悪夢、すなわち死
「悪夢から目覚めて」
あぁ、またダメだったみたいね。これで三十七度目。一体いつになったら私は殺されずに済むのでしょう。私の生まれた家が問題なの?私が魔女だから?他人よりも身体能力が高いだけで、特にあの世にありえない魔法が使えるだなんて、どうかしてるわ。
それに、どうしてもあの聖女を皆が信じてしまっているお陰で、私の学校生活は滅茶苦茶よ。婚約者どころか周りの友人達まで吸収してしまうなんて、恐ろしい人だわ...。
逆行人生で、何度も生き残る道を選んだはずなのに、何故...。これで三十八か...。
やはり、私は殺される運命にあるのかしら。だとしたら、このループをどうやって抜け出せばいいの?私にハッピーエンドなんて似合わないわ。いい加減、悪夢から目覚めたいものよ。
今回は魔女狩りと同じく磔と火炙りだっけ?あんなに苦痛な思いはしたくないわ。...どうせ殺されるなら、もっと楽な方がいいですわ!
誰だってこの気持ちは変わりませんもの。
...今いるここは、いわゆる走馬灯の鑑賞会みたいなところかしら。ほら、ここに幼い私がいる。あれが婚約者の王子様よ。やっぱり、幼い時の私はどうしても我儘が酷い子だったからね。いつかはメイドに遠くの斜塔に置き去りにされたわ。でも、両親は既に他界していた。私が二歳の時だから、記憶がないの。唯一の味方は私の専属執事とメイド長。とても可愛がってくれたの。他の使用人は...ダメね。幼い私に強気な態度を取って、みっともないわ。
私を引き取ってくれたのが私の母の弟夫婦。嫌な顔はしなかったけれど、表に出して私を可愛いとは言ってくれなかったわ。所詮、お金持ちのいい令嬢を手に入れたとでも思ってるんでしょう。
あ、これは学園で色々試している時だわ。でも、失敗してしまったのよね。あの聖女、私が思う以上に頭がキレているから、予想もつかない攻撃を仕掛けて来るの。すべきことは一緒なのに、その何十手先まで見透かしているものだから、本当に困ったわ。もし、私が断罪されるのが茶番ならば、関わらないで欲しいものだわ。最後の聖女の顔、本当にあの人の顔なのかしら...。口が吊り上がって、とても怖かったわ。
そろそろね。走馬灯が終わって、いよいよベッドで目覚めるみたい。
確か、ここから少しだけ掛かるのよね。少しだけ話をしましょうか。
目覚める場所はいつも五歳の時。私が足を滑らせて階段から落ちて気を失うのよ。どうしてもここまでの人生はやり直しが効かないから、困ったものよね。四歳からでも準備はできますのに...。
そして、必ずベッドの近くには私の両親と医者、そして、専属執事とメイド長がいるの。全員心配そうな顔で私を見ていた。両親は、どんな気持ちなのかしら。本当の娘でもないのに、心配することはないわよ、きっと。
...眩しくなってたわね。いよいよかしら。
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「んっ...、あ、私...」
「マリアンヌ、良かったわ!あなた階段から落ちて気を失 っていたのよ!」
第一声はお母様。私の事をぎゅっと抱きしめてくれた。その温もりを、私はいつも受け留めていなかった。...愛されないのが、怖いからね。でも、今度の人生は絶対に長生きしますわ!
だから私は...お母様を抱きしめ返した。やっぱり、この方が私的に落ち着きますわ。すると、お父様は無言で、私達を抱きしめた。お母様はとても驚いているようだけれど、気にしない事にした。
「マ、マリアンヌ...。...ありがとう。私、元気が出ました わ。ね、あなた。」
「ああ、そうだな。」
両親は、これ以上何も言わなかった。私としてはありがたいが、メイドや執事が困り顔をしている。医者は、
「ふんふん、心拍も安定していますし、大丈夫ですね。ただ、全身を強打していますから、今日は湿布を貼って、安静にしていてください。では、私はこれで。お大事に。」
「ありがとうございました...。」
医者が出ていくと同時に、両親も私を心配そうに見つめ、部屋を後にした。
「お嬢様、お身体の方は、大丈夫でしょうか?」
心配そうな声で私を気にかけてくれるのが私の専属執事。歳は二十歳。名前はロン・ハムシャン。
「ええ、少し体が痛むだけで他はあのお医者様が言った通り、どこも問題はないわ。」
「そうですか、良かったです...」
そして、この人がメイド長のキーラ・スミス。歳は三十歳。この二人は、私が殺される前にギロチンにかけられ、死んでしまった。私が殺されるのは、決まって十八歳の時。その時はちょうど、王国主催のパーティーだ。
「あ、そうだキーラ。湿布を貼ってくださる?」
「はい、かしこまりました。」
キーラは手際良く湿布を体に貼っていく。私はキーラとロンが大好きだ。だって、私にいつも良くしてくれるから。だから、この二人だけでも守り抜きたい。どんな手を使おうと。
「...終わりました。どこか、違和感などはございますか?」
「いいえ、無いわ。ありがとう、キーラ。」
「いいんですよ。早く治るといいですね!」
「ええ、本当にその通りです。」
「ありがとう、二人とも。あ、そうだ。安静にしないといけないでしょ?じゃあ、今日は一日中ベッドなの?」
大きな窓から外を見ると、青空が広がっていた。という事は、まだお昼前か、それ以降かのどちらかだ。
「そうですね、お嬢様。あまり無理をして動いてはいけません。お食事は私達が運んでまいります。」
「何か、要望はございますか?」
「そうね...。軽く食べられるサンドウィッチがいいわ!具材はレタスとハムとチーズね!」
「かしこまりました。...お嬢様は、サラダサンドウィッチがお好きですね。」
「ええ。アリサが作るサンドウィッチは絶品だもの!」
「すぐにお持ちいたします。」
ロンがそういうと、キーラと共にこの部屋を後にした。私はベッドの中でしか動けないので、暇つぶしに部屋を眺めてみた。
白を基調としたこの部屋は、カーペット以外の家具が、すべて白色だ。ベッドのすぐ前にはソファとミニテーブル。壁には大きな絵画が飾られている。さっき見た大きな窓の横には白の布に白銀の糸で刺繍が施されている。ドレッサーやクローゼットには、黒の大きなリボンやカチューシャ、青色のドレスなどがある。全てを白にしているのには理由がある。
それは、私の髪が銀髪だからだ。それも、白銀よりの。腰まで伸びる長さだ。まつ毛も色素が薄いため、白色。肌も白雪姫のように白い。目はドレスと同じ青色で、唇はいつも紅です。
そんな事を思い出していると、二人が戻ってきたようだ。
「お待たせいたしました。サンドウィッチと、ホットチョコレートです。」
「わぁ...!ありがとう。ホットチョコレートまで用意してくれたなんて、後でアリサにお礼を言いに行かないとね。」
そういい、サンドウィッチに手を伸ばした瞬間。
コンコン
誰かが扉をノックしてきたのだ。ロンが確認しに行くと、
「マリアンヌが目覚めたと聞いたが...」
「ヘンリー様、こちらにいらっしゃいます。どうぞ。」
そう、私の兄、ヘンリーがやってきたのだ。正確には、義兄だ。彼は弟夫婦の一人息子。私とは七歳もの歳が離れている。髪は青色よりの銀髪。センター分けにしている。目は赤い。お兄様は、私を可愛がってはくれなかった。どこか硬い人で、いつも勉強のことしか頭に入っていない。私の元を訪ねて来るのは、親に頼まれた時以外滅多に無い。
いろんな手を使ってみたが、いつも怒られてしまった。いつも決まって、
「邪魔をするな!」
と怒声を浴びせられた。流石に向こう側の執事が止めに入ってくれたが、私は泣いてしまった。これも演技だが、逆にお兄様は遠ざかってしまった。なので、三十八度目は、
「お兄様...。またお母様とお父様に頼まれたのですか?私なら大丈夫です。まだ、お勉強があるのでは無いですか?私に構わず、どうぞお勉強なさってください。」
「そ、そうか...。いや、僕は今大丈夫だ。丁度終わったからな。」
「そうですの!すごいですわ!私、お兄様みたいな素敵な人になりたいです。」
そう、必殺“お兄様みたいになりたい!”だ。今のお兄様の年頃なら、簡単だと思うが...。
「っ!そ、うか。ま、まあ、お前も、その...頑張れよ...。」
よし!落ちたようだ。良かった!
「あ、そうだお兄様。このサンドウィッチ、私の大好物ですの!良かったら、あげますわ!ほら、あーん!」
「えぇ、あ、あー....」
「どうですか...?」
「...うん、美味しいな。僕は初めてこのサンドウィッチを食べたよ。今度、アリサに頼んでみるよ。でも、お前のだったんだろう?良かったのか?」
「えへへ。いいんですよ!お兄様が私の大好物を食べて美味しいと言って笑ってくれる顔が見たかったんです...。」
そして、二つ目の必殺“上目遣い&あーん”。これならダブルヒットで、私の好感度は一気に上昇しただろう。
それよりも気になるのが、
「......」
無言だが、わたしたちのやりとりを見て微笑ましそうにしている執事二人とメイド。キーラに至っては感動で涙を流していた。こんなにも仲が悪いのか、私達。
「...お前は、いい奴だな。ありがとう。その...、またできればあーんとやらをして欲しいのだが...」
「はい!マリアンヌ、お兄様にこれからもあーんをし続けます!」
「そうか!ありがとう、では、身体に気をつけろよ。また明日会いに行ってやる。」
お兄様はご機嫌な様子で部屋を出て行った。丁度私も食べ終えたところだ。とても美味しかった。
「ねえ、二人とも...。そんなに私達のやり取りが感動的だった?」
「はい...。いつもならお嬢様はヘンリー様にああいった事はしませんからね。それに、ご機嫌でしたから、」
「やはり、お嬢様はヘンリー様に甘えたいんですね。いいんですよ。お嬢様は、そんなお年頃ですから。もしか淋しくなったら、私達のところへ来てくださいね。いつでもお相手して差し上げます。」
「...本当にありがとう。」
これでお兄様は大丈夫だろう。
二人とのあの言葉も、聞き慣れているばずだが、どこか新鮮な気持ちになってしまう。嬉しいのだ。
「お嬢様、夕食はどうされますか?」
「そうね...。今日はもういいわ。明日に備えて寝る事にする。」
「そうでございますか。では、私が寝る準備を致します。」
「では、私は食器を片付けてまいります。」
「ええ、ありがとうね、二人とも。」
そのあとは、ネグリジェに着替え、眠りについた。このあと目覚めるのは、そう、入園前だ。本当に不思議だろう。五歳から一気に飛んで十五歳になるのだ。なら、五歳で目覚める必要は無いはずだが、三十七回やってきた私にとってはここでの行動が将来を大きく変えるので、案外重要にあるものだ。
私と王子様が出会うのは八歳の時。婚約者候補たちが集められ、パーティーが開かれる。そのパーティーでは、まだ聖女はいないのだ。どうせ、私は候補に選ばれるだろうから、入園時には婚約者になっているだろう。この条件は絶対なのだ。
聖女は、私にいじめられるふりをするのだ。婚約者は、当初から私のことを好いていたため、初めこそは信用していてくれたが、周りの人たちも聖女の味方をするので、聖女側についてしまった。私は、正直婚約を解消しに行こうと思う。そうすれば、私をいじめる義理はないはずだ。
この作戦を、十二回目にしたが、ことごとく失敗。王子様が私の後を頻繁に彷徨くようになり、いじめをエスカレートさせてしまった。
なので、今回ははっきり言おうと思う。
「婚約者である事を隠してください」と。そうすれば、大丈夫なはずだ。そして、いずれ婚約破棄を申し出て、聖女と王子様が幸せになってくれればそれでいい。私がロンとキーラと幸せに暮らせれば、それでいいのだから。