9.まずは仕立てを
「本当に良かったんですか?俺なら、時間くれれば1人で回ってきますよ?」
何せ師匠との旅で現地視察はおなじみだ。久々の再会で積もる話もあるだろうに、態々ザイラの為だけにダリアの時間を割いてもらうのも気が引けた。それにダリアは「いいのいいの」と手をヒラヒラさせる。
「言ったでしょ?夜にはまた会えるんだし、サリィの言う通りこっちが優先よ」
どうやら本当に気にしてないらしい。本人が言うならと、ザイラもそれ以上は言わないことにした。
「ありがとうございます」
「気にしないで。この島は観光地と住宅地が入り組んでいて、迷いやすいの。変なトラブルに巻き込まれない為にも、案内がいるに越したことはないわ。それに・・・あ、この店よ」
ダリアはそう言って、大通りにあるお店の前で立ち止まった。看板やショーウィンドウから見えるドレスや紳士服からみるに、小さなブティックのようだ。迷いなくその店の扉を開くダリアに、ザイラも続いていく。
カランカランというドアベルの音が軽やかに響き、正面にあるカウンターの奥から男性の返事が聞こえた。
「お待たせしました・・・おやおや、随分久しぶりですねぇ」
出てきたのは、シルバーの髪を軽く撫でつけ、茶色のチェック柄ベストに揃いの蝶ネクタイを身につけた高齢の男性だった。とはいえ、背筋はしゃんと伸び、動きも無駄がない為、見た目よりとても若く感じられる。
目を細めてダリアに微笑む様は、孫をみる様に優しい。
「お久しぶりです、店長。お元気そうで安心しました」
ダリアも微笑み返せば、店長は「こちらは変わりありませんよ」と答える。
「ダリア様も、お元気そうで何よりでございます。それで、本日はどのようなご要件で?」
「男性物の服を何着か見繕って貰えないかと思って。彼、この島で過ごせるような服を持ってないの。お願いできるかしら」
ダリアは後ろに控えていたザイラを振り返る。それに釣られるようにこちらを見た店長と視線があい、ザイラは軽く胸に手を当てて軽い会釈をする。
「ザイラと言います。よろしくお願いします」
ザイラの挨拶に店長は目を瞬かせると、優しげに微笑んだ。
「これはご丁寧に、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」
そう言って、お返しとばかりに胸に片手を置き腰を折った。
「では、まずは奥で採寸致しましょう。ザイラ様、こちらへどうぞ」
「わかりました。じゃあせん・・・ダリアさん、行ってきます」
カウンター横の扉を開ける店長に続く前にと、ダリアに声をかけるシンが船長と呼んで言い直していたことを思い出し、"ダリアさん"と呼んでみた。彼女は僅かに目を見開いたが、咎めることは無かった為に正解だったのだろう。
「・・・うん、行ってらっしゃい。私はその間、少し外を歩いてくる」
扉の方へ進もうとしていたザイラの足が、ピタリと止まる。
「1人でですか?危ないですよ」
ザイラは眉間に皺を寄せるが、ダリアは「大袈裟な」と笑いながら背を向ける。
「大丈夫よ。少し戻ったところにある小物屋が気になったから、見てくるだけ」
「後で一緒に行きましょう。なので待ってて貰えませんか?」
「すぐ見て帰ってくるわ。服を選び終わるくらいに」
取り付く島もないダリアに、ザイラはぐっと押し黙る。
「・・・なるべく早く戻ってください」
結局、折れたのはザイラだった。とても不服そうにしている彼に、ダリアは思わずクスリと笑ってしまう。
他の場所ならいざ知らず、このケイブ島は警備が厳しい。夜だって女性一人で歩けると言うのに、何を心配するのか。
「りょうかい」
また後でね、とダリアはヒラリと手を振って店を出ていく。ザイラはその様子を暫く見ていたが、やがて踵を返し扉の奥へと消えていった。
「なるべく早く終わらせますね」
採寸用のメジャーを片手に、店長は微笑む。先程の会話を聞いていたのだろう。ザイラは苦笑を浮かべ、「お願いします」と服を脱ぎ始めた。
手際はやはり鮮やかで、テキパキと採寸してはメモを取っていく様は無駄がない。しかも、その間に色や形、柄などの希望を確認され、採寸が終わってザイラが服を着直す頃には、5着ほどの候補がザイラの前に並んでいた。希望を出した通りのものばかりで、ザイラはざっと見ていき候補の中から3着選んだ。
「そうだ。1着だけ別に、中級───いや、上級貴族が身に付けるような服と靴をお願いできますか?できれば、すぐ着たいのですが」
選んだ服を包む為に離席しようとした店長を呼び止めると、彼は目を瞬いた。
「勿論ご用意は可能でございますが・・・失礼ながら、理由をお伺いしても?」
おそらく、島でしばらく過ごすだけなら必要ないのだろう。しかし、ザイラにはある予感がしていた。
「これから、ダリアさんを迎えに行こうかと。今の彼女の隣を歩くなら、必要でしょう」
そう言ってにっこり微笑めば、店長は納得が言った様子で、「直ぐにご用意致しましょう」と奥に消えていった。
「───やっぱり、無理にでも待ってもらうべきだったかな」
まだドアベルが鳴らない入口の方を見ながら、ボソリと呟いた。