お父さんがドラゴンになっちゃった
よろしくお願いします。
むかし、ある村に女の子が両親と暮らしておりました。
女の子の父親は昼間は働き者で穏やかで、村の皆から好かれるよい人でしたが、夜になるとお酒をたくさん飲んで怒りっぽくなり、家族を怒鳴りつける怖い人に変わりました。
女の子には兄がいましたが、父親を恐れ働ける年になると家を出て行ってしまいました。なので、今は父親と母親と女の子の三人暮らしです。
女の子は夕飯を食べるとすぐに自分の部屋にこもってドアに鍵をかけ、布団を頭まで被って眠ります。母親がそうしなさいと言ったからです。
布団の中は静かでとても落ち着きました。楽しい夢を見られるので女の子は眠ることが好きでした。
ある夜、いつものように女の子が眠っていると、奇妙な音が聞こえてきました。
目をあけるとごつごつした岩が見えました。岩は音にあわせて上がったり下がったりしています。
満月で月明りが明るい夜でしたので、女の子は起き上がってカーテンを開けました。
月の光に照らし出されたのは、岩ではなく、たくさん並んだ鱗でした。
大きなドラゴンが眠っています。奇妙な音はドラゴンのいびきだったのです。
女の子は悲鳴をあげそうになりましたが、母親が口を塞いだので声は出ませんでした。
「お父さんが眠っている間に逃げますよ」
母親が、壊れたドアのほうへ女の子の手を引きます。
「あれはお父さんなの?」
女の子は驚きました。
「お酒の飲みすぎでドラゴンに変わってしまったの。もうお父さんじゃないわ」
「元に戻す方法はないの?」
「明日の朝までに魔法の花を食べさせれば戻るかもしれない。けれど、あまり時間がないわ」
「魔法の花っておばあさんの家の庭に咲いている花でしょう? わたし取りに行って来るわ」
女の子は以前おばあさんから魔法の花を見せてもらったことを思い出しました。
女の子のおばあさんは森の魔女でした。庭で色々な薬草や野菜を育てているのです。
「そうだけど‥‥‥本当に大丈夫?」
心配する母親に女の子は明るい声で答えます。
「お母さんはお父さんについていて。走っていってすぐにお花をもらって帰って来るから」
「森の中には悪い狼が潜んでいるから、気を付けるのよ」
「はい、行ってきます」
女の子は森の奥にあるおばあさんの家を目指して走り出しました。
「こんな時間にどこへ行くんだい?」
「こんばんは、狼さん。悪いけど、話をしている時間はないの」
途中、狼に声をかけられても、女の子は足を止めず走り続けました。
「こんな夜更けにどうしたの?」
「こんばんは、フクロウさん。悪いけど、話をしている時間はないの」
フクロウに声をかけられても、女の子は足を止めず走り続けました。
一度も立ち止まらずに森を走り抜けると、おばあさんの家の明かりが見えてきました。
おばあさんは早起きで、朝日が昇る前から起きていました。
「おやおやこんな時間にどうしたんだい?」
「お父さんがドラゴンになってしまったの。元に戻すために魔法の花を分けてください」
「なるほど、それでここに来たのかい」
「おばあさんのお庭に魔法の花があるでしょう?」
おばあさんは困った顔をしました。
「残念だけど、今はその花が咲く季節じゃないんだよ」
「じゃあ、お父さんを元に戻せないの?」
「だけどお前さんは運がいいね。最後に咲いた花を乾燥させておいたものがある。それを持って行くといいよ」
おばあさんは魔法の花のドライフラワーを布に包んでくれました。
「ありがとうございます。おばあさん」
「ただし、これが今年最後の花という事を忘れないでおくれ」
「はい」
「この花を食べれば、父親は元の姿に戻るだろう。だけど、そのあとまた一滴でもお酒を飲んでしまったら、たちまちドラゴンになってしまうよ」
「わかったわ。もう絶対にお酒を飲ませない!」
「お酒を使った料理もダメだよ。ブランデーケーキや、マロングラッセなどもお酒が使われているからね」
「はい、気を付けます」
「朝日が昇る前にお行きなさい」
「はい。どうもありがとう、おばあさん」
月はもう西の空に傾いています。女の子は帰りも走りました。
また狼とフクロウが話しかけてきましたが、女の子は気づきませんでした。
東の空が白くなり始めてきました。
家が近くなると大きな唸り声が聞こえてきました。
家は壊され、外に出ているドラゴンの手には母親が握られていました。
ドラゴンは牙のたくさんはえた大きな口を開けて、母親を食べようとしています。
「お父さん、元に戻ってー!」
女の子は叫びながら口の中に魔法の花を投げ入れました。
ドラゴンは口の中に飛び込んできたものをごくりと飲み込みました。
すると苦しそうに悶え始め、その手から母親が落ちました。
「お母さん、だいじょうぶ? けがはない?」
「魔法の花はもらえたの?」
「うん。お父さんは元に戻るわ」
ドラゴンはひとしきりのたうち回ると、みるみるうちに人間の姿に変わっていきました。
「家が壊されている。一体何があったんだ?」
お父さんはドラゴンになっていた時の事を全く覚えていませんでした。
女の子は父親に何があったかを一部始終話しました。そして「もうお酒を飲まないで」と念を押しました。
その日は三人で仲良く家の修理や片付けをしました。
しかし、その日の夜になると。
父親は残っていたお酒を女の子に隠れて飲んでしまいました。
父親は女の子の話を作り話だと思っていたのです。
家が壊れた理由も深く考えませんでした。
お酒を一口飲むと、父親は再びドラゴンになってしまいました。
今度は意識があったので暴れはしませんでしたが、体が大きいので家の中にいる事は出来ません。
せっかく直した家が壊れてしまうなと思い、のそりと庭に出ました。
すると、剣や斧や弓矢を構えた男たちが待ち構えていました。
「昨夜この村を襲ったのは、このドラゴンだな」
村の人たちがドラゴンの討伐隊を呼んだのでした。
父親はドラゴンとして退治されました。
「お父さんが、またドラゴンになっちゃった‥‥‥飲まないでって、わたしお願いしたのに‥‥‥っ」
「お父さんがお酒を飲みすぎるからいけないのよ」と母親は女の子を慰めました。
「お酒を飲みすぎなければいい人だったのにね‥‥‥」
女の子は目を覚ましました。
「今日はお父さんがドラゴンになる夢を見ちゃった」
おわり
酔っぱらって寝ているひとの鼾があまりにもうるさくて、眠れない夜に勢いで書きました。