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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 二章 戦いの足音
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第十五話 後編 砦の少女

 子供たちを一先(ひとま)ず牢の中に待機させ、勇魚(いさな)達と別行動をとった桃はそのまま二階の探索を続ける。

 砦内は決して広くないはずだが、迷路のように入り組んでいて注意していないと同じ所をぐるぐると回ってしまいそうだった。


「魔法で探知みたいなの出来ないかな……」


 そんな考えがちらりと桃の頭をよぎる。

 とはいえ桃が得意なのは水魔法。探索に使うとしてどうやってひっかけるのかが問題になる。

 他属性なら空気の流れや地面から伝わる振動、熱探知での探査といったアイデアが浮かぶが、いまいち水にそういったイメージがない。


(例えば水に関わるもので俺が探知できるもの……水の魔力に湿度、水のある場所……水……水分か)


 生命が生きていくうえで欠かせない体の中にある水。血液。

 水がある場所を魔力探知が可能なら、その応用で出来るかもしれない。


「水……水……血、血……血、ち、ちー……」


 大切なのはイメージ、やりたいことに対する具体的な想像力。

 大丈夫、何度もやってきたことだ。

 そうして意識を集中させると次第に頭の中に浮かぶものがあった。


(見えた……!)

 

 目の前には砦の冷たい石壁の廊下。

 それを透過するように見えるのは、人の形の複数の染み。

 

 その染みが呼吸するように僅かな伸縮を繰り返し、そのひとつひとつが意思を持っているかのように動きまわる。

 足元で並んで行動しているふたつの塊もある。

 階下の光景ならば恐らくは勇魚(いさな)とハヌマンだろう。


「こっちか……!」


 視界に移り込んだ染みの塊を頼りに、桃は入り組んだ道を進む。


 途中で出会った見張りは出会い頭に倒して、やがてたどり着いた先にはもうひとつ牢屋があった。

 

 牢屋の前には見張りが一人。

 桃にすぐに気が付いた様子の見張りだったが、もう遅い。

 

 見張りが剣を抜こうとしたところを桃は突進で牢に押し付け、そのまま柄にかけられた手を掴んで抑え込む。


「ふんっ!」

「うぐぅ!」


 そのまま腹に膝で一撃。体を折り曲げて悶絶(もんぜつ)したところで念のために首にも後ろから柄で一撃入れて気絶させる。


「牢の鍵……あった。あとこれは……メモ?」


 見張りは筆まめで几帳面な性格だったらしい。

 メモには牢屋の配置や村人たちから押収した武器のありかが記されていて、桃としては非常にありがたい。

 

 見張りの腰にぶら下がっていた牢の鍵を拝借して、牢を開けると中には聴いていた通り子供たちがいた。

 先ほどの牢屋に閉じ込められていた子たちが幼稚園~小学校低学年くらいの年齢層なら、こちらは少し年上、小学校中学年くらいか。


 お陰で少し前に侵入者が現れて二階の牢に入れられたらしいという話も聞くことが出来た。

 

 多分それが件の女傭兵だろう。

 見張りが残したメモに寄れば、この牢屋の近くにもうひとつ牢屋があるようらしい。

 子供たちの話から総合すると恐らくはそこに捕らわれているであろうことが推測できた。


 あとは間に合うかだ。

 

 なにせ相手はならず者で、捕まったという傭兵は少女だ。

 ただの怪我では済まされないかもしれない。


 顔も知らない少女だとしても、生命や尊厳を脅かされてその心に深い傷が付くような展開は見たくなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……さっきから騒がしいな……」


 後ろ手に手枷で縛られた状態の少女は、芋虫のように這いずってなんとか壁際へ寄りかかった。

 

 少女を捕らえたならず者の見張り二人は、彼女を牢に放り込むと「あとで可愛がってやるから大人しくしておけ」などと吐き捨てて、そのままどこかへ去ってしまった。

 なにか彼らにとっての面倒事が起きているらしいというのは分かったが、今の少女に状況を解析するだけの余裕はない。

 

 自分だけでも村人たちを助けに行ってやると息巻いて挑んだはいいものの、結果はこの通りだ。


「複数人に寄ってたかってでなきゃ、勝てたのに……」


 いまさらそんな事をいっても仕方ないが、思わず愚痴が出てしまう。

 

 それなりに腕には覚えがあったし、現に最初は順調だった。

 けれど多勢に無勢。一度流れが乱れれば崩壊は早く、武器や防具も奪われて牢屋行きだ。

 

 その場で慰み者にされなかっただけマシだが、それも時間の問題だろう。


「あたしも年貢の納め時かなぁ」


 女だから、と性別を理由に使われるのが昔から気に食わなくて、それに反発するように刀を振るってきた。

 強くなって、女なのだからああしろこうしろという両親や兄を見返したくて、家を出た。


「……父さん、母さん、兄さん。勝手に家出て結局こうなっちゃった、ごめんね……」


 誰に聞かせるわけでも、誰に聞こえるわけでもないけれど、少女の口からは自然と謝罪の言葉が零れる。

 

 今から自分の身に起こることは、命を奪われるにしろ尊厳を踏みにじられるにしろ親不孝な自分が招いた結果だ。

 心配してくれていたことだけは分かっているつもりだったけれど、結局自分勝手な行動で更に親不孝な結果を招こうとしている。


(さっきからの騒がしさの原因を確認したいけど、こんな状態じゃ格子窓を覗くこともできないしなぁ)


 格子窓は少女の身長よりも幾分か高い位置に空いていた。

 

 幸いなことに足だけは縛られていなかったが、手枷で腕が使えない以上頭より上にある格子窓を覗くのは難しい。

 騒ぎが起きているお陰でならず者たちは自分の事を後回しにしてくれたようだが、動けないのではこの機会も意味がない。


「うぅ……」


 背伸びをしても飛んでも、覗けないことに変わりはない。

 諦めるしかなくなった少女は、再び牢の扉に目を向ける。

 

 連れてこられるまでに子供達が捕らえられた牢を通ったが、そことは違って狭い個室だ。

 壁面と同じ素材で出来た扉は窓と違って顔の位置に鉄格子の窓が付いているが、そこから覗き込んでも行き止まりの廊下が見えるだけ。


「……なにが起きてるの……」


 せめて剣が欲しい。贅沢(ぜいたく)言わないから。

 せめて腕に自由が欲しい。贅沢(ぜいたく)言わないから。


(とにかく、あたしに何かしに来る奴が居ようものなら股間を蹴り潰してやる……)


 少女が恨みがましく扉の外を眺めて、どのくらいの時間が経っただろうか。

 ついにその時は訪れる。


「……あれ?」


 自慢ではないが、少女はそこそこ耳が良いつもりだった。

 乱れた複数の足跡がこちらへ向かってくるような気がしたので内心身構えたが、それが突然静かになってしまった。


「ふぎゃああぁ!」

「え」

「あぶぶぶえぶばべっ!」

「は?」


 静寂を破って現れた……否、吹き飛ばされてきたのは先ほど自分を連行してきた二人の男。

 一人は壁に叩きつけられ、もう一人は頭に強烈な水流を浴びせられて伸びてしまう。

 突然の出来事に少女が呆気に取られてしまったが、後を追う様に角を曲がってきた人影にすぐに警戒心を持ち直した。


(……誰……?)


 近づいてくる人影は、穏やかそうな顔をした男だ。

 

 艶のある濡烏(ぬれがらす)の髪に、垂れ目気味の目尻と右目下の泣きボクロ。

 一見すると優男だが、彼から感じられる魔力の名残は敵意を向けられれば(すく)んでしまいそうな迫力がある。

 

 男は余裕のある足取りで静かに此方迄歩いて来ると、一言「離れていてくれ」と告げた。


「あ、うん……」


 言ってしまえば、少女にいう事を聞く(いわ)れ等無い。

 状況を考えれば警戒してもおかしくなかったが、不思議と少女にその考えは起こらなかった。

 

「離れていてくれ」の一言が、とても穏やかで悪意の類を感じられなかったこと。

 その言葉に敵意や悪意の欠片も感じられなかったことで、男の言葉がするりと懐に入り込んできたのだ。

 

 少女が言葉に従って扉から離れたのを確認して、男によって扉が破られる。

 その手には水の魔力の塊が丸鋸のように回転していて、これで鍵を切断したのだと分かった。


月白色(げっぱくしょく)の髪の女……先にならず者を倒しに行ったってのは、君だな。助けに来た。」


 次々と移り変わる事態に目を丸くするばかりの少女は、その言葉に安心したのか、はたまた驚いたか。

 バランスを崩して尻もちを付いたまま頷いくことしかできなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 扉を破った桃の目の前にいたのは、同じ年頃の少女。

 

 青白い月のような色の髪をハーフアップにした少女の目は、驚きと戸惑いに見開かれている。

 髪の長さは肘くらいまであるだろうか。

 軽くカールした髪は見た目にも美しかった。

 

 特徴的なのは頭からアンテナのように飛び出た、いわゆるアホ毛だ。

 猫のような印象を受ける顔は表情がくるくると変わって分かりやすく、黄金色の目の奥からは何処か固い意志を感じさせた。

 

 服装は髪と同じ色の、鎧の下に着る様な直垂(ひたたれ)か小袖に近い。

 動きやすいようにアレンジしているのか、普段よく見る街の女性や凰姫(こうひめ)の服装よりも裾は短めで動きやすそうな服だった。

 その服も転がされていたことで少し汚れてしまっているが、桃から見て凰姫とはまた違った種類の印象の美少女だった。


「立てるか?」

「ん……、難しいかも」


 気まずそうな顔を返した少女が手枷をはめられていることに、桃は手を差し伸べて初めて気付く。

 傭兵と言っていたから、余計な事をしないような措置だろう。


「ちょっと失礼」


 桃が後ろに回り込んで、手を取る。

 一件華奢だが(てのひら)には剣ダコがいくつもできた跡がある。

 

 後ろに回ったところで彼女の身体が強張ったのは、やはり警戒心があるからだろう。

 木製の手枷を【水刃輪(すいじんりん)】を使って切断したところで、自由を取り戻した少女に改めて声をかける。


「俺は(もも)。蘇芳領主の命でこの近くに寄った帰りだったんだが、村人や傭兵たちから事情を聴いて助けに来た」

「そっか、蘇芳領主様の……。ありがとうございました……」

「敬語はよしてくれ。多分同じくらいの年だろうし、俺はそんな偉い人間じゃないから。それで、君の名前は?」

「え……、それじゃあ。私は(こま)。カムナビの北にある常盤(ときわ)領出身で、傭兵だよ。得意なのは刀なんだけど……」


 敬語をよしてほしいと言うなり、彼女はすぐにやめてくれた。

 

 同年代に敬語を使われるというのは桃としても正直くすぐったいのでありがたい。

 そのまま流れで武器の事を確認すると、少女は気まずげに目を逸らす。


「その様子だと連中に没収されたってところか」

「うん。ちょっとマズっちゃって」

 

「そうか……。取り戻してやりたいが、まずは村人たちの安全を確保したいから一旦砦の外に出たい。構わないか?」

「わかった。村人さん達の身の安全は確かに大事だもんね」


「話が早くて助かる。歩けるか?」

「それは大丈夫。正直何かされようものなら金的するつもりだったから!」

「あ、うん。それは何より……」


 脚はどうやら問題ないらしい。

 

 桃はぐっと拳を握って金的宣言した狛に若干恐ろしさを感じながら、外へ出るよう促す。

 勇魚(いさな)達もどうやら村の大人たちの救出に成功し、俺が助けた子供達も含め最初に開けた壁の穴から順番に外逃がしているようだ。

 大丈夫と言いつつも少しだけふらついた狛の手を取って、桃は勇魚(いさな)達の待つ壁の穴へと向かった。

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