第二十一話 家族として
鎧武者と天狗はつむじ風と共に消えた。
桃達は幹久や兵たちの手を借りながら村に戻り、応急処置を受けて事後処理に当たっていた。
とはいえ怪我と疲労が酷い桃と狛は強制的に休まされており、動いているのは勇魚や幹久を始めとした他のメンバーだ。
空いている家屋の部屋を借り受けて早二日、桃と狛は並んで布団の上に並んで横になっている。
「どうじゃ、体の調子は」
「爺様。調子はお陰様で良くなったよ。そろそろ俺も何か手伝えると思うんだけど」
「人手は足りておる。村人たちも手伝ってくれておるからな。今は休んでおれ」
「ならお言葉に甘えておく。というか、狛とは別室に出来なかったのか?」
「空き家がここしかなかったんじゃから仕方あるまい。別室はわしらで使っておるしの」
「わたしは別に構わないけどねー。傭兵時代も男女一緒の空間で寝ることはあったし、襲ってくるような輩は股間を蹴り飛ばしてたから」
「それ俺と会った時も言ってたろ。股間蹴り飛ばすの好きなのか?」
「そんなことないよ?ただ良からぬ輩が多いだけ!私だって好き好んで蹴飛ばしてるわけじゃないもん」
威勢良く言ってのけた狛に、幹久がジト目気味に「凄い娘じゃの」と漏らす。
桃はその言葉に内心同意しながら、狛のこれまでの聞いていた経歴から想定するとそれも仕方ないかとも結論付けた。
刀一本で家出同然に傭兵になった少女など、強くなければ食い物にされるだけだ。
その容貌も美しい月白色の髪を始めとして目を惹くものがある。
それがここまで無事にやってこれたのは、一緒に戦っているときに見せた実力あってこそだ。
「まあ、今回は助かったよ。狛がいてくれて」
「助けてもらったのは私の方なんだけどね。それよりも、桃のお爺ちゃんも凄いんだねぇ」
「ああ。本当に、毎回良いところで助けに入ってくれる。頼りになる爺さんだよ」
「褒めても何も出んわい。毎回間に合うとは限らんし、わしと別の任を預かればそもそも助けにいけん。もっと強くなることじゃ」
「そうだな……。本当に、強くならなきゃ……」
桃達が今回無事に戻れたのは本当に幸運だったの一言に尽きる。
狛がまだ戦える状態で捕まっていたこと。
武器を狛の魔法で補充できたこと。
勇魚達がガンリョウとの戦いの最中間に合ったこと。
花咲の爺様の救援が間に合った事こと。
どれかひとつの要素でもかければ、誰かの命が失われるか、或いは全て相手の思惑通りに事が運んで全滅だったかもしれない。
剣術にせよ、魔法にせよ、強さとして桃達はまだまだ足りていない。
責任ある蘇芳の将として、今後桃は相手の将とも戦わねばならない。
この世界は魔法や人外の力を振るうものもいる。
一般の兵士が数で首を取れる将ばかりではないのだ。
膝の上で硬く握った拳に目をやって、幹久の表情が僅かに申し訳なさそうなものへと変わる。
そして幹久は「わかっているなら、よい」とだけ言って立ち上がると、「勇魚様とハヌマンも話をしたがっておる。わしは一旦下がろう」と残して去っていった。
「よう。意外と元気そうだな」
入れ替わるように入って来た勇魚が軽く手を上げて言う。
その後ろから続けてハヌマンが入ってきて、軽くこちらにお辞儀をした。
二人とも疲労はあるが怪我はさほどなく、終わってからの二日間は事後処理に追われていたようだ。
結果として、あの後顔を合わせるのは初となる。
「お陰様でゆっくり休めたからな。横っ腹の傷も無意識のうちに凍らせて塞いでたみたいだし」
「魔法って便利だなほんと。俺も使ってみたいよ」
「今回の一件で万能じゃないって思い知らされたけどな。まだまだ鍛錬不足だ」
「確かにな……俺も思い知らされたよ。まだまだ俺達は弱い」
「まったくだ。課題だらけだ」
「課題と言えば、父上から言い渡されていた課題、大丈夫なのか?」
「あー。まだちょっとできてないんだよなぁ」
「課題、ですか?」
「なにか言われてたの?」
勇魚の言葉に、ハヌマンと狛が反応する。
恵比寿から言い渡されていた、ハヌマンを迎え入れるための条件。
それはハヌマンから『仕えたい』という言葉を引き出す事。
それは未だに達成できていない。
元々の発端であるハヌマンには勿論直接課題の事を話しているわけではないから、二人が疑問に思うのも当然だろう。
「まあちょっとした試験みたいなものを、な」
「でしたら、是非私に手伝わせてください。桃様の怪我は私を庇った所為でもあります。その穴埋めをさせて下さい」
「いやいや、手伝って貰うのはちょっとなぁ」
「それでは私の気が収まりません!はっ!も、もしかして、怪我をさせてしまったことで試用期間を待たずに解任……」
ヒートアップして前のめりに桃へ詰め寄ったハヌマンの顔が、徐々に青くなっていく。
違う、そうじゃない。
いやでも本人に課題の事を言うわけにもいかないし、手伝って貰うような内容でない。
どうしたものか。
「いやいやいや、そうじゃない。今回ハヌマンの力を借りられたことは本当に助かってたんだ。そんなことで解任はしないよ」
「しかし……」
「あれは俺の判断で飛び込んだことだ。ハヌマンが責任感じる必要は無いし、命が掛かってる事でお世辞なんて言わないよ」
それでも尚気後れした様子でのハヌマンに、桃は改めて向き直り言い聞かせる。
彼は未だ納得しきっていない様子だったが、それでも少しは落ち着いたのか前のめりになっていた身体をようやく引き下げた。
「ん?試用期間?えっと、ハヌマンさんだっけ?桃か勇魚さんの部下の人かと思ってたけど、違うの?」
「ん。ああ、私はまだ試用期間中だ。私はとある事情で蘇芳《領に保護されている身なのだが、この任務で桃様と共闘して身の振り方を考えるよう道を示してくれたのだ」
「ふむふむ。成程ねー。じゃあ今桃についていけば、私が桃の部下第一号になるわけだ」
「「え」」
狛の突然の宣言に、桃とハヌマンは目を丸くして揃った反応を返す。
「待て待て、君は別の傭兵団に所属していたんだろう」
「それなら辞めるから大丈夫!私、ビビッと来たんだよね。桃なら私の身体を、背中を預けられるって」
「いや、待て!君は確か……狛と言ったな!試用期間中とはいえ桃様に最初に仕えたのは私だ。第一号にはならない!!」
「でも試用期間ってことは正式な採用じゃないでしょ?それにハヌマンさん、さっきの話だと今回が桃と初任務なんでしょ?私と変わらない変わらない」
「いいや、私の方はこの任務の最初から桃様と共にいたのだ。私が先だ」
「はいそこまで。その辺の話はまた後だ。なんにせよ、二人とも無事でよかったよ。心配かけやがって」
そのままだと延々と言い合いを続けそうな二人を勇魚が制し、話題を切り替える。
それに対して桃はお互い様だ。と短く返して、苦笑した。
「笑ってごまかすなよ。あの時のお前の言葉からして、俺が死んだら凰や父上に顔向けできないと思っていたんだろうが……」
「……ああ、そうだな。でも、俺の為でもあるんだ」
勇魚の解釈は決して間違いではない。
桃のあの言葉の中にはそう言った思いも少なからず含まれている。
ただそれ以上に、自分の所為で大切なものを失うことに対する恐怖があった。
本来の桃の魂ではない自分がこの場にいる後ろめたさもある。
自分が果たして同じように守ってもらう資格があるのだろうかと、胸をよぎってしまう。
そう思ってしまうこと自体が、彼らに対する裏切りだという事も分かっているからこそ、猶更に。
結局のところ、彼らに平穏無事でいて欲しいのは自分の為だ。
桃は傲慢にも、彼らを助けることで自らの後ろめたさを誤魔化しているにすぎない。
「なぁにが『俺の為』だ。何かあったら父上や妹たちに顔向けできなくなるのは、俺だって同じなんだ」
「お前は立場が違うだろう。次期当主だ」
「確かにな。だが同じ蘇芳の家族で、蘇芳の将だ。お前、たぶん無意識なんだろうが自分をその勘定に入れるの忘れてることがあるだろ」
「それは……」
そうかもしれない、と反論しかけて言い淀む。
勇魚のいう事は事実だ。
自分の命を軽く見ているわけではないが、桃は自分の命を悪い意味で特別扱いしている。
「お前が何でそんななのかは、俺には正直分からない。お前にも考えやら信念やらがあるんだろう。だからそれを無理に曲げろとは言わねえ」
「勇魚……」
「だが、これだけは忘れるな。お前に置いて行かれることを、俺も父上、凰や鯱丸は望んで無い。花咲の爺さんや他の連中もだ。直接血の繋がりが無かろうが、蘇芳に来た経緯がどうであろうが、お前は俺達と家族同然に育ったんだ。自分の命だけ勘定に入れないなんて薄情な事するんじゃねえ」
静かだが強い眼差しと口調で、勇魚が強く訴えかけてくる。
その雰囲気と語勢は有無を言わさぬ様相で、こちらの言葉を挟む余地はない。
というよりも、挟む言葉が見つからない。
まるで雷に打たれたような心地だった。
勇魚の主張を耳に痛く感じるには、桃が自分でも自覚している弱さだからだ。
受け入れてくれた人達に勝手に心の中で距離を取るなど、薄情にもほどがある。
勇魚の言葉は鮮烈で、これまで指摘されてこなかった桃の弱さを炙り出す。
そんなことは無い。という反論は、出てこなかった。
たとえ出かかっていたとして、その時桃は歯を食いしばって堪えただろう。
それ程に耳に痛く、逃げてはならないものとして、勇魚の言葉が鮮烈に焼き付いた。
「忠告、痛み入る。ありがとう」
複雑な心の内を悟られないよう、幾らかの間と深呼吸を挟んで言葉を絞り出す。
「ああ」
勇魚はそれに短く答え、それ以上は追及しなかった。
それでも彼は勘がいいから、なにかしらの複雑な心境は察しているだろう。
「そこの二人と話が終わったら、お前もそろそろ散歩にでも出て日差しを浴びた方がいい。気も晴れるぜ」
「そうするよ」
「今回の事、父上には俺から報告しておく。ひょっとしたら説教くらいはあるかもしれないが、恨むなよ」
「恨まないよ。本来は俺の仕事なのに、助かる。ありがとう。」
桃の言葉に対し、既に背を向けて部屋を出ようとしている勇魚は片手を上げる仕草で答えて見せた。
お互いこんな形での衝突は初めてだったから、彼も気まずくなってしまったのかもしれない。
勇魚の指摘に間違いはない。
中身は勇魚よりも年上なのに、なんとも情けない事だと桃は短く息を吐いた。
「ハヌマンと狛もありがとうな。少し情けないところを見せた」
「いえ、そんな事はございません。でも桃様と勇魚様の関係は、羨ましくもありますね」
「そうだねぇ。あ、それはともかくとして、私も桃の所で働かせてってのは冗談じゃなく本当の気持ちだからね」
「分かった分かった。俺は構わないが、御館様にも話を通してからな」
「はぁい。誰かに仕えるって面倒なんだね」
「そういうもんだ。それとも、やっぱりやめておくか?今なら撤回できるが」
「まさか。助けてもらった恩もあるけど、私は桃の人柄が気に入ったの」
「人柄?」
「うん」
そう短く答えた狛の黄金の瞳が、思い返すように閉じられる。
その姿はこれまで活発な表情ばかりを見せていた彼女からは想像出来ないほど静かだ。
そのまま彼女は語り掛けるような口調で言葉を紡ぐ。
「女の私に何も言わず背中を預けてくれた。肯定してくれた」
「そりゃ狛以外にも戦う女性はいるからな。女性の領主だっているし」
「確かにね。でも実際は色々言われるの。『性別を理由に使われたくないなら男装すればいい』って言ってくれた人もいたけど、私は証明したい」
「証明……」
「そ。それが家出してから出来た私の目標。だからね、私は昔話で厄災を鎮めた英雄並に強くなりたいんだ」
「それは、女だからとあれこれいう奴を見返すためにか?」
「それも無くはないけど、女の私が英雄並に強いってことが証明されたら、強くなるのに性別なんか関係ない。その人次第なんだって証明になる。家族だって私が戦いに出る事を認めざるを得ないでしょ?」
「そりゃ認めざるを得ないだろうが、随分デカい目標だな」
「私の家族……特に男連中は頭硬くて化石みたいだからね。それくらいしないと説得なんて無理!だからさ……」
いつの間にか、彼女の口調は力強く覇気を感じさせるものとなっていた。
それは狛がこの言葉を決して伊達や酔狂で言っているのではなく、本気で語っているのだと十二分に確信させる口調だった。
「これはその第一歩!桃と一緒なら、私はもっと強くなれる気がする。それにね、私はあの時桃が私を認めて、信じてくれた事が嬉しかったし、救われたんだ」
「救われた?」
「さっきも言った通り女ってだけで色々言われたりする世界だからね。男の人だって男だからこその苦労はあるんだろうけどね」
「まあ、そりゃ皆色々あるわな」
「そ。私も色々あって折れそうになってたの。だから桃が私を信じて、背中を預けてくれたことに救われた」
「そりゃあの状況じゃな。それに俺以外にも信じてくれる奴ならその実力ならいずれ会えただろう」
「それでもだよ。桃にとってはなんでもない言葉だったかもしれないけどさ。私にとっては救いの言葉だった。あんな状況で会ったばかりの私に背中を預けてくれるのが、私にも桃を守らせてくれたことが、嬉しかったんだ」
「救いの言葉かぁ」
「そ。案外ね、自分では何となしに使った言葉が、誰かにとって救いになったりすることってあるもんだよ。その逆もね」
「そうか。わかった。その気持ちと言葉、確かに受け取った」
「うん。だから蘇芳の領主様にも、よろしく言っておいてね!桃は私にとってビビッと来た運命の相手なんだから」
ニカっと白い歯をみせて、狛は明るく笑って見せる。
髪や目の色から来る見た目は、どこか月の様な朧げな美しさがあるのに、話せば日差しのような温かさのある不思議な少女だ。
それにしても、運命の相手とは、なかなか大きなことを言ってくれる。
「桃様が認められるならば仕方ない。だが一番最初に部下になるのは!私だ!」
(あ、またはじまるなこれ)
狛の話を聴いてうんうんと頷いていたハヌマンが、力強く宣言をしたことで先ほどの部下になる順番争いがまた始まりそうだ。
(冷静で大人びた男かとおもっていたが、存外ほほえましい所あるんだな……。とりあえず……散歩行こ……)
二人とも分別はついているから暴力沙汰にはなるまい。
桃はハヌマンの意外な一面に少し驚きつつ、案の定始まった順番争いに巻き込まれぬように静かに立ち上がる。
そして言い争いを始めた狛とハヌマンを置いてこっそりと部屋を出ていくのだった。
普段桃の視点で書いているので、今回は勇魚達からみた桃はどう映るのかを少し前面に出す形にしました。
結果的に狛のキャラクター性にある程度触れる事で掘り下げも出来たので書いてて楽しい回でした。




