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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 二章 戦いの足音
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第十一話 地獄の沙汰も金次第

 最下層までの道のりはさして大きな問題もなく、浦島(うらしま)衆のおかげで殆ど障害無く通ることが出来た。

 

 或る者は(かい)の釣り糸に釣られ、或る者はフカマルの按摩で全身の骨を折られた。

 また或る者はエイジによって喉笛を突き抜かれ、或る者は(おと)が超音波で振動させた鋼糸(こうし)によって切り裂かれる。

 

 桃も(かい)から借りた剣で急所を突き、あるいは水を相手の鼻や口から流し込んで窒息させる。

 それでも桃が一人片付ける間に浦島(うらしま)衆は倍の人数を片付けてしまう為、プロの仕事の速さを見せつけられているような状態である。

 

「あとは最下層だけだ。フカマルとエイジは幹部を片付けて退路の確保と証拠品の保護を頼む、桃と(おと)は俺とこのまま進むぞ」

「ああ」


 (かい)の言葉に短く答え、桃と(おと)はその背を追う形で最下層の倉庫へ続く階段を下る。

 

 最下層は巨大な倉庫と、そこにいくつかの部屋が繋がる構造になっている。

 下った先はこれまでよりも更に一段と暗く、鮮やかな細工を施された美術品が綺麗に整列していた。

 

 其々の美術品に傷が付かない為だろう、それらは全てある程度の感覚を開けたうえで並べられている。

 その隙間から除く周囲の壁に、いくつかの扉が見えた。

 其の内のひとつが奴隷たちの居住スペースに繋がる扉であり、その隣には件の豪商、セコイが個人的に使っているスペースがある。


「あの扉か……」

「入口はあそこしかない。さっさと乗り込むぞ」

「中の気配は三人ですね……呼吸数や脈の速さから子供のようです」


 (おと)の言葉に気を引き締め、桃は扉へと手をかける。


「それじゃあせーので……1.2の3!!」


 桃がみっつ数えて扉を押しこみ、一斉に室内へなだれ込むように突入する。

 室内には(おと)が事前に察知していた通り子供が縛られた状態で三人横たわり、芋虫のようにうごめいていた。

 

 どの子供もやせ細り、落ちくぼんだ頬と浮いた肋骨が痛々しい。

 働かされている最中に負ったか、あるいは縄で擦れたであろう傷は膿んで、すえたような独特の匂いを放っていた。


「ひどいな……」


 部屋の惨状に一瞬足が止まる。

 幸い意識はあるようで弱弱しく、虚ろながらも怯えたような此方へ視線を向けてくる。


(おと)

「はい」


 (おと)が子供たちの傍に膝をつき、縄を切って真水の入った水筒で傷口を洗う。

 懐から薬草をすりつぶした薬を取り出して傷口に塗って包帯を当てると、そのうちの一人が僅かに言葉に力を取り戻した。


「助けに来た。……他にもお前たちのような奴はいるか」

「……まだ……隣に捕まってる。僕らを庇ってひどい折檻(せっかん)を受けてるんだ……助けて……」

「任せろ。(おと)は先にこの子たちの応急処置を頼む」

「お任せを。兄様と桃殿は残った者と豪商の始末をお願いします」


 安心させるように微笑んで答えた(かい)が、(おと)に追加で指示を出す。

 子供たちの言うまだ捕まっている人物。それが恐らくはビーマの兄だろう。

 

 この状態の彼らを庇って折檻(せっかん)を受けているという事は、これ以上に酷い怪我を負っている可能性が高い。

 時間がなかった。

 話を聴くが早いか、桃と(かい)(おと)を背に庇う形で隣に繋がる扉を開ける。


 扉を開けると丁度右正面に座敷牢のようなスペースがあり、その中に一人の男が手枷を吊り下げられて捕らわれていた。

 

 赤茶の髪に大柄な体。

 

 しかしその肉付きは背丈に不釣り合いなほどに悪く、体中に打撲と出血の跡が見受けられた。

 特に左目からは(おびただ)しい出血の跡があり、腹が上下しているのが見えなければ、死んでいるのと錯覚してしまいそうだ。


 座敷牢の横には装飾されたデスクと椅子。

 その上には雑多に置かれた書類の数々。

 そして今入って来た出入口とは別に、装飾の入った扉が左側にも見える。

 恐らくはこれが豪商の個人的なスペースなのだろう。

 

「しっかりしろ」

「あなた達は……」

「あんたの弟に頼まれて助けに来た」


 牢の鍵を(かい)に開けてもらい、中に入って手枷を外しながら桃は男に声をかけた。

 僅かに呻き声をあげた男が薄っすらと目を開けて呟いた言葉に答えると、弟の名を聴いて男の意識が今度ははっきりと覚醒した。


「ビーマに?弟は……無事なのですか!?」

「無事だから俺達がここにいるんだ。酷い怪我だから大人しくしておいた方がいい。肩を貸そう」

「ありがとう……」


 痩せてこそいるが体が大きい分一人で運ぶのは難しい。

 (かい)と共に肩を貸したことで掴まって立ち上がろうとした男が、バランスを崩す。

 

 弱っているから、というだけではない。

 片目がつぶれてしまっているのだと、目の傷を間近でみて気付く。


「……あんた、名前は?」

「ハヌマンと言います……」


 ハヌマン。この大陸においてどう伝わっているのかは分からないが、桃の生前の世界ではある神話に出てくる神猿の名前だ。


「いい名前だ」


 ハヌマンの言葉には若干西の訛りがあったが、会話に不自由はなく、色々と聞き出すことが出来た。


 ビーマが脱走してから、セコイの怒りは凄まじいものだったようだ。

 

 最初は海へ落ちたとごまかしていたが、配下に周辺を調べさせたらしい。

 

 そして嘘の可能性が高いと分かるとセコイは奴隷たちを酷く虐待。

 特に兄のハヌマンに対しては激しく当たったようだった。

 

 自分が弟を逃がしたために怒りを買ってしまったこともあり、他の奴隷に向かうはずの罰もハヌマンが負った。

 

 そうして激しい虐待の末に左目の視力を潰され、食事を与えないままセコイはハヌマンを放置したという。

 それでも命を落とさなかったのは、彼がたまたま頑丈だった故だろう。


(おと)、いったん彼を運び出したい。重症だ」

「確かに、かなりひどいですね」


 ハヌマンを(おと)の元まで連れていくと、既に少年たちの応急処置は終わったようだった。

 (おと)はハヌマンの状態を見るなり、桃から引き継ぐ形で(かい)と共にハヌマンに肩を貸す。

 

「分かりました。子供たちは既に応急処置を済ませてフカマルたちに託していますのでご安心を」

「さすが(おと)殿、仕事が早い」

「これくらいは当然ですとも」


 そういうと(おと)はふふんと胸を張って見せる。

 褒めると照れながらほんの少しどや顔になるのは、凰姫(こうひめ)に少し似ていた。


「身長的にこのまま俺と(おと)で運んだ方がいいな……。桃、セコイの捜索頼むわ」

「出口はエイジが見張ってますから、恐らく船内のどこかに隠れているはずです」

「なにからなにまで助かる!ありがとう!」


 確かにハヌマンは身長が高い。

 桃と(かい)が肩を貸して運んでいると、三人の身長差で動きがちぐはぐになってしまう。

 身長差的やバランス的にもこの兄妹に任せた方がいいと判断し、桃もハヌマンを託す。

 

 まあ、親玉を捕まえる華を持たせてくれたのだろうと、桃はそのまま船内の捜索を始めた。

 大体ああいうのが隠れるところは見当がついている。


 実際、標的はすぐに見つかった。


 船倉の最下層、美術品が整然と並べられたスペースの一角だ。

 

 その一角に積まれた大きな樽の中、ハチの巣に籠る蜂の子のように、肉がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 性格には肉ではない、でっぷりと太ったヒキガエルのような面の強欲な人間だ。


(いや、ヒキガエルに失礼だな。実際に間近で見ると別次元の醜さだ)

 

 間違いなく、人相書きの通りの顔。今回の標的でもある豪商セコイであった。

 しかし桃が感じている嫌悪感は、見た目が醜悪さから来るものではない。

 顔の造り自体は、捉えようによっては愛嬌もある顔なのかもしれない。


 醜く感じるのは、身勝手さと欲の深さを凝縮したような表情故だ。

 加えて、実際に奴隷達の様子を実際に目の当たりにしたことが、桃が抱いていた嫌悪感を加速させた。


「お前がセコイだな。奴隷を始めとした違法取引の数々、とりあえず大人しく縄についてもらおうか」

「あいつか!あいつが吐いたのか!畜生あのガキめ、やっぱり逃げてやがった!海に飛び込んだならそのまま鮫にでも食われていればいいものを!」


 ヒステリックに唾を飛ばしながら顔を赤くしてセコイが叫ぶ。


 しかし狭いところに無理やり入り込んでいる為に呼吸がし辛いのか、その叫びに迫力はない。

 樽に詰まったままという見てくれも相まってかなり情けない姿だ。


「お前さぁ、自分の状況分かってる?証拠品や商品共々全部押収して、今からお前は捕まるんだけども」

「わかっておるわ!言われんでも!だから憎たらしいが交渉してやる!わしを見逃してくれれば大金貨百枚だ。」

「ほーほー」


 桃が適当な返事をしている事にも気が付いていないのか、精一杯の様子のセコイは汚らしくがなり立てる。

 

「美術品や奴隷も優先的に融通してやる!お前まだ若いだろう!?女を抱きたい盛りだろう!若い女の奴隷を仕入れたら真っ先に安く譲ってやる!この地方にも上玉がいるそうだからな!蘇芳(すおう)の姫とかどうだ!清楚で愛らしいと評判だぞ!わしが欲しい位だが、聞いていた年齢的にも今から調教すれば……!」

「……」

 

 自由に話をさせているのが間違いだった。と今更反省する。

 ぎゅうぎゅうに詰まって文字通り手も足も出ない状況で、どう交渉してくるのか。

 商人なりに相応の対価を持ってくるのだろうと話を聴いてみればこの様だ。

 

 セコイは欲をくすぐるどころか桃の地雷を綺麗に踏んでいく。


 元々言葉を聞き入れるつもりもなかったとはいえ、桃にとってはセコイの口から出てくる言葉全てが不快極まりない。

 一方のセコイは桃が無言になった事を交渉の余地ありととらえたのか、達者に回る舌の勢いに拍車をかけた。


「いや、もういい」

「おお、じゃあ……」

「ああ、とりあえずここから出してやるよ」

「おお、おおおおお!!恩に着る!さあ、早く出してくれ!」

「まあ慌てなさんな。ちょっと顔失礼するよ」


 期待と希望に満ちた顔のセコイの額に手を当て、無表情の桃が水のマナを取り込む。

 額に当てた手がどう動くのか、セコイは(しばら)く困惑しながらも己が助かる未来を想像して浮かれた様子だ。

 

 しかしその浮かれた笑顔も、自分の身体に何か異変が起こっていることに気が付いて恐怖に歪んでいく。


「なななななにをぉ……」


 セコイの顔から瑞々しさが失われていく。

 脂肪で丸々とした顔や太い首、そして餅のように膨らんでいた身体も、徐々に干物のように、枯れた老木のように脆く萎れていく。


「そのままじゃあ詰まって出られないだろう?だから出られるようにしてやったんだよ。少し痩せて男前になったんじゃないか?」

「は、はな……はなひ()が……しがぁ()ぅ……」

「あん?なんて?」


 なんて、はっきり喋れるほど口の中に水分が残っていないのは分かっているし、何を言ったのかも大体分かる。

 死ぬぎりぎりまで水分を蒸発させるという桃の拷問じみた行為によって、セコイの身体は見る影もなかった。


 端的に言えば、キレたのだ。

 奴隷たちの扱いに散々内心腹を立てていた所に、凰姫(こうひめ)の存在を持ちだされたのが引き金だった。

 

「俺はお前を出してやるって言っただけだ。この樽からな。お前を逃がす気は毛頭ないし、交渉を受け入れるとも言ってない。俺には美術品も、奴隷や女も必要ない」

「……ヒィ、ヒ、ヒィイイエェ……」


 縋るためか、あるいは精一杯の抗議か、セコイの手が俺の足に(まと)わりつく。

 それを蹴りつけて、桃は決定的な一言を放った。


「商人のくせして自分の価値も測れないようだから教えてやるよ。お前の命なんざ、端金(はしたがね)の価値も無い」

「あああ……」


 その言葉を聴いたセコイの表情は、皺だらけの老人のような顔になりながらも十二分に落胆の様相を現していた。


 桃は少しばかり台詞回しが調子に乗っていたかとも思いつつ、こういう台詞一度は言ってみたかったのだから偶にはいいだろう。と気にしないことにした。

 周りに誰もいない今この時が丁度いいタイミングだ。

 

「水分抜いても重いなぁ。このまま海に放り投げてしまいたい……」


 放心したセコイを拘束して、桃は一人愚痴をこぼす。

 とはいえこの男は聴取を取って余罪を追及する必要があるから、(かい)の言った通り殺せない。

 

 仕方なく、桃はセコイを縛ると襟首を引きずって(かい)たちの元へと歩き出した。

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