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後宮生活困窮中   作者: 真魚
34/55

第五章 謎解きは茶碗とともに 七

ようやく地味に謎解きが始まります



「――領事、我々への余計な支出はできるだけ控えてくださいよ。ことなく宮へと戻れたら弁済する予定なんですから」

 ドアが閉まるのを見計らってから雪衣が苦情を申し立てる。

 領事が眉をあげる。

〈大丈夫、私のポシェットからです。領事館の記録には残りませんよ。こんなにご馳走が並んでいるのにあの子だけ食べさせないなんて可哀そうじゃありませんか〉

「事前にたっぷり食べさせています。人を意地悪な継母みたいに言わないでください。ところで手紙の結果は? 番号はあったのですか?」

 雪衣が単刀直入に訊ねる。

 領事は椅子にかけながら首を横に振った。

〈いいえ、残念ながら〉

「すると、あの品の出所は」

〈密貿易品――ということになりますかね?〉


「密貿易ですか――」

 雪衣がうなだれて深いため息をついた。

「そうなるとどうしようもありませんね」

〈ええ。少なくともあのマスケットから黒幕をたどるというのは難しくなるでしょう〉

 領事もため息をつく。

「お二人とも、あまり根を御詰めなさるな。判官様もこのごろ御顔色が悪い。昼餉も殆ど上がっていらせられなかったであろう? この玉夏を助けると思って何かお召し上がりくだされ」

 玉夏が気づかわしそうに言いながら椀に茶を注ぎ、まずは雪衣に、次は領事へと差し出した。


「かたじけない太太」

〈ありがとうマダム〉


 二人が別々の言葉で同時に礼をいい、薫り高い緑茶を啜ってから菓子へと手を伸ばした。

 雪衣がシロップ漬けの揚げ菓子を一切れとって、用心深い猫みたいに匂いを嗅ぎにかかる。領事は捻じり揚げ菓子をとる。

「肉桂が効いていますね。リュザンベール菓子ですか?」

〈どちらかというとアムリット菓子でしょうかね。こちらは海都菓子? 胡麻の香りがたいへん香ばしいです〉

「どちらかというと北部の名物でしょう。胡麻は妓官たちが交代ですりおろしていましたよ」

 通訳を介して世間話を交わしながらそれぞれの菓子を食べていたとき、雪衣がふと顎に手をやった。


〈どうしました判官?〉

「ひとつ気になったのですが」

〈なんでしょう〉

「竜騎兵のもとにあるマスケットの番号の照らし合わせは誰が行ったのでしょうか?」

〈十中八九ル・フェーヴル大尉本人でしょうね〉

「例の竜騎兵の師範ですか。あの師範は信用できる人物なのですか? つまり――我々のほうで呉翠玉の失踪を隠蔽していたように、身内で生じた脱走や盗難を領事にさえ隠している可能性は?」

〈ないとはいいきれません。ル・フェーヴルは前任のド・ランクロ氏の頃に任じられた顧問ですから、私は彼の人となりまではよく知らないのですよ〉

「ほかに確かめられる筋はないのですか?」

〈残念ながら全く。私も、できるなら首都には信頼できる文官を常駐させたいのですが、前任者がこの悪しき慣習を確立させてしまいましてね。王宮は何であれル・フェーヴルを通じて命令を寄越すのです〉

「あの師範はそれほど高い地位にある武官なのですか?」

〈いや、地位はそれほどでも〉

「では、正后様の御身内で?」

〈それは前任の領事のド・ランクロ氏のほうです。ジュヌヴィエーヴ・ド・ランクロ嬢は南シャンパーの総領事館で彼が一等書記官を務めていたころ、孤児になったとかで本国から送りつけられてきた遠縁の姪だという話です〉

「孤児が王の后になったのですか! まるでおとぎ話だ」

〈ええ。おそらくド・ランクロ氏自身も、若きサールーン国王がよるべない異邦の孤児を正妻として遇するとまでは、思っていなかったでしょうね〉

 領事がそこで言葉を切り、傷ましそうな顔でため息をついた。

〈私は幼いジュヌヴィエーヴ嬢を見たことがあります。ちょうどあの小さな妓官どのほどの背格好で、金鳳花のような金髪の巻き毛の可愛らしい少女でした〉

 領事はおそらく小蓮を十一、二だと誤解しているのだろう。なんともやるせなさそうな顔つきでもう一度ため息をつく。

〈ド・ランクロ氏は若き国王に孤児の姪を女奴隷としてプレゼントしたつもりだった、のかもしれません〉

「――では、正后様をわれらの主上に嫁がせることは、リュザンベール王国の総意ではなかったということですか?」

〈総意どころか殆ど誰も望んでいませんでしたとも。当事者二人以外はね。そういう成り行きでしたから、ル・フェーヴル大尉はジュヌヴィエーヴ嬢の――失礼、あなたがたの正后様の血縁ではありませんよ〉

「さほど地位が高くもなく、正后様の外戚でもない一介の武官が、なぜそれほど大きな権勢を握れてしまったのでしょう?」

〈彼がサールーン語に堪能だったからでしょう。王宮と交渉できるレベルの言葉を話せる人材が彼しかいなかったのですよ〉

「ああ、それでル・メール夫妻をお探しになったのですね」

〈ええ。王宮からも依頼されましたからね〉

 領事が首を振りながら疲れたように笑った。

〈思い出しますよ! この職に就いて初めの難関は、なぜか一介の軍事顧問から、王妃のための新しい宮殿の建設費用を全額出せと伝えられたことでした〉

「え、全額?」

 アンリの通訳を聞くなり雪衣が目を見開く。

「領事は今本当に全額と言ったのですか?」

〈領事、判官様が疑問に思われています。その建設費用を、領事館は本当に全額出したのですか?〉

 玉夏の通訳を聞いた領事が首を傾げる。

〈や、どうにか交渉して七割負担に落とし込みましたよ?〉

「七割?」

 雪衣が絶句し、わざわざ紙に二種類の数字を書き記して確かめた。



 七

 7



 交互に指さして領事を見つめる。

 領事がこくこくと頷く。


 雪衣はムウっと唸ったきりしばらく考え込んでいたが、やがてたどたどしいリュザンベール語で訊ねた。

〈だれ七?〉

〈誰ってむろん、我々ですけど?〉

〈われわれだれ?〉

〈リュザンベール王国駐サールーン領事館。財源は本国からの送金です〉

〈だれ三?〉

〈残りの三割の出所ですか? ル・フェーヴルの話では、王妃の個人資産として割かれた所領の税収からと聞きましたけれど〉

「――馬鹿な!」

 アンリが通訳を終えるなり雪衣が叫んだ。月牙はびくりと扉を見やった。


「雪、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもあるか!」


 雪衣が怒りに蒼褪めながら叫んだ。


「いいですか領事、よく聞いてください。新梨花宮の建設費用は、我々も七割出しているのですよ!」


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