*探しモノ
「船長、」
船内を自分の部屋に向かって歩いていたダリアは足を止め、声の主を振り返る。声の主―――シンは口元に笑みを称え、何故か片手に湯気の立つマグカップをお盆に乗せて持っていた。
「どうしたの、シン?明日の出港についてなら、さっき話した通り、お昼頃で問題ないと思うけど、」
「いえいえ、違いますヨ。コレを届けニ来たんデス」
そう言ってダリアのすぐそばまで歩いてくると、お盆の上のマグカップを差し出す。
ふわりと鼻に届いた甘い香りに、ダリアは目を見開く。
「これ、ココア?」
「好きですよネ。ドクターと私カラ、内祝いデス」
ココアに伸ばしかけていたダリアの手が、ピタリと止まる。
「・・・皮肉かしら?」
「まさカ。本心かラですヨ・・・まずは探しモノ一つ目、おめでとうございマス」
恭しく頭を下げつつも、差し出すお盆は微動だにしない。ダリアはそれを暫く見つめ、ふと息を付いた。
「・・・ありがとう。後で伝えに行くけど、ドクターにもそう伝えておいて」
「はい。確かニ」
シンは頭を上げにっこりと微笑むと踵を返し、もと来たであろう廊下を歩いていく。ダリアはそれを暫く見届けると、自分も踵を返し予定通り部屋へと向かう。
板の間がしばらく続いた後、最奥に創られた、見た目は普通の部屋の扉である内の一つの部屋を開ける。
ダリアの部屋は8畳ほどの、この船の中でも広い部類に入る部屋だ。内側から鍵をかけるタイプで、今回もダリアは後ろ手に鍵をかける。窓のないタイプの個室で、ベッド以外には大き目の書斎机と椅子、そして様々な情報が乗せられた資料を入れるための本棚以外には何もない、女性にしては殺風景な部屋だ。
特に異常がないことを念のため確認しつつ、ダリアは書斎机にココアを置き、椅子に深く腰掛ける。
「・・・うまく、笑えてたかな」
ぽつりと零した独り言は、誰もいない部屋に溶け込んでいく。
ふと、ダリアは引き出しを開き、奥に入れていた鍵を取り出した。やや年期の入ったそれを、書斎机の隠し棚に差し込み、鍵を開ける。普段と変わらず、軽快な音を立てて開錠した棚の蓋を開くと、そこには一本の大振りのナイフがあった。
柄も、鍔も、鞘も、それを固定するためのベルトでさえ黒で塗りつぶされた、漆黒のナイフ。
柄の先端には蝙蝠を模したエンブレムが彫り込まれているのだが、それは上から見下ろした今の状態では見ることはできない。
「探しモノって言っても・・・記憶がないんじゃ、ね」
くしゃりと泣き笑いのような表情を浮かべたダリアは、固く目を閉じる。
暫くして目を開くと、ダリアは短剣に触れることなく隠し棚を閉め、忘れないようにしっかりと鍵をかける。慣れた動作だからか、書斎机はすぐに元の状態にもどった。
それに深く息をつき、机の上に置いておいたココアに手を伸ばす。まだ暖かいココアは、口に含めばほのかな甘さの後に、ココアの苦みが柔らかに口に広がる。
優しい味に、全ての疲れや力が抜けるのを感じ、ダリアは頬を緩めた。