体温と楽園
あたしはいつの間にかここにいた。
にこにこと顔は笑っていた。何も覚えていないので、まるで産まれたての赤ん坊になったみたいだった。
着ているものは何もなく、でも暑さも寒さも感じることなく、快適だった。
温度を感じることがなかったわけじゃない。しっかりと、その体温を、背中に感じていた。
目の前の木の枝にぶら下がっていた林檎をもぐと、おいしく齧りながら、後ろの誰かに話しかけた。
「こんにちは。あなたもいつの間にか、ここに?」
すると優しい男の人の声が返ってきた。
「うん。何も覚えてないんだ。よろしく、お嬢さん」
彼の背中があたたかった。少し体を動かして、わざと擦り合わせてみた。サラサラとした肌の感触が、あたしに跳ね返ってきた。
「ここはどこだろうね? あなた、わかる?」
べつに答えを知りたくはなかったけど、何か会話を交わしたくて、彼に聞いた。
「楽園だよ」
思った通りの答えが返ってきた。
「僕らはたぶん、人間の世界で死んだから、ここへ来たんだ」
「これからずっと、ここにいるのかな」
色んな色の、かわいい小鳥が飛んでいた。咲き乱れる花の色が目を楽しませてくれる。
空には虹がかかり、優しい太陽が、あたしたちを見下ろして微笑んでいる。
「わからない。でも、ずっとこうしているわけにはいかない」
あたしは振り向かなかった。振り向いたらその人の体温がなくなってしまう気がして。
その人がこっちを振り向いた。そんな気配がした。
あたしは背中を向けたまま、何をされるのかを待った。胸をドキドキさせながら。
何も起きなかった。その人はいなくなった。そのことにあたし気がついたのは、最後の言葉を交わしてから待ちきれなくなるほど長い時間が過ぎてからだった。
夜は来なかった。ずっと優しい太陽があたしを見下ろしていて、色とりどりの花や小鳥が目の中にあり、あたしは全裸だった。
あたしは長い年月の中で大きくなった。世界は小さくなり、あたしを巨人のようにした。
あたしは一人ぼっちの神様だった。