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後宮生活困窮中   作者: 真魚
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第四章 身を持ち崩した娘たち 十一

屋内に入れば円卓の上に魚臭い油火が燈っている。その前に横たえられた長細い筒状の品を見るなり雪衣が目を瞠った。

「これは、マスケット?」

「ああ。翠玉を誑かしたタゴール人の男が持っていたそうだ」

「持っていたってことは、その男はもうここにはいないの?」

 月牙は思わず小蓮を見た。

 あの子の前で翠玉が男を殺した話をしてもいいものだろうか?

 躊躇っていると、翠玉自身が口を切った。

「頭領、自分で話します」


 翠玉の話を聞く間、小蓮は坐った目で虚空を睨みつけていたが、ルーシャンを殺したくだりになると満足そうに頷いた。雪衣もにっこり笑う。

「お手柄だったね呉翠玉。そんな人間の屑、魚の餌にするのも汚らわしいくらいだ。しかし、その屑を殺したのは、我々の冤罪を晴らす証人がいなくなったという意味でだけは、残念だったかもしれない」

「冤罪って、あの正后様の毒殺未遂の話ですか?」

「そうだ」

「それと私の不品行とどういうつながりが?」

「そこからか! 手短に説明するよ。もうずっと桃梨花宮にいなかった正后様の毒殺未遂の容疑が我々にかかってしまったのは、胡文姫様が正后様のために調えていった薬包のなかにひとつだけ毒が含まれていたためなんだ」

「そんなの誰だってあとから混ぜれば」

「そう。薬包の毒だけならね。だけど、同じ毒が杏樹庭で見つかったとなると話が変わってくる。周知のごとく外砦門は日夜武芸妓官が守っているからね。捜してあったということは前々からあったと思われたんだろう」

 雪衣が淡々と告げるなり、翠玉が青ざめた。

 大きな眸をこぼれんばかりに見開き、唇を戦慄かせる。

 ああ、やはり――と、月牙は内心で嘆息した。

 やはり翠玉は騙されたのだ。

「呉翠玉。何か心当たりが?」

 雪衣が静かに訊ねる。

 翠玉はうなだれたまま頷いた。

「あります。一度だけだけど、私あいつを杏樹庭に入れたことがある」

「そうか」

雪衣が冷ややかな――月牙の耳には不自然に冷ややかすぎる声音で訊ねる。

「いつのことだ?」

「春の末です」

「胡文姫様が出立した後?」

「そうです。私たち――」翠玉が顔を俯け、絞り出すような小声でいった。「私はあいつと逢っていたんです。もう誰も来ないと思って、杏樹庭の薬草園で」

「そのあいだずっと起きていた――というわけではないんだね?」

「……はい」

 翠玉が答えてうつむく。

 耳朶が真っ赤に染まっている。

 傍に立つ天翔もうつむいていた。こちらは怒りを堪えるためなのか拳をきつく握りしめている。

 沈黙がひどく重かった。

 やがて雪衣がため息をつくと、立ち上がって翠玉の肩を軽くたたいた。

「よく打ち明けてくれた。若い娘には酷なことを話させてすまなかったね。おかげで重要な情報が得られたよ。なにより物証があるのがいい。ねえ月、そのマスケットの出所は何処だと思う?」

「数からいって可能性が高いのは竜騎兵の屯所だろうね」

「そうなると黒幕は左宰相かな? となると訴えるべき先は――」

「でも雪、数は少ないけど、洛東河津にもマスケットは配備されていたよ。この海都の宿駅の武官たちも持っていたようだし、宿駅ごとにある程度の配備があるとしたら、必ずしも竜騎兵からだとは限らない。単なる盗品という可能性もあるしね」

「そうか。参ったな、そうなると――いや、いっそ考え方を変えよう。黒幕が何であるにせよ確実に敵ではないと確証できる権威筋があればいいんだ。そこに証拠品を持ち込めば公正な捜査が期待できる権威は――ああなんだ、すぐそこにあるじゃないか!」

「海都の宿駅?」

「いやまさか。この規模の陰謀の解明は宿駅には荷が重いよ。私が思いついたのは今のリュザンベール領事だ」

「領事って、租界にいる法狼機の?」

「ああ小蓮」

「その法狼機が味方だって、雪衣様どうして思うんですか?」

「味方とまでは思っていなよ。敵じゃないってだけで。仮定の問題だよ。もし仮に今の領事がこの策謀に加担しているのだとしたら、件のルーシャンとやらは、この海都へ逃れてきた時点で危険な密航なんかせずに租界へ逃げ込めばよかったはずだ。そうすれば双樹下の法でも海都の法でも裁くことができないんだから」

「ああ、領事裁判権ってやつだね」

「そう。それをしなかった以上、今の領事は策謀に加担はしていない。私はそう思うね」

「なら、マスケットを持ち込む先は」

「当然!」

 雪衣がにんまりと笑う。「租界さ」

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