ。

 人寿郎(じんじゅろう)は領の外へ協力を取り付け、兵を借りることに成功したようだったが、借り物の兵達の士気はどうしても低くなる。


 余り上官の事を悪く言いたくは無いが、この場に限って言わせてもらえば正直状況を分かっていないとしか言いようがない。

 余りにも敵に時間を与えすぎている。


 仮にも相手は瑠璃(るり)領主と、さらには蘇芳(すおう)も加わっているのだ。

 なにかしら仕掛けてくるに決まっている。


(正直、人寿郎(じんじゅろう)様は戦はあまりお上手でねえ……)


 それでも人寿郎(じんじゅろう)の元に集まって、吉祥へ反旗を翻した者たちがいるのは、偏に彼の人柄と生い立ち故だ。

 人寿郎(じんじゅろう)はただただ、生い立ち故に甘く優しい男だった。

 自分も人寿郎(じんじゅろう)が語った理想に見せられた一人だ。


 要するに、惚れた弱みなのだ。

 共に或る理由など、歓吉にとってはそれだけで良かった。


蘇芳(すおう)の連中も、あんまりやる気なさそうですしね。さっきも和睦の使者が来たって聞きましたよ」

「あんなもん信用できるきゃあ。大体領主や蘇芳(すおう)も、和睦の使者立てる癖に要求が図々しいんじゃあ!なーにが領主と将兵の命を保証して下されば降伏するじゃあ!信用できるか!!」

「でも、言う事聴いておいてのこのこ出てきたところを殺せばいいんじゃ?」

「アホかぁ!和睦の席に立ったが最後、周りを酒呑童子達で固めて下手に手が付けられんくなるわ!こっちの意図が漏れたらその時点でわしらが危なくなる!」


 とはいえ、実際総大将の鉄鼠(てっそ)にもそう命じられている以上包囲し続ける事しかできない。

 敵の要求に何らかの意図が込められているのは確かだが、此方に取れる選択肢があまりにも少なすぎる。


 結局のところずるずると時間だけが過ぎて行って、兵たちの気持ちは緩み切っていた。

 歓吉一人が何かあると警戒したところで、そしてそれを兵達に啓蒙したところで、成り上がりの歓吉の言葉に耳を貸す兵はあまりにも少ない。


「なんぞや、嫌な予感がするのぅ……」


 本来であればまだ残暑による蒸し暑さを感じる時期だというのに、どうにもうすら寒さが消えない。

 歓吉はその感覚に僅かに身震いしながら、辛うじて己の言葉に聞く耳を持ってくれた数少ない兵達と共に、歓吉は警戒を続けるのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「で、敵対に対する詫び状も降伏の書状も突き返されてきた。と」


 夕闇の逆光の中、兵が頭を下げて報告を行う。

 その報告を受け取った恵比寿(えびす)は、丁度相手の南側へ布陣する形で陣を構えていた。

 平地故に、お互いの事は既に認識している。

 既に小競り合いもあったが、兵達にはあまり積極的に戦わず、防戦に努めるように厳命してあった。


(かい)輝夜(かぐや)、敵さんの様子はどうだ」


 恵比寿(えびす)が声をかけると同時、ふたつの影が音も無く現れる。

 一人は忍び装束に身を包んだ(かい)

 もう一人は戦場には似つかわしくない、華やかな着物を着た薄墨の髪の女だった。名を輝夜(かぐや)と言った。

 僅かに勇魚(いさな)や桃よりも年が上の輝夜は、望月(もちづき)衆を束ねる竹取月代(つくよ)の孫娘であり、次期頭領の呼び声も高い有能な女性だった。


「浦島衆、望月(もちづき)衆共に敵兵へ紛れ込んでおります。噂も色々と」

瑠璃(るり)領主の軍は既に戦意なし、瑠璃(るり)領主の救援に来た蘇芳(すおう)も義理で来ただけでやる気なし、と主に私共(わたくしども)望月(もちづき)衆が噂を流しております」


 (かい)に続く形で、輝夜(かぐや)が補足する。

 浦島衆と望月(もちづき)衆。同じ影の部分を担う部隊同士、連携も得意なのだ。

 得意とすることはそれぞれ違えど、否、違うからこそ互いの能力を存分に利用して最大の成果を上げてきた。


「偽の書状もあって相手方の陣は殆どがその噂を信じ切って油断しているようです。兵の数が少ないのも、相手の油断を誘うのに一役買ってくれましたね」

「『殆ど』ってことは信じていない奴もいるって事か」

「はい。主だって攻撃を行い、一番城近くに布陣している歓吉という将です。ただ、この将は一兵卒からのたたき上げの様で、ほとんどの兵からやっかみを受けているみたいですわ」

「なら、求心力は少ないとみていいな」


 相手方にも此方の意図に気付きかけている者がいる。とはいえ相手の求心力がまだ追いついていないのは幸いだろう。


「矢車城の方はどうなっている?」

「桃がうまい事瑠璃(るり)領主様を口説いてくれたみたいですよ。砦の攻撃に混ざっていた浦島衆が、妖怪と一緒に砦を守る桃を目撃しています」

「そうか。まあ、それなりに上手くやってるならいいさ」

「全く、恵比寿(えびす)様は桃に構い過ぎです。私妬けてしまいますわ」


 少しばかり不満そうにいう輝夜(かぐや)に、恵比寿(えびす)が困ったように「そう言うな」と答える。


「あいつはあの方の遺児でもあるからな。それに出来る奴だが手のかかる奴でもある。そういう奴ほど気になるってこった」

「私も恵比寿(えびす)様の為に心を砕いて懸命に日々精進しておりますのに」

「んなこた分かってるよ。ちゃあんと見てるから安心しろ」


 そういって恵比寿(えびす)輝夜(かぐや)の頭にぽんと激励するように手を置く。

 

 実の子たちと同じように桃の事を気にかけている分、(かい)輝夜(かぐや)達にはなかなか声をかけてやる機会が少ない。

 手のかからない二人であるからこそなのだが、それでもこうして時折の労いは忘れないようにしていた。


「だいたいお前だって桃の事はそれなりに可愛がってるだろうが」

「それは……勇魚(いさな)様も含めあの子は可愛い弟のようなものですから。あの子はちょっと真面目過ぎるきらいがありますが」

「あいつもちょっとは手を抜くというか、力の抜き方をを覚えりゃいいんだがなぁ」

「そういう奴だから気になるんだよ。お前らも何だかんだ言って分かってるんじゃねえか」


 軽く笑いながら言った恵比寿(えびす)に、(かい)輝夜(かぐや)も同じように笑みを持って返す。

 さながら保護者同士の世間話のような様相のその会話は、桃に対するある種の心労を共有している人間同士の連帯感だった。


「ま、そういうわけだ。勇魚(いさな)もそうだが蘇芳(すおう)に必要な若い力へ、暫くは手を貸してやってくれ」

「言われなくてもそのつもりですよ」

「私、恵比寿(えびす)様の為であればなんでもいたしますわ」

「俺の為じゃあないんだがな。それとその熱っぽい視線はやめろ。俺ぁ女房一筋だ。あと小娘が『なんでも』なんて無闇に言うもんじゃあない」


 熱っぽい視線を輝夜(かぐや)恵比寿(えびす)に送るのは、輝夜(かぐや)恵比寿(えびす)を慕っているからである。

 とはいえ亡き妻一筋の恵比寿(えびす)にとっては憧れと恋慕の境目が付いていないだけの、麻疹のようなものだという扱いだ。

 

 いい加減年齢的にも相手を見つけて婚姻を結んではどうかと思うのだが、月代(つくよ)の話によればこれまで求婚の話がでた男は(ことごと)く相手にされなかったらしい。


「ともかく、桃の方も上手く行っているのならさっさと決行した方がいいだろう」

「では今夜に?」

「ああ。時は夜明け前。鎧兜を脱ぎ夜襲をかける」


 夕映えが陣の中に差し込み、逆光となって恵比寿(えびす)を包む。

 その中にギラリと光る鋭い目は、さながら獲物を狙う獅子か、はたまた魚の大群を飲み込まんとする鯨の様であった。


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