第二十三話 前編 ひび割れた瑠璃
桃達が全てに目途を付け、村を出て中蘇芳に戻ったのは白と出会って数日後の事だった。
村には復興の支援と防備の為に、幾らかの兵を駐屯させている。
共に帰路についたのは、勇魚を始めとした出発時の人員に狛と覚のヤマヒコと白の三人、凰姫とその兵を加えた面々。
しかし中蘇芳の状況を事前に知らされていることもあり、皆の表情は任務帰りにも関わらず硬い。
帰ってきても気の抜けない状況が続くと、各々理解しているのだ。
中蘇芳に到着した桃達は到着後、すぐに恵比寿の元へと向かった。
一刻も早く塗壁襲撃の件の詳細を報告し、其々熟すべき仕事をする為である。
「御館様。桃です。只今帰参いたしました」
「入れ」
勇魚と幹久を伴い、ハヌマンと狛は一度部屋の外に待機してもらって入室する。
畳張りの室内、一段高い場所に恵比寿は安座していた。
後ろに撫で付けた獅子の鬣の様な白髪、鋭い目つきは変わらずだが、心なしか桃達の姿を見たその顔は安堵から和らいだように見えた。
「大筋は訊いているが……、まずは報告を頼む」
「はい。逢魔ヶ自治区にて任務対象の覚と接触し、帰路に就く途上で盗賊に襲撃されたという村に到着。村人やその場にいた傭兵達の証言から助けが必要と判断し、私の命で盗賊の拠点に乗り込みました」
「当初依頼を受けていた傭兵達では難しい相手だったとも聴いているが、それはどうだったんだ」
「盗賊の規模は際立って大きい訳ではありませんでした。しかしその首魁に妖怪がおり、その能力によって砦を短時間で建造。村人たちを監禁しておりました」
「また妖怪……か……。相手の狙いは?」
「本来の目的は恐らく、村の制圧かと」
「その根拠は?」
「塗壁と戦闘後、正体不明の人物が二人現れましてね。その時彼らが言っていた言葉からです」
「正体不明の二人……。どんな姿だった」
「一応人相書きを書いておきましたのでこちらを。その人相書きの通り、鎧武者と妖怪と思しき人物です。その彼らが、『本来の目的を置いて欲をかきおって』と」
そうして桃が恵比寿に渡したのは、二枚の人相書きだった。
そういえば桃は絵を描くのが得意だったなと思い起こしながら、恵比寿はその人相書きに目を通す。
それらは桃と共に対峙した勇魚曰く、特徴をよくとらえたものだという。
少々簡略化されているようだが、人相の情報としては十分だろう。
口だけの情報では齟齬が産まれることもあるため、こういった視覚的な情報は正直な話恵比寿としてもありがたい。
「なるほどな……。お前の言う通り本来の目的が村だったとして、『欲をかきおって』ってのはお前から見てどう思った」
「これも盗賊の首魁……塗壁の言葉ですが、『用事があるのは桃君だ』と。つまり俺だったみたいです」
「成程な……」
そういって、恵比寿が少しだけ思案するように顎を撫でる。
そしてそのまま質問の標的を桃以外に変えた。
「勇魚、幹久。お前たちの意見は」
「俺も桃と同意見だ父上。村に来たのも盗賊の砦に乗り込んだのも偶然と言えば偶然だしな。最初から桃を狙っていたとは思えねえ。それに相手の能力で分断された時は、桃を狙っていたように見えた」
「わしはその現場を見ておりませぬが、陽動を行った際の盗賊の下っ端達の様子から、わしらの襲撃が想定外だったことは確かでしょうな」
「そうか。となると、瑠璃領主が行方知れずになった件も関わってくるかもな……」
「と、いうと?」
恵比寿の言葉は、事前に伝えられていた瑠璃領での出来事とのかかわりを示唆するものだった。
しかし今回事件が起きた村は、自治区に近いとはいえ蘇芳領内の出来事だ。
まだ此方が知らない情報も含めて出した結論なのだろうかと思わず確認する。
「望月衆の情報によれば、領主の死体はまだ確認されていない。加えて蘇芳に繋がる瑠璃領内の主要な街道や村々には兵が多数配置されて、監視体制が敷かれているのが確認されている」
「あの村を制圧しようとしたのも、その一端って事か……」
あの村は老人だけが残されていた。
あのまま上手くすれば労働力と連絡役として老人たちを使い走りにして、いざという時は子供をつかって脅すつもりだったのだろう。
大人たちはさしずめ兵力へ組み込む要員兼人質といったところか。
村を使い潰しても構わないと言ったやり方だ。
いずれにせよ他の領の土地にまで手を出すあたり、なりふり構わない相手の様子が見て取れる。
「ふむ……まるで捕り物の様ですな」
恵比寿の言葉に反応したのは幹久だ。
実際その様子は警察の検問を彷彿とさせる。
「領主が行方知れずになったのに直ぐに伝書で連絡をよこさなかったのも気になる。要件を伝えるだけなら伝令よりも早いにも関わらずだ」
これも恵比寿の言った通り。
この世界においては最も早い手段が伝書の鴉に要件を書いた手紙を持たせ飛ばす事だ。
前世の世界以上にこの世界の鴉は知能に優れ、人や場所を複数判別できる。
捕獲されたり途中で襲撃されたりする恐れがあるものの、伝令よりも早く事を伝えられる。
その為火急の要件の時は人間の伝令ではなく、鴉を飛ばすのが一般的だった。
瑠璃領とは同盟関係の為、襲撃の心配なども少ない。
領主の失踪という一大事をいち早く知らせるのに鴉を使わず、伝令を使うのは不自然だ。
その伝令も、ボロボロで未だに昏睡状態が続いている。
「俺達には領主の失踪を知られたく無かった……ってことですかねぇ」
「かもな。だが伝令をよこしている辺り、領主の危機をどうにか伝えようとしている者たちもいる」
桃の言葉に、静かに恵比寿が同意を示す。
そして付け加えた言葉の通り、このふたつの情報は瑠璃領内の勢力が二分されている事を暗示していた。
「……頭の痛ぇ話だ全く。ともかく不審な点を順に洗い出すしか無え。幹久、村を襲撃した盗賊の下っ端達の身元と装備を竹取の婆さんと協力して検めろ」
「ははっ」
「勇魚、お前は自治区から同行してもらった覚と河童たちの尋問を行え」
「任せとけ父上」
「桃、課題の進捗はどうだ」
「ハヌマン達兄弟は蘇芳に残る方向で意志を固めているようです。ビーマはまだ決めかねているようですが、ハヌマンからは配下になる事を希望する旨の言葉を聞いております。それと今回の一件でもう一人、私と共に在りたいという人物がおります」
正確には狛と部下になる順番を争っていただけなのだが、あれはもうそういう事だろう。
其処まで鈍感ではないし、一応確認も取っているから間違いない。
自信をもって答えた桃に、恵比寿が更に指示を出す。
「ではお前は一旦外して二人を呼んでくれ」
「ははぁっ」
それぞれに指示がとび、二人は頭を下げてその命を拝受する。
勇魚と幹久はそのまま立ち上がると、早速命令を果たすために部屋を後にした。
桃も一旦部屋を後にして、外で待機していたハヌマンと狛に入室を促す。
「二人とも、御館様がお呼びだ」
呼びかけに応じた二人が、どちらともなく緊張した様子で頷き合う。
「失礼いたします」
「入れ」
ひとつ大きく息を吐きだし、決心したように中に入室した二人の背中を見守りながら、桃は静かに壁に背を預けた。




