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1.出会い


大陸でも5本の指に入るほど、大きな港町。

流石といったところか。朝が早いにも関わらず、今朝とれたばかりであろう大小様々な海産物が並ぶ棚を前に、威勢の良い呼び込みをする男女の声と、それに負けじと値段交渉をする客の声で溢れている。

そんな光景を横目に、ザイラは一人、人で溢れる目抜き通りを歩いていく。

「おいそこの嬢ちゃん!ちょっと寄って行かねえか!」

買い物に来たのか、観光で来たのか、客を呼び止める声が雑踏の合間を縫って耳に届く。隙間なく並ぶお店はどれも似たようなものを売っている。客の呼び込みも大変だなと思いながら足を進めていたのだが、

「おーい!無視せんでくれよぉ、そこの黒髪ショートのお嬢ちゃんっ」

やや情けない声色で、明らかにこちらに向かって叫んでいる男の声に、思わず足を止める。声の聞こえた方向に顔ごと視線を向ければ、「やっとこっちを見てくれたな!」と満面の笑みを向ける中年の男の姿があった。

それに小さくため息を付き、周りの声に負けないように声を張り上げる。


「悪い、先を急いでる。それから・・・


俺は、男だ」


「へ?」


言葉が頭に入らなかったのか、聞こえなかったのか。

どちらにしろ、これ以上絡まれる前に退散するのが吉だと、ザイラはその場を足早に去る。

その数秒後に、背後の方で間の抜けた、けれども信じられないといった声色の混ざった叫び声が聞こえた気がしたが、無視して足を進めた。


目抜き通りを越えた先にあるのは、大きな漁港である。近隣に住む漁師たちの船はもちろんの事、貿易や物資調達の為に停泊する船が多く見える。ざっと見渡すと、一番端の方に赤茶色の船を一隻見つけた。

海面から甲板までは、おおよそ4メートルといったところか。貿易船や貨客船というには小さな船。かといって、漁船とするにはやや大きすぎる印象を受けるその船は、胴体だけなら他の船とそう変わらないが、はるか上空に見える旗のせいで異様な雰囲気を醸し出していた。


海風に踊る漆黒の旗。


描かれるのは、赤い三日月をバックにして、笑っているかのように見える人間の頭蓋骨と、その下で交差する剣と一輪の赤い花だ。


見る者に死を連想させる海賊旗―――ジョリー・ロジャーである。


それにしても、ジョリー・ロジャーに花を描くとは珍しい、とザイラは近づいていくごとに鮮明になっていくそれを見ながら思う。

やはりというべきか、その船に近づいていくにつれ活気あふれる港であるはずが、人がどんどん減っていく。最後に木箱を運んでいく大柄な男とすれ違い、ザイラは船の目の前に辿りついた。風になびくジョリー・ロジャーに目を眇める。

血を連想させる赤い花びらが、幾重にも重なった円形の花―――


「・・・ダリアか」


「ほぉ、よくわかったなぁ」


一瞬強張った手から力を抜き背後を振り返ると、ブルーベリーのような青紫色の瞳と視線が合った。

先ほどすれ違った大柄な男だ。

身長は2メートルを超えているだろう。しかしその身長に加えて、ボディビルダーのように筋肉質で、日に焼けた肌は海の男といった風貌だ。こげ茶色のサイドの髪を短く借り上げたスポーツ刈りの頭と、左の額から頬にかけてある古傷が、荒くれものの雰囲気も増加させている。

「・・・こんにちは、この船の船員の方でしたか」

「おう!海賊船に向かってくなんざ、珍しいからなぁ。ウチの船に何か用か?」

持っていた木箱を足元に置いてから、肩が凝ったのか首元に手を置き、左右に勢いよく頭を振る。

子気味の良い音が鳴るのを聞きながら、ザイラは男から目を離すことなく、ジャケットの裏側にあるポケットに入れていた、一通の封筒を取り出す。

「ザイラといいます。何日か前に、師匠―――ピットーリ・クレツィオニから、紹介状を送らせていただいています。船長にお取次ぎ頂きたいのですが、」


「ストップ、やめてくれ」


男は何とも言えない表情で額に手を当て、もう片方の手の平をザイラの方に向ける。ザイラが素直に言葉を止めて待っていると、男は息を深く吐き、疲れ切った表情で彼を見た。

「俺は学がねぇんだ。小難しい言葉はやめてくれ・・・《ブックス》の弟子で間違いないか?」


《ブックス》とは、ザイラの師匠であるピットーリ・クレツィオニの通称である。


この世に知らない事などない言われるほどの賢者で、その知識は幅広い。その知識量の多さから、まるで本棚が歩いているかのようだと誰かが言いはじめ、多くの本―――ブックスと呼ばれるようになったのだそうだ。

頷いたザイラに、男は「そうか、」と呟くように返事する。

「悪いな、船長は他の船員と一緒に買い出しに行ってる。もうすぐ帰ってくるとは思うが・・・船長の許可がねぇと船には乗せられねぇんだ。もう少し待ってもらえるか?」

「もちろん。時間より早く来たのは俺の方だ」

手紙では、お昼手前に来るように指示があった。特徴は書かれていたが、場所が世界中から船があつまる世界屈指の漁港だったために、不安に思い様子見で早めに来たのだ。


船員とエンカウントするとは、予想外だったのだが。


「そういや、お前さ、」

声を掛けられ顔を上げると、男はまじまじとザイラの顔を見下ろしていた。それに嫌な予感がしたものの、先輩になる可能性のある男の言葉を遮るのは憚られ、そのまま黙って聞く。

「やっぱ男だったんだなぁ。声聞くまで、正直どっちかわからなかったんだよ」

「はは・・・そうか、そりゃ良かったよ」

快活に笑う男に、ザイラは引きつった笑みを浮かべた。


よく言われるとは、意地で言いたくなかった。


「おーい!何してんだよ、カズぅ」


街の方角から聞こえた声に、男と二人で振り返る。見ると3人組の男女がこちらに向かって歩いてきていた。

満面の笑みで、荷物である大袋を持っている方とは別の腕を音が聞こえそうなほど勢いよく振っている左端の男が、恐らく先ほどの声の主だろう。

金髪を頭の形に添って短く刈り上げていることもあって、軽そうなナンパ男に見える。


「アイヤー。予想通リ、早めニ来ましたネ」


右端にいる黒い丸レンズのサングラスをかけている男が、ヘラリと笑う。

公用語でありながら微妙にイントネーションの違う言葉使いと、この地域にしては珍しく黒髪で、長く伸ばしたそれを後ろで三つ編みにしてまとめている。そしてワインレッドを基調とした、襟付き長袖の東洋のカンフー用の服を着用しているところから、東洋の出身なのかもしれないとザイラは推測した。

隣の男ほどではないが背が高く、全体的ゆとりのある服を着ているためかにひょろりとして見える。

この男も同じく、腕に大きな袋を抱えている。


「早めに買い物に出て正解だったでしょう?ザックの言う時間に出ていたら、お客人を待たせるところだった」


したり顔で笑うのは、彼らに挟まれて歩く小柄な少女だ。

赤いターバンを頭に巻いているのだが、その下から出ている髪は赤みがかった茶色で、耳の下あたりで切りそろえたショートカットのようだ。アーモンド形の大きな目と、ターバンと同じ色の腰巻に刺さっている装飾の綺麗な短剣が印象的だ。


「おかえり。船長、シン、ザック」


隣の男が3人に声をかけると、それぞれ気楽な様子で返事をした。

その様子を呆然と―――特に少女のことを見ていたザイラ。今日の魚は良かっただの、あそこの売り子は値引きが悪かっただのと世間話を金色の短髪の男がしている途中、少女の鳶色の瞳と不意に視線が合い、思わずギクリと肩が跳ねる。


「私の顔に、何かついてる?」


小首を傾げる様は、自分と同じ年頃か、それより下に見える。それを再確認して、ザイラは歯切れ悪く口を開く。

「いや、違・・・います。その・・・想像していたよりも随分若いなと、考えていたんです」

気を悪くしただろうかと、眉尻を下げたザイラの言葉に少女はゆっくりと瞬きをする。2度ほど瞬きしたところで、彼女はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「まぁね。君の女顔と同じくらい、よく言われるかな」

これでお相子だと言わんばかりに、綺麗にウインクをして見せた少女に、思わず見惚れる。しかし、いつまでも呆然としているわけにはいかないと気持ちを切り替え、少しばかり姿勢を正す。


「改めてご挨拶を―――賢者ピットーリ・クレツィオニからの紹介で参りました、その弟子のザイラです」


真っ直ぐに自身に向けられた視線に、少女は目を細めた。そして他の男たちの一歩前を出て、にっこりと微笑んだ。


「レッドムーン海賊団、及びスパイダー・リリー号の船長、ダリアよ」


よろしく、と手を差し出され、一歩近づいてその手を握る。その時、ふわりと花の蜜のような香りが鼻を掠め、飴か何か食べていたのかと内心首を傾げた。


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