第2章41 天を喰む黒炎
――ここはエレビタ大陸、ホロオウト地方。
一年を通して気温の平均が22℃を超える温暖な地域である。故によく雨が降っており、今日の夜もまた大雨だった。
蒸し暑い盆地。そこに建つ一軒の家屋から漏れ出る光を頼りに、外で作業する荒くれ共は作業を進めていた。
「樹蝋がこれだけありゃぁ暫くは安泰だな」
「あぁ。大丈夫だとは思うが、あまり雨に濡れねぇようにしないとな」
びしょ濡れになりながらも中くらい程の木箱を何個も軒下に運び込む。
これらは先日、別の犯罪組織と争った上で奪取した物品であり、こちらの部下が二人戦死する程に激しい現場だった。それ程までに価値があるのだ。
それこそ、この品物を闇市場に売っぱらえば戦力などいくらでも補給が出来るくらいに。
だが、その話も売れればの事。
荒くれ二人は箱の "中身" を気にしつつ、品質が落ちないようにその上から撥水性の高い魔物の皮を被せようとしていた。
――そこに、異常な体格をした男が現れる。
「あん? てめぇ誰――」
激しい雨音の中に泥を踏む軽い音が聞こえ、荒くれの片方が振り向いた瞬間に影に覆われた。
「ちゃんと数えろよ新人? じゃねぇとテメェも売るぞ」
「は、はい」
一方、室内。
円卓の上には金貨の山があり、傍にいる青年がビクビクしながら金貨五枚ごとに麻袋に包み入れる。
その肩に手を回す中年は笑いながら、自慢の斧で床を何度も小突いた。
彼にとってはただの冗談であるのだが、青年にとってはそうは捉えられず、冷や汗を流しながら作業を進めていた。
そんな中、けたたましい音と共に扉が破られ、ゴロゴロと勢いよく何かが床を転がってくる。
一瞬だけ訪れる静寂。
そしてソレは呆気にとられる青年の足元にまで転がってきた。粘着質なものが脛に付いたので、何だと青年は覗き込んでみると――、
「ひっ」
――それは、凹型にひしゃげた生首であった。
青年は息を呑み、金貨を散らしながら尻餅をつく。中年と他は愛用している得物を手に取るとすぐに厳戒態勢をとった。
「なんだっ!? 魔物か!?」
いつも斥候を担当している禿頭の男が叫びながらナイフを片手に外に出る。
この付近は展開場の関係で野良の魔物が多いのだが、ここ最近一回も目撃すらしていない。
厄介な魔物でなければ良いが。
中年は舌打ちをしつつ、最悪の事態に備えて全員武器を構える。その時だった。
「テメェ何者だっ!! ここが何処か――」
キョロキョロとしていた禿頭の男が左に目線を定めた途端、目をひん剥いて叫ぶ。
入口の大きさの関係上、こちらから彼の目に何が映ったのか知る事は出来ない。
辛うじて手に持っていたナイフを精一杯に突き出したのは見えた。
だがその瞬間、刺す前にナイフをはたき落とされ、棒状の何かを側頭部に叩き込まれた。
そして何か潰れた音と共に室内の奥にあった大棚まで吹っ飛ぶと、そこに置いていた酒瓶が幾つも崩れ落ちていく。
床にゴトンと落ちる死体。
細かな木片とガラス片が刺さった頭からは、脳と割れた骨、加えて目が飛び出ていた。
――想像を絶する力。
一部始終を見た中年達の臓腑が一瞬にして冷え引き締まり、手汗の分泌が促進される。
「デンファ! ……出てこいっ!!」
死んだ仲間の名前を叫ぶ中年の声に合わせ、他の仲間達が一斉に前に注目する。
すると突然大きな影が現れ、金属製の棒を振り回して入口を荒々しく破壊する。
そうして開けたギタギタの穴から屈みながらぬぅっと登場したのは、五メートル程はあろうか、見上げる程に巨漢の男であった。
「――っ」
天井から吊るされていた筈の電球は男の肩に乗っており、それが照らす全身はまさに "異質" だ。
濡れたボサボサの長髪に無性髭を生やした巨漢の男は、直径三メートルの鞘付きの刀を持ち、左手には鉄製のグローブをはめている。
人とも魔物とも言える異質な威圧感。何をせずとも震える空気に一同息をのんだ。
しかし巨漢の男は全く意に介さず、鞘を持ち上げ虚な目で眺めながらボソッと呟いた。
「――今日も鞘は溶けねぇか」
「い、生きて帰れると思ってんじゃねぇぞ。俺達、大蜥蜴の力をそのデカ頭に刻みつけてやるっ!」
「俺ァ人を切り刻む為にコイツを奪ったんだ。なのによォァ、ここ一週間ずっと殴り殺してばかりで悲しくなるぜェォ」
「意味分からねぇ事言ってんじゃねぇっ!! テメェらやるぞっ!!」
相手の恐怖を押し殺した怒号。それを全く気にせず発言する巨漢の男に斧、短剣、棍棒、それぞれの武器を握った三人の男達が向かっていく。
あの図体だ。きっと力に任せて横に薙ぐに違いないと高を括っていた。
そしてそれを屈みで避け、攻撃をしようとも考えていた。
――だがそれは全て、致命的な過ちだったと全員が気付く事になる。
「ま、とりあえず死んでくれやぁ」
「ぶぐっ」
「え――」
巨漢の男は、短剣を持つ男の顔面に跳び突きを繰り出し、後陣に居た青年の頭も横薙ぎで潰した。
その勢いのまま回転すると円机の支えを掬う様に叩き込み、斧と棍棒を持つ男達に向かって飛ばす。
「ボルド! ヤガ!! くそ、うぁっ!!」
それは猛スピードで宙を舞い、棍棒を持つ男の上半身に向かう。
当たる瞬間に胸の間に棍棒を入れたが、円卓もろとも粉々になり、天井に叩きつけられた。
「お前ら!! この舐めやがるぶぅっ」
その男達が怯んだ一瞬、前方に居た荒くれの鳩尾に鉄製グローブをはめた左手を突き抉り入れる。
想像を絶する狂撃。血と吐瀉物を吐き壁を突き破りながら吹っ飛んでいった。
「死ねやっ!!」
咆哮と共に斧を全力で巨漢の男の顔面に向かって投げつける。
外せば己の武器を失うリスクがある。が、可能な限り完璧なタイミングで投げた。
相手はまだ気付いていない。そのまま頭を吹き飛ばせると確信したが――、
「なっ」
巨漢の男は首だけ左を向くと15kgの斧を噛み止めると首を捻り、勢いをつけて相手に吐き捨てた。
すると、先程のとは比べ物にならないスピードで飛んでいき、男の体を真っ二つに切断してしまったのだ。
鮮血と臓物まみれの床、天井から滴り落ちる血、直接食道にくる薄生臭さが辺りに充満する。
僅か1分足らずでの制圧。住むレベルが違いすぎたのだ。
その事実を一人、ただ一人骨の髄まで理解した敗北者が出口に向かって這っていた。
身体中には大小様々な木片が刺さっており、左目はぐちゃぐちゃに裂かれているという状態。
――当然、容赦はしない。
巨漢の男は彼に近付いていくと、ゆっくり鞘を振り上げる。
「これから牙と腑が抜け落ちたゲロ汁野郎もブチ殺さなきゃぁならねぇんだ。さっさと死んでくれ」
「ひっ! えす、エスカタ兄弟っ! 早く!! 早く助けてく――」
前方の影が伸びていくのを目の当たりにした敗北者。ぬたりと皮膚を逆撫でしてくる死の実感に恐怖を覚え必死に助けを乞う。
が、当然誰にも助けてもらえる筈もなく、屋根を破りながら頭に向かって振り下ろされた。
――蹂躙。その言葉が当てはまる程までに一方的だった。
「飛王、飛王!! 何処にいる。さっさと――」
今日の仕事を終わらせる為に大声で呼んだその時、背後から二人分の無邪気な笑い声が響く。
瞬間、振り向く間も無く後頭部に向かってきた突き。それを首を傾げて避けると、回転しながら後ろに飛んだ。
しかし何者かは離れず、続けて左足首を狙った斬撃を放つ。
それを足を上げて回避し、腹に向かっての飛び蹴りは左掌で受け止めた。
そして二人揃っての突きを鞘で弾き返す。
そのまま壁を破りながら外へと飛び出した巨漢の男は、頭上に降ってきた木片を荒々しく振り落とした。
「おぅおぅオッサン、この大蜥蜴に喧嘩売って生きてられると思ってんのかぁ?」
「こっちは弟みてぇに優しくねぇぞー。教えてやるー。あぁ、ここに絶望が居たってなぁー」
「……外鎖の餓鬼ではやっぱり鞘は溶けねぇかァゥ。悲しいなぁいい加減斬り殺してぇよォァ」
前から二人、外見瓜二つの少年達が青龍刀を引っ提げて歩いてくる。余裕さを感じ取らせる立ち振る舞いだ。
そして二人はニヤニヤと下衆た笑みを浮かべながら、同じタイミングで片耳づつに開けたイヤリングを鳴らす。
だが巨漢の男はそれらを全く気にする事なく、未だ変化なしの鞘を見て嘆いた。
「その首」
「刈って飾るとするよー」
二人は互いの青龍刀を重ね合わせると、同時に軽快なステップで相手の懐まで超接近し、高く跳んで斬りかかる。
先程の雑魚とは違う圧倒的なスピードと正確さ。それを冷静に虚な目で見つめていた。
「鞘溶かせねぇ餓鬼は早く死ねよ」
「わわ!?」
「うぉー」
しかし巨漢の男は何にも臆さずに左手で片方の剣を掴むと、もう片方に投げ飛ばす。
そして二人の姿が重なったところで蹴り飛ばすと、呻き声をあげる間もなく、彼らは一つの団子となって家屋の角を抉りながら飛んでいった。
雑魚なら即死の一発。
だが彼らは空中で姿勢制御すると同タイミングで着地する。
それを見た巨漢の男はまだ勝負が長引きそうな事を察し、鞘を引っ掻いて苛立ちを表した。
「……兄弟は嫌なんだよなぁ。同じ顔を二回潰さなきゃいけねぇから飽きるんだよ」
「いてて……痛ぇよぉ兄ちゃん」
「だろうなー。だって思いっきし蹴られてたもんなぁ可哀想にー」
全身を泥に濡らしつつも二人は未だ余裕の笑みを浮かべ、こちらへゆっくりと近付いてくる。
片方は口端から血が垂れているが、殺意は先程のと比べてより一層鋭く、大きくなっていた。
――雨は更に強まり、三人の死闘の行く末を示す。
「これは確実に」
「殺さなきゃぁ採算が合わねぇ」
「――アイラ達、エスカタ兄弟の恐ろしさ見せてあげるよ」
お互いの青龍刀と声を重ね合わせた後、口端を歪めながら凶悪な笑みを浮かべる。
――エスカタ兄弟。
二年前に大蜥蜴を結成し略奪、殺人、誘拐の事業化に一役買うなど数多くの犯罪を重ねている悪行高き人物。
そして唯一、墓崩しから生き延びれた存在。
しかしその悪運も今日で尽きる。齢15にして最期の景色は――、
「トカゲが狼に勝てるかってんだよぉなァゥ」
更にスピードを上げた二人。
片方は突きを繰り出し、もう片方は後ろに回り込んで足首を狙う。
兄弟ならではの凄まじいコンビネーションだが、もはやこの状況下では陳腐なものに成り下がったスキル。
瞬間、巨漢の男は鞘を逆手に持って縦に振り下ろすと激しい下からの風圧が発生した。
予想外の展開に付いていけず吹き上がる二人。その隙を見逃さなかった男は片方の頭に渾身の力で振り下ろす。
「しま――」
視界一面を覆い尽くす鞘の先端に顔を歪める。
死。それを実感する前に事は終わっていた。
周囲の地形に伝播する程の亀裂が走り、家屋が重々しい音を立てて崩壊する。
鞘の真下では生肉の塊がグチャグチャに生成されており、頭らしき物体すら判別がつかない。
「ラオス!!」
「お前らの強さは連携だろ? 同時に来るのならこうすれば良いだけの話なんだ。雑魚は困るよなァゥ悲しいよなァォ」
「テメェよくも弟をっ!!」
怒りと悲しみに狂った咆哮をあげ青龍刀を着地と共に振り下ろす。そして右膝を狙った突き、そこからの振り上げ。
それら魂がこもった連撃は全て避けられ、青龍刀は虚しくも空を切る。
――レベルが違いすぎた。
巨漢の男は隙をついて相手の腹に蹴り下ろすと、そのまま足を下にめり込ませる。
それは完全に致命傷であり、相手の口からは血霧が勢いよく吐かれた。
「がぁおっ、ァアア――」
仮にもこの少年は大蜥蜴で頭を張っていた存在。
内臓が潰れていようが根気を振り絞り、正真正銘 最後の力で反撃しようとするがもう、遅すぎた。
死闘内での行動不可は一瞬でも致命的なのである。
「死ね」
その一言を告げると真っ直ぐ頭に向かって振り下ろした。
辺り一面に目玉と歯の欠片が飛び散り、折れズレた背骨の先端が皮膚を突き破り出る。
膝から崩れ落ちる死体。
血糸を引きながら鞘を持ち上げると、突如 夜である筈なのに空が明るくなる。
しかしこの異常現象に全く驚く事なく、それどころか呆れた様な反応を見せる巨漢の男。
「おいおい、またァ空を焼いてやがる」
見上げ呟く目線の先。
――空一面を覆っていた雨雲には "黒炎" が広がっていた。
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