第1章5 アイム!ジャパニーズ!!!
「うぁ、あぁ……あぁ」
「――伝わらなくて悲しんでる!? ス、スエコ君! 翻訳翻訳!! お願いさぁ前に!!!」
「えぇ……!? 僕も分かんないですよぉ」
「うがぁ、あ? あぁああぁあ」
あまりの恥ずかしさと衝撃に脳が破壊され、最後まで言葉を紡ぐ事が出来ない。IQ2。サボテン以下。ミソカス。
そうして顔面発火ミナトが蹲る中、小柄な青髪の少年はぐいぐいと前に押し出されていた。
余程嫌なのか、名一杯に腕を広げて抵抗を見せるものの、金髪少女の圧倒的腕力によりズリズリと押される一方であった。
「何とか何とか! 何とかしてこうろさん!」
「いや、ちょっ……赤ちゃん言葉が出てますし僕一回も首を縦に振ってませんよ!?」
「……あの」
縮まる距離分バタつく少年。
あまりの慌ただしさに逆に冷静になれたミナトは恐る恐る声をかけた。
迷惑ったらありゃしないが、それはミナト本人が一番身に染みている。その反省が活かされるかどうかは不明だが。
一方、先程まで小競り合いをしていた二人だったが、今は二人共仲良く両目をパチクリさせている。
それもそうだろう。聞き馴染みのある言語が推定不審者の口から出たのだから。
金髪少女は不安な顔から一転、純粋無垢な笑顔を浮かべると両手を合わせて喜ぶ。
「なんだ! ちゃんと言葉が通じるじゃないですか! 安心安心」
「ふぃい……助かった」
「――ところで貴方誰なんですか!? 見かけない人すぎます! 斬りますよ!!! みゅん!!!」
自業自得によってカオスとなった状況がなんとか落ち着き、ミナトがほっと息をついたのも束の間。
突然、金髪少女が腰から下げた鞘から剣を抜いたかと思えば、剣先をこちらに向けて構えてきた。
その刀身は漆黒であり底知れない禍々しさを感じる。
今現在、プクっと可愛らしく頬を膨らませる彼女のルックスと相待って、非常に歪な雰囲気を醸し出していた。
そんなあまりの急展開に対してミナトは――、
「――え。ちょちょちょ待ちちょっちょ待ち待ちって」
――当然、あまりの変化球にミナトは両手を情けなく振る事しか出来なかった。
生まれて初めて剣先を向けられて心の底から震え上がるミナト。
怪しいからってここまでするだろうか。そんな第一印象が最悪だっただろうか。いや悪い。
納得がいったミナトの脳内にはスラスラと走馬灯が流れ、一筋の涙が流れそうになる。歓迎来世。
片方では少年が「赤ちゃん言葉が出てますよルースさん……」と戒め、三者三様のリアクションとなっている。カオス。
ちなみに金髪少女はその言葉を受けとり、白い服をフリフリとさせて恥ずかしそうに身を捩っていた。
「すいません……ここに来る前にやち君と戯れ合ってたので……」
「あ、あぁ。そうなんですね。やち君は可愛いですか?」
「もちろん! もちもちにゃんにゃんこうろさんなので!! ……いやそうじゃなくて!!! 貴方は誰なんですか!? 救難信号を出した人達は居ないし黒髪だし! もう怪しすぎます! 斬りますよ!!! みゅん!!!」
「え、えぇえ!? ……えぇ?」
顔を赤くして頭ポリポリしたかと思ったらまさかの臨戦態勢。脳内会議はどうなっているのだろうか。戦闘向きすぎる。
そんな事より、金髪少女は本気で斬りかねない雰囲気だ。
何をどう誤解しているのか分からないが、とりあえず説明しなければならない。
そう感じたミナトはこの瞬間までの出来事を包み隠さず、全て正直に話した。
「――という事がありまして……はい」
「……ほんとに? スエコ君」
約1分、不審者予備軍確定ミナトからツラツラと話を聞かされた金髪少女と少年。
自分がこんな口達者だとは思わなかったミナトは、なんとか喋り切った安心感と達成に包まれていた。気持ちが悪い。
――そして訪れる静寂。
その間もずっと眉をひそめている金髪少女は振り返ると、後ろに立つ少年の顔をまじまじと見つめた。
何かアイコンタクトがあったのだろうか。少年はこくんと頷くと――、
「はい。彼は嘘をついてないです。――得体の知れなさは肌でヒシヒシと感じますが」
「えぇ……」
チクチク言葉を言った。可愛い顔して。
ミナトが胸に重いストレートパンチに食らったところで、場の空気を切り替える様にパンと手を叩いた金髪少女。
「とりあえず上に行きますよ! 話はそれからこうろさんです!!!」
「話はそれからこうろさん……?」
「赤ちゃん言葉……」
「私はルースですけど、貴方の名前は?」
「え。あぁ……シシメミナトです」
金髪少女はまた少年の顔を見ると、彼は縦に首を振った。嘘をついていないという事であろう。
どれだけ信用されていないのか。ミナトは泣きそうな程に落ち込みかけるが、ぐっと我慢した。我慢。我慢。
深い疑いを隠さずに眉を潜めるのはルース。
そんな事をしても天使と見間違えるぐらいの美貌の持ち主である。
「僕はスエコです。末っ子なのでスエコです」
(なんか、デタラメな名前だなぁ)
あまりの雑さにミナトは思わず無言になり、心の中で悪気のない悪口を呟いた。
こういう所がカスコミュの原因であるのだが、当の本人は勿論その事に気付いていない。可哀想。
「あの中で一体何があったんですか?」
「実は――」
ルースに聞かれたミナトは一言一句違わずに伝えようとした。
その場に立ち尽くした。
――その時だった。