第二十三話 後編 共に或る理由
蘇芳領主の館にある一室にて、恵比寿は入室してきた若者二人をまるで裁判官の様な眼差しで見つめていた。
その視線の先には平伏する赤茶の髪の青年と月白の髪の少女。
「顔を上げろ」
「「はい」」
対して顔を上げた二人は、まるで裁きを受ける罪人のような緊張感に包まれていた。
勿論、二人にやましいことなど無く、なにか罪状があるわけでもない。
ただ恵比寿の纏う主としての雰囲気に圧倒されていた。
無理もない事だった。
ハヌマンは勿論、狛もこういった場で領主と相対する機会などこれまで一度もなかったからだ。
恵比寿に初めて会う狛は勿論の事、保護されて以降何度か顔を合わせているハヌマンも、その緊張を解くことは出来ない。
見た目の仰々しさや恐ろしさではない、内側から滲み出る存在感が、そこにはあった。
(これが領の主……)
(保護されてお会いした時とまるで違う。謁見する場と状況でここまで変わるものなのか……)
「さて、まずは自己紹介と行こうか。ハヌマンと、それからお前さんの名前は狛。でよかったか」
「はい。改めましてご挨拶を申し上げます。桃様の提案により任務に同行させていただきました。ハヌマンと申します」
「狛と申します。この度は恵比寿様の家臣である桃様に助けていただき、同行を願い出ました」
「ハヌマンと狛。まずは蘇芳を代表してこの度の協力に感謝する。蘇芳領領主の恵比寿だ。今回呼び出したのは他でもない。桃の事だ」
「桃様の……ですか?」
恵比寿の言葉を確認するように復唱したのはハヌマンだった。
勇魚や花咲の老爺であればともかくとして、自分たちはまだ桃と出会って日が浅い。
悔しいが、二人と比べれば彼に関して知っていることは言うまでもなく乏しい。
そんな自分たちを桃の事で呼び出す意図を、ハヌマンは掴みかねていた。
狛に関しても似たような感情の様で、思わず隣に目配せをすると戸惑い気味の彼女と目が合う。
「まあ、突然呼び出されていきなりでは戸惑うのも無理はねえ。だが今回俺が聞きたいことはお前たちでないと答えられない事だからな」
「私や狛でないと……ですか?」
「そうだ。単刀直入に聴こうか。お前たちが桃の事をどう評価するか。一人の将として、あいつが仕えられる器か。それを聞きたい。桃は今外しているから気遣うことは無い。率直な言葉を聞かせてくれ」
恵比寿の口から出た言葉は、二人にとっては意外なものだった。
自分たちから見た桃の評価が、蘇芳や桃にどう関係してくるのか想像もつかない。
しかしハヌマン達の言葉を黙って待つ恵比寿の目は真剣で、曖昧な答えや忖度した答えは望まれていないことも明白だ。
であれば、二人にとっての桃の評価を、恵比寿に素直に伝えるほかない。
「私にとっての桃様の印象は、始めは優しいながらも酷な方だという印象でした」
始めに言葉を紡いだのはハヌマンだ。
彼は真正面から恵比寿の眼差しを受け止め、自身の感じた桃の肖像そのものをありのままに語った。
「しかしだからこそ、私に示してくれた道が真剣に考えた末のものだと思えました。何より私は桃様に一度ならず、先の任務でも救われています。私はそれに応えたい」
「それは命を救われたから、その恩を返すためには蘇芳で働かざるを得ない。と?」
「それは違います。勇魚殿にも指摘され、改めて考えさせられましたが……私は私自身の為に桃様と共に在りたいのです。あの方の元であれば私はかつてと同じように人として生きられる。今私があの方と共に在りたい、と思うのは私自身の意思であり、桃様にはその力があると信じております」
ハヌマンが強い眼差しと言葉をもって恵比寿へその意思を示す。
それを確認した恵比寿は表情を変えぬまま、次は狛へ視線を映した。
「次はお前だが……狛と言ったか。お前は桃をどう見る」
「あ、ええと。う~ん……一言でいえば、強いけど危なっかしい人、ですかね」
「ほう」
文字通り忖度なく答えた様子の狛の言葉に、恵比寿は興味深そうに耳を傾けた。
「私を助けてくれた時も、一緒に戦った時も、その強さは確かだと思います。勇魚様からまだ戦い始めてから日が浅いって聞いて驚くくらいには。でも、なんというか自分の優先順位が、すごく低い気がしました。武器のない私を見て自分の唯一持ってた武器である剣を渡そうとしてきましたし」
「それも似たようなことを勇魚から聴いたな。俺もあいつの自分自身に対しての無頓着さは気になっていたが……」
「はい。だから桃……様は強いけれど、何かあったらあっさり死んでしまいそうな危うさを感じました」
「成程な。で、お前はなぜ桃と共に居たいと?」
「私は女です。女の傭兵や斥候は多いですけど、正直軽く見られがちです。言い寄られたり媚びたりされることもある。でも桃様は初めて会った私を、そういうの関係なく信じて、背中を預けてくれました」
狛もまた、ハヌマンと同じく恵比寿を同じく真っすぐに見つめて告げる。
黄金の瞳が、歴戦の獅子の如く此方を見定める恵比寿の眼差しとぶつかるが、彼女は怯まずにそのまま言葉をつづけた。
「私を一人の戦士として真っすぐ見てくれた。ハヌマンと比べると取るに足らない理由かもしれませんけど、私にとってはそれが何より嬉しかったんです。だから一緒に戦いたいと思ったし、一緒に強くなりたいと思いました」
ハヌマンと違って家出してきただけの自分のこの理由は、取るに足らないものだろう。
それでも狛にとっての根幹を、なんの色眼鏡もなく真っすぐに認めてくれたのが桃だった。
複雑な生い立ちも、切羽詰まった理由も必要ない。
狛にとって己の在り方を認めてもらう事こそが最も重要で、だからこそ強さとその器を備える桃は衝撃的で、逃したくない相手だったのだ。
「わかった」
二人の主張が終わり、恵比寿がゆっくりと目を閉じる。
「ならば改めて問う。お前たち、桃の傍で蘇芳の利となるよう、惜しまず働く覚悟はあるか」
「「必ずや」」
示し合わせたわけでもなく二人の声が重なる。
その声色に一切のブレは無く、代わりに強固な決意をもって、一切の淀みなく答えた二人に、恵比寿は満足そうに口の端をつり上げた。




