入学式当日②
「さあ、マリアンヌ、学校へ行くわよ!」
「待ちに待ったマリアンヌの入園式だなぁ!」
「我が妹が...。ここまで成長したんだな...」
そう、今日は入園式の日です。私の家族はそれぞれ色々な反応ですが、やはり未来が変わったので、この反応は新鮮だ。改めて仲が良いんだなと思う。
「お嬢様、こちらへ。足元にお気をつけ下さい。」
馬車に乗り込むと、屋敷の使用人たちが馬車の前へやってきて、
「「「お嬢様、ご入園おめでとうございます!」」」
と、明るい声で私を祝福してくれた。それを見たお兄様は、
「マリアンヌは、本当に愛されているんだな!だが、あの忌々しいたらし王子にうちの天使はやれんぞ...」
「まあまあ、良いじゃないか。確かに、私も反対だが、マリアンヌが決めることだからなぁ。」
「私は賛成ですわ!次期国王の妻なんですから!マリアンヌ、もし、あなたを虐めてくる女がいたら、私たちが叩きのめしてあげるから、ちゃんと言うのよ?」
「は、はい、お母様...。」
この十年間でこんなにも家族関係に違いが出てくるとは思わなかった。特にお兄様。私を天使だとよく言っている。
「ね、ねぇ、まだ出発しないの?」
「あ、そうね。ごめんなさい。ミリア、出発してくださる?」
「かしこまりました!安全に学園まで送り届けますから!」
陽気な声でミリアは返事をし、馬車を出発させた。
そこからの時間は案外早いもので、あっという間に着いてしまった。馬車から降りると、そこにはたくさんの新入生がいた。そして、その家族の人達。学園の門は広いはずなのに、往来する人でその全容が見えないほどだ。私が学園の大きさに胸を躍らせ、浮かれているとどこか聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「マリアンヌ!久しぶりね!同じ学園で本当によかったわ!」
「...!エリーゼ!あなたもこの学園なの?てっきり隣国に留学すると思っていたわ!」
声をかけてきたのは私の幼馴染のエリーゼ・ワトソン。私が四歳の時から隣国のトルパニア王国に留学していた為、この学園にいるとは思っていなかったのだ。
彼女は輝く黄金の髪をくるくる巻いており、瞳は青色。青というより紺色に近い色だ。目は吊り上がっている為、少しだけ目つきが痛い。身長は私より少し上で、スタイルがとても良い。正直羨ましい。
「やっぱり、さすが私の親友ね!幼い頃から他の子よりも顔が整っていると思ったけど、相変わらずね。」
「や、やめてよエリーゼ!私、あなたほどじゃないんだからぁ!」
「ふふっ!ありがとう。あ、そういえばご両親達は?一緒にいたはずでしょ?」
「あぁ、保護者用の会場に向かっているはずだから、今はいないよ。」
「そうなのね!確かにそうだわ。あ、あなた確か新入生代表者でしょ?」
「そうなの!まさか私がなるとは思わなかったわ!」
「流石ね。マリアンヌはなんでこんなにも頭がいいのかしら...。それより、代表挨拶、楽しみにしているからね!頑張って!」
「ええ!ありがとう、エリーゼ!」
「じゃあ、会場に行きましょう!」
長い立ち話を終わらせ、私達は会場へ向かった。この学園では土足らしい。まあ、普通か。
会場への道のりは結構複雑らしい。地図を渡されたが、さっぱり分からなかった。だが、実際進んでいくとよく分かってきたので、困惑しているエリーゼの手を引いて私は会場に向かった。
「いや〜、複雑だったね〜。」
「そ、そうね...。私疲れたわ...。」
「座席表は...っと、あ、あそこよ!」
「あら、私達隣同士なのね!」
「ええ、そうみたい。ここは最前列だから、何かと目立つわね!」
「なんだか嫌だわ〜。」
「...まだ時間がある...。そうだ!私、あそこで迷っている人の道案内をしてくるわね!」
「え、ちょ、マリアンヌ!?」
「それじゃあ〜!」
私は疲れ気味のエリーゼを会場に残し、元来た道を引き返した。
案の定、道に迷っている人がちらほらいた為、私は早速道案内をした。
「あの!すみません!道にお困りですか?」
「!あ、はい。よく分からなくて...」
声を掛けたのは眼鏡をかけた一見すると虚弱体質そうな少年だ。地図を見ても分からないようだった。
「任せて!私が案内してあげるわ!」
「えぇ、あ、ありがとうございます...」
そうして、私はその少年に道案内をした。
「...で、ここに座席表があるから...、あら、あなた、私と同じクラスね。よろしく。」
「本当ですね、よろしくお願いします!それと、ありがとうございました。おかげで助かりました!」
「いえいえ、いいのよ!それじゃあ!」
その後も、私は二十人ほどの道がわからない人を案内した。皆愛想が良く、道案内して良かったと心の底から思った。
「えーと、後は...、いないね...。よし、まだ時間があるけど、戻ろうかな!」
状況を確認すると、今は新入生の人がいなかったので、会場に戻ることにした。すると、
「やぁ、マリアンヌ。僕の事を忘れてはいないかい?」
突然背後から今朝も聞いたあの人の声が聞こえた。
「リ、リリーシュ様...どこから...」
「君なら見つけてくれると思ったんだけどね...。昔はよくかくれんぼをしたものだろう?」
「いや、あれは...いつか幼い時ではないですか!今の私が同じとは限りませんからね?」
「今朝、僕を押し倒しておいて、よく言うよ。」
「あ、あれは、護身術です。いざという時の。」
「君みたいな華奢な令嬢が護身術?マリアンヌ、君は僕に守られておけばいいのだから、そんなもの、必要ないさ。」
「...そう、ですか...。」
「あぁ!リリーシュ様ぁ!」
リリーシュ様と会話をしていると、この人生で何度も聞いたあの甲高い猫を被った声が聞こえた。
「それでは、私は代表挨拶があるのでこれで。」
「あ、おいっ!」
あの聖女...、アカリというやつが来たのだ。丁度私たちが話していたのが角のところだった為、王子の体で私の姿は見えていないはずだ。私はあの女にだけは会いたくないので、急いで戻った。
「マ、マリアンヌ、置いていかないでくれ!」
後ろからはアカリに絡まれて私に助けを呼ぶ情けないリリーシュ様の姿があったが、私は聞こえないフリをして走り去っていった。
会場に息を切らせて戻ると、エリーゼが心配したような声で話しかけてきた。
「マリアンヌ!?どうしたの、そんなに息を切らせて...。何かあったの?」
「いや...なんでもないよ...。」
「そ、そう...。それより、ここに来た人達が、あなたのことを言っていたのよ!」
「え、うそ」
「本当よ!確か、“天使のような子が見ず知らずの僕をここまで案内してくれた”とか、“道に迷っていた私をここまで送ってくれた女神様がいた”とか。見た目的にあなたでしょ?」
「道案内したのは確かだけど...。アカリと間違えたんじゃない?あ、彼女がいっつもやってたのか。」
そう、私が道案内をしたのは意図的である。今までの人生で最初から仕掛けていたのは他でもなく彼女だからだ。その初めがこの道案内。これにより、いろんな人から顔を覚えてもらっていたのだ。
「アカリ...、まさか、あの聖女のアカリがここにいるっていうの!?」
「そうなの。すごいわよね...。」
ここで言う聖女は、人々を“穢れ”から“浄化”する為のいわば神からの贈り物だ。そんな力を持ったものがいれば、国王様達も私には目も向けないだろう。とにかく、私は地位を確立しつつ、アカリをリリーシュ様とくっつけさせなければならない。そうすれば、私と婚約を解消してくれるはずだからだ。
「でも、あの人ってあまりいい噂を聞かないのよね。ここにもコネで入ったって言われているのよね。」
「まあ、一部のところでしょ?彼女、他にもいいところがあるわよ。」
しばらくすると、困り顔のリリーシュ様と、その横にはリリーシュ様と腕を組んでいるアカリの姿が見えた。私は特に何も思わないが、今回はリリーシュ様が以前のように紳士的な顔をしていない為、明らかに迷惑なのだろう。アカリはそんなことお構いなしに皆に見せつけている。他の人達は内心少し引いているようだ。今までの皆の反応で一番酷いものだ。王子の表情でこんなにも変わるものなのだろう。中には“下品だ”と批判する声もあった。
流石にこの異様な空気に気づいたアカリは、恥ずかしそうにしながら自らの席へ戻った。どうやら以前と同じく違うクラスらしい。良かった。そして、リリーシュ様の席は私のすぐ後ろ。疲れたように椅子に座ると、私に話しかけてきた。
「ねぇ、マリアンヌ。あのアカリって子はなんだい?いきなり僕に抱きついてきたかと思うと、僕にキスをしようとしてきたんだ!流石にあんなやつがこの学園にいると思うとゾッとするんだが...」
「いずれ、あなたの婚約者になる子でしょう。あの子、あれでも聖女ですから。」
「聖女!?違うに決まってるさ!だって、アカリが僕の隣にいるだけでまるで“穢れ”が僕の体に入ったかと思ったんだから!」
「そ、そうですか...。って、ちょっ...」
いきなりリリーシュ様が私に抱きついてきた。私のすぐ後ろなので、やりやすかったのだろう。隣のエリーゼと、その他周りの人たちは微笑みを浮かべて私たちを見ている。まるで逆だ。こんなことは今までで一回もなかった。
「マリアンヌ...、あなたは幸せ者よね...。私もいつか、そんな相手が欲しいわ...。」
「本当にそうですね...。」
「末長くお幸せに...。」
皆私たちの方を見ては手を合わせている。横目でアカリの方を見ると、私のことをすごい目つきで睨んでいた。
「ねぇ、マリアンヌ。本当に僕と結婚してくれないの?」
「ですから、それは...。」
「その未来の婚約者を消せば、僕と結婚してくれるの?」
「え?」
「大丈夫、僕達の恋を邪魔する輩は僕が権力で貸してあげるから...。ね?」
「いや。流石に、そこまでされたら私はあなたの事を嫌いか無関心になってしまいます。」
「...そうか...。じゃあ、」
そう言うと、リリーシュ様は私の頬にキスをした。後と少し横にずれていたら唇だ。
私と周りの人達が驚きで声を発さないでいると、時間になったらしく、司会の人が話し始めた。
「それでは次に、新入生代表挨拶と歌唱の披露でございます。新入生代表、マリアンヌ・マーガレット様、お願いいたします。」
「はい!」
来賓の方のご挨拶や、学園長の挨拶、在校生の歓迎の歌などが終わり、遂に私の番になった。本来なら歌唱は聖女がやるらしいのだが...。今回もアカリの後に歌わされ、恥をかくのだろうか。思い出すと胃が痛くなってきた為、あまり考えないようにして壇上に立った。
「皆様、おはようございます。新入生代表、マリアンヌ・マーガレットです。今回は、新入生代表として、喜びの言葉を...」
台本を見ずに腹の底から今までで一番凛々しい声を出しながら、覚えてきた言葉をスラスラと話す。
「それでは、歌唱を...」
「待ってください!」
来た、茶番だ。私が歌唱を披露しようとすると、いつもと同じタイミングでアカリが止めた。
皆、アカリの声に驚き、アカリの方へ全員の視線が集まる。だが、王子は私の方をずっと見ている。
「あなたは確か...、聖女様ですね...。まさか、歌唱を、かわりに披露されるのですか?」
司会者が困惑した様子でアカリに問いかける。
「はい!私は聖女です。あの代表者よりもいい歌を皆様に届け、個々の空気を浄化させます。」
司会者の言葉も待たずに、アカリは私のいる壇上に上がる。アカリはリリーシュ様に向かって手を振るが、相変わらず私の方を見ているので、アカリは私を横目で睨んできた。そして、再び視線を前に戻すと深呼吸をして歌い始めた。
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アカリが歌っている時は皆の反応が驚きだった。そう、今まで吹いていなかった風が窓を吹き抜け、自然の祝福を与えたようだった。歌い終わると、もう大歓声。その数は凄まじかった。次は私の番。いつもならこの聖女に負けるが...今回はどうだろうか。
「皆さん、この人の歌よりも、私の聖なる力を持った歌は、皆さんに祝福を与えます!」
アカリは勝ち誇ったように言うと、先に戻っていった。
「それでは、私も歌いたいと思います。聖女様には劣る力かもしれませんが、ご了承ください。」
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歌い終わった後は、聖女以上の反応だった。なぜなら、私が歌っている途中、小鳥が二羽、私の肩に留まり歌に合わせて囀りを。風は心地よく皆の心を洗うように撫でて去った。この場の空気は、アカリが歌った後以上に澄んだのだった。そして、締めの一言。
「...聖なる聖女様にこのような事をおっしゃるのは私の立場として無礼でございますが、言わせて頂きます。聖書に記載されている聖女について。
“聖女は何人にもいかなる場合であろうと平等に接し、発言をする”
アカリ様が私に仰った事は紛れもない差別の発言です。悪気はないかもしれませんし、生きていく上ではそのような発言が必要かもしれませんが...。私は少し気になってしまいまして...。ごめんなさい、場を暗くさせてしまいましたね!それでは、発表を終わります。」
私がそう告げると、会場からは大きな拍手が上がり、中には私を応援する声もあった。リリーシュ様は...相変わらず私に向かって微笑んでいます。
この後は、クラス発表があり、私達はクラスへと向かいました。私たちの担任はユーマリン先生。温厚で若い男の先生です。
クラスへ向かうと、早速席が決められていました。
私は窓側の一番前。隣はエリーゼで、私の後ろにはリリーシュ様。周りが私の知り合いの人達だったので、良かったです。席に着くと、どうやら休憩時間になったらしく、鐘の音が響きました。
「いや〜、マリアンヌ、良かったわよ!」
「あの聖女を超えるなんて、流石だよ!それに、聖書の内容を覚えているなんて、マリアンヌはすごいなぁ!」
リリーシュ様やエリーゼが話しかけてくれる中、他のクラスの人達も私の周りに集まってきた。
「マリアンヌ様!今朝は道案内ありがとうございます!それに、あの歌も良かったです!」
「今朝は本当にありがとうございました!」
「やっぱりお美しい...。」
このクラスの人数は十五人と少ない方だ。このクラスが学年で三つある。それぞれmoon、star、universeクラスである。私達は成績上位者のmoonクラスだ。ちなみに、あの聖女は一番下のuniverseクラスである。
私に話しかけてくれているのはこのクラスの全員。教室が広い為、結構小さな輪に感じられる。
名前を聞いたところ、
赤髪のおさげで赤い目の眼鏡の少女がアン
青い髪のストレートパーマで黄色い目のハニッシュ
緑色の髪の天然パーマに赤い目のカイン
茶髪のボブで茶色い目のそばかすがあるラン
淡いグレーのハーフアップでグレーの目のツェリィ
金髪のセンター分けで黄色い目のアシェット
紫色の髪のポニーテールで紫の目のメアリー
オレンジ色の髪の癖っ毛で赤い目のスート
水色の髪のおだんごでグレーの目のアクア
ミルクティー色のマッシュで茶色の目のノア
黒髪のロン毛を束ねた赤い目のマライア
栗色の肩まで伸びる髪で青い目のリオ
そして私たちの十五人だ。全員髪の色と髪型が違う為、とても覚えやすい。あの眼鏡をかけた今朝私が案内した少年はアシェット。眼鏡は常時つけているわけではなく、地図を見る為につけたそう。
皆私によく接してくれた。今まで皆からわたしにはなしかけてくれることはなかっため、とても嬉しく、情報が色々とわかったので良かった。
「じゃあ、またね!」
「ええ、また!」
あれからお昼まで授業があり、一日が終わった。帰りは馬車でエリーゼと一緒に帰った。両親とお兄様は先に帰ったようだ。今日はやけにリリーシュ様のボディタッチと話す場面が多かった為、今後が心配である。そして、アカリのことはスカッとしたが、これは初日であり、卒業まではまだ時間がある。この学校生活で何があるかはまだわからない為、色々と計画を練る必要がある。この人生ではクラスの仲間達がいる。あの学園ではクラス替えがない為、卒業まであのクラスのままである。なので、クラスのみんなという仲間達と共に楽しい学園生活を送っていきたいと思う。私があの聖女の罠にハマらなければいいが、私が罠を回避すれば周りの人たちが犠牲になりかねない。それは避けねばならない為、私が護身術でこの身を犠牲にする必要がある。
「これから大丈夫かしら...。」
この体がいつまで持つかわからないが、聖女に負けないように頑張りたいと思う。
「今日は寝ようかしら...。」
先のことは考えずに、私は眠りについた。