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6.箱庭

「ミツロウはこのぐらいの細かさでも大丈夫ですか?」

粉末の薬を見終えた彼に、今度はすり鉢を渡す。彼は中身を確認し、少しばかり擦るようの棒をかき混ぜるように回す。

「問題ない。溶かす作業は明日だ。このまま始めると夕食の時間にかぶる」

部屋にある掛け時計を見ると、あと30分ほどで夕飯だと言われていた時間になるところだった。もうそんな時間が経っていたのかと内心驚きつつ、ザイラはマルクスの指示通りミツロウを作業台の奥に置き、蓋をした。


「暗くなる前に“箱庭”を案内する」


「“箱庭”?」


海賊船、というよりは船には聞き慣れない名称に、ザイラは首を傾げる。そうしている間にも、彼はすでに出入り口に向かって歩き始めており、ザイラも慌ててそれについていった。マルクスは扉の鍵を閉めると、扉の前にあるフックに『箱庭』と書かれたプラカードを下げた。

「この船の最上階にある、薬草から食材を育てている庭だ。見ればわかる」

歩きながらそう説明されるが、船に庭というものが想像つかず、ザイラは生返事をしてしまう。そのままマルクスについていくこと数分。船の最上階と思われる部屋の扉の前に辿り着いた。


レッドムーン海賊団の船―――スパイダー・リリー号は、襲撃に遭った際にどの部屋が重要な部屋か悟らせない為、全ての部屋の扉が同じような形状になっている。そのうちのいくつかはダミーらしいのだが、それはまた追々教えてもらえるらしく、今のザイラにはどれがダミーなのかはわからない。今いる最上階にも、マルクスが立ち止まった扉の他に4つほど扉があった。

「“箱庭”に入る時には、奥から2番目の扉を開け。それ以外はトラップ付きだ」


「え、」


トラップ付きなんてあるのか。ダミーがある以外は初耳だったザイラは、肝が冷えるのを感じる。


好奇心で片っ端から開けていこうと考えていたのだが、それはしっかり案内を受けてからにしようと心に誓う。


「安心しろ。トラップがあるのはこの階だけだ」

表情が固まったことから、トラップの件は初耳だと判断したのだろう。マルクスの言葉に、ザイラは内心胸を撫で下ろした。そんなザイラを横目に、マルクスは手慣れた様子で扉のドアノブをひねる。

ガチャリという音と共に開いた扉の隙間から、強い光が差し込んできた。ザイラは思わず目をつむり、片手を両目の前にかざしてもう一度扉の向こうへ視線を向ける。


「う、わ・・・!」


感嘆の声が自然と漏れる。マルクスに続き一歩中に入ると、その様子がよくわかった。

最上階と思ったのは間違いなく、その階は屋上に位置する場所だった。ザイラ達の入って来た扉のある壁からコの字型に木の壁が作られ、扉と反対側の部分と天井部分はガラスのような素材で覆われている。

視界を遮るほどの強い光は、ガラスの向こう側から見える水平線に沈みかけている太陽だったようだ。どうやら温室のような役割をしているようで、部屋の中央部分に3つの木枠で作られたレーンがあり、そこで薬草や野菜が育てられている。

さらに両端に作られたレーンには、観賞用なのか真っ赤なバラが見事に花開いていた。

慣れた様子で部屋の中を進んでいくマルクスに続きながら、ザイラは忙しなく辺りを見渡す。やがてマルクスが立ち止まったのは、扉から一番離れた場所にある薬草のレーンだった。

「薬草は主にこのレーンだ。あと2つは野菜とハーブで、担当はフォンテの坊主だ」

フォンテーヌは食材を扱うだけでなく、育てることもできるらしい。

どこまで完璧なんだあのコックはと思う一方で、この部屋でも圧倒的な存在感を放つバラに目を向ける。

「あのバラは誰が育てているんですか?すごく立派だと思うんですけど・・・」

品種は分からないが、真っ赤で大振りのバラの花は、葉の緑を隠してしまいそうなほどその花を開かせている。あれほど立派になるまで育てるのは、並大抵の腕ではできないだろう。

つい見惚れていると、マルクスがため息交じりに口を開いた。


「あれはシンの野郎が手掛けてるやつだ。

指一本でも触れると、後々痛い目見るから見るだけにしとけ」


口ぶりからすると、既に誰か彼の餌食になっているのだろう。ザイラは素直に頷いた。


それから始まった水やりする期間や時間帯、そして水の調達の仕方などの説明に耳を傾ける。

生活用水は貴重であるため、この箱庭の植物へ与える水はその都度用意する。水は部屋の隅に井戸のようなものがあり、そこから海の水を汲んで巨大な漏斗のような濾し器に入れて真水にしてから使うようだ。ちなみに、天井と海側の壁を覆うガラスは特殊なもので、光を反射しないものらしい。


「随分、しっかりとした設備がそろえられているんですね」


漉し器にしても、温室―――箱庭の作りにしても、ただの思い付きで作られたものではないことがわかる。感心して辺りを見渡しているザイラに、マルクスは「まぁな、」と返事をする。

「この船を設計する時に、お嬢―――船長とシンの野郎が特に力を入れた場所だ。海の上での最大の敵は、飢えと渇きだってよ」

確かに、この箱庭があることで食糧庫が付きてもしばらくは持ちそうだ。

みずみずしい野菜が並ぶ様を見て、ザイラは思う。薬草にしても、数多く種類があるために切らすことはなさそうだ。マルクスから育てている薬草の説明を受け、終わるころには太陽が殆ど沈みかけていた。夕飯の時間も迫っているとのことで、今日は予定通り説明だけで終わるようだ。

出入り口に向かって進む途中、ふと視線を感じてザイラは足を止める。改めて見渡すと、暗がりの中に光る金色が2つ並んでいるのが見えた。


「・・・フクロウ?」


ガラスの壁の向こうにいたのは、こげ茶の羽を持つフクロウだった。完全な暗闇であれば、その保護色ともいえる色で姿を認識することは難しかっただろう。

しかし、森に生息するはずのフクロウがなぜ海の上にと首を傾げていると、それに気が付いたマルクスが「あぁ、帰って来たのか」と呟き、ガラスの壁に向かって歩き始める。

壁の一部が扉となっているようで、マルクスがその扉を開くと、フクロウが慣れた様子で入ってきた。屋内を一度旋回すると、天井のガラスを支えている梁の1つからぶら下がっているブランコのような気の棒に止まった。


「シンの野郎のフクロウだ。名前は・・・ノッテルズ、だったか?」


あまり自信のなさそうな言葉に返事するように、フクロウ―――ノッテルズは一声鳴いた。どうやら正解だったらしい。

「頭が良くてな。伝書鳩みたいに、手紙を送ってくれる。基本は食いモン探しに外にいるんだが・・・今夜は帰ってくることにしたみたいだな」

ノッテルズは毛繕いを暫くしていたが、やがて落ち着いたのか顔を身体にうずめるようにして目を瞑り、動かなくなってしまった。

それをなんとなく見届け、マルクスは今度こそ出入り口の外へ出る。ザイラもそれに続いて、箱庭を後にした。


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