第2章39 仲良しこよし
「どうすんだよ、完全にドン引きしてたぞ今」
「ミーくんごめんね……」
「誰がミーくんだ急に距離感バグを起こすな急に」
凍り付いた空気がじんわりと肌にまとわりつく中、二人は暢気に会話を弾ませていた。
ここは入り組んだ迷宮ではないものの、どこから魔物が出てくるのか誰も予想できない。それに巨躯の魔物の様なイレギュラーな存在が居ないとも限らない。
まぁ実際問題ミナトさえ居ればよいと思うが、ある程度の緊張感を持ち合わせなければ命取りとなるのだが。
それもこれもクリス独特の調子で狂わされているからなのだが、当の本人は全く気付く様子もなく「きょりかんばぐ?」とかほざいている。もう無視だ無視。
「なんか調子狂うなぁ。そんな事されると……」
そんな相性がいいのか悪いのか分からない二人を置いて、先ほどの男は頭を掻きながらトボトボと踵を返していた。
その腕の中で傷だらけの少女が抱かれており、静かにスースーと眠っている。回復する事を願うばかりだ。
その際、何かブツブツと呟いていたが単なる愚痴だろう。言いたくなる気持ちも理解出来そうなミナト。
しかし無視されたのがそんなに寂しいのか、無表情のクリスが無言で近寄ってくる。
鬱陶しい事この上ないので遠慮なく押し退けながら、一番重要な作業を進める事にした。
「とりあえず魔物の死骸回収していい?」
「もちのろん」
元気良くぐっと親指を突き出すクリス。そしてそれを見ながら何故確認をわざわざ取ってしまったのか若干後悔するミナト。
だがそんな事はどうでもよく、傷を負った少女を預けたので、こっそり変換する用にかき集めなければ。大収穫だ。
ミナトは薄黒色の髪を人差し指で弄りながら、来た道を戻るのであった。
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「何で先に出ないの?」
「一人だったら危ないじゃん」
「さっきの人に付いて行けば良かっただろ」
「そんなっ! ミーくん酷いっ!!」
「だから誰がミーくんだ。俺の彼女かよ」
「いるの?」
「いや?」
「うぁはははっ!!」
「んだコイツ」
ぽっかりと真ん中に空いた大穴を横目に見つつ、二人は息あいあいと出口に向かっていた。
道中、魔物に遭遇するかと思いきや特段なんともなかった。少しぐらい顔を見せれば良いのにと考えつつ、ミナトは【開放】で死骸の回収をしていたのである。
ちなみにクリスは片時も離れる様子はなく、ここまでずっと一緒に付いて来た。普通にキモい。鬱陶しい事ありゃしない。
ここは危険な場所であるし、それに一人でも出来る単純作業なので先に出てほしかったのだが。
(眩し……)
そうこうしている内に入口からの光が強くなってくる。
前もそうだが、迷宮にいると日光の眩しさを多々忘れる事がある。
この迷宮からの冷気と暖かい外気が混ざり合った何とも言えない微妙な温度を感じつつ、ミナト達は外へ出た。
「――キミがミナト君か」
列をなす屈強な男達。
その前で佇む白髪の老人が、自身の長髭を触りながら話しかけてくる。
その横には右目に眼帯を付けた男が両腕を腰の後ろで交差しており、雰囲気はまるで軍隊の様であった。
ミナトは老人からの圧迫感と気迫に少しビビりつつ、警戒しながら答える事にした。
「はいそうですが……先程もそうですけど何故僕の名を?」
「そりゃ迷宮内であんな事やっとったらの。それに民衆が黒龍黒龍って騒ぎになっとったじゃろ」
(あぁ……確かに)
連行される際に沢山の数奇な目を向けられた事を思い出したミナト。
そういえばあの時に兄の行方を聞かれたが、今あの子はどうなっているのだろうか。無事に見つかれば良いが、自分は何の役にも立てないだろう。
――それにしても、先程から何をチラチラと見てるのだろうか。
列をなす男達は見事にピクリとも動かないものの、目線は完全に自分に向いている。
一瞬だけ社会の窓が開いてるのかと思ったが、この世界におそらくチャックなんてものは存在しない事にすぐ気付いた。
聞こうかどうか迷ったが人前ではそんな勇気は湧かないので、後でクリスに確認してみようと決心したミナト。
そんな機微とは無関係の老人はご自慢の髭を撫でつつ、隣にいるクリスに目をやった。
「儂の名はグシス。第十紫班を率いてる者じゃ。クリス達を救い、儂等の長年の宿敵である "巨躯の魔物" の首を無事に取って来てくれたそうじゃな。本当に感謝する」
「いやいや……」
「そこでじゃ。前置き抜きで話させてもらうが……どうじゃ? ――儂等、第十紫班に入ってみんか?」
「え!?」
まさかの急展開に思わず腹の底から声が出るミナト。
――願ってもない話だ。
丁度この力を使えば役に立てると考えていたし、クリスがこの班の事をエリート集団と評していた。
なので、この話を聞き入れれば確実にミナトは必要とされる存在となれるだろう。
そうなれば金持ちエリート間違いなし。力だけで、あとは頭なんて使う必要ないのだ。
明るい将来、それも都合が良い展開に脳筋ミナトが心躍らせる中、グシスはミナトの沈黙を悩みと考えたのか、もう一押しする事にした。
「君は強い。もし第十紫班の一員となってくれれば報酬はぐんと弾むぞ。――それにある程度、君を周りから守る事が出来る」
「――――」
グシスは穏やかな微笑みを浮かべながら様々な条件を提示する。
だが、その表情の裏には色んな思惑が含まれているのだろう。それでもやはり断るという選択肢は何処にも無かった。
青空の下、ミナトが発言しようとした途端に横から茶々とを入れられた。
「良かったじゃんミナト! 僕はお小遣い程度だよ! すげえケチなクソジジイだよね!」
「誰がクソジジイだ班長じゃぞ儂っ!」
「あぎゃっ」
槍の持ち手で頭をこずかれるクリス。そして冷たい目を向けるミナト。話の腰をへし折らないでほしい。
それにしても、痛みに叫びながら頭を抱えて地面を転がるクリスであるが、本当に何故こんなモンが入れたのか謎だ。
蓄えた髭をわしゃわしゃと伸ばしながら、グシスは槍を肩にかけて相手の返答を再度待つ。
「はぁ全く……それでどうじゃ? 入ってくれるかの?」
答えは決まっている。勿論――、
「――宜しくお願いします!」
ミナトはきちっと頭を下げる。
別にそんな律儀良くする必要はないのだが、この老人の纏うオーラがそうさせた。これがリーダー的資質なのだろうか。
それは分からないが、この行動は結果的にどうやら効果があったらしい。
グシスは嬉しそうに笑うと、槍で転がるクリスの動きを止めて語りかけた。
「見ろクリス。この時点でお前の負けじゃ」
「礼儀に勝ち負けなんてあるんですかぁ?」
「……」
寝転がりながら口に指を当て、全身でくねくねするクリス。
その何とも表現し難いウザさに当てられたのか、今度は眼帯男から軽くゲンコツを食らった。そのまま潰れれば良いのに。
またも彼方に転がっていくクリスを見送りながら、ミナトは人型ゴリラであるカイベトについて思い返していた。
(第十紫班から正式に誘われたのは運が良い……これで少しはアイツも手を出しにくくなるだろ)
あの場は何とかルースの介入で難を逃れたものの、今後もマークされるのは確実。
まだ第十紫班の全容については学んでいく必要があるが、魔装具回収を専門にしているグループなのだ。相当、この町内においての地位は高い筈。
それに班長直々にスカウトされた者を荒々しく扱う訳にもいくまい。
カイベトの困る顔を想像しながらにやけるミナトは、いつの間にか傍に居たクリスに肩を回される。
まぁ身長差があるので最早 肩ではなく首だが。
「――という事で! 今、僕達は心からの親友になれたな! あそれ! それ! それそれそれそれぇっ!!」
(んだコイツ……普通に縁切ろっと)
そして大声で歌いながら踊るクリス。
ぐいぐいと何度も引っ張られながらミナトは決心した。もう縁を切ろうと。
「ミナト宜しく、シギだ」
「あ、初めまして……」
ミナトが腕組みをして耐えていると、右目に眼帯をした男が握手を求めてきた。
こっちはグシスとは違い、別の意味で圧力感がある男だ。他の男達もそうだが、全体的にゴリゴリしている。
そう感じたミナトは見上げながら手を握り返したのであった。そしてやはり力は強い。
「早速だが、ヤツの死骸をこの目で見せてくれ。報酬はやる」
「わ、分かりました!」
眼帯ムキムキ男、もといシギは自身の目で確認したいのか、金で釣って催促する。
――最初の仕事だ。
ドキドキワクワクするミナトはクリスを遠慮なしに押し返すと、シギと共に立ち去った。
これが人生をやり直す第一歩なのだと信じて。
一方、残されたクリス。
自分を冷たくあしらったミナトの背中を見つめていると、横からグシスに声をかけられた。
「――クリス。あの子とは仲良くな」
「……ほ? あったり前ですよ! 絶対に親友になっちゃいますってか、もういっそ家族になっちゃおうかな!? なんて! あははははっ!!」
(なんじゃコイツ……)
あまりにも悲しそうな顔をしていたので、応援の意味でも声をかけたグシス。
であったのだが、それは間違いだったのだとすぐに気付いたグシス。まぁ彼にとってクリスが元気そうならそれで良いのだが。
勘が鈍ったなと老いを感じつつ、それはそれとして叱らなければならない事がある。
――それは単独迷宮潜入についてだ。
「あと事情が事情とはいえ無茶をしすぎじゃ。後で話があるというか今話す」
「……さようなら!」
「おいこんな時に礼儀正しくなるな! 待て! 待つのじゃっ!!」
クリスがぺこりと45度のお辞儀をして走り逃げたのを機に全力追いかけっこを始める二人。
人知れず、いや、十割自業自得でクリスの評価が下がっていったのであった。
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窓掛けを閉めきった部屋。その中で漂う陰鬱な空気を埃が更に引き立てていた。
心音すら響きそうな静粛な場に二人、その内の一人はミナトがよく知っている人物である。
「――奴は?」
木で出来た事務机に肘を立てながら事務的質問をする中年。
――カイベト・ベル。
エレタ迷宮管理協会長、エレタ警備組合長、そしてこの町の支配者。
ルースによって連れ帰えられたミナトをずっと部下を使って監視していたのだ。
勿論その部下はスペリア級内で最も隠密行動に長けた者であり、カイベト直々に引き抜いた者でもある。いわば職権濫用であった。
「今日も主だった行動はしておりません……」
「……ご苦労。引き続きよろしく頼む」
そんな碌でなしに報告する長身の男。
長い桃色の髪を後ろで纏めており、額から左頬に向かって大きな古傷が縦に刻まれている。
無期限の任務であるが非常に忠実。文句一つなく付き従い、今日もまた報告を終えようとしていた。
ただ一つ、"大きな嘘" をついて。
「――了解。」
人知れず、悪意は侵食していく。
© 2022 風ビン小僧




