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後宮生活困窮中   作者: 真魚
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第七章 ついに最後の謎解きを 七

ようやく謎解きが終わります


槙炎卿の外見イメージは誰かいるような気がするのですが、自分でも誰なのかよく分からない。


 雪衣はそんな具合に本題に持ち込み、問われるままに時折脇道にそれながらも、あの忘れがたい翠玉の出奔から今この場に至るまでの出来事を、時の流れに従ってそのまま語り尽くした。



「さて方々、ここまでお聞きになられて、何か疑問に思われたことがございますか?」

 雪衣が居並ぶ高官たちを順々に眺めてゆく。

 視線は最後に玉座の右で止まった。

 月牙は唐突に場違いなことを思った。


 ――右側に座っているのにどうして左宰相なのだろう?


 思ってしまってから自分で答えに気づく。

 こちらと対峙する主上にとっての左側なのだ。


 ――主上はいつもたったお独りで、臣とは逆の左右を見ていらせられるのだな。


 それはずいぶん孤独なことではないかと月牙は思った。

 玉座の右側の――主上にとっては左側の宰相たる瑠璃の衣の槙炎卿は、思いがけないほど真剣な表情で考え込んでいたが、じきに真っ白な歯をのぞかせて笑った。

「解したぞ判官。なるほど疑問だ。つまり、なぜ分かったかということであろう?」

「ええ宰相公。まさしくその通りでございます」

 雪衣の話していることが途中までよく分からないのはいつものことである。月牙は特に気にせずに会話の続きを待った。小蓮もすっかり慣れた様子で、時々ちらちら上目遣いになって天井の画なんかを見ている。

 妓官二人のみならず、居並ぶ他の高官たちもぽかんとしているところを見ると、二人の会話は純粋に二人にしか分かっていないようだった。

 堪え性のない国王がじれた声で促す。

「炎卿、言葉を省くな。誰が、何を、なぜ分かったということなのだ?」

「法安徳が、逃亡女官三人が租界にいると、あのときなぜ分かったのかということでございますよ。そうだな判官?」

「仰せの通りでございます」と、雪衣が満足そうに頷く。

「先にもお話しした通り、我々は密かに租界に入り、敵が何か知れないあいだは事態を秘めたいと考えた用心深い領事の采配によって、詳しい名と身分は明かさず、租界に住まう通詞夫妻の縁戚と偽って身を潜めておりました。海都宿駅の駅長も、我々が租界にいることは、桃果殿様のご配慮により急を報せにきた妓官が着くまで、全く知らなかったと申しておりました」

「しかし、法狼機には法狼機同士の交際(つきあい)があるのでは?」と、刑部尚書が口を挟む。雪衣は眉をあげた。

「法狼機が自由に国内を移動することは禁じられていると聞きました。我々が租界に入ってから法安徳が訴えをおこすあいだ、国内を移動した法狼機が誰もいないことは、調べればすぐに分かるはず」

「しかし、領事は新梨花宮に手紙を送ったのであろう? それを運んだ法狼機がいたのではないか?」

「あいにくながらおりません。領事は京洛へ向かう海都商人の商船に託して手紙を送りました。返信も同様です。この時点で我々が租界にいることを海都商人は誰も知らなかったはずです。しかし――大変奇妙なことに――法安徳は、領事からの問い合わせの手紙を受け取った直後、間髪入れずに新梨花宮から王宮に奏上しました。海都の租界に逃亡女官三人が逃れて、領事と共謀していると。冤罪の証となりうるマスケットの製造番号を問い合わせる手紙を受け取っただけで、あの男はなぜその推測ができたのか? なぜあのマスケットと逃亡女官を即座に結びつけるという論理の飛躍が可能だったのか? 答えはたったひとつ。あの男は、その番号が冤罪の証拠だとはじめから知っていたのです。方々、ここまでで何か疑問は?」



「今のところ、何もない」

 槙炎卿が静かに答えた。



「では、改めて、御史大夫さま。わたくしから訴えを申し上げます。まずは公金横領の疑いでアルマン・ル・フェーヴル、あるいは法安徳をお調べくださいますよう」

「し、しかし判官」と、緋色の衣の刑部尚書が脂汗を垂らしながら口を挟む。「そなたは知らぬかもしれぬが、法狼機には領事裁判権というものがあっての」

「双樹下の国法で法狼機人を裁くことはできないのでございますね? もちろん存じております。しかし、租界の外で罪を犯した法狼機人を捕縛する権限については? 何か規定がおありで?」

「そこについては何も定まっておらんな」と、槙炎卿が応じる。「租界の外に住むリュザンベール人など、正后様とル・フェーヴル、それに新梨花宮の雇い人の他には誰もいないからの。先例に倣おうにも先例がない」

「ではここでお作りなさいませ」

 雪衣がにんまりと笑う。

 槙炎卿は声を立てて笑った。

「そなた、なかなか後宮の雌ギツネらしいではないか! 主上よ、尚書省からも奏上いたす。領事裁判権にはじめのくさびを入れるに、確かにこれほど都合のいい事件もない。どうか御史台に命じてル・フェーヴルをお調べなさいませ」

「恐れながら主上よ、中書省からも」

 左右から瑠璃の衣の高官が揃って頭を低める。

 すると居並ぶ高官たちが一斉に倣った。


 国王は怯えた子供の顔でそのさまを凝視していた。


 やがて、震える唇を開いて誰にともなしに訊ねる。

「ル・フェーヴルを捕らえたとして、ジュヌヴィエーヴの身に類が及ぶことはないのだろうな? 同じリュザンベール人であるというだけで、あれまで憎まれ、嫌われて、皆に虐められることはないのであろうな?」

 応えは返らなかった。

 国王の顔がくしゃりと歪む。

 悪夢に怯える幼い子供そのものの顔だった。

「主上、かの者をこのまま野放しにしては、正后さまのご評判はますます傷つきましょう。じきにお生まれになる御子のためにも、今ここで獅子身中の虫をお捕らえなさいませ」

 槙炎卿が強く静かな口調で諭す。

 国王は怯えた顔のままわずかに頷いた。

「分かった。命じる。ル・フェーヴルを捕らえろ」

主上(きみ)よ、御言葉のままに」

 高官たちが一斉に膝をつき、床に頭を押しつけながら応える。雪衣も慌ててひれ伏しながら、月牙と小蓮にも倣うようにと目で促してくる。

 ひれ伏しながら月牙は思った。


 ――主上は今も独りだ。皆が主上を仰ぐ中、あの方だけが何も仰がずお独りで立っていらせられる。


 そう思うなり胸を切るような哀しみがこみ上げてきた。


 ――あの方は独りだ。空と地のあいだにたった独りで立っていらせられる。その傍らにただ独り並べるお方が、あのよるべない異邦の姫君だったのだ。


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