ドキドキ!?マリアンヌの心の内
「ギャーーーーーー!!!!!遅刻だわーーーーーーーー!!!!!」
淑女らしからぬ声をあげて叫びながら私は家の廊下と部屋を往復していた。私が起きたのはついさっき。いつもならキーラが起こしてくれるはずなのだが、今日のお昼に戻る予定らしい。お兄様は早く起きて朝食を作ってくれた。でも、そこは起こして欲しかった。馬車を使わずに行かないといけないので、走る以外方法はない。
鐘が鳴るまであと少し。やっとのことで身支度を済ませ、朝食はパンをかぶりついて家を出た。この様子をお兄様以外の人が見たらきっと呆れられる。
「急がないと!って、どうして!?」
街から学園へ行かないといけないのだが、ある店の外に置いてある椅子に優雅に紅茶か何かを飲みながら本を読んでいるリリィがいた。あまりの堂々たる遅刻に私は固まってしまった。
「え、リリィ...?いや、構っている暇はないわね。見つからないように...。大丈夫、私の足の速さは随一だからね!」
私は幼い頃からよく庭を走り回っていた。その影響か、足が速くなったのだ。令嬢は普段大人しく過ごさないといけないため、私みたいに速く走れる人はいない。
「よし、あそこならちょうど死角になるわ!」
私はリリィよりも自身の遅刻の心配をして走った。周りの人は令嬢や令息ばかりが通う学園の女の子が脇目も振らず走っている様子を不思議がりながら見ていた。
私は角を曲がり、坂を駆け上がる。今は人が少ないため、人目を気にしなくてもいい。一段落したところで私は足を止め、息を整えた。
「はぁっ、はぁっ......少し時間に余裕ができたわ....。ここからは早歩きで......。」
「やぁ、マリアンヌ。朝からランニングなんて、忙しい令嬢だねぇ!」
足音が聞こえなかった。私の中ではここにはいるはずのない人物が私に話しかけてきた。
「リ、リリィ!?な、なんで?優雅に紅茶かコーヒーを啜ってたでしょ?」
「あぁ。いつもの時間に君がいないから、待っていたのさ。僕は君の婚約者だよ?なんでも把握しているからね!」
「は、はあ。なるほど。いや、ごめんなさい。私、遅刻したくないからもう行くわ!」
「そうはさせないよ?婚約者である僕を置き去りにしようとしたんだ。ねえ、どうなるか、分かるかい?」
「えっ......」
リリィは笑顔だが目の奥が笑っていない。私よりも一回り大きな背の婚約者が私をどうするというのか。
「今日はサボらないかい?天才な君なら、一日分の授業なんて、どうってことないだろ?」
「いや、私は授業を絶対に受けます。だから....。」
「そうか。なら、この手しかないね。」
そう言うと、リリィは何かを取り出した。それは、
「えっ!待って!私の欲しいぬいぐるみ!!!」
「やっぱり、君なら食いつくと思ったよ!マリアンヌ、このぬいぐるみが欲しいかい?」
「ほ、欲しいです!」
そう、テディベアだ。真っ白のふわふわな毛に黒い目。眉毛が下がっているのが愛らしい。困り顔だ。大きさも大体片腕ぐらいだろうか。随分と大きいが、どこへ入れていたのだろう。
「じゃあ、はい。これは君へのプレゼントだ。」
「ほ、本当にくれるんですか!?」
「あぁ、ほら。」
私は素直にぬいぐるみをとった。だが、やはりリリィの罠だったらしい。凄まじい動きで私を抱き上げようとした。だが、華奢な令嬢だと思われては困る。幼い頃からの鍛え上げられたこの体は容易く触れられない!
(でもなんで毎回あの時も、この時も捕まったのかしら...。逃げれば良かったものを。私ったら、まだまだ未熟ね...。)
流石に時期国王を蹴り飛ばすわけにはいかないので後ろに飛んでかわした。
「やはりマリアンヌが起きている時は中々捕まえれないねぇ。どうしようか。」
「いや、私はこのぬいぐるみだけで充分です。」
「せっかくの罠が台無しじゃないか!」
「私を舐められては困ります。」
「...よし。こうしよう、マリアンヌ。この広い広い街で遊びをしよう。」
「遊び?それって...」
「大丈夫。夕方には終わるさ。君に拒否権はないよ?それに、大体の恋人達はこんなこといつもやってるさ。」
「そ、そうですか...。」
「授業はもう休むって言ってしまったし、君は僕と遊ぶ以外に今日はやることがないよ。じゃあ、遊びについて説明しよう。それは簡単!僕が君を捕まえるだけさ。だから、君は夕方まで僕に捕まらないように逃げるんだ。」
「なる...ほど...。でも、私簡単に捕まりませんよ?」
「あぁ。だから、僕は助っ人を用意した。せいぜい僕から逃げ切るがいい!もし捕まったら...僕のお願いを聞いてね?君が逃げ切ったら君の願いを聞いてあげよう。」
「わかりました。それじゃあ、私はこれで。範囲は街全体ですね?」
「そうだよ。僕は手加減はしない。頑張って逃げ切ってね!」
笑顔を振りまいているが、見た目と心は魔王のようだ。リリィはどんな手段を使ってでも捕まえに来るだろう。今日は災難だ。せっかくキーラとロンに用意してもらった髪と新しいリボンが台無しだ。リリィは気づいてくれなかった。私が言うのも変だが、こんなにも婚約破棄されるのが嫌なら、こんなことぐらい気づくだろう。
そう無駄に怒りを覚えながら私はリリィの死角になる建物の影に潜んだ。
「...多分、リリィの使用人達が私に何かやってくるのね...。でも、怪我はさせないでしょう。大惨事になるもの。」
夕方まで逃げなければならない。一応、学園は街の中にあるので行くことはできる。だが、休むと言われては行きづらい。...いや、もしかしたら嘘の可能性も大いにある。
「やっぱり、授業を受けたいわ...。」
学園に行くには一本道を通らなければならない。行き方は上の道か下の道。下の道は今私がここまでに来た道のこと。上の道は...まず道って言わないわね。それは、建物の上のこと。そう、誰一人として入ってはいけない道のこと。流石に行かないが、いざとなったらその道に行こう。それより、今日はリリィの遊びに付き合った方がいいのだろうか。...いや、いい方法を思いついた!これなら、間違いなく私を見つけても捕まえに来ない。それに、一線を引いて距離を置ける。リリィの気持ちは今は考えたくないので、その後のことは行動に移してからにしよう。
「よし...リリィは向こうに行ったけど、油断はできないわね。足音が聞こえるとまずいわ...。生憎ヒールなのよね...。」
誰かいい相手がいないかを探していると、丁度いい感じの人がいた。辺りをキョロキョロと見渡しているお兄さん。道にでも迷っているのだろうか。まあいい。声をかけてみよう。
「あ、あの...!」
「...えっ、あ、はい...。」
いきなり声をかけるとその人は驚いたように私を見た。その人は私よりも背が高く、同い年かそれより年上で優しそうでお兄様みたいな人だ。
「えっと、その、もし良ければ、恋人のふりをしてくれませんか?」
「...はぁ?」
流石にそのまま言うのはダメだったか。が、反応は意外なものだった。
「別に、良いですけど...。でも、貴女...、あそこにある学園の学生さんですよね?どうして?」
「それは...。事情があるんです!とりあえず、こっちに来てください!」
了承の声を聞き、私はそのお兄さんの腕を引いて近くの店に入った。
「ふぅ...。あ、いきなりごめんなさい。後でお礼は支払うわ。」
「いえ...。実は、僕、今彼女に追いかけられているんです。」
「え?」
「あぁ、恋人のことです。なんだか、彼女の...アシュリーの愛情表現に不満を持っていて...。」
「そ、そうなの...。じゃあ、こんなところ見られたら私達...。」
「はい、多分終わってしまいます...。」
そうか。それもそうだ。この場面をリリィの関係者、本人に見られたらどんな目に遭うだろう。
「実は、私も...なの。その、恋人というより婚約者に追いかけられていて...。夕方までに逃げ切らないといけないの。」
「そうなんですか!貴女は容姿が綺麗ですから、お相手もいい人なんでしょうね。」
「...どうでしょう。あなたのかの...アシュリーよりも酷いかもしれないわ。」
「そ、そうですか。...あ、名前を言っていませんでしたね。僕の名前はリオグルス・シュペンナーです。一応父が男爵家なんです。」
「私はマリアンヌ・ローズよ。私は公爵家の娘ね。」
「!!ロ、ローズ公爵家様!?そ、そんな、ぼ、僕...」
「な、何もしないわよ!私が声をかけたんだから!ちょっと待ってて!私洋服を買ってくるから!あなたはこの店内で外の様子でも見てて!」
「は、はい...。」
私達が入ったのは新しくできた洋服屋。洋服といえど、東洋の文化との融合らしい。
「あら、いらっしゃい!新しい店にわざわざ来てくれるなんて!それに、あなた学園の子じゃない!授業はどうしたの?」
店の奥にいたのは若いお姉さん。とてもスタイルがいい。羨ましい。...あ、いや、見たことある。この人は私が幼い頃によく珍しい服をくれたロゼッタお姉様じゃないの!十年も経つと忘れるのね...。違う、三十七回もこの人のことを見てきたではないか!いけないいけない。でも、私が死ぬまでに一度も見たことがなかったけど...。どうしたのかしら。
「あ、あの。あなたはもしかしてロゼッタお姉様...ですか?」
「ん?なんで私の...って、あぁ!ローズ公爵家のお嬢さんじゃないか!いや〜相当な美人になったなぁ!」
お姉様も私のことをわすれていたようだった。私と気づくと、頭をわしゃわしゃと掻き回した。
「あれ、あのお兄さんは誰だい?見かけない人だねぇ。」
「彼は男爵家の息子さんよ。道中知り合って...って、それどころじゃないの!今私達婚約者と恋人に追いかけられているの!だから、洋服が欲しいの!」
「へぇ。今時は面白いことしてるんだなぁ。あ、それよりもいい方法がある。おいで!そこの彼もねぇ!」
そう言うと、お姉様はリオグルスを連れて来て、私と一緒に店の奥へと案内した。
「うわぁ!ここはすごいわ!」
「ほ、本当ですね...!」
そこは隠れ家らしい。地下道を通って道を挟んで反対側にある小さな塔だ。あまり目立たない色なので、ここならお昼まではいれるだろう。
「それじゃあ、私は店に戻るから!お昼時になったら昼食を持ってくから、頑張って隠れてな!」
「ありがとうございます!助かりました!」
「あ、ありがとうございます!」
私達はお姉様にお礼を言い、外を眺めた。そこは本当によく見える。上には跳ね上げ扉があり、屋根の上にも登れるらしい。だが、見つかりそうなのでやめておこう。
「マ、マリアンヌさん。これからどうしましょうか。」
「んー、そうね。暇ですし、ここにあるもので...」
その時。不意に窓の外を見てゾッとした。リリィが私の方を見ていたのだ。しかも、目が合っている。その目は...怒っていた。
この窓は比較的小さい方だ。見えたとしても私だけ。なのに、怒っていると言うことは、リオグルスのことが見えていること。それ以外に原因が思い当たらない。初めて見た。リリィの怒り顔。見たことがあったとしても、あそこまでの顔は今までも、これからもないだろう。
「...見つかったわ。」
「え?この窓からですか!?」
「ええ。私と目が合った。仮に赤の他人だとしても、気味が悪いわ...。」
「...あっ、アシュリーもいます...。確かに、こっちを見ていますね。」
そう言ってリオグルスが指を指したのが赤髪のお姉さん。後ろを向いていて顔は分からないが、あの人がアシュリーだと言う。リリィの隣に立っているが、どう言う関係なのだろうか。心の奥に蟠りが残ってしまう。
「どうしましょう...。ここから外に出るには地下を通るか上を通るかの二通りしかないわ!」
「それじゃあ、僕にいい作戦があります。いいですか?...で、大丈夫です。安心してください。これでも体は鍛えていますから!」
「えぇ、そ、そんなこと...」
「行きますよ...。今なら瞬きをするはずですから...。」
私が目を閉じると、体がフワッと浮いた感じがした。目を開けるまでほんの僅か。瞬きよりも早い時でなんとリオグルスは私をお姫様抱っこして外へ出ていた。軽々と屋根の上に飛び移って影となる所に私を下ろした。
「ここまでなら大丈夫でしょう。あ、もうお昼時ですね。案外早いものです。」
「す、凄いわね。あなた一体...。」
「あ、あの、何者でも...ありません...。」
一体彼は何なんだろう。カッコ良くなったかと思えばおどおどとする。何だか面白い。...いまだにアシュリーとリリィの関係が頭を渦巻く。気になって仕方がないので、私は街全体を見渡せる場所に立ち、リリィを探してみた。
「あっ、居たわ。でも...。いや、アシュリーと一緒だわ...。一体何を...。」
「まさか...。ドレスを買っていますね...。」
「嘘っ!?しかも、青色...。リリィ...。」
「僕は彼女が追いかけてないと知れて少しホッとしました。」
「えぇ...。私もだわ...。」
それから約数刻。夕方になるという頃。私達はリリィとアシュリーのことを見ていた。二人とも私達には気づいていない様子で買い物をしていた。距離が最初見た時よりも近くなっていた。私は...あの後学園に戻ろうとしたが、どうしてもできなかった。下におろしてもらい、二人の後を尾行してリオグルスの様子も見たが、私達は限界だった。婚約者が、恋人が他の異性と仲睦まじく、しかも二人っきりでデートをするなど耐えられるものではないだろう。
「私...どうしたらいいのかしら...。」
これがリリィの罠であると私は気づいているのだが、どうしても許せなかった。今後約二年間、こんな事はいくらでもあるはずだが、どうして。アカリやエリーゼはどうって事ない。あの人達なら...と思ってしまう。私はこの蟠りをどうすることもできない。でも、でも、私は、今だけは...。
「リリーシュ様!何から何までありがとうございます!またいつか...」
「あぁ。いいんだよ、それじゃあ...」
二人の会話が近くなるほどの距離まで私は迫っていた。
「.........」
私の目は霞んで前がはっきりと見えなかった。頬に温かい涙がつたい、服を濡らす。
「.....っ!...」
感情が分からなくなる。足が止まらない。二人は未だに喋っている。しかも笑っている。私は気付けばリリィに正面から抱きついていた。
「マリアンヌ!良かった!僕は...」
「...っう、リリィ......酷いよ.....。私、私......。」
アシュリーは何故だか私を見て微笑んでいる。その時、リオグルスがアシュリーの前に現れた。
「マリアンヌ...。罠だと気づいていただろう?どうしたんだ?君は僕と結婚したがらない。だったら、この結末も、想定済みのはずだろう?」
「そう...ですけど.....でも...私...どうしても...。」
「どうしても?」
「......リリィが、他の異性と歩くのが......見ていて嫌だった...。」
「......。」
「ごめんなさい...。私、あなたの気持ちを理解していなかったわ...。ごめんなさい...ごめ」
「マリアンヌ、良かった。僕はその言葉を聞きたかったんだ。」
「え...。」
リリィは私を抱き上げ、近くのベンチへと私を座らせた。
「泣かないで?僕は君を泣かせるつもりはなかったのだけれどね。やっぱり、君には辛いよね。」
「......。」
「僕は、君に嫌われるかと思って言わなかったけれど、君が他の異性といると僕は気が気じゃない。...愛が重いんだ。これは僕でも自覚してるんだけどね。あぁ、これからまだまだ学園生活があるのに、先が思いやられるよ。」
「......。」
「彼女は僕の助っ人。彼女もまたリオグルスのことで悩んでいたらしいから、タイミングが良かったよ。」
「...今回は、私の負けですね。」
「そうだねぇ!マリアンヌがこんなにも僕を好きでいてくれるなんて、僕は嬉しいよ。」
「それで、リリィのお願いは何ですか?」
「そうだねぇ...。“これからの学園ではずっと一緒にいること”かなぁ。あ、願いは一つとは言っていないからね?君が嫌がらない程度にまた思いついたら言うから。」
「ふふっ、なんですかそれ!」
私達は笑い合った。夕陽は自然と眩しくなかった。アシュリーとリオグルスも笑っている。こんなにも愛を感じたのは今までの人生の中で初めてだった。とても嬉しかった。明日の学園が楽しみになってきた。
翌日、教室に行くと、クラスメイト全員から『無断欠席』について責められた。勿論、エリーゼとユーマリン先生からはこっぴどく叱られた。その日から私はリリィの言うことを信じないようにしています。
更新が遅くなりました。本当にごめんなさいm(_ _)m
ブックマーク登録ありがとうございます!一応、三年間の事を頑張って書こうと思うので、温かい目で見てください。
見てくださり、ありがとございます!