2.個性的なメンバー
「話は君の師匠―――《ブックス》から簡単にだけど聞いてるよ。自分の記憶を取り戻す為に、世界中を回りたいそうね?」
ダリアの言葉に間違いはなく、ザイラは頷く。
「はい。師匠に拾ってもらったのが3年程前なんですが、自分の名前以外に覚えていることがなくて・・・師匠の行動範囲である大陸では手掛かりが見つからず、あとは海に出るしかないと、師匠から貴方がたレッドムーン海賊団の紹介を頂きました」
ザイラの言葉を軽く相槌を打ちながら聞いていたダリアは、彼の話が終わると満足げに微笑んだ。
「うん、《ブックス》からの手紙の内容とも相違ないね。念のため、こちらから送った招待状を見せて貰ってもいい?」
胸ポケットにしまっていた便箋―――招待状を取り出し、ダリアに差し出す。ダリアは自身で確認した後、隣の黒髪の男に無言で差し出した。その男も内容を確認すると、間違いないと言わんばかりに頷く。それにダリアも頷き返し、ザイラに再度視線を向ける。
「確かに、私が送ったものだ。本人と認めるよ」
彼女の言葉に、ザイラはホッとして息を吐く。思っていたよりも緊張していたらしい。
しかし、これは第一関門を突破したに過ぎないことをザイラは知っていた。
「じゃ、さっそくで悪いんだけど、これから入団試験をするよ。まずは船に上がろうか」
そう、レッドムーン海賊団は入団試験で合格しないと入れないのだ。彼らは少数精鋭で、個々の戦闘レベルが高いらしく、彼らと同等でないと船に乗せてもらえない。
大男、金髪の男、ザイラ、黒髪の男、そしてダリアの順に梯子を上り、甲板へと上がる。上がってすぐに、ロープや小型のボート以外に無駄なものが一切置いていない甲板が視界に入った。
だからなのか、船としてはそれほど大きくないはずなのだが、思っていたより広く感じる。
「あっらぁ~!その子が今度の新人ちゃんなのぉ?」
野太い声を無理やり高くしたような声に、ゾワリと鳥肌が立った。
勢いよく声の聞こえた背後を見ると、居住用なのか軽い建物があり、その出入り口の一つが開いていた。中から出てきたのは、先ほどの大男に引けを取らないほどの巨体の、コックの制服を着た男だった。
・・・もう一度言おう、男だった。
「フォンテ、お留守番ありがとう。正確には、新人候補だよ」
流石というべきか、ザイラ以外の者は動揺している様子はない。朗らかに会話するダリアに一呼吸置くことができ、ザイラは何とかダメージから回復することができた。
「えっと・・・ザイラ、です」
何とかそれだけ言葉を絞り出すと、男はキョトンとした表情を浮かべた後、両頬に手を添えて満面の笑みを浮かべた。
「まぁまぁ!なんて礼儀正しい子なのぉ!」
感激した様子で目を煌めかせ、ずかずかとザイラの方に向かって大股で歩いてくる。その度に、頭の高い位置でまとめられたプラチナブロンドの長い髪が背後で揺れるのがみえる。近づいてくるにつれ、彼の瞳が空を映したようなサファイア・ブルーであることがわかった。
「ワタシはフォンテーヌ・ブラン、見ての通りこの船のコックよ。新人候補ってことは、これから試験かしら?頑張ってね!合格したら腕によりをかけてご馳走をつくるわ」
最後にウィンクを飛ばし、他の男たちが持っていた大袋をかっさらって奥へといった。見た目だけなら、ややガタイの良い美青年なのだが・・・ いかんせん、言葉遣いのインパクトが強すぎた。
ザイラは思わずフォンテーヌが戻っていった際に閉めた扉を、呆然と見つめてしまう。何とも言えない空気が支配する中、ダリアが言い辛そうにしながらも口を開く。
「あー・・・フォンテは、生まれ育った環境が特殊でね。言葉遣い以外は、普通の男・・・
・・・だよね?」
隣にいたもう一人の大男を振り仰げば、大男はギョッとした様子で僅かにのけぞった。
「俺に聞かないでくれよ船長・・・!」
「女物のブランドに詳しくテ?肌ノ手入レニ余念がナイのが“普通”ナラ、彼は普通ですネ」
「え、それ普通って言わなくね?」
大男の代わりに黒髪の男が答え、その答えに金髪の男が首を傾げる。再び何とも言えない空気になったところで、ダリアがわざとらしくゴホン、と咳ばらいをした。
「まぁ、この話は後で・・・それよりも、他のメンバーの自己紹介がまだだったね。カザイヤは先に会ったみたいだけど、もうした?」
ダリアは再度、大男を振り仰ぐ。大男は「あ、そういやまだだ」と呟き、ザイラへ視線を向ける。
「悪いな、遅くなった。俺はカザイヤ・ドット、この船の船大工で、力仕事担当だ」
よろしくな!とニカリと笑う様は爽やかで、ザイラもつられて微笑む。その隣から、「じゃあ次おれな!」と勢いよく挙手をして見せたのは、金髪の男だ。
「俺はザック・ベイヤーナ!カズ―――カザイヤと同じく、この船の船大工。担当は細かいところや装飾だ。こうみえて手先が器用なんだぜ?」
ピースサインをする中指に、ごつめのシルバーリングが付けられているのが見える。
遠目から見た印象ではナンパ男だったが、こうして正面から向き合うと、ナンパ男というよりはただ元気が良いだけかもしれないと思いなおした。
「オオトリは任さレたヨ。私はシン・ダシン、コノ船ノ副船長デ、航海士も兼ネてマス。よろしく、ザイラ君」
レンズが黒すぎてその向こう側は見えないが、恐らく目が細められたのだろう。口元が笑みの形を作る。黒髪の男もといシンの微笑みに、ザイラは同じように微笑んだ。
「こちらこそ、よろしく」
全員の挨拶が済んだところで、ダリアがパンパンと空気を切り替えるかのように手を叩いた。
「では15分後に早速試験開始するよ。各々準備を終えたらこの甲板に集まるように―――内容とルールは事前に送ってあるけど、一応確認ね」
ダリアはザイラの目をしっかりと見据える。
「試験内容はシンプルよ。ウチの船員―――まぁ、今回の場合はこの男たち3人ね。船員たちと時間制限制の一発勝負をする。最近はあまりないけど、ウチは船長が女で、少数精鋭だから他から狙われやすいんだよね・・・だから、複数相手に生き残れる実力がないと困るってワケ」
ここまではオッケー?と小首を傾げたダリアに、ザイラも事前に知らされていた内容だった為に素直に頷く。それを確認してから、彼女も説明を続ける。
「ルールもシンプルにしてるわ。時間制限内に相手の戦意を喪失させるか、気絶させるか。時間制限いっぱいまで逃げきるのもアリよ。武器は自前のものを使用してちょうだい。実力を見たいから、どんなものを使用してもかまわない・・・ただし、」
ぴ、とダリアの人差し指がザイラに向かって、目の焦点が合わさるギリギリの位置を指さした。
思わずのけぞってその指を見た後、ダリアと視線を合わせ―――息を飲む。
「殺しはナシよ」
鳶色の瞳は光の加減なのか、僅かに赤みを帯びて見えた。
見惚れるほどの美しい瞳と、それに見える覚悟―――仲間を守るための覚悟に、ザイラはほぼ無意識に頷いた。
それを理解してもらえたと思ったのかダリアは満足げに微笑み、「じゃあまた後でね」と後ろ手に手を振りながら船内へと踵を返した。他の男たちもそれに続くようにして船内へと向かう。各々準備があるのだろう。ザイラは扉が閉められるまで呆然とそれを見つめる。
我に返ったのは、扉が閉められてたっぷり1分が経ったころだった。