3.入団試験
カ、カカッと軽快な音を立てて、先ほどまでザイラが立っていた場所に小型のナイフが3本刺さる。
それを乾いた笑いを思わず零すと同時に、ザイラは左手に構えたダガーナイフを下から振り上げるようにして空気を切る。
甲高い音がして、床に刺さったものと同じタイプのナイフが宙高く舞った。
「アイヤー、今ノ絶対二欠けましたネ」
ナイフが甲板に落ちたのを見届けつつ、軽い調子でシンが言う。
内心でそんなことに気を使ってられるかと悪付き、背後から来た蹴りを手前に転がることで避ける。その拍子に、床に刺さったナイフを右手で抜き取り、蹴りの体制から早くも突撃体制に入っているカザイヤの足元へ、そしてザイラの真上にあるマストの柱からボーガンを構えるザックに向かって投げる。
カザイヤは踏み込もうとした足元に投げつけられた為、「うぉっ」と悲鳴を上げてたたらを踏むに終わる。
ザックはナイフを軽やかなバック宙で避けつつ、空中で身をひねりその場でボーガンを打った。
ちなみに、ボーガンは当たるとマジでシャレにならないので、その先端にゴム型の吸盤が付いているダメージ軽減タイプだ。
ザイラはそれを残ったナイフで弾き飛ばした。
「えーっそれも弾いちゃう?!どんだけ動体視力いいんだよぉ」
音もなく着地したザックは不満げに叫び、流れるような動作で背中のケースから矢を取り出す。
それを見ながら、そういうアンタはどんなけ身軽なんだとツッコミを入れる。
「おーい、3人がかりで一発も入らないとは情けないぞー」
ケラケラと楽しそうに笑う声が、頭上から聞こえる。ダリアは審判、及びタイムキーパーとして、一人見張り台にいるのだ。
「そうは言ってもよぉ、船長!コイツ後ろに目があるんじゃねーかって動きすんだよぉ」
やや情けない声でぼやきながらも、巨体とは思えない動きでザイラと距離を詰め、頭の位置めがけての蹴りと、鳩尾めがけての拳を振り上げて来る。
「オマケに両利きとは珍しいですネ。暗器使い二向いてますヨ!」
「「聞いてねー!」」
実に楽し気なシンの言葉に、ザックとカザイヤが思わずツッコミを入れる。
仲が良いよなここの人たち、と3人が見える位置に立ち、ダガーナイフを構え次の攻撃を警戒する。
「んー、でも気にナル事が一つダケあルんですよネー・・・」
目の端で、シンがコテンと小首を傾げたのが見えた・・・と、思った瞬間、目の前に彼が表れた。あまりの速さにギョッとするよりも先に、ザイラから向かって左側から迫りくる脅威に、ダガーナイフを向ける。ガキン、とダガーナイフの峰が受けたのは、彼が長い袖の下に隠していた仕込みナイフだった。
ナイフというには長く、諸刃の剣だが。
「・・・殺しはナシって話じゃ無かったか、おい?」
完全に首を狙ってただろうと、冷や汗をかく。ザイラの言葉に、シンは「勿論、」とにっこりと微笑む。
「君ナラ受けルと思いましたかラネ!でも、」
言葉が続く前に、ザイラはシンの腹に向かって蹴りを入れようとする。しかし、シンは軽やかにバック転をし、何事もなかったかのように剣を構えた。
「疑問ですネ。何で今、腕を切リ落とさなかったんですカ?」
「は?」
まるで、なぜコーヒーでなく紅茶を選んだのかと問うような軽い調子の問いに、思わず呆気にとられる。
しかし、次の瞬間にはザックからのボーガンの矢の雨が降り、それに追い打ちをかけるかのようにカザイヤから重い拳が迫り来た為、それを辛くも避けていく。
その間も、不思議だと言わんばかりに小首を傾げ続けるシンに、ゾッとする。
「君ノ反応速度ナラ剣をわざわざ受け止めルよリモ、迫ル腕を傷つけルことが可能でしょうニ・・・刃物を扱うわリニは、防戦一方ですネ」
「そういやそうだなぁ」
思い返したのか、ザックも不思議そうに首を傾げる。
ザイラはギクリと跳ねそうになった肩を何とかなだめすかし、表向きは動じていないフリをする。
「おいおい、ナイフ投げつけたりしてるのは攻撃に入らねぇのかよ」
ちなみに、先ほどのナイフ投げの前にも蹴り技を披露してるが、全て避けられている。
まさか避けられたら全て攻撃にカウントされないとか言わないよな、と引きつった笑みを浮かべる。
それに、シンが楽し気に笑った。
「当てるつもりのナイ攻撃を攻撃と言ってたラ、平和ボケもいいところですヨ」
ピクリ、と眉が跳ねあがる。
一瞬真顔になってしまったのがシンには見えていたらしく、彼はにっこりと微笑む。
「けどよぉシン。ルールじゃ逃げ切るのもアリだ。仮にコイツが防戦一方でも、問題はないぜ?見たとこ真剣にやってるし、馬鹿にしてるワケじゃなさそうだ」
カザイヤの言葉に、ずっと難しい表情で悩むそぶり―――シンが何が言いたいのかわからず頭を抱えていたザックが、我が意を得たりといわんばかりにパッと表情を和らげた。
「そうだな!残り時間僅かだし、一発くらい入れたいところだ、ぜっ」
そう言いながら、ザックはボーガンを素早い動きで連射する。一本は体重移動で避け、もう一本はダガーナイフで弾き落とし、ザイラは一気に駆けだす。
向かうのは、剣を構えた状態のシンだ。
「オヤ?」
小首を傾げるシンの首をめがけてダガーナイフを突き立てる。それを難なく後ろに後退して避けたシンに、ザイラは素早い動きで状態を低くし、足払いをする。それを間一髪のところで飛んで避けたシンは、その状態で頭に向かってけり上げようとした。
目の前に迫り来た攻撃に、右腕を支えにしていたザイラは左腕を出してガードした。
「ホラ、やっぱリネ」
戦闘中とは思えないほどに軽い調子の声に、ザイラは怪訝な表情を浮かべる。
シンはザイラの左腕を踏み台にして跳ね上がり、ザイラのすぐ真横に着地する。その間、ザイラもすぐに体制を立て直し、ダガーナイフを構えた。
しかし、シンは攻撃をするどころかその両手を長い袖にしまい、自分より背の低いザイラと視線を合わせるように腰を少しかがめた。
急に至近距離に入られギョッとするも、彼の醸し出す雰囲気にのまれてしまい、ザイラはただのけぞる。
「君・・・血を見たくナイんでショ?」
決して、声を張り上げていたわけではない。しかし、やけに頭に響く言葉だった。ザイラは背筋が急激に冷えていくのを感じる。
「刃物使ってルナラ、見レナいワケじゃナいでしょうケド・・・ナイフ持ってル手が残ってたノニ使わナかったってことワ、見たくナいんじゃナいですカ?」
何故?
言外にそう問われているのは分かった。気のせいじゃないか、と答えようとしたザイラだが、目が彼のサングラスから離せないことに気が付いた。
「俺、は、」
ひとりでに開いた口からは、自分の意思とは全く違う言葉だった。しかし、それを疑問に思う前にシンに続きを促され、ザイラはそのまま言葉を続けようとした。
ガッ
ザイラとシンの間を上から下へ、物凄いスピードで銀色の何かが通過した。
ハッと我に返ったザイラが音がした足元を見ると、やや大振りのナイフが二人の間に突き刺さっていた。
急な出来事に頭が付いていっていなかったのだが、頭上から落下してきたものを理解できた瞬間、ぶわりと冷や汗が湧き出る。
それはシンも同じらしく、張り付いたような笑みを浮かべながらも、彼の頬や額から大量の汗が流れ始めていた。
「タイムアップだよ。それ以上の攻撃は認めない」
頭上から聞こえた声に見上げれば、見張り台から自分たちを見下ろしているダリアが見えた。
やや不機嫌そうな表情で頬杖をついている彼女は、二人というよりは、シンを睨んでいるようだ。
「アイヤー・・・やリすぎちゃいましたネ」
すすす、と彼がザイラから数歩距離をとったところで、ダリアは鼻を鳴らし、見張り台から降り始める。彼女が甲板へ降り立つころには、カザイヤとザックもザイラ達の近くに集まっていた。
「お疲れ様。怪我が無いようでなにより」
先ほどの不機嫌そうな表情はどこへやら、彼女はにっこりと微笑んだ。
「私から見て、特に問題はなさそうに見えたけど・・・貴方達からみて、彼はどう?」
ザイラ以外の面々をぐるりと見渡したダリアに、各々考えるそぶりを見せる。
一番最初に反応したのはザックで、元気よく挙手をして見せた。
「俺も特に問題ないと思う!」
「・・・俺も特にはないが、シンの予想が気になるな」
ちらりとカザイヤに視線を向けられ、シンは肩を竦める。
「海賊にナリに来たということワ、血を見る覚悟できたノでショウから問題ナいでショウ」
シンの回答に、ダリアはふむ、と思案気に視線を床に落とした。
やがて考えがまとまったのか、ゆっくりと顔を上げる。
「そうだね・・・一応確認しておこうか。血は苦手?もしそうなら、これから先はちょっと大変だと思うけど・・・」
最もな意見に、ザイラはなんと言ったものかと眉尻を下げる。
しかし、これから旅を共にするのなら黙っておく方が不味いだろうと考えなおし、観念して口を開いた。
「正直に言うなら、血は苦手ですね・・・臭いがダメなんです」
「臭い?あの鉄臭い感じの?」
首を傾げるザックの言葉にザイラも血の臭いを思い出してしまい、やや眉を顰める。
「俺、鼻が通常の人より良いらしいんですよ。血の臭いって独特だから・・・酷いと動機と息切れを起こすんです」
「え、それ発作じゃねぇか。大丈夫か?」
「倒れるほどではないですし、寧ろ自分の身体能力は上がるんで、問題ないです」
心配そうに自分を見下ろすカザイヤに、ザイラは頷いて見せる。
「本人が良いって言ってルナラ、良いんじゃナいですカ?」
最終的な判断は船長だと言わんばかりに、シンがダリアに視線を送る。それをきっかけに、その場の全員の視線がダリアに向く。
「私もシンと同じくだ。本人が良いと言うなら問題はないよ」
そこで言葉を切り、ダリアは身体ごとザイラと向き直る。
どことなく改まった雰囲気にザイラは、緊張気味に背筋を伸ばした。
それに僅かに目を細めたダリアは、そのままにっこりと微笑んだ。
「おめでとう、入団試験は合格だよ。改めて、今日からよろしく」
差し出された手にホッと息を吐き、頬を緩める。
「よろしくお願いします」
ザイラがそう言った瞬間、カザイヤとザックが互いに手を叩き合い、シンは一人拍手をする。
こうして、ザイラは晴れてレッドムーン海賊団の一員になったのだった。