第2章37 安定の小心者
「ひえっ、ひえっ、ひえっ」
「ビビりながら俺の後ろに隠れるな」
「ひえっ」
「襟を掴むな」
氷のゴーレムから逃げる少年はミナトの背後に回ると、肩に担いだ魔装具と少女を床に置き、すぐさま両手で短い襟をぐっと握った。
暑苦しくて鬱陶しいので今すぐやめてほしいところだが、へっぴり腰でブルブル震えている姿を見ると説得しても無駄そうである。
ミナトは溜め息をつくと、眼前から揺れと共に迫り来るゴーレムを眼中に収めた。
「ア、アイスゴーレム……もう終わりだ」
「――アイスゴーレム? なんか随分と日本漫画チックな名前だな。まぁ覚えやすくて助かるけど」
背後からゴニョゴニョと震えた声が聞こえる。
気持ち悪いし、耳元に近くてこしょばいので喋らないでほしいが、その代わりにとても有益な情報を得られた。
名前と外見さえ把握すれば召喚が出来るからだ。
それにしてもアイスゴーレムとは異世界っぽくない。
アイスは完全に英語であるし、ゴーレムも普通に海外からの言語だ。
そこに底知れない不自然さを感じたが、まるで掬った砂が指間から流れるかの様にすぐ忘れてしまった。
ミナトが一瞬呆ける一方、少年は更にガタガタと震え始めてガチガチと歯の音が鳴り始める。
「な、そんな余裕ぶって大丈夫なんですか大丈夫じゃないですよ絶対!! アイスゴーレムは相手を殺すまで追ってくるからこのまま外には出れない。――ぁあぁああっ!! 死にたくないよぉっ!!」
「お前冷静なのかそうじゃないのかどっちなんだよ怖いよ俺は」
極限状態に置かれた少年の頭はパンクオーバー寸前なのだ。
思考回路がぐちゃぐちゃの人間は時に予想を超えた行動をとる事がある。そういう事にしておこう。
しかしミナトは内心ビビりながらも戦闘態勢をとると、少年の襟を掴むんで後ろに投げ飛ばした。
その際に「うげっ」という呻き声が聞こえた気がしたが、こんな厄介事を引き受けるのだ。多少の荒さは許してほしい。
「こっちから行ってやるよ」
背後の二人に危害が及ばないよう、ミナトは先に駆けていく。
ゴーレムは急に現れた対象にも驚く事なく、無機質的な動きで殴った。
――だがそんな程度の力では止められない。
ミナトは右足を振り上げ、アイスゴーレムの巨大拳を楽々と受け止めた。
「あのデカブツと比べりゃ全然大した事ねぇな。召喚爆灯鼠2」
そのまま蹴り飛ばすと、左手で摘んだ鼠を顔面に投げながら逆手に持った魔装具を振り上げて炎を出す。
すると即座に爆発し、アイスゴーレムが後ずさった。
その一瞬を見逃さなかったミナトが近付くと、もう一度腹と思われる部分を蹴り飛ばす。
奥まで吹っ飛んだアイスゴーレムは重低音と共に崩れ落ちると、その後一回も動く事なく、辺りは静寂に包まれた。
「凄い……凄いですよミナトさんっ!! あんな大きなアイスゴーレムを蹴り飛ばすなんて!」
(危ないって……ていうかこんな危険地帯によく入れたなコイツら)
ジリジリとにじり寄って来た少年を手で押し戻しながら、そう思ったミナト。
上層と言われる場所ですらこのレベルの魔物がウロウロしているのだ。本当に優れたエリート以外では太刀打ち出来ないであろう。
なのにこんな探検初心者、この世界で言えばファシル級の人間達がチョロチョロと入れて良いのか。
ミナトが疑問に思ったのも束の間、少年は頬を押されながらも超重要な情報を開示した。
「――でもミナトさん気を付けて下さい! アイスゴーレムは核を破壊しない限り、何度でも自己修復して立ち上がってきます!!」
「いやそんな重要情報今言うなさっき言えさっき」
ミナトが呆れてツッコむ中、アイスゴーレムは立ち上がって自分から出た欠片を投げ飛ばしてきた。
スピードに乗ったその氷岩は、風音を立てながらミナト達に接近し、その重量を感じさせる。
少年は「うわわっ!?」とアタフタと慌てて暴れ回るが、ミナトの表情は全く崩れない。何故ならば――、
「開放」
例え豪速で投げられた氷岩でも何でも吸い込める能力がミナトにはあるからだ。
右掌に開けられた穴、廻穴から強烈な風が発生すると、巨大な氷岩は音も無く消え去った。
そして、ポカンとする相手の顔を他所目に「閉塞」と呟いたミナトは右手に持った魔装具を握り締める。
「す、すごい……あんな魔法初めて見た……」
「頼むから早く安全そうな場所に避難してくれ。まぁ、そんな場所なんてここには無いんだろうけどさ」
敵はまだ余力を残しているかもしれない。何が起こるか分からない以上、ここでウロチョロされては困るのだ。
少年に一応警告したミナトは、相手がもう一度投擲を行う前に突進する。
(核っつったな。あの青色に発光した球か?)
ミナトは凝視した先には、胸に埋まった歪な球体が露わになっていた。
恐らくあの部分からエネルギーが全身に供給されているのだろう。
そのハイテクさはまるでSFロボットだ。
自然発生したとすれば爆灯鼠同様、なんともヘンテコな生き物である。
「コイツの錆になれよ」
だが当然容赦はしない。
ゴーレムの右腕の振り下ろしを避けると、その懐に入り込む。
そして右手に持った魔装具を核に突き刺した。
パキンという破裂音が辺りに響くとすぐに核に罅が入り、痙攣し始めるアイスゴーレム。
そして核の発光が終わり、ただの汚い石に成り下がった途端に氷岩の結束が解け、床にゴロゴロと崩れ落ちた。
ミナトはその光景を眺めながら、今日ずっと抱えていた疑問が解決した事に少し嬉しさを覚える。
「違和感の正体。これか」
掲げた魔装具を観察しつつ、二つ目の固有能力を考察するミナト。
違和感を持ったのはこの少年がアイスゴーレムを引き連れてくる前。
襲ってきた氷像の頭にこの魔装具を突き刺したのだが、その時も同じ感覚がした。
そして最終的には氷像は崩れ落ち、今のアイスゴーレムの様な残骸に成り果てたのだ。
その違和感の正体。それは――、
「この魔装具、刺した箇所から何か吸い取ってんな。魔力か」
吸い取っている物質は傍目からでは当然分からないであろうが、お得意の勘で何となく理解出来た。
確かに少し粘着質なものを吸っているという感覚だけは手から伝わってくる。
そしてその独特な振動は気持ち悪くてくすぐったいが癖になるのだ。
今度は血が通っている物に刺そうと決めた途端、背後から「うおおお!」と叫びながら少年が走り寄ってくる。
そこまで喜んでくれるのはシンプルに嬉しいが、魔物が来るかもしれないので本当にやめてほしい。
最近声が極端にデカい奴と出会ってばかりだとつくづく思うミナトであった。
「す、凄いです! ほんとにほんとに本っっ当に凄いとしか言いようがありません!!」
「あ、いや……どうも」
ミナトの両手を握った少年は、そのままブンブンと上下に振る。
褒めちぎられるのも悪くはない。人を助ける行為はこれ程に気持ちいいものであったか。
長年褒められた記憶が無いミナトは自惚れそうになるが、調子に乗った人間が痛い目に遭う事を思い出して自制した。
それに、調子に乗った結果が黒歴史になるかもしれない。本当に気を付けなければ。
ルースに軽くあしらわれた記憶を思い出しながら、ブルブルと身震いするミナト。
「――さぁ行こう! その子ずっと気絶してるし、ちょっと心配だ」
「あ……はい。そうですね。行きましょう!」
ミナトは場の空気を切り替える様に声を張り上げた。
別に魔物召喚失敗スベリを記憶から消去したいからではない。決して。
ミナトの苦い経験をつゆ知らず、少年は小さく頷き同意する。
そして何も言わずに少女と魔装具を担ぎ上げるのを見て、自分以上に元気なのではと本気で思うミナト。
全身に打撲を含めた大小の怪我を負っているが、その痛々しさを忘れさせる程に元気だ。
先程は彼らを実力不足だと認識していたが案外そうでもないのかもしれない。
それにしても "あ" とは何であろうか。
まさか忘れていた、という訳ではない事を心から祈るばかりのミナトであった。
「――ん? 何そのバッジ?」
「ばっじ? あぁ、もしかしてこれの事ですか?」
少年が担いでいる魔装具を「開放」で吸い込んでいると、左胸に金色のバッジが付いている事に気付いた。
ミナトは思わず地球言語で話してしまったが、最早なんの問題もない。
グダグダ考えていたような気もするが、そんな些細なモンは既に忘れてしまったのである。
そんな早忘れミナトに少年は服ごとバッジを引っ張りながら説明を始めた。ちぎれそう。
「これは僕が第十紫班の一員である証です! 探検者でいう魔導機と同じですね!」
(魔導機……この指輪の事か。久しぶりに聞いたなぁ)
魔導機と聞いて、左小指にはめた指輪を見ながら思わず物思いに耽ってしまったミナト。
そういえばこの世界に来て間もない頃、無い無いと言いながら焦っていたような気がするし、そうでもなかった気もする。
最近物忘れも記憶の混濁も激しい事に加え、感情もあやふやに変化してきている。
もしかして若年性アルツハイマーかもしれないと本気で心配になったミナトはその時、ふと疑問に思った。
「……第十紫班って何? 君、探検者じゃないの?」
「――ええっ!? 僕達をご存じないんですか!?」
あまりのミナトの知識不足にオーバーリアクションで驚く少年。
気を遣ってなのか、その独特な言葉遣いに少しだけイラついたミナトであった。
© 2022 風ビン小僧




