8.ケイブ島
ケイブ島は、島の住民と各国のトップが協力して成長を遂げた観光娯楽地だ。
島へと上陸するための港の整備は勿論、景観を損なわない為の定期的な修繕、店の管理などもされている。そして治安悪化を防ぐ為の警備隊も設けられており、その安全性は例え女性が夜に1人で歩いても問題ない程───つまり、
「入島検査も厳しいはずだよな...」
それはもう、ごっそりと気力と体力を奪われる程に。
ザイラは遥か遠くに見える水平線を眺め、呟いた。それにザックが「だよなぁ」と苦笑して、労うように軽く肩を叩いた。
「初めて入島する時だけすっげぇ厳しいんだよ...俺とカザイヤの時なんて、もっと酷かったぜ?」
名前や年齢等の簡単なプロフィール表の作成に加え、問診票の記入と警備隊による問答。そして身体検査が終わったら島の注意事項の説明──される側も大変だが、する側の警備隊員も毎度大変だろう。
余談だが、この入島検査に耐えられなかった者や、入島してから規律に違反した者は最悪の場合、永久追放になるのだそうだ。
「流石は王侯貴族も訪れる観光地って訳だな」
水平線から視線を外し、すぐ後ろにある広場を見渡す。
ザイラ達のように、少し余裕のある平民や商人くらいの服装の者もいれば、明らかに仕立ての良い服装の者もいる。
師匠との旅で幾度か貴族と会う機会があったザイラから見ても、あまり関わりたくない───上級貴族とみられる者も、ちらほら確認できた。
(言動には気を付けないとな)
観光地ということもあり無礼講だと島に着く前に船長のダリアから言われてはいるが、気をつけるに越したことはないだろう。
「ちょっと!無事に入れたんだから、そんな疲れた顔しないの」
キレイな顔が台無しよ?と、爽やかに笑い小首を傾げてみせるフォンテーヌ。今日はコックの服装ではなく、白いクラバット付のシャツと黒いパンツ、そして金の刺繍が美しい濃紺のベストを身にまとっている。
物語に出てくる王子様が具現化したようだと、思わず口にして笑われたのはつい今朝方の事だ。
「気持ちはわからねぇでもないがな」
苦笑するガザイヤも、黒いシャツに白いベストとパンツといったシンプルな格好で、中々様になっている。
「私ナんテ、身体検査が毎回長引きますヨ」
「それはシンが東方の国の衣装を選ぶからでしょ?この島に来る時だけ、コチラの正装にしちゃえばラクなのに」
いつもより少し生地は良さそうだが、あまり代わり映えのしない格好のシンに、フォンテーヌは呆れた様子で視線を送る。それにシンはニッコリと微笑み返し、「落ち着かナイんデス」と答えた。
興味が薄そうに彼ら眺めるマルクスも、クリーム色の襟がないシャツと黒いパンツの上に深緑色の上着を羽織っている。
ちなみに、ザックは白いシャツとベージュのパンツ、そして臙脂色のベストを羽織っている。
(これなら、誰が見ても俺たちが海賊だとは思わないだろうな)
普段のラフな時から考えると、想像がつかない格好になると思っていたのだが、不思議なことに誰一人として服に着られている者はいない。それどころか慣れているかのようにも見える。
けれども、ザイラが最も驚いたのは他でもない。
ふいにパンッと手を叩く乾いた音が鳴り、音の発信源となる人物に向き直る。
「何はともあれ、今回も無事に通過出来て良かったよ」
安心した様子で微笑むのはダリアだ。その格好は、自分たちと同様いつもと異なる。
鎖骨下から肩口までを一直線に結ぶリボン状の飾りと、白の刺繍が美しいワンピース型のドレス。薄紅色を基調としたそのドレスは、赤みがかった茶髪の彼女にとてもよく似合っている。
(誰が見たって、バカンスに来た貴族の御令嬢だよなぁ)
フォンテーヌに化粧してもらったらしく、上品でいつもより大人っぽく見える。そのおかげもあってか、襟ぐりが大きく空いているドレスであるのにも関わらず、いやらしさは全く感じられない。
が、普段は服で隠れている首筋や鎖骨が眩しい。
(って、いやいやいや!俺は変態か?!)
こんな思考がバレたら軽く死ねる。
軽蔑されることは、まず間違いないだろう。ザイラは気を紛らわす為に広場の方に視線を移す。そこで、ふとこちらに向かって一直線に駆けてくる人がいることに気がついた。
腰まであるプラチナブロンドの髪と、空色のワンピースの裾を靡かせる女性。ザイラが声をかける間もなくほかのメンバーも彼女に気が付き、「あ、」と声を漏らした。
「サリィ?」
ダリアが首を傾げるころには、女性はレッドムーン海賊団の面々のすぐ近くに来ていた。
「待ってたよ、ダリア!」
言い終わる頃には、ダリアにふわりと抱きついた。ダリアも難なく受け止め抱きしめ返すあたり、いつもの挨拶なのだろう。
「早かったね。さっき入島検査が終わったばかりなのに」
驚きと喜びが半分といった表情のダリア。女性はダリアから一旦離れると、花が咲いた様に微笑んだ。
「そろそろ到着かなーって、このところ望遠鏡で沖を確認してたからね」
今朝になって沖合にスパイダー・リリー号が見え、検査が始まったら知らせて貰えるよう、知り合いの警備隊員に頼んであったらしい。
「みんなも久しぶり!元気そうで良かったよ・・・て、あれ?」
やはり他の面々とも顔見知りだったらしい彼女がこちらを見て、ザイラに視線が止まったところで首を傾げる。
「見かけない人ね。この人が手紙に書いてた新人さん?」
ダリアも彼女の視線に気が付き、少し離れた所に立っていたザイラを手招きする。ザイラも素直に応じて、ダリア達の前に進み出た。
「はじめまして、ザイラです」
微笑んで握手をと手を差し伸べたザイラに、女性は僅かに目を見開いた。大きなアクアマリンを思わす淡い青の瞳が、太陽の光を受けて煌めく。
「そう・・・ザイラくん、ね」
ポツリと目を細め呟いた女性に、ゾワリと冷たい物が背筋に走る。
(え・・・俺、初対面だよな?)
明確な"怒り"を感じ取ったザイラは、笑顔を保ちながら内心首を傾げる。しかし、それも一瞬だった。
「私はサリベル・ブルー。親がこの島のレストラン『海の青』を開いていて、いつもはそこで働いてるわ。よろしくね」
先程の空気は一切感じられない笑みで、サリベルは差し出された手を握った。気のせいだったのかと、ザイラは手を握り返し、すぐに離した。
「そうだ!私、いつもみたいに旅の話を聞きたいな。母さん達には許可取ってるし、うちの店に寄っていってよ」
両手を合わせ、くるりと振り返るサリベルに、ザックが「やった!」と声を上げる。
「サリベルのお店、すっげー美味しいんだよなぁ!」
すでに夢見心地で口元を拭う彼に、ダリアは苦笑する。
「じゃあお言葉に甘えて、」
「あ、ダリアはまだダメよ?」
言葉を遮られたからか、その内容にか、ダリアは虚をつかれた様に目を瞬かせる。サリベルはにっこりと微笑んで、ダリアの口元を人差し指で軽く叩いた。
「ザイラくん、島に来るの初めてなんでしょ?案内してあげてよ」
私はその間にみんなから話を聞いてるからと、サリベルは他の面々を連れて歩いていこうとする。それに呆然としていたダリアが、慌てて彼女の肩を掴んで止めた。
「待ってサリィ、」
「だってこの島に1番詳しいの、ダリアでしょう?それに、ダリアとは2人でゆっくり話したいし・・・あ、夜はダリア借りるわね」
そう言ってシンを仰ぎみるあたり副船長だと知っているようだ。シンは「モチロンですヨ」と微笑み、ダリアの方に顔を向けた。
「では船長───イエ、ダリアさん。我々はお店でお待ちしてマスネ?」
疑問形でありながら、どこか有無を言わせない空気だ。それにダリアが観念したように溜息をつき、「わかった、ゆっくり休んでて」と答えた。
かくして、ダリアと2人きりでの島観光が確定した。