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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 二章 戦いの足音
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第十四話 後編 奪われた村

 時刻は昼過ぎ。

 桃達は自治区からほど近い蘇芳(すおう)領の村に入って休憩に入る予定だった。

 ところが村に入ってみれば、思わぬ事態になっていた。

 村の老人たちが何やら、武装した数名の若い男女と言い争っている。


「なんだなんだ?」


 その様子を勇魚(いさな)が目を丸くして眺めていると、此方に気が付いた老女が一人声をかけてきた。


「あなた方は領主様の……。あれは傭兵たちですよ。この近くで突然ならず者が居付いてしまって傭兵を雇ったんですが、盗賊の規模を見てとんぼ返りしてきましてね」


「傭兵か。たしかに領主へ連絡して兵を待つのはどうしても時間がかかるが……」


 この世界において住民の脅威となる存在は様々だ。

 

 以前出てきたような魔獣や盗賊、災害や戦で出た敗戦兵の流れ者。

 そういった存在から領民を守るのも領主や家来の仕事だが、距離や兵数の関係で直ぐに行くことが出来ない場合も多い。

 

 とはいえ生活や生命に関わる問題でもあるため、急ぎの場合はトラブルを承知で傭兵に頼むことも多いのだ。


「それであの言い争いか……」


 たいてい傭兵がらみのトラブルは金銭関係で、正直な話傭兵側に原因がある事の方が多い。

 それでも話を聴かないまま一方的に決めつけてかかるのは道理に反する。

 とりあえずは双方の言い分を聞かなければならない。


「まあまあ、あんたら、とりあえず俺達に話を聴かせてくれよ」


 両者の間に割って入った勇魚(いさな)に、7人いる傭兵の一人が食って掛かる。


「なんだあんた、口を挟むな!」

「わしらは蘇芳(すおう)家の将だ。この村には休憩がてら寄ったんじゃが……蘇芳(すおう)家の者としては領内の(いさか)いは把握しておきたくての」

蘇芳(すおう)家の……?だったらちょうどいい、あんたらが何とかしてやれ」

「何とかってのは、盗賊の事か?」

「そうだ」


 勇魚(いさな)の言葉に、食って掛かっていた男がぶっきら棒に答えた。


「金を受け取ってならず者が居付いたって場所に行ってみたら、砦が築かれてやがった……ありゃ話が違う。貰った金じゃあ釣り合わねえし俺らだけじゃやられるのがオチだ」

「敵の規模は?」

「分からねえ。外からじゃ分からねえから戻ってきたんだ。砦を築くようならある程度人数がいるってのが相場だろう」


 桃の言葉にこれまた不満そうに答えた男に、確かにと心の中で同意する。

 事情を老女に聞いた時、突然居付いたと言っていた。


「お爺さん、居付いたならず者ってのは、以前から砦を築いていたのか?」

「いんや。砦などわしらは知らなんだ。傭兵たちに言われて初めて気が付いたのです。奴らは少し前に突然襲ってきて、働き手や女子供を皆(さら)って行っちまった。そして村を空け渡せと……」

「それで慌てて傭兵に頼んだってことか……。因みに傭兵にはどれくらい出した?」

「村の者の金をかき集めて金貨百枚程……あとは物資を」


 そういえば、と改めて周囲を見回す。


 家屋の戸や格子の隙間から此方の様子を窺うもの、傭兵を囲むように立つもの等様々だが、そのすべてが老齢の者ばかりだ。

 先ほどの言葉通り、老人以外は全て(さら)われたとみていい。

 

 その一方で依頼料は金貨百枚、というと前世の感覚では百万円程。

 それに加えて物資もとなると、働き手を攫われた村で出す分としてはかなり頑張っている方だろう。

 

 とはいえ、規模も分からないならず者を命がけで相手にするには心許ない。

 傭兵たちの人数が多いほど一人当たりの取り分が減るから、猶更だ。


(村人達からすれば相場も分からない中、ぼったくられてるかもしれないし……)


「お忙しい領主様の家来の皆様にお頼みするのは忍びねえ。だからあんたら傭兵に頼んだんだ……!大体あんたらと違ってあの嬢ちゃんは行ってくれたじゃないか!」

「そりゃ分かってる!だが俺達も命は惜しい。それにあいつは傭兵団に入ったばかりで言う事を聞かないじゃじゃ馬だ。勝手をしただけだ!」


 どちらの言い分も、気持ちの上では分かる。

 ただこの場合、言い分に道理があるのは傭兵の方だ。

 依頼を受けるか受けないかの判断する権利は傭兵が持っているし、村が総出で(まかな)ったとしても金貨百枚では砦に籠る賊の討伐には不足だ。


「……じゃじゃ馬って、この他にも君たちの仲間が?」

「ああ、月白(げっぱく)色の髪の剣士の女だ。無駄に正義感が強くて、今回も俺達が依頼を断念することに反対して自分一人でならず者を退治しにいった」

「となると、そいつも危ないな」


 勇魚(いさな)が呟いた言葉に幹久共々頷く。

 

 八人でも危険と判断した相手に一人で立ち向かうなど、危険が過ぎる。

 彼らは傭兵団というには規模が小さく、恐らくは駆け出しなのだろう。

 恐らくは戦闘の練度も正規の兵士程ではない。

 

 一緒に事情を聴いていた他の皆も同じような意見のようだった。

 全員で寄り集まって顔を突き合わせ、念のためにお互いの意見を確認する。


「これは……俺としてはちょっと放っておけない」

「私は桃様に従います」

「当然だ。第一領民が困っているのを放ぽってきたんじゃ父上に説教喰らっちまう」

「本来任務を優先すべきじゃが……予定より早く進んでおるからの。わしは桃の決定を尊重しよう」

「だ、そうだがどうする桃。今回父上から任務を言い渡された責任者はお前だ」


 意見は出そろった。

 

 任務の途中の寄り道である以上ヤマヒコには少し待って貰う必要があるが、蘇芳(すおう)の将としてこのまま戻るのは後味が悪い。

 今から戻って、報告をして、また討伐の為にここへ戻ってきたとして、それまでこの村に残された老人たちが無事である保証はない。

 

 供の兵を含めて十人ばかり。

 頭数は少ないが、戦力的には幹久や勇魚(いさな)は十分頼りになる。

 ハヌマンについては未だ未知数だが、それでも器用で体格もよく、覚えもいいので既に槍や棍棒のような武器なら扱える。


「行こう。付いてきて貰ってるヤマヒコには少し待って貰うことになるけど、いいかな?」


 連れてきておいて待たせてしまう形になるのは少し申し訳ないとヤマヒコに声をかけると、彼はまたさらさらと筆と木簡を取り出して「大丈夫」と(つづ)って見せた。


「決まりじゃのう」

「よし、それじゃあ……」


 相変わらず平行線でお互いに気まずく目を合わせるばかりになった両者の間に、桃達は割り込む形で宣言する。


「そのならず者退治、俺達が引き継ごう」


 今回の任務の責任者として宣言した桃の言葉に、異を唱えたのはなんと村人の方だった。


「なりません!あなた方は今回領主様の任務の途中なのでしょう!その恰好を見ればわかります!わしらなどに構っては……」

「確かに俺達は任務の途中だ」

「ならばやはり……!」

「けど、このまま帰るのは蘇芳(すおう)家の将としての品格に傷が付くのよ」

「桃の言う通り、蘇芳(すおう)の将として、任務もこなして領民も守るってのが父上の、蘇芳(すおう)領主の方針だ」

「お主らが傭兵に出した報酬が懸命に集めたものであることは分かる。だがわしらから見ても十分とはいえぬ。正直今回は傭兵の言い分に分があるのじゃ」


 その言葉を聴いて、老人たちの言葉の勢いが消えていくのが目に見えた。

 傭兵に反発する者も、此方の助けを頑なに遠慮する者も、そのどちらも自分たちの言葉に無理がある事は分かっているのだ。


「なに、こういう時の為に俺達がいるんだ。日々仕事をして領に貢献しているあんた達には俺達を頼る権利があるし、俺達にはあんた達を守る義務がある」

勇魚(いさな)の言う通りだ。本来こういうのは俺らの仕事だ。むしろ手が回らないばかりに、すまなかった」

「あぁ……申し訳ねぇ……ありがとう……ごぜえます……」

「いいって事よ」


 勇魚(いさな)はにかっと明るく笑って申し訳ないと繰り返す老爺の肩へ手を置く。

 村人を代表するように、矢面に立って傭兵たちと言い争っていた老爺だった。

 老爺はその手をとると、まるで祈る様に両の手で包み込んで涙ぐみ始める。


「ところで傭兵さん達、ならず者達が砦を築いたこと以外でなにか変わったことはあったりした?」


 とりあえず老爺は勇魚(いさな)に任せ、桃は傭兵たちに向き直る。

 

 彼らも突入せずに戻ってきたようだから大した情報はもっていないだろうが、念のために確認しておきたかったからだ。

 傭兵たちは老人たちの依頼を此方が引き受ける流れとなったことに安堵しているのだろう。


 少し柔らかくなった表情のリーダー格の少年が答えてくれた。

 年齢は恐らく同じくらいだろう。短く刈り上げられた茶色の髪と活発そうな目が印象的な少年だった。


「いや、悪いが本当に中には入っていないんだ。少なくとも三日前に依頼を受けた時点では砦は本当に立っていなかった。」

「三日前?」


 三日前というと、丁度領の境を超えて自治区に入ったあたりだろうか。

 往路ではこの村には立ち寄らなかったが、その時点ではまだ砦は立っていなかったということだ。


「ああ、俺達が依頼を受けたのは三日前だ。俺と仲間の一人で偵察にいって、準備と情報の共有の為に戻った」

「その時の様子は?」

 

「ただの小屋だったよ。だからそこまで人数も多くないと踏んでたんだが、翌日に本格的な討伐の為に同じ場所へ行ってみたら……」

「砦があった……と。村人の言う通りまさにいきなり砦が出てきたわけだ」


「ああ。以前の偵察ルートで付けた目印を辿ってたから、間違いない。正真正銘一日でただの小屋が砦になりやがった」

「てことは、それが可能な数か、あるいは力をもった人材がいる……」

「そういう事だ。ただのならず者ならまだしも、俺達には荷が勝ちすぎる。俺達も見掛け倒しだと確信できれば突入したが、今日まで見張ってても確証は得られなかった。」


 話によれば、一応はったりの可能性も捨てずに暫く見張っていたらしい。

 しかし砦は張りぼてというわけでもなく、それどころかしっかりとしたものだったようだ。

 

 砦の規模が大きめなのは(さら)った村人たちを収容するためかもしれないが、相手の人数によっては桃達でも少し手を焼くかもしれない。

 そして、桃が気になることがもうひとつあった。


「一人で突っ走っていったって子は、いつ頃別れたんだ?」

「そんなに時間は立ってないよ。いったん戻って村人たちに断りを入れた時だ。戻るって言った時点で断るって意思は共有されてると思ったんだがな」

「なら、急げば追いつけるかもな」

 

「もし行ってくれるんなら一応助けてやってくれ。俺達にはもう関係ないが、流石に死んでほしいとまでは思ってない」

「わかった。善処するよ。あ、わかってると思うが村から受け取った依頼料と受け取った物資は返してくれよ?使っちゃった分は仕方ないけど」

「わかってるよ。そんなケチな真似して恨み買いたくねえ。あんたたちが代わりに行くんだろ?武運を祈ってるよ」


 そういって彼らは村人たちに受け取っていた依頼料の入った布袋を渡して、勘定をし始める。

 傭兵の中には質が悪い連中もいるらしいが、彼らは比較的優良な部類だろう。

 まだ駆け出しのようだし、このまま汚れずに大きくなって欲しいものだ。


「で、どうだって?」


 勇魚(いさな)はというと、桃が傭兵の少年から話を聴きだしていたのを見ていたようで情報の共有を求めてきた。

 幹久やハヌマンも求めるものは同じようで、皆一様に此方に視線を向けている。


「やっぱり砦は突然現れたといってもいいような速さで出来てたみたいだ。人数は分からないが、相手の人数や中身によっては俺達でも手を焼くかも」

「怪我人がいるであろうことも考えると、中蘇芳(すおう)から救援も必要じゃの」

「となると、父上当てに伝令書を括り付けた鴉を急ぎで出すとして……ん?」


 勇魚(いさな)が途中で言葉を切ったので見てみれば、ヤマヒコが勇魚(いさな)の腕をつついている。

 皆で彼に注目すると、彼はそれを待っていたようにさらさらと木簡に筆を走らせた。


「何々……自治区にも治癒の得意なものがいるから自分が呼んでくる……?いいのか?」


 ヤマヒコは桃の言葉にこくこくと頷いて同意を示した。

 正直、蘇芳(すおう)では治療を得意とするものが少ない。ありがたい申し出だった。


「それじゃあ二人ほど兵を付けるから、ひとっ走り頼む」


 ヤマヒコは任せとけ、といった具合に胸を叩いてみせた。

 自治区にいる者たちは何かしらの能力を持っているようだったから、きっと頼りになるだろう。

 兵を伴って自治区へ戻っていくヤマヒコと、中蘇芳(すおう)へ急ぐ伝書の鴉を見送って、桃達はならず者の待つ砦へと向かった。

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