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ダンジョン・イン・アナザーワールド  作者: 風ビンくん
第2章  〈白なる葬願者〉
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第2章44 輪郭閉じる夢の中



「ぅ、あ」


 ――目を覚ますと、そこは暗闇だった。


 いや、完全な暗闇という訳ではない。

 前方五メートル程であろうか、三人の人影がぼんやりと確認出来るからだ。


(何だここ? 確かさっきまで酒場に居たよな……薄気味悪ぃ)


 シシメミナトはぼやけた頭を呼び起こしながら記憶を掘り起こす。

 確か神潰し、とかいう高い度数の酒を飲んで床にぶっ倒れた筈だ。なのに何故こんな現実離れした場所に佇んでいるのか。


 ――今一つ理解が出来ない状況。

 とりあえずシシメミナトは動こうとしたが、歩くどころか声すら発せない。それにもかかわらず、目だけは動かせる。

 まるで最初から自分がこの場に存在しない様な感覚に襲われるが、突如、足裏から伝わる冷気が神経を過敏にさせる。


(冷た……え、水?)


 思わず見た下には薄く水が張っており、ぼんやりと光を反射している。

 当然周りは闇。見上げてもそこに発光体は無く、波紋がゆらゆらと遠くに響くだけ。


 何も見るものはなく退屈だけが募る。

 故に先程の三人の人影に視線を戻して集中すると、それらが徐々にはっきりとしていく。

 どういう仕組みかは不明だが、あともう少しで顔が見えそうに――、


(――ぇ)


 シシメミナトは喉を絞り、目を見開く。

 今の今まで忘れていた。異世界という非現実的な体験に心を揺り動かし、温かな人間関係という甘美に溺れていた。

 そしてそれが一生続くと信じて疑わなかった。だが、彼を見てそれが全てまやかしだと気付いてしまう。

 何故ならばそこには――、


(あの時の、自分)


 ――そこに俯いた六歳の真邦が体育座りをしていたからだ。


 蹴られて殴られてゴミみたいに捨てられて。挙句の果てには人間としてのプライドも権利も捨て去った、あの頃の自分。

 思い出したくもない。が、目の前の存在が嫌と言う程に記憶の奥深くを抉ってくる。


(うぁ、うぅ、ぅ)


 心拍数が上がり目の奥が痛む。腹の奥底から細かく伝わる振動が波紋となって伝わりそうだ。

 彼の所にまで広がれば気付かれてしまうのだろうか。まだ俯いたままの姿勢なのだが、いつかこちらを振り向くのだろうか。


 脳裏に映る欠けたトラウマの数々に震えていると、突如、真邦の横に今の自分の姿をした青年が現れた。

 ただ一点違うのは、髪を含めて全身が白色という事である。ただし瞳は鋭い青であり、どこか無機質で機械的な印象を受けるといったところか。


 そしてまたぼうっと生まれたのは、不安定に揺らめく紫色のオーラだった。

 それはごくたまに人型になる事があり、その時だけ目と思われる箇所に黄色く光が宿る。

 

(なんだ……? 何を、伝えたいんだ)


 彼らは丁度三角形の頂点の位置にそれぞれ立っており、誰もが全員俯いている様に見える。

 そんな異質な光景の中、シシメミナトは謎の緊迫感に胸がはち切れそうになっていた。


(この気持ちは、心音は? 分からない。分からない。分からない。だけど――)


 手を、手を差し伸べなければならない。その小さな手を掴んで引き寄せなければならない。

 何故かはやはり説明つかない。だが。だが早くしなければ何もかもが手遅れになってしまう気がするのだ。早く、早く、早く――、


 《意図しない接続を確認……切断完了。当該部分の記憶を削除しました》



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「ぅ、あ」


 ミナトが目を覚ますと、そこはゲロや食べカスで汚れた酒場の床の上だった。

 上体を起こして周りを見回すと、同じく寝転がっている男達が何人もいびきをかいている。


 ――何か、大切な夢を見た気がする。


 だが何度も思い出そうとしても脳内にノイズがかかるので、やれやれと溜め息をついて立ち上がったその瞬間。


「うぉ……」


 異常な眩暈と吐き気に足元がおぼつかなくなり、五歩もふらついてしまった。

 だが顔を手で覆っているうちに症状はすぐに治まり、嘘の様にいつもの体調が戻ってきた。


(とりあえず顔洗お……)


 嫌な汗をかいた気がする。

 何処に洗面所があるのかは知らないが、頭をかきながらどことなくフラフラと歩いていると、角から男女の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 喧嘩だろうか。こんな朝っぱらから元気な事だ。

 バレないように一応ミナトは壁に背を付けて慎重に覗き込んでみると――、


「なんで解体場であの子達遊ばせたの!? 変な病気移ったら大変でしょうが!!」


「い、いや。だってあそこ広いし――」


 そこには耳を千切れるぐらい引っ張るリアと、膝をつきつつ涙目で釈明するシギの姿があった。

 もはや事件現場。話の内容は絶対に昨日のあの件に違いない。


 絶対に気付かれたくないミナトが更に息を潜めると、怒号を飛ばすリアが益々ヒートアップしていった。


「今 広さの話してないでしょうが!! 刃物もあるし危ないって言ってんの!!」


「いででででで!!! ごめんごめん! ごめんなさいって!」


(ほおぉおぉお。逃げよ)


 あんなに強そうなシギが文字通り手も足も出ていない。

 そして伸びる耳の端に合わせて涙がちょちょ切れている。あれでは手を離しても暫くは伸びっぱなしだろう。


 その一部始終を見たミナトはその場からこっそりと立ち去る事にした。理由は怖いからだ。怖い怖い。

 細胞レベルで本能的な恐怖を刻みつけられているミナトであった。


(お……良い匂いがする。こっちからだな)


 抜き足差し足忍び足でトンズラした後、訳もなくぶらぶら歩いていると廊下の向こうから香ばしい匂いをキャッチした。

 別に腹が減っている訳ではないが、鼻を鳴らしながら向かっていると、その背中に眠たそうな声がかけられる。


「おはよ……」


「おぉ……! おはようクリス。突然だけど今度から夜中は一緒に居てくれ」


「ほ? え、ま。まぁ良いけど……」


「恩にきます」


 困り眉をするクリスに本当にいきなりで申し訳なくなるミナト。

 だが、あんなアウェーなおっさん戦場に放り出されるのはもう二度と御免被る。

 いや実際、クリスと二人きりというのもそれはそれで辛い。が、それ程までにミナトの心はバキボキポッキリと折れてしまっていたのであった。


 ミナトが両手を合わせて感謝していると「ほらー、朝飯だぞぉー!!」という女性の声と共に、カンカンという金属音が響き渡る。


 何か、と覗いてみると母ちゃん風の女性が調理器具同士を叩き合わせていたのだ。


 まるで日本漫画内での光景。

 少し感動を覚えつつ、ミナトは部屋に何十列も置かれた長椅子の一つに座った。

 そして目の前のテーブルに肘をつきつつ、この組織の財力に関心を持った。


(酒場兼食堂か……それを独占して毎日あんな飲んでる訳だから、第十紫班って儲かってるんだなぁ)


 ミナトの様な精神貧乏人には到底想像もつかない話。

 異世界の経済事情は知らないが、それでも日本基準で考えれば相当な利益を出しているに違いない。


 だが、魔装具と金が幾らあろうともマナーはちゃんと守ろうと、汚れに汚れた床を思い返しながらに思ったミナトであった。


「……なぁクリス。今日から早速仕事が始まるって言われたんだけど、昼から始まんの?」


「いや? 多分だけど、朝ごはん食べたら爺ちゃんから皆へミナトの説明があって……それから直ぐだと思うよ。それに基本朝から夕方まで迷宮潜りだし、それが毎日だし。命が幾つあっても足りないよね〜本当……」


(儲けの裏には努力あり、か……。僕がポンポン見つけすぎて恨まれなきゃ良いけど)


 横にゆっくりと座ってきたクリスに質問すると、眠そうなのにも関わらずちゃんと答えてくれた。最後の一言はどよよんとしていたが。


 ――それもそうだろう。

 第十紫班はエレタ迷宮管理協会からの補助金と魔装具卸しが主な収入源となっている。

 それに加え、迷宮内の遺品回収や稀に発生する強力な魔物の討伐も協会主導で行なっている。

 つまりほぼ毎日が戦場での仕事であり、弱肉強食の世界を地で行っているのだ。


 ――故にハイリスクハイリターン。だがミナトにとってはローリスクハイリターン。

 これから激しさを増すであろう嫉妬の波にうんざりするが、そんな細やかな願いは到底叶えられないであろう。


 というものの実際、昨日何人かに睨まれていたからだ。ぽっと出の糞餓鬼が気に入らないのだろう。気持ちは分かる。

 そうした経緯もあり、早く魔装具を大量に発掘して超貢献しまくろうと決意したミナトであった。


(それにしても僕がここまで来れるなんて……よく出来てる、いや、出来過ぎか?)


 迷宮に飛ばされ、ルースと出会って助ける。そしてある程度の信用を得たところでまた新たな出会いがあり、厄介事を意図せずに解決して今に至る。


 まるで何か別の存在がそうさせている様な――、


「あいててて……考えてたら頭痛くなってきた」


 顔をしかめて側頭部を押さえるミナト。

 元来、考え事など苦手なのだ。うじうじと思考を巡らせていても仕方があるまい。

 手の隙間から砂が零れ落ちていく様に記憶を失っていった。


 そうしてミナトがうじうじしている内に、昨日のおっさん共が何処からかわらわらと湧き出し、ある部屋に向かって歩いていく。

 昨日の事もあり、もしドデカ殺虫剤があれば今すぐ散布したい気分であるが必死に堪えるミナト。


 そしてある程度の人数が集まったと判断すると、先程の田舎の母ちゃんが男勝る大声で叫ぶ。


「今日はイソガレイの煮付けと玉殻甘(たまろに)の和物だ! 麦包と水穀は自由! 食ってけ野郎共!!」


「――やったあぁあイソガレイだぁあ! これもミナトが活躍したおかげだよ多分ありがとぅう!!」


「お、おう……どういたしまして」


 今日の献立が発表されると歓声が湧き、先程まで眠そうだったクリスが目をひん剥き、嬉しそうにぴょんと抱き付いてきた。一瞬にして凄まじい熱気。

 クリスを押し返しながらあまりの出来事に何事かと震えるミナト。


 過去に何も出来なかった分、今は存分に皆の役に立てる事が嬉しい。しかし暫くは男の大声にビクビクするだろうミナトであった。


(イソガレイってやっぱカレイなのか……? イメージ通りの見た目であってほしいけど)


 水族館での思い出を頭に浮かべながら期待半分怖さ半分のミナト。

 この近辺には海や湖は存在せず、それに異世界に来てからというもの、ミナトには一回も何かを口にしたという "記憶" がない。

 ――つまり、異世界の食文化にこれまで全く触れていないのと同等なのである。


 故にイソガレイがもし気持ち悪い見た目だったらどうしようと考えていた。ゲテモノ禁止。


「ミナトがぼーっとしてる内に取ってきたよ! 一緒に食べよ?」


「んぁ、うん。ありがと」


 考え事をしている間にクリスがわざわざ料理を二人分確保してきてくれたようだ。

 確かにあんな体力オバケ軍団とあらば、一分足らずに何もかも食べ尽くしてしまうであろう。


 善意の印である、こんと置かれた木のトレイの上には三つの品目があった。

 それぞれミナトが日本での食卓で見た様な感じであり、特に煮付けらしき物体は願望通りの見た目をしている。

 他にも小盛りの米、ほうれん草の和物に似た物があった。


 味は分からない。が、どぎつい魔物ではない事を確認。とりあえず安心だ。

 旨み成分がぎっちりと詰まった蒸気に包まれながら、ミナトはふとある事を思い付く。


(そういえば物質生成って生き物にも適用されんのか?)


 今の今まで存在感が薄く、危うく忘れそうになるまで使用していなかった力。

 魔物召喚というロマンにテンションと心を奪われていたので仕方ないと言えば仕方ないのだが、今回からようやく日の光を浴びる事になるかもしれない。


 ――だが、まだ結論付けるにはまだ早い。

 確証を得る為、既に頬をパンパンにしているクリスにまた質問をする事にした。


「なぁ、イソガレイって魔物か? それともただの魚?」


「へ!? 知らないほ!? エレタでは高級魚ばよ!? ……や〜だなぁ貧乏人は。これを機ひ金持ちにふいて勉強ひなはい」


「コイツ……それ食うぞ!」


「やめて!」


 もっしゃりもっしゃりと咀嚼しながら、勝ち誇った様にミナトの背中をポンポンと叩くクリス。

 ミナトは冗談でイソガレイの煮付けに手を伸ばすと全身を使って包み隠した。割と真剣に。


 そんなクリスの食い意地に呆れつつ、ミナトが煮付けた身を箸で崩して口に運ぶ。

 

「うま」


「へひょ? あふははほっへへひゃふひゃほひひいよ」


「いやなんて?」


 ――美味い。生まれてこの方、箸が止まらない経験は初めてだ。

 上品な白身魚油が口の中で広がり、歯要らずでほろほろと崩れていく。

 今までどこか高級魚チックなカレイなど食べた事がないが、恐らくこちらの方が美味いであろう。流石 異世界。


 そう直感してしまう程に感動したミナトであったが、先程よりも更に膨れているクリスの頬を見て気が抜けてしまった。

 だがそれがいつも通り。クリスという存在なのだ。

 

 なんだかクリスの扱い方に慣れてきたなと思うミナトは箸をすすめながら、今後の展開について妄想をする。


(魔物じゃないなら物質生成で出せるか? ……もし、もし物質生成でイソガレイを出せるんなら超儲かるぞこれ)


 今までこんな便利な能力を使っていなかった事に我ながら疑問に思うミナト。

 まだ使えるかは未知数であるが、物質の生成が出来るのだ。可能性としては十分に高い。

 なら実践あるのみ。朝飯が終わればさっさと試したいのだが――、


「だけどそのメカニズムは召喚と同じだろうから、これじゃ……」


 汁に沈む小骨を見つめながら、自分もなんら変わらないと反省したミナトであった。



© 2022 風ビン小僧

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