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漫画みたいな二人のバレンタイン

作者: 風理

バレンタイン♡

 少女漫画でよく見る、バレンタインの当日に、下駄箱やロッカーを開けると、チョコレートが雪崩落ちてくる。ってやつ…あれ、漫画の世界でしかありえんよな、て、思わないですか?現実でそんなシチュエーションに遭遇する確率って、ほぼ無くないですか?ないですよね、あるよ〜って人。え、マジですか…いるの?そんな人、他にもいるんですか?


 私は…今、目の前で、はじめてみました。

 リアル、ロッカーチョコ雪崩に見舞われあたふたしている人物を…はい、いました。目の前におります。


 Q1.貴方ならどうしますか?


 A. え?二次元の人ですか?ってツッコむ。


 B. 自分が今、手に持っているチョコを渡す。


 C. 自分のロッカーから紙袋を取り出す。


 わたしはC.で行こうと思います。


 私は、自分のロッカーからサッと紙袋を取り出し、彼の前に突き出した。


「どうぞ、使って」


「ありがとう、西野さん。…明日返すよ」


「いや、いいよ、紙袋なんていくらでも持ってるし、あげる。あ、一袋じゃ足りないか、もう一袋いる?」


「いや、いい、大丈夫」


「あ、そう…へ、へへ…」


 やばい、、、なんか、変な笑い方しちゃったよ。


「なに…?」


 彼が僅かに形の良い目を眇めこちらを見やる。

 私は何故か、へらへら笑うしか出来なくなった。


「ええ?…いや…すんごいシチュエーションに出くわしたなあ〜なんて、思って、へへ…ごめん。東野君を笑ってるわけでは無いんだけど…」


 どうした私…こわれたか?


「…いいよ、別に笑っても、沢山笑って」


 そう言って、彼が、私の渡した紙袋に雪崩チョコをひとつひとつ、丁寧に入れていく。隙間なく詰めていく。まるで、テトリスのように。うまい。収納名人 東野氏。


「すんごいね」


「何が?」


「いや、それ、シンデレラフィットってやつになってんじゃん」


 私はなかなかに大きな紙袋を渡したはずなんだけど、

 その紙袋に彼の貰ったチョコレートがそれはキレイにフィットして隙間なく収まっている。その様子を見て、私が、ほう。なんとすばらしい…と感心していたら、東野君が、ふっと、吹き出して笑った。


「沢山笑って、って言ったのに、なんで逆に笑わせてくるの」


「や、ネタで無くね…普通にすばらしいなとね」



 私は本心を伝えつつ、笑顔を取り繕ってみるけれど上手く笑えている気がしない。対して、東野君の笑顔は、お金が取れるレベルにやばい。なんという破壊力…思わず私の手もカバンの財布を取り出しそうになっているではないの、なんと恐ろしい…早くここから立ち去ろう。


 私は引き攣る口角を上げ、下手っクソな笑顔を作り込んだまま、言った。



「とりあえず、よかった、よかった。……では!」


 私は踵を返し、教室から立ち去ろうとして…。


 ガラガラドン!!

 大きな音と共に、その足を止めた。


 Q2. 何の音?


 A. 雷が落ちた音


 B. 彼が教室の扉を私の背後から閉め壁ドンならぬ、扉ドンした音


 C. 彼が教室の窓を閉めてからの、自分のロッカーを叩き閉める音



 私は恐る恐る、振り返った…。

 正解は、C. でした。はい…少女漫画展開期待していた方、ごめんなさい。

 少女漫画の男キャラみたいな東野君ですが、今、すんごい顔して、こっち、見てます。目が、カッて見開いて、ものすごいオーラ放ってメンチ切ってます。

 イケメンのガンたれ怖…。


「……ご、ごめんなさい!!」


「何で謝ってんのか、わっかんないんだけど」


 ひたり、ひたり、ホラー映画の殺人鬼みたく、イケメンが距離を詰めてくる。


「み、見ちゃった事!?東野君がチョコ雪崩防ごうとしてあたふたしてる所」


「へ〜、俺、そんな、あたふたして見えたんだ」


 ひたり、ひたり、ぴた。 気付けば、私の上履きと、東野君の上履きが、こんにちは、していた。


「ち、違った。間違えた!笑っちゃった事だよね?

 思わず、笑ってしまってごめんなさい!だって、こんなん漫画でしか見たこと無かったんです」


 私は謝りながら後ずさる。それに合わせて、東野君は一歩一歩距離を詰めてきて、なんかずっと、私達の上履きがこんにちは、しているのだけど…。


 ガラガラドン!!


 文字にしたら、さっきと同じ音になったけど、ごめんなさい。次は、B. です。


 今、私…扉ドン。されてます。しかも、向かい合ってる。


「俺、笑ってって、言ったよね?怒ってないよ」


 そう、私の頭の上から低い声が落ちてきて、私は恐る恐る顔を上げて彼を見上げた。


 東野君は、整った顔を不満気に歪めていて、どう見たって、これは、腹を立てているようにしか、見えなかった。


「顔が、怒ってる…私、何かしちゃったの?何を間違ったかわからない。東野君が何で怒ってるのかわからないから…ごめんなさい。教えて下さい」


 私はドックン、ドックンと高鳴る心臓の音が東野君に聞こえてしまうような気がして、ペコリとお辞儀をしながら彼の胸を両手で押した。距離を、取りたかった。

 


「何もしてない。西野さんは何にも悪くは無いんだけど…」


 そこまで言って言葉を切ると、東野君は私の両手首を掴んで、私を見下ろしながら尋ねてきた。


「ねえ、さっき、手に持ってたチョコ、カバンに閉まってどうすんの?…誰かのロッカーに入れるつもりだったんじゃないの?今日、それを、誰に渡す気なの?」


 ダレニワタスカダッテ…?


「あれは…ぶ、部活のコーチに、渡そうかな〜…なんていつもお世話になってるし?」


 はい、嘘です。お世話にはなっておりますが、コーチの為のチョコではございません。が!、今、この瞬間に、コーチ宛てのチョコにチェンジしました。

 だから、もう、あれは、木谷コーチのチョコなんです。はい。


「…義理チョコ?…本命?」


 耳元で囁かれたように聞こえたが、きっと距離がこんなにも近いせいだ。東野君が未だ掴んだまま離さない両手を私は全力で引っ張り取り戻した。


(ぬ、抜けた。東野君、力強!)


 拘束はとかれても依然として私達の距離は近いままだ。

 私は動揺を悟られないように、敢えて東野君を真っ直ぐと見つめながら、言った。



「もちろん義理だよ、義理、当たり前でしょ、木谷コーチ彼女いるし」


「彼女いる人に義理でもチョコとかあげないほうがいいんじゃ無いの?」


「…」


 タシカニ…。


「あ、じゃあ、自分ようにするかな〜へへ、へへへ…」


 ああ、また、この変な笑いが…。


「ねえ、西野さんってさ、嘘つくの、下手だよね」


 私の頭の上にあったはずの、東野君のご尊顔が、スッと落ちてきて、コツン。


 おでことおでこがこっつん、てやつされてます。


 ヒイぎゃああ〜〜〜〜。

 なんですか!?これ!?


「さて、西野さん、問題です。

 俺は今、何を考えているでしょうか」


「は?」


 え、まって、何?なんかはじまったよ?


「A. 紙袋より、西野さんのチョコが欲しかった。B. でも、笑った顔見れてちょっと嬉しい、もっと笑ってる所がみたい。C. ねえ、そのカバンにあるチョコ、本当は俺になんじゃないの?D」


「え!?まだあるの?」


「西野さんが好きだ、俺にそのチョコちょうだいよ」


「……」


 エ…エラベナイ…。とくに、最後のやつ。


「答えは、どれでしょう」


 いや、どれでしょう。じゃないよ。


 東野君はおでこは離れていったけど、依然として

 私の目の前にいて、真剣に見てくる。

 私は、唯一、選ぶとしたら、これしか無い。と思い、その答えを口にする。


「C. …答えはC」


「うん。それも考えたけどね、答えは全部。

 今言ったやつ全部が、俺が今考えてることだよ、西野さん」


「…」


 全部とか…それは、問題になってないやつ。


「もう一個、追加すると…」


「つ!?」


「このままキスしていい?」


 熱に浮かされたような彼の顔が角度を変えてゆっくりと落ちてくる。


 Q. この後、どうする?


 A. キス待ちして瞳を閉じる。


 B. かわしてからチョコを渡す。


 C. 回避して、逃げる。



 どうする?





 ***


 三人の姉と、一人の、妹に挟まれるという家族構成の一家に生まれた俺は、本能的に女子に強く出ることが出来ない。

 勝ち気で口達者で個性的な姉×3と、甘え上手でちょっとわがままな妹と共存する家庭生活において、俺のヒエラルキーが最下位であることは俺の人格形成に多大なる影響をもたらしたのだと思う。そうでなければ、俺は今、こんな状況に陥ってはいない、絶対。


 好きな女の子の前で、他の女子からのチョコを大量にぶち撒けるという、イタイ状況の中、俺は、彼女が手にしているチョコレートらしき包箱を凝視した。彼女は俺を見るなり、それをカバンの中に隠すように、しまったのだった。


 ◇◇◇


 2月13日、バレンタイン前日の帰り、前年度の経験をもとに、あまり使っていないファイルや事前に借りた図書室のどうでもいい本を机の中いっぱいに詰め込んで、中にはなにも入れれないように塞ぎきる。ロッカーには、ガムテープを貼り付けてテープに『剥がすな!』と書き込んだ。今年こそ、これで完璧だ。そう思って、俺はバレンタイン当日を迎えた。


 朝、教室に行くと、ロッカーはガムテープが効果覿面だったのか何もされていなかった。

 だが、そのかわり、机と椅子がチョコの山で埋まっていた。


 えっ…と〜…これは、ロッカーに入らなかったから、て事?え、でもさ、それなら、あのロッカーを見てるよね?俺の意図は伝わらなかったのか?それとも、俺の意志なんか、どうでもいいのか?いや、多分、その両方か、なるほど、、、なるほどね〜…


 俺は黙々と机の上と椅子の上に積まれたチョコを片す。

 念のためにとMサイズのビニール袋を準備していたのが幸いした。

 クラスの皆の視線がこちらに集中しているのがわかる。

 色々な感情が一斉に自分に向けられているのを痛切に感じてどっと疲れる…。帰りたい。そうか、休めば良かったんじゃないか?来年は休もう、そうしよう。それがいい…。


 結局、俺はロッカーのガムテープを剥がして、ロッカーの中にビニール袋から溢れるほどいっぱいになったチョコを押し込んだ。


 きっと去年、手渡しでチョコを渡しに来た子達に、「好きな子からのチョコしか受け取らないようにしてるんだ」とやんわりと断る。というのを繰り返したのが今年に反映されたのだと思う。俺が今年こそは、と対策を練るように、彼女達もまた、同じように策を練って、手渡しだと断られる=手渡ししなければ良い、に変換した結果こうなったのだ。


 俺はロッカーを閉め、自分の席に座った。


 右斜め横、前から三番目の席を見る。

 良かった、まだ、西野さんは来ていない。予想通りだ。


 俺は窓際の一番後ろの席から窓の外を眺めた。

 このクラスの窓からは、丁度、校門が見えるのだ。


 西野さんは、いつも、遅刻すれすれの時間に教室に滑り込んでくる。その姿は、マンガの世界の住人のようだ。それでも俺が知る限り、彼女は一度も遅刻した事は無い。去年から彼女のことが気になりだしたのだが、同じクラスになり、窓際の席となって気付いた。いつも、朝のチャイムが鳴り出すのと同時に彼女は校門をくぐり抜ける。その爽快な走りは、見ていて清々しい。そうして、チャイムが鳴り止むと共に彼女は教室の自分の席に着くのだ。毎日、きっかりと。その様子を自分の席から見ていると、称賛の拍手をおくりたくなる。だけれど、そんなことはしない。俺がそれをすると、何か、嫌われてしまう展開しか思いつかないから。


 俺と西野さんは、同じクラスメイトで、普通にしゃべる程度の関係。

 だから、誰もきっと、気付いていない。俺が彼女に夢中なんだって事に。


 ◇◇◇


「どうぞ、使って」


 西野さんに、バレンタインに、チョコでは無く、紙袋を

 渡された。


 それは、つまり。俺には興味がない、あるいは、今、この瞬間、無くなった。そのどっちかだ。


「ありがとう、西野さん。…明日返すよ」


 俺はショックの中、なんとかそう言って返した。

 そんな俺の気など知らずに無邪気に彼女は笑う。


 はあ、なんだよもう…。

 ああ、でも、だめだあ。

 やっぱ、可愛いわ、西野さん。


「…いいよ、別に笑っても、沢山笑って」


 もっと、笑ってる所がみたいから。


 そう思って、言ったのに、結局俺のが、彼女に笑わされた。俺が笑ったら、西野さんの頬が少し赤くなって、その瞬間、思った。


 もしかして…。


 ただの自惚れかもしれない…。でも、何か急にそわそわし出した西野さんを見ていたら、これは、脈ありなのでは?…そう、感じた。

 でも、その次の瞬間。


「とりあえず、よかった、よかった。……では!」


 西野さんはまるで俺から逃げ出すように踵を返した。


 それを見た瞬間、俺の中で、何かがプツッと切れて、感情が、一気に溢れ出した。


 は?カバンにチョコ詰めて、どこ行くき?

 てゆうか、マジで、それ、俺のじゃないの?

 俺じゃ無いなら、誰に渡すの!?


 思考がもう、それ一色に染まった感じがした。


 まて。

 行くな。

 こっち見ろ!西野!


 彼女を引き止めたい、ただ、それだけの為に、

 俺は側にある窓を勢い良く閉めてロッカーを叩き閉めた。普通に待って、と引き止めるような、心の余裕など無くなっていた。


 自分の中に、こんなにも黒い感情がある事をはじめて知った。彼女に夢中なんて、そんな言葉でおさまるような感情では無かったのだと、俺自身、今、知った。


 嫉妬という、黒い感情に、取り憑かれた。


 俺は怒りにも似た嫉妬心に駆り立てられるように彼女に距離を詰め、彼女を閉じ込めた。


 西野さんが怯えている。

 わかっていたけど、抑えられなかった。  


「顔が、怒ってる…私、何かしちゃったの?何を間違ったかわからない。東野君が何で怒ってるのかわからないから…ごめんなさい。教えて下さい」


「何もしてない。西野さんは何にも悪くは無いんだけど…」


 ごめんね。ごめん、西野さん。

心の奥に追いやった良心が、小さくそう、呟いていた。


 俺を非力な力で懸命に押し退けようとする西野さんの両手首を掴む。力を間違ったら、折れてしまうのじゃないかってくらい華奢な手首、彼女の脈拍が握った手から伝わってくる。


 気が、おかしくなりそうだ。


「ねえ、さっき、手に持ってたチョコ、カバンに閉まってどうすんの?…誰かのロッカーに入れるつもりだったんじゃないの?今日、それを、誰に渡す気なの?」


 気付けば、心のままに、質問ぜめにしていた。


「あれは…ぶ、部活のコーチに、渡そうかな〜…なんていつもお世話になってるし?」


「…」


 部活のコーチ?じゃ、なんでチョコ手にしたまま教室来てんだよ、もう部活終わったんじゃないの?

 いや、それよりも…。


「…義理チョコ?…本命?」


 俺今、すんごいダサい顔してないか…?

 声が…震える。


「もちろん義理だよ、義理、当たり前でしょ、木谷コーチ彼女いるし」


 もちろん義理…。義理。

 俺は、西野さんの口から出てきた言葉を噛みしめた。

 良かった。

 いや、俺は義理でも他の男に西野さんがチョコあげるとか嫌だ。断固阻止する!



「彼女いる人に義理でもチョコとかあげないほうがいいんじゃ無いの?」


「…」


 西野さんは少し考えたようで、


「あ、じゃあ、自分ようにするかな〜へへ、へへへ…」


 そう、呑気に笑った。

 自分で食べるくらいなら俺にちょうだいよ

 そんな事言ったら、西野さんはきっと…

 いっぱいもらってるじゃんて、返すのだろうな。


 そう思って、大博打に出た。


 もう、いっそ、攻めて攻めて、攻め落とす!


 一番上の姉の好きな韓ドラとか、二番目の姉の好きな恋愛ゲーム、三番目の姉の好きなティーンズラブコミで無駄に得た知識。


 役に立てるなら、今しかない!!


「ねえ、西野さんってさ、嘘つくの、下手だよね」


 そう言って、韓ドラで見た額を合わせるという、一番目の姉が缶ビールを飲む手を毎度とめるシーンを真似てみる。


 これは、なかなか、効いているような、気がする。

 よしよし、このまま、次はあれだ、二番目の姉がどハマりしているツッコミ所しか無い恋愛ゲーム。あれで攻めてみよう。


「さて、西野さん、問題です。

 俺は今、何を考えているでしょうか」


「は?」


 西野さんがぽかんと口を開けて、何言ってんだ、こいつ?みたくなってる。だよね、正しい反応だよ。唐突にそんな事言われたらね、そりゃ、そうなるよね。だけども、ここでやめとくって選択肢、俺は持っていないから…。全部、言わせてくれ。


 俺はひかれるの覚悟で、自分の思っていることを選択肢として言い並べた。


「A. 紙袋より、西野さんのチョコが欲しかった。B. でも、笑った顔見れてちょっと嬉しい、もっと笑ってる所がみたい。C. ねえ、そのカバンにあるチョコ、本当は俺になんじゃないの?D」


「え!?まだあるの?」


「西野さんが好きだ、俺にそのチョコちょうだいよ」


 勝手に口がそう、言っていた。

 知らないうちに、流れのままに、告白していた。

 なんだこの告白…最悪だ。もっと、普通に告白しとけば良かった。なんで俺、あんなつまらない恋愛ゲームで攻め落とせるって思ったんだろ、数分前に戻ってやり直したい。いや、むしろ、戻れるなら、ロッカーを開ける前に戻りたいな。


 そんな後悔の念を持ちながら、あの恋愛ゲームのままに西野さんに選択を迫った。


「C. …答えはC」


 西野さんは、律儀に選択してくれた。


 ありがとう、西野さん。君は本当にいい子だよ…。


 俺は、正直にありのまま伝えた。


「うん。それも考えたけどね、答えは全部。

 今言ったやつ全部が、俺が今考えてることだよ、西野さん」


 俺は、そう言いながら、これは、終わったなと思った。すぐ、西野さんは、俺をフる言葉を何か言うのだろうと、俺は諦めて、大人しく待っていた。


 だけれど、何も、言葉は返ってはこない。

 いつまでたっても沈黙は続いて、俺は西野さんの顔を覗いた。


 真っ赤に染まっていた。


 潤んだ瞳をして、どうしたらいいかわからない、と顔に書いてあるようだった。


 ねえ、西野さん。そんな顔されたら、たまんないよ。

 何か言ってよ西野さん。

 早く、何か言ってくれ…。


 そうじゃないと、そのだんまりな口を、塞いでしまいたくなるんだよ。


「もう一個、追加すると…」 


 ダメだ俺、やめておけ…。


「つ!?」


 ああ、ほら、西野さんが、困惑してる。

 ああ、けどさ、つ、て発音する口ってさ…なんでそんな、いいカタチしてんだろう…。


「このままキスしていい?」


 俺は、魔法にでもかかったように、西野さんの唇に引き寄せられる。



 あれ…なんかこれ…どっかでみたようなシチュエーションになってないか…。


 ああ、そうだ。

 三番目の姉のティーンズラブコミか。

 それを、思い出したと同時に、西野さんが視界から消えた。


「ダメ!」


 そう、足元から聞こえた。

 西野さんは、俺を避けて咄嗟にしゃがみ込んだのだ。


 サッと血の気が引いていくとともに、俺は我に返った。


 やらかした…。

 完全に、嫌われた!!


 そう思って、自分の顔を両手で隠した。


 消えてしまいたい…。



「だ、だけど…」


 西野さんが大きな声で、そう、言って…俺は顔からそっと手を離し、しゃがみ込んだ西野さんを見た。

 西野さんはいつのまにか、手に持っていたカバンからさっきのチョコを取り出して、両手に持って、真っ赤な顔で俺を見上げていた。


「これ、貰ってくれる?本当は、東野君に、あげるつもりで、用意したチョコだから、嘘ついてごめんなさい!」


 嘘?…コーチの義理チョコでは、無く?


「え!?本当にさっきのウソだったの!?」


「え!?わかってたんじゃなかったの?」


「いや、なんか、脈ありそうな気もしてたんだけど、

 ちょっともう、西野さん、わっかんないから…でも、俺に用意してくれた…俺のチョコ…なんだ」


 やばい…。


「え?と、東野君…?」


「ありがとう…すんごく…めちゃくちゃ、うれしい」


 俺は片手で西野さんのチョコを受け取りながら、もう片方の手でじわじわと浮かぶ自分の涙を拭っていた。


「え、ええええ〜〜」


 西野さんが当惑の声をあげる。



 俺は、泣き笑いしながら思った。


 うん。西野さん、やっぱり君が、大好きだ。









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