第1章4 クソデブ(編集中)
――記憶にぽっかりと穴が空いていた。
「えぇっと……僕はなんでコスプレイヤーさんと出会ってるんだ? なんでこんなボロボロの服で部屋に居るんだ? 思い出せ思い出せ」
眉間に皺を寄せ、前髪をがしがしと掻きながら頭をフル回転させるが、全く何も思い出せない。
そもそも何故、横で炎が立ち昇っているのか理解が出来ない。
ミナトの記憶では先程までお布団の上で寝落ち寸前だった筈。
それなのに、気付けば自分は外用の服を着て日本語ペラペラの外人コスプレイヤー達と喋っている。
カオスカオスカオス。腰も未だ抜けている。
ミナトがショート寸前の頭を叩いて直したのと同時に、ルース達も話に一定の区切りを付けたようだ。
早速、彼女はミナトに質問をしようとニコニコしながら振り返る。
「―― "導環機" 持ってますか?」
「どうかんき? 持ってないです」
「犯罪者め!」
「罪になるまでの速さが人殺し現行犯と同じで震えそうです」
――理不尽。
天使みたいな顔でとんでもない怒号が飛んできたものなので、ミナトの中ではショックよりも恐怖が勝った。
どうやらナントカカントカの不所持で罰せられるらしいが、そんな法律は日本はおろか、海外でも聞いた事も見た事もない。
見かけによらず、彼女達の頭は激ヤバなのかもしれない。
とりあえず ここは無罪を主張しつつ、隙を突いて腰を復活させ走り逃げる事を決めたミナト。
早速2人にバレないようにもぞもぞと動くが――、
「――来なさい! プンプンです!!!」
「あぁぁ……乱暴しないで」
ルースは頬を膨らませたかと思えば、ミナトの首根っこをがしっと掴んでズルズルと引きずっていく。
細い腕のどこにそんな力があるのか、60kg程あるミナトを軽々とだ。思わず声が上擦る仕舞い。
その際ずっと少年と目が合っているが、まるでゴミを見る様な目だ。まだ何も犯罪を犯していないのだが。
そんな奇妙な一行は火の海と化した部屋から長い通路に出た。
「うわぁ……綺麗」
ミナトは引きずられながらも、左右の壁から突き出している結晶群の輝きに思わず声を漏らす。
――絶景。
その光景は冬のイルミネーションを彷彿とさせるが、電球特有のギラつきは無く、まるで涼やかな夏夜に浮かぶ蛍の様な儚さだ。
中には角度によって色が変わる結晶もあり、それこそ千差万別の美しさがそこにはあった。
場違いな感情かもしれないが、それでもミナトにとって印象的な景色である事は間違いないだろう。
「その薄汚い格好でも、ごく一般的な感情は湧くんですね」
「ねぇ酷くない?」
初めて自然に出た心からの言葉を少年に厳しい反応付きで返されてしまった。無常。
一気に頬を現実で叩かれた気分である。今、無様に引きずられている事も思い出してしまった。
「というか、あの、自分で歩けるのでそろそろ……」
「このまま摩擦でお尻をチリチリ焼かれてください!!!」
「地味に嫌で泣きそう」
尻がほんのり温まってきそうな頃合いで相談を持ちかけたところ、頬を膨らませたルースから突き出されたのは地味グロ拷問チックな罰だった。自分が何をしたというのか。
観念無念。お尻よ、さらば。
ミナトが涙がちょちょ切れそうになるのを堪えた、その時だった。
「――右側から何か来るっ!!」
「ごめんなさい投げます」
――突如、少年が血相を変えて叫んだ。
そのあまりの気迫にたじろぐ暇もなく、ミナトは後方に居る少年の方へと投げ飛ばされる。
同時に右側の通路から巨大な肉塊が次々と弾丸の様に飛んでくるが、ルースは身を低くしてそれらを回避した。
勢いそのままに壁にぶつかり、弾け飛ぶ肉塊。
水っぽい重低音が周囲に響き渡るのを聞きながら、未だにミナトは現実感を掴みきれず呆然としていた。
――それも仕方あるまい。
"今" のミナトにとっては、この場所は特別な事など起こる筈もない日本なのだから。
「ぇ。え? に、肉が。なんで」
「ちょっと何してんすかルースさんの邪魔です 早く逃げますよ!」