4.フォンテーヌという男
「で、ここが食堂!日によってまちまちだけど、だいたい時間は決まってんだ。朝は7時、昼は13時、夜は19時」
ザックはハキハキと聞き取りやすい・・・と言うには、やや元気の良すぎる大きさの声で、後ろについてきている新人ザイラに案内をしていた。ザイラはザックの説明を受けながら見渡した食堂に、思わず瞬きする。
食堂は今まで案内された船内の部屋でも一番広い部屋だった。中央に長方形の長テーブルと、人数分よりやや多めに椅子が並べられている。ここまでなら、特段気に留めるところはなかったのだが、幾何学模様が入ったクリーム色のテーブルクロスと、それに合わせて作ったのだろう同じ模様のクッションがそれぞれの椅子の上に置かれており、さらには脇にドライフラワーが飾りとしていくつかぶら下がっている。食堂、というよりは、どこぞのレストランかカフェと言われた方が納得がいく内装だ。
ザックの声で、料理を出す為なのか出入り口とは別に設けられた窓から見えていたフォンテーヌが振り返り、破顔する。
「あらぁ!いらっしゃい、ザック君、ザイラ君」
仕込み中だったらしく、皮をむいていた何かの野菜と包丁を置いて、窓枠へ肘をついた。言葉遣いさえなければ、本当にただの色男なのだが、とザイラはつい力んでしまった肩から力を抜く。
「よっフォンテ!」
「仕込み中にすみません、お邪魔します」
ザックは元気よく片手をあげ、ザイラは軽く会釈する。それにフォンテーヌは「いいのよぉ、そんなの」と、さながら酒屋の女店主のようにヒラヒラと手を振る。
「ザック君もカザイヤ君も、しょっちゅう来るんだから。あなたもお腹すいたら時間外でもいらっしゃい。軽いものならすぐ作れるし、お菓子なら常にストックがあるようにしてるから」
「フォンテの飯は超美味いんだ!クッキーは街の店よりうまいんだぞ!」
何故かザックが得意げに答え、フォンテーヌは「あらやだ、大げさよ」なんていいながら満更でもなさそうである。ザイラはは内心、料理だけでなくお菓子も作れるのかと感心する。
「それはそうと、ザイラ君?」
「あ、はい」
急に話を振られ、ザイラはフォンテーヌを見る。フォンテーヌはにっこりと微笑み、小首を傾げていた
「入団試験合格、おめでとう。約束通り、今夜は腕を振るっちゃうわ」
「あ、ありがとうございます」
「アレルギーや食べられないものはある?必ずとは言えないけど、あればなるべく出さないようにするわ」
フォンテーヌの言葉に、ザイラはしばらく考えてみる。しかし、特に思いつかなかったために首を横に振った。彼は満面の笑みを浮かべて、「それはいいことね」と言う。
「島を渡っていくうちに食べられないものとか出てきたら、無理せず言いなさいね?海賊は、いつ襲撃に遭うか分からないもの。身体は資本よ」
言葉の最後にウインクして見せた彼に、ザイラはただ頷く。それに満足げに頷くと、フォンテーヌは仕込み作業に戻った。それと同時に、ザックの誘導で食堂を後にした。
「フォンテーヌってモテるんだぜー。基本、自分はコックだからって食材買う時以外は船降りないんだけどさ。たまに降りた時は30分しない内に女に囲まれんだ」
次の部屋へと移動しながら、ザックは頭の後ろで手を組み、どことなく遠い目をする。その時の情景を思い出しているのかもしれない。ザイラはいい機会かと、少し迷ったが彼について聞いてみることにした。
「その・・・フォンテーヌって、男性として接すればいいのか?それとも・・・女性、か?」
女性、と聞くときにはつっかえてしまった。ちなみに、言葉遣いはカザイヤと同じ理由で改まった言い方は断られ、今の状態となっている。ザックは虚を突かれたような表情を浮かべた後、盛大に噴き出した。
「・・・っ、はは!そうだよなぁ。あの口調じゃ、どっちかわかんねぇよな!」
彼が馬鹿にしているわけではないのは分かっているのだが、笑われているという事実に非常に恥ずかしくなり、つい視線を足元にそらしてしまう。それに落ち着いたザックが「悪い悪い」と苦笑して、ザイラの背中を軽く叩いた。
「俺もここ入った時同じこと思って、面と向かってきいたからさ。いやぁ、懐かしいわ」
ニカリと笑う彼に、ザイラもつられて笑う。
「フォンテはな、言葉遣いが女なだけで普通に男だ」
ザックが言うには、彼は赤ん坊から成人の18歳を迎えるまで、ずっと女性ばかりいるところで過ごし、小さい頃は女の子の恰好をさせられていたらしい。
「話そうと思えば普通の男みたいに話せるらしいけど、今の口調の方が話しやすいんだってさ」
「普通の男みたいに・・・それはそれで破壊力がありそうだな」
プラチナブロンドに碧眼、そして整った容姿。物語に出て来る王子様さながらな彼が、普通の男性の様に話す様は、さぞかし絵になるだろう。
「そうでなくても、男の俺にも気配りがすごかったし・・・そりゃ、口調が女性でもモテるわけだ」
ザイラは自身の容姿を思い浮かべ、思わずため息を付く。
世間一般で言うならば、自身も美男子と言ってよいのだろう・・・が、線の細い顔立ちのために女性に間違えられる数の方がはるかに多く、モテたとしても残念なことに同性にしかない。
同じ男として、羨望のまなざしで見てしまいそうだと、思わずため息を付く。
「・・・ん?どうしたんだ、ザック」
ふと気が付くと、ザックはじっとザイラの顔を見つめていた。ザイラの中で笑顔がトレードマークと早くもなりかけているのだが、珍しく真顔でじっと見つめる様は感情が読めず、内心うろたえてしまう。
しかし、それもほんの数秒のことだった。ザックはなにやら満足げにニカリと笑い、急にザイラの肩に自分の腕を回した。それにやや体制を崩しかけたものの何とか持ち直し、ザイラは急に何事かとザックを見上げる。
「そうだろ!フォンテはイイ男なんだ!」
嬉しそうにそう言って、廊下を肩を回した状態で歩いていく。それにバランスを崩さない様に、足元を見下ろし彼に合わせて歩みを進める。
「・・・あんな口調だからさ。馬鹿にするやつとか、嫌がる奴とか、結構いるんだよ」
すぐ上から聞こえてきた声は今までのものとは違い、静かで、淡々としたものだった。ザイラが何とか見上げた時には、ザックはザイラに向かっていつもの満面の笑みを向けていた。
「お前がいいヤツで良かったよ」
嬉しそうに笑うザックに、ザイラは目を見開く。
あぁ、コイツは仲間を大切にしているんだな。
そんなことを思い、ザイラも自然と頬を緩めた。