第五章 謎解きは茶碗とともに 六
趣味で三段スタンドに載せましたが、メニューはアフタヌーンティーというより香港風飲茶の系統です。この世界にカカオを存在させるかどうか今もって迷っています。
東アジア風でもなんちゃってヨーロッパ風でも、はたまた中東風でも、なんとなく中~近世ユーラシアンな異世界を考えるとき一番迷うのはアメリカ大陸の有無。ま、所詮異世界なんですから、好きなもの食わせりゃいい気もしますが。魚のフライにじゃがいものチップスがねえなんてありえねえとサム・ギャムジーも言っている。
京洛からの返信は半月後に届いた。
〈なかなか複雑な話し合いになりそうなんだ。できればゆっくり時間をとりたい。すまないけどまた君の居間を貸してもらえるかな?〉
〈そりゃ勿論かまいませんけど。なんの変哲もない私たちの借家に長いこと滞在なさるとなると口実が必要ですね〉
ル・メール夫妻は「安息日の午後の御茶会」という名目で領事を自邸に招くことにした。
通いのメイドの証言によって御茶会の噂が広まったため、はす向かいに住む領事邸付き内科医の奥方は、その日は朝から玄関ポーチに籐椅子を出して刺繍に精を出しつつ、ル・メール邸を観察していた。
待ち人は昼過ぎにやってきた。
いつも以上に髪をフワフワさせたシャルダン領事である。
菓子でも収めてあるらしい白い布巾をかけた籠を片手に、もう片手には青いリボンで束ねたクリーム色の秋薔薇の小さな束を携えている。
奥方の鋭い目は領事の着ている黒繻子のジレに上等の金刺繍が入っていること、クラバットにはレースが、黒いジュストコールの袖口には金の土台に埋め込んだ真珠のカフスがついていることを余さず見て取った。あの髪のふわふわも間違いなく鏝を使ってカールさせたものだ。
これはやはり――と、奥方は内心で慄いた。
ル・メール邸にこのごろ身なりの悪からぬサールーン人の貴婦人が品のよさそうな小間使いを二人も連れて滞在していることは、通いのメイドと洗濯女がさんざん吹聴しているために、租界では今や周知の事実である。貴婦人はかなりの美人らしい。めかしこんだ若い男が薔薇を片手にその邸を訪ねる目的は?
そんなものひとつしかない。
奥方がひそかに興味津々と盗み見るなか、領事はいかにも緊張しきりといった様子で咳払いをしてからル・メール邸へと入っていった。
さて、そのル・メール邸の二階の居間には、本当に午後の御茶会の支度がなされていた。
借家備え付けの小型の丸テーブルは真っ白いリネンのテーブルクロスで覆われ、せまっ苦しい借家の居間での御茶会向けにこの頃流行りはじめた三段重ねの皿スタンドが二組並んでいる。
一番上に乗っているのはタゴール風の黄金色のシロップに浸したひよこ豆の揚げ菓子と月牙がレシピを提供した双樹下北部風の胡麻風味の捻じり揚げ菓子。
二段目は鮮やかな黄色の杏子の砂糖漬けと、小蓮が苦心して作り方を思い出した京洛風の豆餡要りの緑の餅菓子。
一番下の皿に並ぶのは純リュザンベール風の卵とキノコとベーコンのキッシュと、こちらも純・海都風の芭蕉の葉に包んで蒸しあげた海老入りの餅米団子だ。リュザンベール風のガラスのピッチャーには冷たいココナツミルクが、上等の河東青磁の急須には熱々の寧南緑茶が、それぞれたっぷりと支度されている。
雪衣じきじきに毒見を命じられた小蓮がほくほく顔で全品を一口ずつ平らげ終えてすぐ、アンリが領事を伴って部屋へと入ってきた。
〈マダム・ル・メール、そうして白いドレスに装っているとあなたは可憐な白バトのようにお可愛らしい。それにしても随分本格的な御茶会の支度をなさったものですね!〉
〈ええ領事、わざわざあなたをお招きするのに何の特別な支度もしなかったら、いくら通いとは言えメイドも怪しみますからね。折角ですから今日はたくさん召し上がっていってくださいな〉
〈ありがとうございますマダム。それから小さい妓官どの、ご苦労だけど、今日も外で見張りを頼むよ〉
〈はい領事様!〉
若者の柔軟性か、この半月でずいぶんとリュザンベール語を聞き取れるようになった小蓮が目を輝かせて答える。領事は笑って頷くと、手にした籠をそのまま手渡した。
〈いい子だね。これはカスドースだよ。おやつに食べなさい〉
完全に小さな子供に対する態度である。小蓮はちょっと不本意そうな顔で受け取って部屋をあとにした。