第2章40 青空覆い尽くす白骸
「ここがオレ達の本拠だ」
「デカいっすね……」
シギに付いて行って数十分後、坂を登った先にある巨大な建造物を目の当たりする事になった。
軍服ゴリラの元へ連れて行かれそうになった際もそうだったが、この世界に来てからというものの、敷居の高そうな建物に入ってばかりだ。別に悪い事ではないが。
息が詰まりそうな感覚に陥りつつ、黒光るこれまた立派な門をくぐる。
その先には当然豪華さにあった庭があり、この建物の雰囲気も相待って日本庭園みたいだ。
統一感のある美しさを見回しながら、法事の為に訪れた寺を思い出すミナト。
「まずはありがとう。そしてこれ、新品の服」
「わざわざっ……すみません」
後ろの事など気にせず、ずかずかと進んでいくシギ。
その背中に付いて行くと、広い玄関の前で規律よく使用人が立っていた。
その手には丁寧に畳まれた服が乗っており、クリスが付けていたバッチもある。
見ただけで高級品だと分かるので思わず仰け反ってしまうが、ここで受け取らなければ失礼だろう。それに今着ている服は一言で言えば汚い。
巨躯の魔物にズタズタにされたし、魔物の返り血でびっしょりだからだ。こんな状態で上がるのは失礼極まりない。そりゃそうだ。
なんか常に新品をボロボロにされている気がするが、そこは気にしないでおこう。
新しい服を慎重に受け取ったミナトは、豪快に笑うシギに背中を勢いよく叩かれる。
「おかげで死人が出ずに済んだ」
「じゃあ、あの子は助かったんですね……!」
「あぁ。酷い低体温症だったが、無事に後遺症も無くもう退院出来るそうだぜ」
「そうですか……それにしても、何で二人であんな危険な場所に入ったんですかね?」
シギに純粋な疑問をぶつけた。
何故あんな気温で低体温症が発生するのかも分からないが、それよりも実力不足の二人があの場所に居た理由の方が気になる。
ミナトが助けに入らなければ実際、彼女達は無惨に殺されていたであろう。それに装備もお粗末だった。
シギはその問いに深刻そうな顔をすると「あぁそれだが――」と事の真相を語り始める。
「どうやら彼女は巨躯の魔物に兄を喰われたらしくてな、復讐をしに行ったらしい。その子を連れ戻す為にクリスが単身潜っていた訳さ」
「そうなんですね」
その話を聞き、ミナトはしんみりとする。
兄を相当慕っていたのだろう。ただ一人巨躯の魔物を憎み、刺し違えてでも復讐を果たそうとしていたのかもしれない。
――だが、もうその必要はないのだ。
これから彼女の人生が幸せになる事を切に祈るミナトであった。
それにしても、氷結の武器山入り口前で待機していた兵士達は何をしていたのだろうか。
彼らの仕事はその迷宮への侵入を止める為にある、とミナトは考えていた。だったのだが、結果的にミナトを含め三人の侵入を許している。
自身の認識違いかもしれないが、少し違和感を覚えたミナトは悩んでいると、シギから逆に疑問が飛んできた。
「そういえば寒くなかったのか?」
「……?」
「ほら、あの迷宮って深く潜れば潜る程に寒くなるだろ? そんな軽装で大丈夫だったのか」
「ひんやりとはしてましたが……特に」
「ひんやり……!? あれをか……相変わらず人並外れてんな本当に! 期待の新星だよお前は」
(寒いのか……)
あまりの人外さに驚いたシギはミナトの背中をバンバン叩く。まさか寒さにも耐久性があるとは。
叩かれる度に揺れるミナトは相手の反応を見ながら、自分の体強さの評価をまた上げたのであった。
ここで思うのはクリスのリアクション。もうちょっとビックリしてくれなければ、こちらからは絶対に気付けない。
ミナトはクリスの抜けている所を恨んでいると「さて」というシギの声で引き戻された。
「早速だが、例の怪物の死体。こっちに来て見せてくれ」
「分かりました」
少し興奮気味のシギに付いて行くと、殺風景な広部屋に通された。そこには刃物やら木台やら何やらいっぱいあって物騒である。
ここで出せば良いのだろう。ミナトはそう考えると、躊躇なく半分に千切られた魔物の死骸を黒穴から放り出した。
先に着替えたい。
「うぉ、凄まじいな……確かにアイツだ。これを一人で倒したって、もうお前にとって敵は居ないんじゃないか? 弱点という弱点も無さそうだしよ」
「いやそれが……自分、魔法使えなくて」
「あん、魔法? んなモン要らねぇだろ。魔装具あんのに」
「ま、まぁそうですけど……」
この世界では当たり前の正論にミナトはひよる。
確かに風刃を出せる鎌や衝撃波を出せるハンマーがあるし、現にミナトは今使っている魔装具に大変お世話になっている。
――だが長年の夢なのだ。
諦める訳にはいかないのがミナト脳内会議の総意である。
「使えるようにならないですかね?」
「そんなに魔法を使いてぇのならよ、まず自分の内側に神経注いで瞑想しろ」
「分かりました」
故に引き下がらなかった結果、面倒臭そうにするシギからアドバイスを貰う事に成功したミナト。アーチェインが教えてくれれば解決済みなのであったが。
しかし、過去にぐちゃぐちゃ拘っていても仕方がない。ミナトは言われる通りに座禅を組み、集中して目を瞑ると――、
(な、何だこれっ!?)
広大な空間がただ一つ広がっていた。そこには今まで集めた物品が散らばっており、お世辞にでも綺麗とは言えない。
これは単なる妄想や幻覚などではなく、はっきりと眼前に広がっているのだ。イメージとすれば、監視カメラの映像を見ている様な感じである。
そして殺してきた魔物の死骸を意識すると、そこに焦点が合ってズームされた。
そこに今日使っていた魔装具が突き刺さっており、正真正銘、この場所は自分自身の中身である事が確認出来た。
今まで廻穴で吸い込んだ穴は何処に行くのだろうと甚だ疑問であったが、これにて解決である。
「シギさん! 僕、今――」
「あ! ねち! おにちーが目をさましたよ!」
「ほんとだね! あゆーくんゆーくんゆーくんゆーくん、ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ」
「や〜ん!」
一つ謎が解けたミナトは満面の笑みを浮かべながらパッと目を開ける。だが、そこには先程まであった死骸も痕跡も眼帯男の姿もない。
代わりにルースと、彼女に頭にキスされまくった挙句「ちゅーたんちゅーたんちゅーたん」と言われつつ、ほっぺを両人差し指でプニプニされている男の子が居るだけだった。
一気に無表情になったミナトは首をゆっくりと振って周りを見る。
(あれ? 今まで幻覚見てた?)
そのあまりに180°変わった光景に、ミナトがそう思うのも無理はなかった。
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「今日は薬草が沢山採れたな」
「あぁ! これを売れば良い金額になりそうだ」
背負ったカゴに山盛りの薬草を入れ、二人の中年が山を降りていた。
空からは季節を感じさせる日光が満遍なく木々に降り注ぎ、元気良い虫の声がはっきりとしている。
変哲ない日常。
中年の片方が汗をかきながら歩いていると、男女の呻き声の様な音を拾った。
「なんか聞こえないか?」
「え? 何も聞こえないが……虫じゃないのか? はは」
あまりの不気味さに目の前を歩く友人に話しかけるが、真面目に取り合ってもらえない。
歳も歳だ。耳が悪くなったかと割り切って気にしないようにするが――、
「――何だ、あれ」
目の前に居る友人が急に空を見上げ、何かを指して口をパクパクと開く。
そのあまりの緊迫感に思わず見上げた中年だったが、すぐにその選択を後悔する事になった。
――白船が一隻、空を飛んでいる。
しかし、"普通" の船ではない。
船首の中央には窪みがあり、その中から巨大な髑髏が覗いていた。逆に船尾からは太い白百足が何十匹も生えて蠢いている。
更に船底を構成する、縦に連なる白顔の口を両頬から無数に生える指が互いに交差して閉じている。
そして船体の左右に填め込まれた蜂の巣が横に伸びており、その穴一つ一つの中にある複数の頭蓋骨が地上へ死を告げる。
「ぁ、あ。逃げ、逃げねぇと!」
あまりの恐怖にカゴを落として走る中年達。
だが白船から伸びてきた百足が即座に彼らの全身を締め上げ、そのまま捻り殺した。
鮮血で薬草を濡らし続け、死体を白い塊と変質させる。純麗な青空には白蝿をたからせ、地上に無数の兵士を落とす。
――さぁ鳴らせ。慈悲深き天使すら見放した死園の唄を。
© 2022 風ビン小僧




