久しぶりのお兄様との休日
「た、ただいま...。」
久しぶりに家に帰った気がした。お泊まり会のことはあまり思いだしたくない。我を忘れたリリィが一日中離してくれなかった。そのせいで身も心もボロボロだ。今日は両親が急用で隣国へ出掛けているそうなので、今はお兄様しかいない。他の使用人には休暇を言い渡しているらしい。
(ううっ、無理を言って帰るべきだったわね...。仲が深まっては意味ないじゃない!)
私の人生計画を自ら壊しに行ったあの休み。でもまだ暑くなってくる季節。断罪の日まではまだまだだ。これからいくらでも巻き返してやる。
「おかえり、マリアンヌ。お泊まり会は楽しかったかい?」
私が屋敷の門をくぐったところにお兄様が迎えてくれた。やっぱり大人びた顔立ちをしている。とてもカッコいい自慢の兄だ。
私は久しぶりのお兄様の出迎えについ抱きついてしまった。
「お兄様ぁ〜!!」
「おっと...、マリアンヌ、危ないじゃないか。まあ、今日は僕達以外いないようだし、一緒にどこかへ出かけるか?」
「えっ、わ、私は、遠慮しておきますわ...。そうですね、一緒に勉強でもしませんか?それか、運動とか!」
「そうか、分かった。お泊まり会で疲れたんだろ?もし、今後あの忌々しい王子がマリアンヌに何かしてきたら、ちゃんと言うんだよ?僕と父上と母上で根絶やしにしてあげるからな。」
やっぱり自慢の兄だ。ここまで妹思いの兄なんて、社交界にはそうそういないだろう。それに、私とお兄様は血が繋がっていない。私とリリィの婚約破棄が受け入れられれば、お兄様と歳の差婚ができるかもしれないわ!
「はい!ありがとうございます!」
こうして久々のお兄様と二人で過ごす時間。こんなことはいつぶりだろう。確か...、私が入園する前だから...。まあ、結構前ね。
「....で、ここはこうだ......。」
「............あっ、なるほど。確かに、すごい......!」
「僕はマリアンヌに対して幼い頃、酷い扱いをしていたからね...。勉強より、妹を優先すべきだったのに...。」
「昔のことですし、私はお兄様が何よりの誇りです。だから、自分を責めないでください。私は、どうであってもお兄様が大好きです!」
「マリアンヌ...。あぁー、やっぱりあの王子には嫁がせたくないな...。」
お兄様は真剣な表情で考え始めた。この表情を見ていると、どうしてもお父様よりリリィの顔が浮かんでしまう。似ているのか?
しばらくお兄様に宿題とその他の課題を一通り見てもらい、暇になった頃。
「うーん、お兄様、勉強ばっかりで、運動を疎かにされていませんか?」
「そ、そうかもな!それにしても、マリアンヌは凄いなぁ...。勉強もできて、運動もできるなんてまさに誰もの憧れじゃないか。」
「お兄様だって!いいですよね、こんなにもいい人、なかなかいませんよ?」
「ははっ、それは嬉しいな!よしっ、もう少し頑張るよ。」
私達は今、運動....とは言えませんが、体を様々な方向へ曲げて体をほぐしています。軽い運動を勉強の合間にすれば、脳が活性化しますからね。幼い頃からよくやってたんです。
「うっ、ぐ.....、あ、ついた!やったぞ!マリアンヌ!」
「やりましたね!良かったですわ!さすがに手のひらが床につかないと基本ができませんからね。」
「マリアンヌがやっているこの運動は、誰から教えてもらったんだ?」
「あ、そ、それは....」
どうしよう、リリィからなんて言えない。実は、リリィとよく遊んでいた頃に、教えてもらったものなんです。とても動きが変で面白かったので、私、今でも覚えているんです。
「お、幼馴染からです!ほら、エリーゼって、いるでしょ?あの子、私が運動をしないものだからって、昔教えてもらったの!」
「へぇ、あの子が...。そうか、それは感謝だな!」
「え、ええ。そうですね!」
良かった。が、それも束の間。
「マリアンヌ、嘘はよくないぞ?」
「え?」
「よく覚えているからね、僕は。あれは...、十歳の頃だね。“リリーシュ様から教えてもらったの!”って、はしゃぎながら僕に教えてくれたじゃないか。」
「...あっ、まさか...。」
「マリアンヌ?この僕に嘘なんて、いい度胸だ。」
しまった...。完全に忘れていた。そういえば、お兄様はこの運動を不思議がらなかった。確かにお兄様の言った通りだ。どうしよう、忘れていたなんて絶対に言えない。
「あ...、お、お兄様...。」
「まあいい。あいつが教えたからって、昔みたいに乗り込んだりはしないが、今度からは嘘をつくなよ?正直に言ってくれれば、僕は許すからね。」
「ごめんなさい、今度からは嘘は言いません。」
危ないところだった。お兄様は温厚ではあるが、怒ったらとんでもなく怖い。私達の両親がお兄様を怯えてしまうほどだからね。怒らせてはまずい。
「じゃあ、次はご飯でも食べようか。アリサは休みだから、僕達で作ろう。」
「はい...。」
少し怖い顔からいつもの優しい笑顔に戻る。お兄様は優しくて、私にいつも甘い。きっと、怒っても大丈夫かもれないね。
「んー、マリアンヌ、これの作り方は分かるか?」
「あ、サンドウィッチ!これは作り方がとても簡単なんです!」
幼い頃、今でも大好きなサンドウィッチ。具材はレタスとハムとチーズ。
「このパンを、この周りの部分を切り取って...」
「この部分はどうするんだ?」
「お兄様が大好きなグリーンサラダのクルトンになるんですよ!」
「へぇ、すごいな...。」
「次に、このレタスとハムをのせます。」
「このチーズはのせないのか?」
「ふふん!実は、チーズだけはとろけさせるために、温めるんです!」
「確かに、チーズはいつもトロトロだったな!」
私は手際よくチーズを温め、ハムの上に乗せる。それをもう一つのパンで挟み、完成だ!
「このサンドウィッチ、大きいな。」
「大きすぎましたね...。」
大きなお皿にやっと入るぐらいの大きさになってしまった。なので、一口サイズにカットしていく。
「うーん、これだけじゃ、物足りないですね...。」
「スープはどうだ?昔、僕が作っていただろう?」
「いいですね!私、お兄様のスープが大好きです!」
「じゃあ、決まりだな!」
お兄様は野菜たっぷりの健康的なスープを好んで食べます。そのスープが美味しそうなので、いつももらっていました。
お兄様は様々な種類の野菜を並べていく。その中には見たことのないものもあった。
「お兄様、この野菜はなんですか?」
「あぁ、そういえば、この具材を入れるのは初めてだな。これは、東洋の品だ。野菜じゃない。穀物....にあたるのか?すまない、僕もよく分からないんだ。確か、“コメ”と言うものらしい。」
「...硬いですわね。このままじゃ食べれませんわ...。」
「マリアンヌ、これはそのまま食べるんじゃない。スープなどの汁物と一緒に煮るんだ。そうしたら、柔らかくなって、甘くなるんだ!」
「へぇ!それは美味しそうですね!ところで、誰から聞いたんですの?」
「父上だよ。以前母上と一緒に他国の視察に行っていたらしくて、その時に....名前は忘れたが、東洋の島国でこの食べ物を食べたらしい。それがあまりにも美味しいから、持って帰ってきてくれたんだ。」
「東洋のものは高級品でしょう?」
「その通り!向こうの国ではこの“コメ”がお金にもなっているんだ。」
お兄様は物知りだ。名前が分からない東洋の国について、お父様のあんなお話を聞いて、よく分かったものだ。私がもしあの場にいれば、理解ができなかっただろう。
「よし、後はオリーブ油を入れるだけだな!」
「いい香りがしますわ...。」
「そうだな。じゃあ.....この砂時計をひっくり返そうか。アリサがよくやっていたから、僕もこれを使っているんだ。」
そう言って少々大きめの砂時計をひっくり返す。思っていた以上に落ちるのが遅い。ひっくり返すと、鍋の上に蓋を乗せた。
「“コメ”は結構煮る必要があるから、時間がかかってしまうね。その間に、このサンドウィッチを食べようか!」
「そうですね!私、とてもお腹が空きました!」
サンドウィッチがのっている大きなお皿をお兄様と運び、飲み物のミルクを用意して席についた。
「ねぇ、マリアンヌ。僕は久しぶりにマリアンヌに食べさせてもらいたいんだ。」
「もちろん!お兄様ならいつでも!」
私がそう言うと、お兄様は口を開けた。私はサンドウィッチを持って口に運んだ。
「あーん!」
「うん、やっぱり美味しい...。さすがはマリアンヌだ!」
お兄様はとびきりの笑顔で私に微笑んだ。あまりの顔の良さに思わず魅入ってしまった。
「良かったです!お兄様に喜んでもらえて!」
顔が赤くなりそうな気がして、少し大きな声で言った。顔が、全身が熱くなってきた。
「?...マリアンヌ、顔が赤いよ?大丈夫?」
お兄様の手が私の額に触れる。あまりの冷たさに驚いた。
「だ、大丈夫です!それより、お兄様の手は冷たいんですね!驚きました!」
「そうか?...さっきまで冷水にあてていたからかな?」
「あっ、もうそろそろスープができます!砂が後少しですね。」
「よし、僕は手を温めるとするかな!」
私達は鍋を見に行きました。私達が今作っているのは暖炉です。今の時期では少し暑いくらいです。鍋を見ると、泡が吹き出そうでした。慌てて私は火を消し、お兄様は鍋の蓋を取りました。すると、その中に入っていたのは...、
「うわぁ....!すごい....!」
「いい出来だな。」
オリーブ油の匂いとスープの匂いがとてもよく、“コメ”もコトコトと動いています。あまりの出来栄えに私はお腹が更に空いてしまいました。
「よし、こんなもんか!あ、余ってしまったな...。」
「あ、私、ロンとキーラに食べさせてあげたいわ!それに、お兄様もスティーブがいるわ!」
「そうだな、日頃の感謝にいいな!それと、アリサにもだな!」
「それでも余りそうですね...。もう、この屋敷の使用人達に配りましょう!結構人数が少ないですからね。」
ざっと二十人くらいか?余り姿を見せていない人もいるので、全体が何人かは分からない。昔の時と比べて多分変わっているからね。
配膳し終え、余ったものは鍋ごと取っておくことにした。風当たりのいい窓際に置き、冷めるまでまつ。
「完成だ!マリアンヌ、次は僕が食べさせてあげるよ。ほら、口を開けて?」
「あーーー」
「はい、どうかな?」
「んー、んー。...美味しい。とても美味しいですわ!この“コメ”がスープによく合うんです!甘味があって、とても食感が面白いですわ!」
「本当か!....っ!本当だ!とても美味しいな!」
あまりにもスープが美味しいため、我を忘れて食べた。あっという間になくなってしまい、あの鍋の中身から取ろうと思ったが、さすがにそんなことわするわけにはいかず、やめておいた。お兄様も同じことを思ったらしく、私達は笑ってしまった。
「美味しかったです...。」
「そうだな...。」
「また、作ってくださいね!」
「あぁ、もちろんだとも!可愛い妹のためならばいくらでも作ってやる!」
私はいつかエリーゼや、クラスのみんなにこのレシピを教えようと考えた。だが、“コメ”を取り寄せることができるか不安なので、まずはリリィにでもと思った。
「なんだか眠たくなってきました...。」
「そうか。じゃあ、一緒に昼寝でもしよう。」
ご飯を食べると眠たくなってしまったので、私達はソファで隣り合って眠ることにした。
「おやすみ、マリアンヌ。」
「おやすみなさい...。」
私達が目覚めたのは、まさかの翌日のことだった。そう、学園がある日だ。