15.それぞれの人物像
更新が空いて申し訳ないです。理由はまた別の機会にでも…今回は1話アップです。
「学校でのザイラは、そうね・・・一言で表すなら、"優等生"ね」
師匠の衝撃的な事実から少し立ち直り、学校での自分のことを聞いてみると、ダリアからはそんな答えが返ってきた。
「授業態度も生活態度も模範生扱い、テストは筆記も実技も毎回トップ争いしてたわね。偉ぶることもない上に、気さくで男女ともに人気者だったわよ?」
「・・・そんな絵に描いた様な人間、居たんだな」
どこの物語の主人公だと言うような内容の羅列に、ザイラは別人の話を聞いている気分になった。
「何言ってるの。ザイラ本人の話だからね、これ」
「なんて言うか・・・完璧過ぎて作り物っぽいな」
呆れた様子のダリアに、ザイラは苦笑する。
嘘ではないだろうが、信じられないのが心情だ。記憶をなくしているとはいえ、今の自分からはかけはなれている気がする。
「全部が作り物って訳では無いと思うけど・・・無理はしてたと思うよ。あなた、家では"劣等生"って言われてたし」
180度違う評価に、目を瞬かせる。ダリアは少し考えて、自分の目を指さしながら話し始めた。
「ザイラの瞳、黒色でしょ?普通、シード家のヴァンパイアは金色なの」
そう言えばと、自分の瞳の色を思い出す。髪も瞳も、闇を切り取ったかのように真っ黒だ。しかし、それでなぜ劣等生と呼ばれなければならないのか。
「色は魔力のもので、強大な魔力を持つ者ほど瞳の色が濃く出るの。魔力が最も溜められる部分でもあるから、"タンク"って呼ばれてる。だから・・・"タンク"のないザイラは、シード家の中では異例で、"劣等生"って呼ばれてた」
なるほど。
ザイラはなぜ自分が学校で優等生をしていたのか、理解ができた。
なぜダリアが「無理をしていた」と評価したかも。
「居場所を作ろうとしたのか」
家での立場はかなり弱かった。これは間違いないだろう。次男だとも言っていたし、さらに一族の証であるものが無かったとすれば、かなり肩身は狭かったにちがいない。
しかし、ダリアは悩む様に唸る。
「んー・・・それもあると思う。けど、」
「けど?」
むしろそれ以外に何があるのだろうか。
他の可能性を考えてみるが、パッとしたものは思いつかない。首を捻るザイラに、ダリアは眉尻を下げる。
「ごめん、私の説明が足りてない。ザイラの成績が良かったのは、もちろん凄い努力したからなんだけど・・・シード家で求められるレベルが異常だから、学校で高成績は取れて当然だって言ってた。授業が物足りなくて、習う以上のことを研究してたくらいで」
何やってんだ、とザイラは思わず頭を抱える。
歴史ある学校の授業が物足りないとは、よほど自分は優秀だったらしい。それでも、家では劣等生扱い。
(そういえば、)
ダリアはザイラのことを「変わらない」と言っていなかったか。
ザイラはピンと来た。
「かなりの猫、被ってたんだな?」
優等生で人当たりがいいなんて、今の自分からするとガラじゃない。もし変わらない思考であるなら、記憶を無くす前もそうだろう。
案の定、ダリアは苦笑した。
「見事な貴公子だったよ。その方が都合が良くてラクだとは言ってたけど」
学校で会うと偶に別人かと思ったよと、ダリアは懐かしそうに目を細める。
「都合が良くてラク、ねぇ・・・」
恐らくだが、暗殺者としての姿を隠す目眩しも兼ねていたのだろう。特に情報を得るためには、優等生でいた方が警戒されなさそうだ。
(情報戦で有利に立とうとしたって所か)
有名な学校でトップ争いをする程の人材を劣等生扱いするという事は、タンクの有無にかかわらずシード家での自分の戦闘レベルは低かったと見て間違いないだろう。それならば、せめて情報戦では勝てないと立場がなかったのではないか。
そこまで考えて、ザイラはふと思い出した。
「なぁ、ダリア」
「うん?どうしたの」
「もしかして俺、記憶なくす前にシード家の人間に殺されかけてないか?」
ピシリ、と空気に亀裂が入ったかのような感覚に陥る。
ダリアは数秒、笑顔のまま固まった。ザイラはそれを静かに見守り、彼女が再び口を開くのを待った。
「・・・どうして、そう思ったの?」
ゆっくりと深呼吸してから話し始めたダリアは、慎重で、そして緊張した様子だった。
ザイラは静かに目を閉じて、3年前───自分が目を覚ました時の事を思い返す。
「浜辺で師匠に拾われたとき、俺の身体は刀傷でボロボロだったらしい。けど、頭の傷はなかった」
致命傷を辛うじて避けている状態だったが、あまりに傷が多く手当が大変だったと、起きて直ぐに言われたのはよく覚えている。
鮫の餌にならなかったのが奇跡だとも。
「記憶喪失ってのは、病気以外だと大きなショックを受けてなる事が多いらしい」
外傷的、もしくは精神的に大きなダメージ。
頭の傷がないことを考えると、外傷的ではないだろう。そして自分の性格からして、精神的ダメージはそうそう受けない。負けず嫌いの為、やられたら同等か、それ以上に返そうとするはずである。
しかしそれが、親しい者であればどうだろうか。
「状況を照らし合わせると、シード家の人間───中でも親しい者。そうだな・・・『兄』、なんてどうだ?」
瞼を開き、真っ直ぐにダリアの目を見つめる。
しばらくダリアは静かに見返していたが、観念した様子で両手を挙げてみせた。
「本当に、恐れ入るよ」
ため息混じりにそう答えた。
「3年前、あなたの兄が私の所に来て言ったの・・・ザイラは自分との戦闘中に自ら海に落ちた、って。」
ザイラは目を瞬かせる。
「・・・態々それだけのために?随分と親切な暗殺者だな」
自分の暗殺も仕事の内だったのだろうに。仕事内容をバラし、失敗した事まで伝えてしまっていることに驚きが隠せない。
(お人好し、だったんだろうか)
しかし、そうではなかったようだ。
「まさか。アイツは私に喧嘩を売りに来たのよ」
ダリアは眉間に皺を寄せ、顔をしかめる。まるで、嫌いな食べ物が出た時のようだ。
「"ザイラがあれしきのことでくたばる訳がない。俺は直ぐにお前の妹も連れて海に出る。お前は指をくわえて待ってるんだな!"───あの××野郎、次にあった時は今度こそ1発お見舞してみせるわ」
より深くなった眉間の皺に、ザイラは自分の兄が性格に難がある男だとよくよく理解した。
「なんか、その・・・ごめんな?」
記憶にはないが、自分の兄がダリアを不快にさせていることは間違いない。謝らずにはいられなかった。
「謝ることないわ。アイツの性格はよぉく知ってるし。リリーを連れ去ってくれたもんだから、出立に半年も取られちゃった」
肩を竦めるダリアに、ザイラは首を傾げる。
「そのリリーっていう子が、ダリアの妹?」
ダリアは目を瞬かせる。そして、「あ、そうだった」と呟いて苦笑した。
「ごめん、記憶が無いのつい忘れちゃってたわ」
敬語無くすと本当に前と変わらないわ、とダリアは仰け反って椅子の背もたれに体を預け、空を仰いだ。
「そう、リリーは私の双子の妹で、シュガート家の次期後継」
「珍しいな、女性が後継なのか。それも妹が?」
少ないが、女性が家を継ぐ事もある為、それに関しては言うほど驚きはしていない。しかし、妹が継ぐことには首を傾げる。
「普通、家を継ぐのは長子だと思っていたが・・・シュガート家は違うのか?」
よほど身体が弱かったり、稀にだが性格が破綻しているなどの理由で長子が継げないことはある。しかし、ダリアはどちらにも当てはまるところはない。寧ろ、小規模でも海賊のトップとして君臨しているのだから、下を統率する能力は確実にある。
ダリアは空を見上げながら、ザイラの言葉に耳を傾けていた。そしてゆっくりと目を閉じ、代わりに口を開く。
「・・・シュガート家の後継は特別でね。ある条件を満たさないと、後継にはなれないんだよ」
「ある条件?」
「これだよ」
不意に開いた瞳と視線が合い、ザイラは目を見開いた。
「赤い、瞳?」
それは太陽の光を反射させて輝いていた。
金の上に薄い赤を垂らした様な、ルビーとも違う赤色の瞳。まるで稀に現れる、夜空の下方で怪しく光る赤い月の様だ。
「通称"ムーンアイ"。代々、シュガート家当主となる人間にだけ現れるんだ────でもそれは、本来なら綺麗な金色になる」
もう一度目を閉じること数秒。次に開いた時には、いつものハシバミ色だった。
「双子だったからかな。原因はわからないけど、私はなりそこないの"レッド・ムーンアイ"、リリーは"ムーンアイ"を持ってる。だから、当主は妹でもリリー。私は父さんが主体の商会を継ぐ予定なの」
微笑むダリアは、少し寂しげに見えた。
何か言わなければとは思うものの、何も言葉が見つからず狼狽える。結局見つからないまま、ダリアが先に話し始めた。
「だから大変だったのよ!リリーは当主としての仕事し始めてたから、それも商会の仕事と併せてこなすのが本当にもう・・・!」
それもこれも、全部アイツのせいよ!と、ダリアは歯ぎしりする勢いで、遠くに見える海を睨みつける。そこに憎き敵───ザイラの兄が見えているかのようだ。
「その、俺の兄っていうのはどんな奴なんだ?」
改めて性格に難ありなのは、よく分かった。会うのが色々な意味で怖い。
しかし、こうも感情を露わにするところを見ると、気心の知れた仲のように思えた。ダリアは「そうねぇ」と顎に手をあてがい、しばし黙考する。
「・・・完全無欠、かしら」
「へ?」
思ってもみなかった言葉が出てきて、ザイラは思わず間の抜けた声を出してしまった。ダリアの口からスラスラと出る言葉は、今までの情報から考えると些か衝撃だった。
「性格は悪いけど、それ以外は完璧ね。シード家始まって以来の天才と言われるほど、頭はいいし技術もピカイチ。顔もスタイルもよし───とにかく隙がない男ね。それに、一途で好きな人以外には一切靡かない・・・いや、それは当たり前ね。寧ろリリー以外に目移りしたら、どんな手使ってでも叩きのめす」
最後は不穏な言葉が混ざったが、かなりの高評価だった。
(いや、でも待て)
聴き逃しては行けない所があったと、ザイラは恐る恐る口を開いた。
「もしかして、リリーさんを連れて行ったのって・・・」
「旅に出ている間に、可憐な恋人に変な虫がついたら困る。と、言っていたわね」
遠い目をするダリアに、ザイラは目を覆った。
(一家の次期当主を巻き込んだ理由が、まさかの独占欲)
本当にまさかだった。