7.ケイブ島への上陸前
ザイラがレッドムーン海賊団の仲間入りをし、約1ヵ月が経過しようとしていた。
輝く太陽の下で大海原を走るスパイダー・リリー号は、穏やかな波を押しのけながら次の目的地へと進んでいく。
それは、次の目的地―――ケイブ島まで残すところあと3日と迫った、昼すぎの事だった。
「―――っ、ぜってぇ嫌だぁぁぁぁぁぁあ!!」
船どころか、大海原にザイラの絶叫が響き渡る。次いでドタバタと居住施設で音がしたと思えば、デッキと施設を繋げる出入り口の扉が勢いよく開き、中からザイラが飛び出してきた。黒い髪も相まって、その姿はまさに弾丸のようだったと、後に見張り役で台の上から見ていたカザイヤは語る。
「しょうがねぇだろうがルールなんだよっ!いい加減諦めろって!!」
そう叫びながら次いで飛び出してきたのは、なにやら布の塊を小脇に抱えたザックと、
「大人しくお縄ニつきまショウ!大丈夫!絶対ニ似合いマスッテ!!」
こちらも同じく肩に布の塊を担いで、とても楽し気に語るシンだった。
見張り台のある柱の周りをぐるぐると回りながら追いかけっこをするザイラ達。
「諦めねぇ!つーか似合ってたまるかっ、そんな、そんなっ・・・」
ザイラは逃げながら後ろをちらりと振り返る。タイミングがいいのか悪いのか、後ろの2人はそれぞれ抱えていたものをバサリ、とザイラに見やすいように広げた。
「「お前にしか着こなせない(マセン)って!!」」
ザックが手に持っているのは、パフスリーブの袖や、詰襟と裾のフリルが繊細で可愛らしい、ブルーベリー色を基調としたロングワンピース型のドレス。
一方、シンが手に持っているのは、ワインレッドのシルク生地に金色の花や蝶の刺繍が美しいチャイナドレスで、深めに入ったスリットや裾からスカートなのか、細かなプリーツが美しいクリーム色のシフォン生地が翻る。ザイラはひくり、と頬を引きつらせた。
「~~~っだから、どう見たって女ものだろうがぁぁぁぁあ!!」
船の近くで、魚が元気に跳ねた。
「・・・で、何か言い訳は?」
「「「すみませんでした」」」
氷の様に冷たい視線に耐えきれず頭を下げ謝罪すると、両隣から同じタイミングで自分と全く同じセリフが聞こえてきた。
見てはいないが、恐らく同じように頭を下げているのだろうと、甲板の木目を見ながらザイラは思った。頭上から聞こえた大きなため息に、そろりと頭を上げると、ダリアが呆れた様子で自分たちを見下ろしていた。
ザイラ対ザックとシンの追いかけっこは、割と早くにダリアによって鎮圧させられた。
甲板でギャイギャイと騒いでいた面々は、ダリアが甲板に出てきたことに気が付かなかった。
まず犠牲になったのはザックで、肩を掴まれたと思った瞬間には投げ飛ばされていたらしい―――なぜ疑問形なのかというと、ザイラは逃げるのに必死で、シンは獲物しか見ておらず、見張り台のカザイヤはダリアが帆の影になって見えなかったからである。それ以前に、ダリアの行動があまりに早く、そして気配が完全になかったためわからなかったのだが・・・その話はとりあえず置いておこう。とにもかくにも、ザックは投げ飛ばされた。
次に犠牲となったのはザイラで、背後から勢いよく投げ飛ばされたザックをぶつけられ、そのまま下敷きになったのだ。そこでようやく異変を感じたのか、シンは背後を振り返り、
『食後の運動?随分楽しそうじゃない・・・私も混ぜて、くれるわよね?』
笑顔でありながら鬼の様に恐ろしい殺気を放ち、今にも短剣を抜きそうなダリアを見て、両手を挙げて降参のポーズを示したのだった。そのまま甲板に正座させられ、ことのあらましを説明、そしてダリアの説教が始まり、今に至る。
「全く・・・いくら男性用の予備が無いからって、女物を出してくるなんて」
いったいどこから出してきたんだかと、ダリアは額を抑える。
そもそもの事の発端は、次の目的地であるケイブ島が、上陸時に整った身なりでなければならないという、一風変わったルールがあるという話からだった。普段着では許可が下りないため、女性はワンピース型のドレスを、男性は襟付きのシャツに生地のよいベストとズボンといった格好で行くのが通例となる。当然、入団したばかりのザイラが知るわけも用意しているわけもなく、体格の近いザックと、何かと物持ちのよいシンがザイラの服の見立てをすることになったのだ。
「ドレス見つけたら、ザイラに似合いそうだと思って、つい、」
「右ニ同じくデス」
ザックはさすがに悪ふざけが過ぎたと反省しているらしく、ザイラに向かって「ごめんな、」と眉尻を下げて謝る。シンは目こそサングラスで見えないが、見たところ真剣な表情で、綺麗な挙手をして見せた。それに対し、ダリアはジトリとした目で彼を睨み下ろす。
「ザックはともかく、シンは完全に面白がってたでしょうが」
「アイヤー、ソレ言っちゃダメよ船長」
しー、と人差し指を口元に当てて見せるシンに、ダリアもザイラもため息を付いた。
「それで真面目な話、本当に貸せる服はないの?ザックは確か、シャツとズボンを3枚くらいは持っていたと思ったけど」
ダリアの言葉に、ザックは気まずそうに視線をそらし、後ろ頭をかく。
「いや、その・・・ズボンは大丈夫なんだけど・・・シャツが、まともに使えそうなの1枚しかなくて」
曰く、1枚は赤ワインを盛大に零し染みだらけ、もう1枚は酔っ払った勢いで脱いだ為にボタンが全て弾け飛んでしまい、今も見つかっていないらしい。ザックも残る1枚を貸してしまうと自分の分が無いため、他に代わりになるものは無いかと探し、あのロングワンピースを見つけたのだそうだ。ダリアは少し思案するように宙へ視線を投げた。
「・・・ちなみに、ワインを零したシャツのボタンは無事?」
「え?あ、あぁ。大丈夫、それは無事だ」
「ならボタンを付け替えればいいでしょ」
それに対し、ザックは目から鱗と言わんばかりに目を見開いた。次いでダリアはシンを見据える。
「シン。あなた確か、裁縫得意よね?」
「得意、という程でもナイですが・・・できマスネ」
「なら、ボタンの付け替えと、場合によってはズボンのすそ直しをお願い。今から取り掛かれば、夜には間にあうでしょ」
やや傾き始めている太陽をちらりと見上げ、ダリアはそう言った。一瞬にして解決した問題に、ザイラをはじめ3人は思わずぽかんと間の抜けた表情を浮かべる。しかし、それはダリアのパンパン、という手拍子によって終わりを告げた。
「さ、そうと決まれば早速行動に移してちょうだい!」
時間は待ってはくれないわよ!と言うダリアのセリフに、3人は慌てて動き始める。
各々が急ピッチで作業をし、夕飯前には綺麗でサイズもピッタリなシャツとズボンが用意できたのだった。