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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 二章 戦いの足音
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第十二話 恵比寿の疑問 桃の葛藤

 蘇芳(すおう)領主、恵比寿(えびす)が豪商セコイ捕縛の報を受けたのは、明け方だった。

 自分の命令によって捕縛へと発った兵たちを見送り、夜通しそれを待って数刻。

 

 空は東側から薄白いおぼろげな光を広げながら、夜の空の黒を塗りつぶしていく時間帯。


 部下たちの実力は信頼している為にそこまで心配はしていない。

 それでも上に立つ人間として、部下たちが戦っている中自分だけが勝手に休む事は出来なかった。

 

 六年前に旅立った妻が大切にしていた書庫を掃除し、縁側に腰かけて煙管を咥えて煙を燻らす。

 夜を塗りつぶしていく夜明けの色の色相に、吐き出した煙が溶けていく。


「御館様。先にご報告へ上がりました」

(かい)か。どうだった?」


 浦島(うらしま)衆頭領の長身の青年が背後に音もなく降り発ったのを捉えた恵比寿(えびす)は、視線だけ向けて続きを促す。


「は。証拠品及び交易品を押収し、働かされていた奴隷たちも保護しております。一名重症ですが、処置によって命の危機も脱しています」

「セコイはどうなった」

「桃が捕縛しました」

「そうか。武器で気絶でもさせたか」

「いえ、魔法を使ったようです。体中の水分が死ぬ手前まで蒸発させられておりました」

「そうか、あいつが……。そこまでする辺り、相当にセコイは悪党だったようだな」

 

 その言葉を聴いて、恵比寿(えびす)は内心抱いた驚きを悟られないように努める。

 

 本来、魔法はマナを介して発動する物だ。

 例えば水場で水の魔法を使いやすくなるのは、水のマナが豊富だからで水そのものがあるからではない。

 

 魔法とはあくまで、自ら対応する属性のマナを使って物質や現象を作り出す技術。

 そこに存在する水や土といった物質を直接操るわけでは無い。

 相手の体の中の水分を蒸発させるということは、水場の水を直接操るようなものだ。


 本来であれば、それは人のままで成せる領域ではない。


「そうか……。それを聴くにやっぱりあいつの魔法は……」

「ええ、かなり特殊かと。水弾を撃ったり水の刃で斬りつける等は才能があったと言える範疇(はんちゅう)ですが、相手の身体の水を直接蒸発させる魔法など訊いたことがありません」

「だよなぁ」


 やっぱり、といった様子で恵比寿(えびす)は空を仰ぐ。

 

 鍛錬の時から桃の魔法がなにか特別なものだという兆候はあった。

 それがここ数か月の実践の中で桃が使ったという魔法についての報告で確信に変わった。


 勿論、自分自身がより強く受け継いでいる魔物の特殊能力等と組み合わせることである程度のバリエーションを出すことはできる。

 それでも桃のように、海水に直接干渉して空間を作ったり、水の上を歩いたり、空気中や相手の体内の水分に直接干渉したりすることは通常不可能だ。


「あいつの鍛錬の時に何回かやらせてみた事があるが、どうも桃は時々逆の事をやっているみたいでな」

「逆。ですか」

 

「魔力を自然界のエネルギーに混ぜて直接操作する……、本人は意識していないようだが理屈はそんなところか」

「……にわかには信じられませんね」

 

「だがそうでもないと魔法の理屈では説明が付かん」

「では桃の魔法の特殊性というのは……」


「まあ、そういうこったな。桃は自然にある水そのものへ介入して操作できる」

「自然への干渉……それではまるで」


「ああ。祭魔(さいま)か、それに近い強力な眷属(けんぞく)や妖怪の類いでなければ不可能なことだ」

「しかし桃は……」

「間違いなく人間だ。十六年前のあの時、()()()(はら)から取り上げられたのを俺も見ている」


 自然現象への干渉。

 桃の力はまだそう呼ぶには規模が小さなものだ。


 しかし操作する水の規模が大きくなればどうか。

 水の形や性質を自在に操ることが出来るならば、川の流れを変え、氾濫(はんらん)させるなど簡単だろう。

 あるいは雨雲を作り出し、大雨で田畑を流しつくす事だってできるかもしれない。


 祭魔(さいま)はその力で時に恵みをもたらし、時に災厄をもたらす。

 その祭魔(さいま)の力に準ずる性質が、桃の魔法にはあるとすれば。

 

 間違いなく、桃は今後もその身を狙われることになる。

 その強大な力と、産まれ持った血筋故に。


(しかし何故桃の魔法だけそんな性質を持った……?あいつの身体が濃く引き継いだ魔物の因子か……?)


 今各地で眠る祭魔(さいま)の中にも、水を操る魔物は存在する。

 人の身では持て余すであろう強大な能力だ。

 

 魔物自体が持つ特殊能力として、祭魔(さいま)のような強い因子を濃く継いでいるなら。

 魔物は何百年も生きる存在だ。過去に桃の先祖がどこかで祭魔(さいま)やその眷属と交わっている可能性はある。


(――あるいは、桃の人としての血筋……。カミゾノの血の成せる技ってことかもしれんが……)


 恵比寿(えびす)が脳裏に浮かべたのは、十六年前の桃の母親の姿。

 彼女が生きていればその血筋について聞けたかもしれないが、彼女は既にこの世にいない。

 

 とはいえ、完全にその血筋の関係者が居なくなったわけではない。


(……瑠璃(るり)の女狐さんに訊いてみるか……)


 考えた末にたどり着いたのは、一人の女の姿……、隣の領の女領主の姿だった。


「御館様?」

「いや、少し考え込んだだけだ。勇魚と花咲の爺さんからは報告を受けているから、桃が戻ってきたらここに来るよう伝えてくれ」

「承りました」

「頼んだぞ」


 海が返事と供に下がると、恵比寿(えびす)の元に黒白の八割れ模様の猫が一匹やってくる。

 猫は一声「にゃあ」と鳴くと、縁側に腰かける恵比寿(えびす)の足元にすりついた。


「人懐こいやつだ」


 首輪が付いている上に人懐こいところをみるに、飼い猫らしい。

 ここ数日は誘拐やら密売やらであまり休めていなかったのを思い出す。

 珍しく柔らかくほころばせた顔を他の者に見られては恥もいいところだが、周りに人がいる気配はない。

 恵比寿(えびす)は舌をチッチッチッと鳴らして猫を呼ぶと、傍に寄った猫を抱き上げて喉元を撫でるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 セコイを捕縛した桃が船の甲板に出ると、既に空は白み太陽が地平線から顔を出す寸前だった。

 乗り込んだ時は闇に溶けるほどの黒一色だった水面が、ぼんやりとした薄い光を少しずつ浴びながらキラキラと輝いている。

 

 保護した奴隷と、そしてなにより皺だらけになって消沈しているセコイの身柄を、事が終わった時の為に待機していた兵に預けた。

 

 階段もあるために引きずるのも不便だったため、最終的に俵担ぎにしてきたセコイは幾らか水分を抜いたのにも関わらず結構重たかった。

 

 もともとの蛙の顔を潰したような面だったセコイの顔は、皺だらけになったことで醜悪さに拍車がかかっており、その面で恨み節を呟き続けるセコイに兵たちは若干引いていた。

 最も、恨み言を言うくらいの元気があるなら死にはしないだろう。

 

 船の中にある交易品や美術品は恐らく正規の価格で買い取るか、あるいは元の持ち主へいったん戻す形になるだろう。

 大きな船で荷物も多いため、中を一度検めた後に商船は一度港まで動かす事になった。

 後は一旦待機していた兵たちへ任せる形になる。


(……怒りの感情があったとはいえ、ちょっと熱くなりすぎたな……)


 桃の頭にセコイの身体から死ぬぎりぎりまで水分を蒸発させたあの時の事が蘇る。

 ぎりぎりで止める理性はあったが、それでも死ぬ可能性はあった。


(これまでは命を奪うことに一定の躊躇いや葛藤があったけど、あの時の俺にそれはなかった)


 殺す事に慣れたといえばそれだけなのかもしれないが、正直、感情次第では躊躇(ちゅうちょ)なく人を殺めかねない選択を取れる自分を少し恐ろしく思う。

 

 税を逃れた違法取引を企み、奴隷を使い、さらには蘇芳(すおう)から奴隷を確保しようとしたセコイは間違いなく悪人だ。

 

 まして凰姫(こうひめ)を引き合いにだしたあたり、本当にそれが可能ならば奴隷として連れていく事も厭わないような男だろう。

 

 大陸に定められた法でも蘇芳(すおう)に定められた法でも違法であり、間違いなく奴は裁きを受ける。

 

 桃がこの世界に来る前、生前日本にいた自分はテレビドラマや漫画の憎らしい悪役が成敗されると清々しい気持ちになったものだ。

 しかし思った以上に、例え悪人であっても人の命の行方を決する判断は重い。

 

 そしてその重さを知った上で、今は状況によっては命を奪う事を選択できるようになってきていて、それが可能な力を持っている自分がいる。


(……覚悟していたことだ。今更考えるべきことじゃない)


 (まとわ)わりついていた思考を振り払う。

 この世界で生きていくのなら、生命を奪うことに対する躊躇(ためら)いも、葛藤(かっとう)や恐怖も忘れた方がいい。

 そう言い聞かせて、桃は帰路に就いた。


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