第七章 ついに最後の謎解きを 三
半月後――
リュザンベール人たち呼ぶところの「サールーン王国の首都」、双樹下国京洛の西大橋の前である。
洛中を囲む大環濠に架かる石橋を渡った先の門前で、女ばかりの旅芸人の一座が衛士に足止めを食らっていた。
「お役人さん、なんで入れてくれないんだよう。この通りちゃあんと通行手形を持っているのにさ。ごらんよこのお印! これが偽物に見えるか、え?」
控え、控えい、この印籠が目に入らぬのか――といった口ぶりで、粗末な白っぽい衣で男装した背の高い女芸人が衛士の鼻先に手形を突きつける。
やや離れた後ろに並んで行儀よく順番待ちをしていたご婦人は、その芸人の背中に革製の箙を認めて一瞬だけ「おや?」と思った。
箙に収まっているのは白い羽根つきの矢だ。
見るからにカジャールの血の混じっていそうな長身痩躯と、背中に負った羽矢の箙。
その姿がよく知るとある人物を彷彿とさせたのだ。
――いや、まさかね。いくら五年ぶりだからって、さすがに見間違えないでしょ。
ご婦人は内心で苦笑した。
よく見れば女芸人の背負う矢の羽はアヒルのそれのようだった。右隣に並んだ痩せっぽちの小娘も同じ箙を背負っている。
「あ、どうなんだい木っ端役人! ごらんよこのお印! 嶺西の駅長様の官印だろ? こいつに何の間違いがあるっていんだい!?」
「いや、だからな大姐、印に問題はないんだが」と、これも見るからにカジャール系の衛士がたじたじとなりながら止める。「いけないのはあんたらのその羽矢なんだよ。羽矢を背負った芸人は今日から三日絶対に洛中に入れちゃいかんのだ。お上からそういうお達しなんだよ」
「なんだよそれ、明日からあの名高いお裁きが始まるっていうから、あたしらはるばる嶺の関を超えて稼ぎに来たっていうのにさ! 洛中に入れないんじゃ路銀で足が出ちまうよ」
「すまんな大姐、これも決まりだ。箙を預けてくれりゃ入れてやれるんだが」
「なんだ、それなら早くそう言いなよ。きちんと返してくれるんだろうね?」
「もちろんだ。これが引き換え札だ」
「えらく支度がいいね」
「今日でもう七個目なんだよ」
女芸人たちが意外にあっさりアヒルの羽の矢の箙を衛士に預けて門を抜ける。
衛士はふうっとため息をつき、懐から取り出した白い羽――こちらは間違いなく白鷺の尾羽だ――と手元のアヒルの羽とを丁寧に見比べてから、そばに控える部下らしき若者にひょいと手渡した。
「札をつけてしまっておいてくれ。次の女――」
順番待ちのご婦人に目を向けるなり、衛士は気まずそうに頭をかいた。
「ああ太太、こりゃ失礼。今日は女といったら芸人ばかりでねえ」
ご婦人は簡素ながらも上等そうな濃紺色の裳衣すがたで、造りのしっかりした編み笠を被り、籐の梱をくくった小馬を引く僕童までつれているのだった。年の頃は二十六、七。どこから見ても京洛近郊の富裕な農家か中級官吏の若奥様の風情だ。
「いえいえ、おつとめご苦労様です」
ご婦人は世慣れた笑みを浮かべて手形を差し出した。
「西岡宿駅の主典どのの奥方で、お名前は蘇銀児さま――洛中にはどのようなご用で?」
「右京の旅籠に嫁いだ妹に会いに来ました。もうじきに子が生まれるというのでね」
「それはおめでとうございます。洛中は、今日はいろいろと騒がしいですから、どうぞお気をつけて」
衛士は礼儀正しく送り出した。
双樹下の京洛は東西を基軸として東に王宮を配する造りになっているため右右京区とは北半分を指す。旭日と東華の国々を背にした国王が玉座についたときの右側だ。
銀児はこの右京区に向かい、北大橋の近くの旅籠「清風楼」へと急いだ。
正門が表通りに面した大きな旅籠である。
門前に一対の赤い絹張り提灯を吊しているのは、宮に許可された公の遊女である官妓を置いている宿の印だ。
銀児は門番に馬を預けながら尋ねた。
「ねえおじいさん、この宿に牡丹って女はいる?」
途端、門番の顔に緊張が走るのが分かった。
「太太、牡丹姐さんに何のご用で?」
「たいした用ではないのよ。ただちょっと渡したいお金があるだけ。私の名前は――」銀児は一瞬ためらってから告げた。
「孫小蓮。そう伝えてくだい」
そう告げた瞬間、門番の顔に驚愕と歓喜が浮かんだ。
銀児は安堵した。
官妓は宿駅には必ずいる。
あの女たちがこの頃しきりと話していた噂はどうやら本当だったらしい。




