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後宮生活困窮中   作者: 真魚
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第四章 身を持ち崩した娘たち 十

さて、一方の門の外では――


 はしっこく羽根矢に目とめて即席の台詞をでっちあげたチビの阿祥が、なんとも心許なそうな顔で主計判官様と対面していた。

「あ――なんだ、ま、歩きながら話そうか」

「なんだい坊や、ずいぶん他人行儀だねえ」

「おっかさん、他人行儀なんて、ずいぶん難しい言葉を知っているんだね」

「芝居で聞いたのさ」

 ちょっと腰をかがめてのろくさと歩く雪衣とボサボサ髪の小蓮は、どこからどう見ても場末で商売していそうな貧しい旅芸人の母子そのものである。土のままのジメジメした広場を歩いていて全く違和感がない。

 浮橋の半ばに差し掛かったところで阿祥が不安そうに訊ねた。

「な、あんた主計判官様?」

「ああ。そなたは柘榴庭の使いか?」

 雪衣が今しがたとは打って変わった怜悧な声で訊ねる。阿祥は魚がいきなり口を聞いたような表情を浮かべた。

「あ、うん。まあね。――ああそうだ、符牒があるんだった」

「符牒?」

「ああ」と、チビが気を取り直してにやりとする。「本物の主計判官様なら答えられるって頭領から聞いたのさ。柘榴庭の兵庫の品は今どこにある?」

「ええと、茉莉花殿の西の蔵だったかな?」

「よし! あんた本物だね」

「御認めいただいて光栄の至りだよ。柘榴庭を頭領と呼んでいるあたり、そちらも間違いなく本物の使いだろう。ところで、そういうそなたは何者なのだ? ずいぶん若く見えるが、噂に高い石竹団の一員なのか?」

「へへん。まあね」阿祥が得意そうに応える。「俺たち呉一派は若いのの集まりなのさ。来いよ。根城に案内してやる。翠玉小姐と頭領がお待ちかねだ」

「翠玉小姐って、妓官の呉翠玉のこと?」と、小蓮が息せき切って訊ねる。「坊や、翠玉姉さんがあんたたちのところにいるの?」

「おいお嬢ちゃん、坊やってな誰のこったよ?」

「あんたに決まっているでしょ」

「聞き捨てならねえなあ、こう見えても俺は十三だぜ?」

「私は十四です。それより答えてよ! 翠玉姉さんここにいるの? 蘭児や喜娘や美鈴も? みんな元気にしているの? きちんとご飯食べている? ひどい目にあったりしていないよね?」

「ひどい目って、小姐は俺たち呉一派のお頭だぞ?」

「お頭?」

 小蓮が鼻に蠅の留まった猫のような顔をする。「翠玉姉さんが?」

「おうよ」阿祥が誇らしげに応える。「カピタンから俺たちを任されているんだ。石竹団の呉翠玉っていたら、この頃の浮街じゃちょっとした名前なんだぜ?」



 阿祥が雪衣と小蓮を伴って根城へ戻ってきたとき、月牙は翠玉に頼まれて少年たちに刀の稽古をつけていた。その姿を見とめるなり、小蓮がクシャっと顔を歪めて笑った。

「頭領! 判官様をお連れいたしました!」

「ああ小蓮、ありがとう。阿祥もよくやってくれたね」

「二人とも実に頼りになったよ。ところで月、呉翠玉が見つかったの?」

「そうなんだ。なんだかこう成り行きで、石竹団の一分派の頭目をやっているらしい。ここにいる子たちはみな翠玉の手下だ」

「それで月が稽古を?」

「ああ。翠玉に頼まれてね――」

 話している間に天翔が建物の内に入って翠玉を伴ってきた。後ろに三人の婢もいる。翠玉は小蓮に気付くなり、零れんばかりに目を瞠った。


「……――小蓮?」

「うん」

 小蓮は頷くなり顔を歪め、唇を戦慄かせた。ひくひくと小さな肩が震え、そのあとで嗚咽が漏れる。今まで必死で泣くのを我慢していたのだろう。すすり泣きがたちまち号泣に変わる。

 小蓮が泣きながらしゃがみこんでしまう。

翠玉はさっと顔色を変え、駆け寄るなり、両膝をついて小柄な体を正面から抱きすくめた。

「ごめん! あんたにも心配かけた!」

「ほんとだよ姉さん! なんで何にも云わないで出て行っちゃったの? 辛いことがあったなら話してよ! 話してくれれば一緒に考えたのにさ!」

 小蓮は翠玉の肩に顔をうずめて泣きじゃくった。



 じきに泣き声が収まったあとにも二人は互いを固く抱きしめ合っていたが、じきに離れると、同時に鼻の辺りを擦ってはにかんだような笑みを交わした。

「へへ、ちょっと照れ臭いよう」

「だね。どんな顔していいか迷うね」

 翠玉はその後でようやく雪衣の存在に気づいたようだった。

 厚い化粧を施した卵型の顔を見るなり、猫のような目が剣呑に細められる。

「おいお前ら、根城によそ者連れ込むなってあれほど言っただろうが! 一見ちょっと小綺麗じゃあるが、その女たぶん――」

「ま、待て翠玉、落ち着いてよく見るんだ!」月牙は慌てて口を挟んだ。「今はちょっと見る影もないが、それは趙雪衣様だ!」

「え?」

 翠玉が固まる。

「ええええ?」

「そうだよ。これは趙雪衣様だよ」

 雪衣が不機嫌に唸り、箙を下ろして月牙に手渡しながら訊ねる。「妓官の魂を背負わされて大層重かったよ! 新しく仕入れたネタってのは、まさかその呉翠玉が意外な身の持ち崩し方をしていたってだけじゃないだろうね?」

「勿論翠玉だけじゃない。見て貰ったほうが早いな」


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