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後宮生活困窮中   作者: 真魚
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第五章 謎解きは茶碗とともに 五

アンリはすぐにぼろ布に包まれたマスケットを携えて戻ってきた。

 一同は二階の居間に場所を移して密談を続けることになった。領事が階段へ向かいがてら月牙へと目を向ける。

〈ところで少尉、彼女が武芸妓官の頭領?〉

〈どうやらそのようですね〉

〈白猫と並ぶサールーン名物、後宮を守る男装の女兵士の隊長殿か! まさか実物に御目にかかれるとは思わなかったなあ〉

 領事がぶしつけなほどまっすぐに月牙を見つめてきた。

月牙はその目に苛立ちを感じた。


 ――ああ、やはりこの領事も男だ。


 自分自身を常に眺める者だと、値踏みし評価する者だと信じている人間。

 見たところの柔和さに関わらず、月牙には目の前の法狼機人が「男」の真髄そのもののように思われた。

 


 階段を上りきると正面にチーク材の扉がある。

〈今更ですが、領事館にはお戻りになられないのですか?〉

 アンリが扉を開けながら訊ねる。領事は眉をあげた。

〈獅子身中の虫がどこに潜んでいるのか分からないからね。すまないけど君の居間を貸してもらうよ〉

〈そりゃ別にかまいませんが。密談をなさるんですよね? 私が通訳を務めるとなりますと、見張りはどういたしましょうか〉

〈そこは武芸妓官どのにお願いするよ。君から伝えてくれ〉

「太太――あいや、月牙どの。妓官がたで外の物見をせいと領事の仰せじゃ」

「――判官様、お引き受けしても?」

「任せるよ」

「了承いたしました。取次は一切なしですか?」

「領事館から使いがあったときのみとのこと」

「承りました。小蓮――」

 伝えられたことを命じ直すと、小蓮は生真面目な表情で復唱し、「承りました」と応じて扉の横に立った。

 領事が意外そうな顔をする。

〈まるで本物の兵士みたいなんだね〉


 

 小蓮だけを外に残してアンリが扉を閉める。

 室内は方二丈と同じほどの板の間だった。

 正面に一対の細長い格子窓があり、無数の小さな円い硝子がはめ込まれている。黒光りのする床に敷かれているのは淡い黄色に青で花柄を散らした薄手の絨毯だ。真ん中に四角い黒い卓子があり、揃いの椅子が四脚しつらえられている。

〈どうぞ判官。おかけください〉

 領事が椅子を引いて促し、雪衣がかけるのを待ってから向かい側に坐った。月牙は雪衣の後ろに、アンリは領事の後ろに。玉夏は一瞬迷ってから夫の隣に並んだ。

〈少尉、マスケットを〉

 領事の青白く優雅な手で、長いぼろ布の包が卓上で開かれる。雪衣が首を傾げて訊ねた。

「どうです、お国の品ですか?」

〈製造番号からして間違いないようです。この型をよく扱っているのはベルトラン・エ・ルナール商会だったかな〉

「マスケットはすべて領事館が販売しているわけではないのですか?」

〈王宮への販売は領事館が仲介しますが、それ以外の場合は認可を与えているだけです。リュザンベール王国の現行法では、他国で銃火器を販売する場合には公の許可が必要なのです〉

「王宮以外の販売先の殆どはこの海都の豪商――と、考えていいのですね?」

〈ええ。今のところは。よくも悪しくもこの町は王宮の管理の届かない独立自治都市みたいなものですからね〉

「それが海都の誇りですよ。認可制となりますと、製造番号の控えは?」

〈認可するたびに筆写させていますから、ほぼすべて領事館にあります。内密にこちらへ運ばせますかから、よろしければ判官、あなたがご自身で照合なさってください。ああ、しかし、もしかして我々の数字は?〉

 領事が挑むように訊ねると、雪衣はぴくりと柳眉をあげた。

「もちろん読めませんが、照合だけなら問題ないでしょう。これを機に覚えられて幸いです。ほぼということは、一部は別の場所に?」

〈ええ〉

 領事が一瞬口籠ってから答える。

〈首都の近衛兵が用いているマスケットの製造番号一覧は、あちらに常駐する軍事顧問の大尉が管理しているはずです。そちらはル・フェーヴル大尉に手紙で問い合わせてみましょう〉




結論から言って、領事館からル・メール邸に内密に運ばれた控えのなかに、証拠品の銃と同じ製造番号は見つからなかった。


〈判官、本当に間違いないのですか?〉

 領事が訊ねると、雪衣は隈のある目で剣呑に相手を睨んだ。

「私は三度確かめました。御疑いならどうぞご自分で確かめてください」


 翌日、同じく隈を拵えた領事が、〈すみません〉と謝りにきた。雪衣は鷹揚に笑って許し、二人そろってル・メール邸の食堂で茉莉花茶を飲みながらため息をついていた。

〈こちらにないとなりますと、やはり近衛兵ですか――判官、その場合、考えられる最悪の黒幕は、そちらでは誰になるのですか?〉

「最悪は左宰相でしょうね。竜騎兵の編成を進言した親リュザンベール派の大臣です」

〈仮にそうだった場合、あなたがたはどうするつもりですか?〉

「その場合は――」と、雪衣が考え込む。

「ああ、その場合は領事、どうかあなたが我々を捕縛して、リュザンベール側の法で裁くという形にしてください」

〈なぜです?〉

「私が単独で罪を被れば、少なくとも王太后様ご自身が弾劾される事態だけは避けられますからね」

 雪衣は当たり前のように言った。領事が眉をよせる。

〈判官、そのやり方は賛成できない〉

「なぜです?」

〈組織全体の一時的な安寧のためにあなたご自身を犠牲にしたところで、卑劣なふるまいの黒幕はそのまま放置されます。真実は明らかにされるべきです。そして、罪人は常に法に従って裁かれるべきです。長い目で見ればそれこそが最も大きな公益に繋がるはずですから〉

 領事が真摯に言った。雪衣が目をあげてふっと笑った。

「独裁的な領事裁判権をお持ちの方が仰ると矛盾を感じますね!」

〈ええ、辛い立場です〉

 二名は顔を見合わせ、疲れたような笑みを交わし合った。もちろん、それぞれの背後には背後霊みたいに通訳のル・メール夫妻がくっついている。

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