三週間の空白の中で二人は
私はあの日から三週間程リリーシュ様とは話さずにいた。理由は二つある。一つは、私を諦めてもらう事。もう一つは、リリーシュ様が私にどう接するかを見る為。
この三週間は日記をつけた。今後のリリーシュ様との仲をどうするか決める為。私はこの三週間で気持ちの変化があった。少しだが、リリーシュ様と話さない日はとても退屈でつまらない。でも、婚約破棄の方針は変わらない。でも、でも...、今日だけは...
「...じゃあ、授業終わり。各自、予習と復習やっておけよー。」
先生が授業の終わりを告げ、昼食の時間になった。私は誰よりも早く席を立ち、後ろのリリーシュ様の手を取った。いつもは後ろを向くと、いつの間にかいなくなっていた。その為、エリーゼとこの三週間は一緒に食堂で食べた。リリーシュ様の姿は...どこにもいなかった。でも、アカリと一緒にいる様子ではなかった。
「リ、リリーシュ様!あ、あの、きょ、今日は、一緒に....。」
私は驚く顔を隠せないリリーシュ様の返事を待った。私は正直、もうこの関係を終わらせようと相手も思い始めているのかも知れない。だから、返事は...
「マリアンヌ...。良かった...、僕、もう...。」
私が思っていた反応とは全く違った。私が握った手を握り返してゆっくりと私の目を塞いだ。
「...ん...あ、私...」
「目覚めたんだね...。ごめんね、乱暴なことして...。」
目覚めると、私はリリーシュ様にお姫様抱っこをされた状態で見知らぬ所へいた。
「...ここは、僕の思い出の場所さ。君を連れてくるのが初めてだね。あ、先生には授業を休むように言っているから、安心して。」
「今...、は、...」
「お昼時を少しまわった頃さ。大丈夫、気にしなくていい。」
「そう...。あ、お昼ご飯...。」
「ほら、これかい?今日も僕は持ってきていないからね。君の分をもらうよ。それより、三週間もマリアンヌと話せないなんて、死んでしまうかと思ったよ。」
「そ、そんな...。大袈裟ですよ。でも...、私も寂しかったです...。ごめんなさい。」
私が謝ると、リリーシュ様は無言で私を抱きしめ、額にキスをした。こんなことをされたら、私は...
「と、とりあえず、ランチにしましょう?私、お腹が空きました。」
「そうだね。僕もお腹が空いたよ。」
私がランチバスケットを取ろうとリリーシュ様の腕から抜けようとしたら、
「ダメだよ?三週間分をここで補わないと。なんなら、今日泊まりにくる?決定だね。そうでもしてもらわないと。明日からはしばらく休みだし。」
「え、ええ...。」
仕方なく体勢を少し変え、あーんをしやすいようにした。思った以上に離してくれなかったため、顔が近くなった。吐息がかかってくすぐったい。
「へぇ、今日もパスタ...。しかも僕の大好物もあるじゃないか!」
今日はリリーシュ様と仲直りの為にランチをアリサに指導してもらいながら作った。出来上がりはロン、キーラ、両親、お兄様にも味見してもらった。お兄様は嫉妬して、全てを食べようとしていたので、必死に止めた。
「そ、それじゃあ、あーん!」
美味しいか、美味しくないかは分からない。リリーシュ様の顔と反応が怖い。
「...ふふっ、アハハっ!まるで新婚のピクニックみたいだ!マリアンヌ、僕のために作ってくれたんだね?」
「えっ、よ、よく分かりましたね...。」
「僕達が初めて会った頃、君が作ってくれたガトーショコラの味を忘れる訳がないだろう?それに、あの時の君の苦労の顔も、覚えているさ。」
「あ...リリーシュ......様......。」
私の事をこんなにも覚えてくれていたなんて、とても突き放すことが出来ない。でも、私は...、いや、ダメだ。まだ。もし、私が明るい未来へ歩めるなら、でも、今だけは...。
「マリアンヌ、泣かないで?僕は、君のそばにいたい。ずっとずっと。でも、君は嫌なんだろう?」
「嫌なわけありません!私、でも....。」
「アカリのことかい?大丈夫。僕の両親は君を支持している。だから、ね?」
「...少し、時間を下さい。...決して貴方の事は嫌いにはなりません。だから...。」
「分かった。僕は、君をいつまでも待っているからね。」
「あ、でも、その...、私に対してあまりにもベタベタだったら、私は逃げます。流石に人目が痛いので。」
「逃げさせはしない。手元に置いておかないといけないからね?」
リリーシュ様は不敵な笑みを浮かべた。私は、背中に冷や汗を感じたが、こんなにも愛されている事を知った。
「早く食べましょう?これじゃあ一向に減りませんよ。」
「そうだね。じゃあ、僕はこれを...」
その後は談笑をしながら過ごした。私の料理を美味しいと言って食べてくれる私の婚約者。入園早々、あまりにも早い展開に私は追いつけそうにない。
食べ終わり、夕陽になりかけの頃。私は未だにリリーシュ様の腕の中。
「ねぇ、マリアンヌ。僕が額に口付けをした時、どんな気持ちだい?」
「えっ、き、気持ち...ですか...。」
「君は、僕と本格的なキスがしたいと言っただろう?僕はこれから待てそうにない。」
「...私も.....したい....です...。」
私の許しを聞く前にぐいっと体をさらに引き寄せ、私の頬に手を添えた。
(どうしよう...。私の未来が、希望が、欲望に負けるなんて...。いや、これからも私はリリーシュ様から逃げてやるわ!)
と、無駄に決心してリリーシュ様の顔を見ると、何か物言いたげにしていた。
「ど、どうしましたか?」
「ねぇ、これからはリリィって呼んでよ。マリアンヌは、神聖な名前だから、このまま呼ばせてもらうけど。」
「は、はい....。」
「じゃあ、マリアンヌ。目を閉じて....。」
ドキドキする胸を押さえながら、私はゆっくりと目を閉じた。
唇が重なり、体温が伝わってきた。そして、ゆっくり目を開けると、嬉しそうな顔でリリィはこっちを見ていた。
「あぁ、マリアンヌ、僕は君を一緒愛する。これは絶対だ。これからも、僕のそばを離れないで。」
「リリィ....。分かったわ。できるだけ離れないようにするけど....ちょっ、え!?」
軽いプロポーズに承諾した私はリリィに押し倒され、さらにキスをされた。
「ううっ、マリアンヌ...、酷いよ....。」
あの後、私はリリィを突き飛ばしてしまった。流石に十五歳でキスは早いと気づき、押し倒されてからすぐに突き飛ばした。それも思いっきり。
「リリィ、私は忠告しました。あまりにベタベタするならば、私は離れると。」
「今日は泊まってくれる?」
「分かりましたよ!その怪我といい代償かも知れないわね...。」
日が沈む刻、王国の使者、リリィの執事や城の私のメイドが馬車で迎えにきてくれた。私たち二人を見て、使者達は終始笑顔でいた。なんと、私が泊まることも想定済みだという。一体どこまで考え尽くしているのかが分からない。
馬車に乗り込むと、リリィは私の横に座り、私を膝に座らせた。
「ここまでなら、大丈夫だよね?」
「...だ、ダメ...です。私、重いから...。」
「なんだい!そんな事はないさ!僕は嫌じゃない。だって、こうしていられるからね!」
「二人きりになればいいってものじゃ...。」
そんな話をしながらしばらくの間リリィの膝に乗って城までの道のりが過ぎた。
気がつけば城へついていた。でも、私はあまりの眠気に勝てず、眠っているところをリリィに運ばれた。
「...っ、は!あ、私、また寝てた!?」
いつのまにかネグリジェになっていた。多分、メイドがやったのだろう。それに、髪が綺麗になっている。お風呂にも入れられたらしい。このベッドは昔寝たことのあるものだ。ふかふかのマットレスに大きな枕。隣にはリリィが疲れたように寝ている。でも、腕と顔をベッドに乗せているだけで体勢が辛そうだ。
「リリィ...。」
寝顔は初めて見たが、こんなにも美しいとは思わなかった。
サラサラの髪を撫で、リリィを抱き上げてベッドに寝かせた。私も眠たいので寝ることにする。でも、同じベッドで寝るのは気が引けるので、そばにあったふかふかのソファに枕を持って寝ることにした。
翌日、
「おはよう!マリアンヌ、僕の隣で寝ないなんて、悪い子だね?」
「え、あ、ソファ?」
普通の場合ならばベッドに寝かせるはずだろうに、まさかのソファに入ってくるとは。幅が狭いため、横には並べない。その為、私の上に覆い被さっている。
その後、私がリリィを突き飛ばしたのはいうまでもない。