王子様は...
入園式の翌日も学園がありました。が、いつもと雰囲気が違うようです...。
「おはようございま.......」
昨日のことで気分が浮かれていたのか、いつもより大きな声で挨拶をしようとした。しかし、教室に入ってみると、
「だ、誰がこんな事を...。」
「僕のマリアンヌによくもこんな事をしてくれたね。」
「私たちのマリアンヌ様に...」
クラスメイトの皆が私の席らへんに集まっていた。嫌な予感がしてそのまま陰で聞いていると、なんと、私の机と隣のエリーゼの机が何者かによって傷だらけにされていたのだ。
(多分、聖女?いや、決めつけは良くないわ。だって、前にはこんな事なかったもの。)
話を聞いた私は皆に気づかれないように教室を出た。
「アカリは...。あ、そうね、universeクラスよね。頭はイマイチらしいし。」
アカリに対して少し強気でいると、今一番会いたい人に出会った。それは...、
「あらぁ〜、貧乏人のダメダメ首席さんじゃなぁ〜い!せっかく私があの場で完璧な歌を披露したって言うのに、なんで邪魔をするのかしら。」
「え、いやぁ、それって貴方が神に対する信仰心に欠けていたからでは?私に文句を言われても、困るわ。」
「はぁ?何その態度。あ、もしかして、私が貴方の机に何かしでかしたとでも言うの?私な訳ないじゃない!」
アカリは突然私に嫌味を言ってきたかと思えば自ら罪を自白してくれたのだ!いや、これは頭が良くないと気付かないからね。あの時の私はなんでこんなんに言い負かされていたのかしら。後ろには取り巻きらしき人達も二人。だが、笑い顔の醜悪さといったら。顔は良いのに勿体無い。
「ねぇ、どうして私の机に何かされたって知ってるの?私がクラスに行った時、皆はクラスから出ていない様子だったけど。それに、話していたとしても、結構小声でしたわよ?」
「そっ、それは!リリーシュ様が教えてくださったの!聖女の私なら犯人が分かるって!第一、あんたみたいな女とリリーシュ様は釣り合わないのよ!とっとと婚約破棄しなさい!」
私が言い返そうと口を開いた途端、背後から
「へぇ。僕がなんだって?それに、僕は今日君と話した覚えはないけど。後、僕は絶対にマリアンヌとは婚約破棄しないからね。どんな手を使っても、僕はマリアンヌの恋人になるのさ。」
そう、リリーシュ様が現れたのだ。話していて気付かなかったが、エリーゼも私の横に現れた。
「貴方、口の利き方がなっていないわね。公爵家に向かって貴方のような伯爵家がそんな言葉遣いなんて、れっきとした無礼を働いたわ。まあ、貴方には膨大な資産があるようですけど。でも、マリアンヌを貧乏人呼ばわりするのなら、貴方はそれ以下に値するから。」
「本当にそうだよ。入園式の時も。あの件は父上に報告しているからね。」
リリーシュ様は私の肩を抱き寄せた。エリーゼは私の手を握ってくれている。
何事かと聞きつけた先生や生徒がゾロゾロと集まってくる。アカリはこれ以上打つ手なしかと思いきや、
「ぅうっ、うっ....」
そう、泣き始めてしまったのだ。これでアカリの方が優位に立ってしまった。しかし、今の私は違う。
「...泣くことが何かを貴方はご存知?非を認めたことになるわ。私は貴方の言うようにリリーシュ様に釣り合うような優しい人間でもないわ。でも、それは貴方も同じでしょ?」
「マリアンヌは優しいなぁ。僕だったら罰するけどね。」
「後は先生方に任せましょう。まあ、たかが知れてるけど。」
中々泣き真似をやめないアカリは先生と取り巻きの子達に宥められ、やっとのことで泣き止んだ。先生からは、
「...アカリさん、後でお話をしたいのだけれど...。」
と、どんな感情で言ったかもわからないuniverseの担任、ミカド先生にこう言われ、アカリは悔しそうな表情で去っていった。
「...あの子、大丈夫かしら。」
「もう!マリアンヌは気にしすぎよ!私達のクラスのみんなは、アカリに対して怒りしかないわ!」
「あ、鐘がなってしまった。さぁ、戻るよ。エリーゼ、ありがとう。」
「いいのよ。マリアンヌは私の大切な親友だからね!」
教室に戻ると皆が私に駆け寄り、心配そうに声を掛けてくれた。こんなにも優しい人間なんて、生まれて初めてかも知れない。少し気分が上がっていると、目の前にはユーマリン先生がいた。
「皆さぁ〜ん?全員揃って着席していないとは、いい度胸ですねぇ?」
「「「あ...」」」
忘れていた。今日の授業はユーマリン先生が始めだった。
「ほう...。なるほど。こんな事が。確かに、このまま公爵令嬢様に授業を受けてもらうわけにはいきませんねぇ?」
私とエリーゼの机を見て、ユーマリン先生は困り顔をした。
「ごめんなさい。ユーマリン先生。これは私の責任であってみんなの責任ではありません。お願いです、私が全ての罰を請け負います。」
「先生、僕も一緒に罰を受けます!マリアンヌは悪くありません!悪いのは...」
「ユーマリン先生!私も一緒に罰を受けます!この二人は悪くありません!悪いのは...」
「「「先生、ユーマリン先生!悪いのは僕、私達ですが、聖女様も責任があります!」」」
私に続いてリリーシュ様、エリーゼ、他のクラスメイトがユーマリン先生に深々と頭を下げた。これを見かねた先生は、
「...分かったから!もう謝らなくてもいいわ!それより、学園の備品を傷つけた人を聞こうとしたの!今回は、仕方ないから見逃しますけど?次からはよっぽどのことがない限り、反省文を書いてもらいますからねぇ?」
「ありがとうございます!」
ユーマリン先生はどうやら許してくれたようだ。
「じゃあ、はい!皆さぁん、席についてくださいねぇ。授業を...」
「マリアンヌ、良かったわね!」
「ええ、本当に安心した...」
授業が終わり、昼食の時間になりました。私は今日、お弁当なので、日当たりがよく、そよ風が心地よく吹く中庭のテーブルで食べることにしました。
「エリーゼ!一緒に食べましょう!」
「あぁ、マリアンヌ。ごめんなさい!私今日は食堂で食べるの!また明日、一緒に食べましょう!」
「そうなの...。分かったわ!また明日、約束よ!」
「もちろん!」
エリーゼは食堂で食べるらしく、私は一人ぼっちになった。他のクラスのみんなは既に輪を作っていた。その中には入りづらい為、仕方なく一人で食べることにした。
「凄いわ...。風が心地いい...。空気も澄んでいていいわね!今度からもここで食べようかしら!」
テーブルは他にもあったが、誰も使っていないようだった。
「まあ、ここ以外にも池とか湖とかもあるものね!でも、独り占めなんて、贅沢だわ〜!」
今日のご飯はパスタと私の大好きなグリーンサラダ。アリサが作ったものだから、とても美味しい。パスタは温かいものが主流だが、私は冷製パスタも好きだ。
「じゃあ、食べようかしら!」
テーブルにランチを置いて、パスタに手を伸ばした瞬間、
「あぁ!マリアンヌ、ここにいたんだね!探したよ!エリーゼからここの場所を聞いたからね。やっぱり二つしかないから...まあ、いいか!」
まさかのリリーシュ様が目の前の茂みから堂々と登場した。さっきの台詞も胡散臭い。エリーゼに頼んで私と二人きりにするよう仕掛けたのだろう。憎しみが湧いてきた。
「リ、リリーシュ様!?...確か、食堂を使用されるのでは?」
「そのつもりだけど、やっぱり君のお弁当が食べたい。アリサが作ってるものだろ?食べないわけにはいかない。それに、君はその量食べ切れるの?」
確かに、アリサが作ってくれた量を食べ切るのは難しい。結構多めに作ってくれるからね。
「うぐっ、た、確かに...。じゃあ、一緒に食べます?」
「もちろん!その為にここへきたからね!」
私の許可を受けると、目の前の席を私の隣に持ってきて座り、口を開けた。そう、この構えは...
「...はぁ。はい、あーん。」
「...うん!やっぱり美味しいねぇ!でも、マリアンヌがもうちょっと昔みたいにやってくれたらなぁ...。」
「わ、分かりましたよ!はい、リリーシュ様!あーん!」
私は投げやりの気持ちで思いっきりの作り笑顔であーんをした。まるで昔に戻ったようだ。
「じゃあ、次は僕の番だね。ほら、口を開けて?」
「いいですよ...。一人で食べれますから...」
「ふふっ、ダメだよ?僕は君に食べさせてもらってるんだから。これくらいはしないと...ねぇ?」
「はいはい...。」
「はい、あーん!」
リリーシュ様はご機嫌な様子であーんをする。すると、ソースが口についてしまった。
「あっ、ソースが...」
私がハンカチで拭おうとすると、リリーシュ様はその手を止め、
「大丈夫、僕が取ってあげるから...」
そう言って、私の唇を指でなぞって、舐めた。
「!!!!」
私は突然の出来事に顔を赤くしてしまった。入園早々こんなことをされてしまうなんて...先が思いやられてしまう。
「リ、リリーシュ様...、そ、そんな事は...」
「どうしたんだい?いつにも増して顔が赤いじゃないか。その顔も可愛いけどね!」
「.......。」
私が恥ずかしさのあまり口を閉ざすと、いつの間にかフォークを二つ持ってニコニコと笑顔でいるリリーシュ様が目に映った。
「じゃあ、今度は...。やっぱり、パスタといったらこれだよね?」
「え、ま、まさか...。」
「良かった!マリアンヌも同じことを考えていたんだね!」
名前は忘れたが、一緒に少しの本数ずつ食べていき、最終的にキスをしてしまう、と言うものだ。
「マリアンヌは...、やったことないよね?」
「いえ...、幼少期にお兄様とやりました。最後に一本を一緒に食べましたが...。私が途中で千切ったんですよね。まあ、お兄様となら大丈夫ですけど...。」
「マリアンヌ、その話をしない方が良かったかもね?」
「あっ。」
リリーシュ様はこの遊びで私とキスをするつもりらしい。私がお兄様となら...と言ってしまったことで、さらに本気になったようだ。
「僕達婚約してから今までで一回もキスしたことないからね...。流石に今日はいいよね?」
「え、いや...、それは...」
終わってしまった。いや、逃れる方法は幾つでもある。リリーシュ様は私以外の人と結ばれなくてはならない。私の為に!
「それじゃあ...」
「リ、リリーシュ様!わ、私は、こんな形ではなくて、本格的な形でその...キ、キスを...と、思っているのです!だから...」
私は意を決してリリーシュ様に伝えた。
しかし、これが引き金となったようで...
「そんなに僕としたいのかい?ならいいよ。この場所はチャペルに似ているからね...。」
リリーシュ様は私の腰に手を添えて、反対の手で私を抱き寄せた。そして________
(あ、あれ?キ...ス、されない?)
てっきりキスされるかと身構えていたが、どうやら違うようだ。目を開けてみると、リリーシュ様は悲しそうな顔をして私を見た。
「マリアンヌ、君の言う通りだ。確かに、君がこんなにも怯えている中、嫌がるようなことをするのは出来ない。でも、これだけは覚えておいて?僕は、君がいいって言うまで、これからは手を出したりはしない。もし、アカリが何かしてきたら、ちゃんと言ってね?」
私をストンとイスに下ろすと、笑顔で手を振りながら去っていった。
「私、なんだか悪いことをしたのかしら...。」
少し嫌な予感がしつつも、リリーシュ様がこれから手出しをする事は無くなってきそうなので、ホッとした。
「でも...」
食べかけのランチ、向かいあったイス、並ぶフォーク。
明るかったはずの空は雲で覆われ薄暗くなり、そよ風は止んでいた。