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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 三章 矢車城の戦い
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第二十九話 失意と性悪

「よう、久しぶりだな」

「……お前は……桃か。俺ぁ大した情報は持ってねえぞ」


 恵比寿(えびす)からの命を受け、桃が向かったのは蘇芳(すおう)領で捕虜や犯罪者を捕らえる為の牢だった。

 

 尋問のためにキスケを捕らえていた牢とはまた別の牢だが、先の暗殺をうけてこちらも警備がいつもより厳重になっている。

 そこでは魔力封じの錠によって能力を封じられたカワベエが捕らえられていた。

 

 カワベエは桃の姿を見るなり、少しだけ桃を睨みつけて立ち上がる。

 カワベエにはまだ、キスケが暗殺された事は知らされていない。

 恐らくそれを伝えれば何かしらの罵倒を受けるだろう。


「兄貴はどうした」

「キスケの事だな。今日はその事をまず伝えに来た」


 桃は脇に抱えた荷物を牢の前に置き、正対する形でカワベエの正面に座り込む。

 鉄格子から見えるカワベエは相変わらず桃を睨みつけたまま、続く言葉を待っているようだった。


「キスケは、殺された」

「何……だって……。嘘だ……」

「嘘じゃない」

「俺は騙されねえぞっ」

「騙してなんていない。これを見れば分かる」


 持ってきた荷物のひとつ、桶を包んだ布を解く。

 そこには暗殺されたキスケの、切り落とされた首があった。

 マナに還らないように凍結してあること以外は、正真正銘当時のままだ。


 カワベエが頑なにキスケの死を認めたがらないのは、予想できた。

 短いながらもあの二人を見ていたが、そこには確かに信頼関係があったからだ。

 

 心苦しいが、時間がない。

 認めさせるためには、強硬手段を取ることは心に決めていた。

 

 たとえ人でなしと言われても。


 その首を目にした瞬間、カワベエの身体から力が抜け落ちたかと思うと、彼は手錠のまま尻もちを付いた。

 その顔色は人間の物とは若干の違いがあるが血の気が失せているようのは明らかで、乱れた呼吸と見開かれた目が痛いほどにカワベエの動揺を示していた。


「……ッどういう事だ!お前たちか!お前たちが殺したのか!」

「俺達が殺したんじゃない。情報を聞き出すなら殺すはずもないだろう」

「だったらだれがやったというんだ!お前達以外の!!」

「それは俺にもわからない。ただ、現場にはこれが残されていたそうだ」


 そういってカワベエの牢の中に放ったのは一枚の布切れ。

 白い木綿のようなそれは、ひらひらと重力に従ってカワベエの目の前へ落ちる。


「この布……」

「キスケは聴取の最中、こちらが協力を要請していた妖怪と共に首を落とされて暗殺されていた。これはその現場に居合わせた勇魚が、逃亡する犯人へ槍を穿った時に千切れた破片だそうだ」

「これは……いや、だがそんな……」

「その反応を見るに、やはりなにか知っているのか」


 カワベエの元へ放った布は、やはりというか、ただの布ではなかった。

 いや、布のような何かと言った方が正しいかもしれない。


 望月衆の検証によって、この布のような何かの特異性は分かっている。

 魔力を通すことにより、刃物の様に鋭くなったり、布の様に柔らかくなったりする。

 そして何よりも奇妙なのはこの何かが、衣服や装備の一部ではなく体の一部であると思われること。


「……敵であるお前に話すとでも……?」

「もうひとつ。殺された連中の傷口は、恐らくその布と同質のものでやられた可能性が高いそうだ」

「……ッ……」


 桃の言葉に、カワベエの顔色が更に変わる。

 それは先ほどとはうって変わって、何処か怒気を孕んだものだ。


「その顔、心当たりがあるみたいだな」

「信じられねぇ。俺ならともかく兄貴が殺されるはずがねぇ」

「そうでもないさ。都合の悪い情報をもっているなら、口封じに来る奴だっているだろう」

「それは……」


 カワベエが口を噤む。

 

 それはカワベエ自身が、理解しているからだろう。

 この場合暗殺されるかどうかは生かす価値ではない、殺す価値があるかどうか。

 そしてその価値があるのは、カワベエではなくキスケの方だ。


「疑うのなら心当たりの相手に直接確かめればいい。協力しろ」

「何だと?」

 

「俺達がこれから戦うのは、恐らくはお前たちの雇い主か、あるいはそれに繋がる人物の可能性が高い」

「何故そう言い切れる」

 

「お前達兄弟が雇っていた兵達と先日蘇芳(すおう)領の村で起きたある事件の際捕縛した族、うちの将が斬った暗殺に加担していたと思われる者の死体。その履物やら装備やらに、蘇芳(すおう)には見られない植物の種や欠片が付着していた」

「それが?」

 

「その植物の種やら何やらは、蘇芳(すおう)の裏方の調べによればどれも同じ地域の物だそうだ。俺を狙っていた連中のことといい、そのどれもに妖怪が関わっていたことといい、関係があると考えるのは自然だろう」

目敏(めざと)いやつらだ」


 少しばかり嫌味ったらしく言ったカワベエは、放り入れた布を状のかかった手で器用に拾い上げると弄ぶようにこねくり回す。


「とりあえず、その布みたいなのはなんなのか、聞かせてくれ」

「……それはおそらく、俺と兄貴が身を寄せていた妖怪達の集まりの中にいた一反木綿の身体だ」

「一反木綿……その妙な性質の身体の持ち主なら、狭い格子をすり抜けての暗殺も可能か?」


 成程、と心の中で納得しながらカワベエに確認する。

 布の化け物なら、狭い鉄格子でもするりと入ってくることは可能だろう。


「一反木綿なら可能だろうよ。奴の身体は伸縮自在、攻防一体だ。その気になれば首なんて簡単に刎ね飛ばせる」

「……また厄介そうなのが出てきたな……」

「……なあ、口封じってそんなに大事なのか?俺もキスケの兄貴も下っ端だったけどよ、それなりにやってたんだ」


 カワベエの口から出た言葉は、悲痛なものだった。

 それまで自分たちが信じてきたものが覆されたような声色で、カワベエは誰に対してでもなく力なく座り込んで言葉を続ける。


「俺達は自分達の存在意義の為にここまできて、そのために働いてきた。仲間ならよぅ、助けてくれたっていいじゃねえか」


 桃はカワベエの震える声に答えられなかった。

 情報を敵に与えない為。という目的を思えば、口封じには納得できる。

 その一方で、兄貴と慕っていた存在を、よりにもよって味方に殺されたカワベエの気持ちも理解できる。


「兄貴がいねえんじゃ、兄貴に見捨てられないようについて行くだけだった俺には、もうどうすべきかも分からねえ。殺してくれ」

「それはできない」


 カワベエの言葉を否定すると、その目が責めるような眼差しに変わる。


「今更俺を生かすこともねえだろう」

「そうだな。しいて言えば、俺自身の意思だ」

 

「なにを馬鹿な事を……、今さっき言っただろう。俺は死にたいんだ。兄貴の元に行かせてくれ」

「それは駄目だ」

 

「……勝手な奴だ。だがお前にも兄弟同然の存在がいるんだから分かるだろう?そいつらが殺されたらって考えてみろ」

「確かにそういう存在はいる。だが理解は出来ないな。だってそれはお前自身の感情だ。想像は出来ても理解はできないよ」

「想像できるなら理解できるだろ」


 カワベエは何処かやけくそ気味に言い放った。

 もう関わらないで欲しいといいたげなその声色に構わず、桃は言葉をつづけた。


「悲しいだろうし辛いだろうさ。それは想像できる。けれどその大きさをまでは分からない。それが分からない以上、理解したなんて俺は言えない」


 桃の言葉に対し、カワベエは無言だった。無視ではない。

 ただ桃の言葉の続きを、何も言わずにそのまま待っている。

 そう思えた。


「ただ、大事に思っている相手なら、自分が死んだときに追ってきて欲しいなんて俺は思わない。あの世で泣くか、それに近い顔で怒られるだけさ」

「まさか」

「そうだな……、カワベエお前さ、親兄弟を泣かせたことあるか?」

「あん?無ぇよ。兄貴はいつだって頼れる兄貴だった」

「なら、想像してみろ。そんでもって覚えて置け。自分の事を大切にしてくれた親兄弟を泣かせた時ほど、ばつの悪いことは無い」

「……まるで体験したみたいに言うじゃねえか」

「身に覚えがあるからな……」


 思い浮かぶのは両親の事。

 

 命を落として別の世界に来てしまって、悲しむ両親の姿を見た。

 顔や声も大切な思い出のはずなのにだんだん朧げになってきていて、思い出せなくなってしまうんじゃないかと恐ろしくなる。

 

 けれど両親もこの世界に来て欲しいとは、思わなかった。

 できることなら、両親には平和な元の世界で長生きしてほしい。


「身に覚えがあるねぇ。結局お前の言葉を借りるなら兄貴の気持ちなんざ理解できねえんだろう。矛盾してるぜ」

「お前の兄貴がどう思うかは知らない。が、もうちょっと考えてみてからでも死のうとするのは遅くないと思う。死ねばそこで終わりだが、生きてりゃまた道を選ぶ余地はあるんだ」

 

「お前についていけばそれが出来ると?」

「それはお前次第だ。俺に出来るのはその機会を作ることだな」

 

「そこではぐらかすのかよ。俺お前の事嫌いだわ」

「根拠も無しに希望を持たせたくないだけだ」

「そこは責任持てよ勧誘するなら」


 そこはちょっと申し訳ないなとは思う。

 前世が公務員だからか、言葉の中で保険を用意する悪い癖がついてしまってかもしれない。


「責任……というとお前の身柄をどうこうするか位だが、確かめた結果お前が生きたいと思ったのなら居場所をくれてやる」

「死にたいと思ったのなら?」

「俺が責任をもって死に場所になろう」

「なんだいそりゃあ。結局俺より桃の方が得しそうじゃねえか。詐欺師かよ」

「んで、どうする?話に乗るか?」


 カワベエは舌打ちをして悪態を付いたが、その目からは先ほどの様な空虚さはない。

 僅かに会話のやり取りに血が通ってきているから、少しばかり普段のカワベエを取り戻せたのかもしれない。


「分かったよ。どうせやることもねえんだ。乗ってやる」

蘇芳(すおう)を代表して礼を言う」

「抜かせ。最初から逃がす気なかっただろうが。今回の事でお前が大人しそうな顔して性悪なのはよーぅく分かったぜ」

「そりゃカワベエから見たら性悪ってだけだろう。俺のこの性格は生まれつきだ」

「うっわ、やっぱ気に食わねえわお前」


 桃は元々敵対していたと思えない軽口を叩き合いながら、手錠を付けたままのカワベエを牢から出す。

 これでまずはひとつ、問題をクリアした。

 後は恵比寿(えびす)の根回しを待つだけだ。

第二十九話は前回から変わって桃とカワベエが中心の回です。


ある種の桃の考え方を提示する回でもあり、桃を気に食わない奴もいるっていうのを明示したかった回でもあります。

カワベエには桃に反発したり、皮肉を言ったり、文句を言いつつも認めてはいるツンデレになってもらってます。

元々主人公に皮肉や嫌味を言うキャラはいた方が自然だし必要だと思っていたので、そういう相手もいるんだなぁと、二人のやりとりを見守っていただければと思います。

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