16.重なる景色
ザイラとダリアは、日も傾き始めた為、皆との待ち合わせ場所であるレストラン"海の青"に向かうことにした。
人通りの少ない住宅路は石畳の通りを挟むように、家の壁が聳えている。
その道中も、ザイラとの思い出話をダリアがポツポツと語ってくれた。
新年のパーティで必ず従兄弟と喧嘩になったとか、街のハロウィン祭りに兄と妹の4人で参加したとか、情報収集が得意だったとか・・・楽しそうなものから、気恥しいものまで色々あった。
「そうだ。貴方の短剣、ずっと預かってるの」
「短剣?」
何故そんなものをと、ザイラは首を傾げる。ダリアは一瞬だけ、躊躇するように視線を逸らした。
「・・・ザイラが行方不明になる直前、私の所に来たんだ」
思わず足が止まった。ダリアもそれに気が付き、数歩進んだところで足を止める。
「今回の相手には、使いたくない───そう言って、私に預けて行ったの。今思うと、形見代わりだったのかなって」
だって貴方が、相棒って呼ぶ武器だったから。
ダリアはそう言って、空を仰いだ。ザイラからは後ろ姿しか見えない為、彼女がどんな顔をしているかはわからない。けれども、僅かに震える声に、予想はできた。
「・・・あ。ここ、さっきの灯台のすぐ下だよ」
見てみて、と明るい声で上を指さしてみせるダリアに、ザイラは苦笑して見上げる。
人工の壁はいつの間にか崖の切れ端に変わっていて、まるで民家の間に岩壁が現れたようだ。岩壁の先に、先程まですぐ近くで見ていた木製の柵が見えた。
「本当だ。流石にこの位置から灯台は見えな───・・・」
突然、景色が重なった。
ザイラは言葉をなくし、ただ呆然とする。
黒い雲。
闇夜を照らす灯台の光。
崖の上の壊れた柵。
そして、その壊れた場所から落ちそうな程に身を乗り出す────金髪の男。
「───クラッド?」
自分の口から出たのだと理解したのは、目の端にダリアの驚きに染った顔を認識してからだった。
「ザイラ・・・今、なんて・・・?」
掠れた言葉を聞きながら、ザイラは片手で頭を抑える。
先程から、頭痛がするのだ。
そのせいで、脳内に浮かぶ情報や画像が繋がっては散らばっていく。何とかそれらを形にしながら、口に出していく。
「クラッド・・・俺の、兄。金髪で、満月の様な瞳で・・・俺は、いつも、」
そこまで口にした所で、ザイラは先が続かなくなる。唐突に、思考が停止した。まるで、何かに遮られたかのように。
「───っ!!」
燻るようだった痛みは、突然割れるような痛みに変わった。頭の中でひっきりなしに鐘を鳴らされているようだ。思わず両手で頭を抱え、その場に膝を着く。
「ザイラ?!」
ダリアが駆け寄って来るのが分かったが、何も言葉が返せない。痛みが強すぎてそれどころでは無かった。自分の意思とは逆に瞼は降り、視界は黒で塗りつぶされていく。
(駄目だ。まだ、倒れる訳に、は・・・)
必死に意識を保とうとするが、そんなザイラを嘲笑うかのように、次第に意識は遠ざかっていく。
「・・・ごめん、」
こんな所で倒れられたら、さぞ迷惑だろう。
何とか力を振り絞ったが、それが限界だった。ダリアの泣き叫ぶ声に、本当に申し訳なく思いながらも、ザイラは意識を手放す。
遠ざかる意識の中で、パキンと何かが割れる音がした気がした。