第2章34 激破の渦
――小さな影が次第に形を成す。
この世界に迷い込んですぐに見たあの影に近い。ルースと初めて出会ったあの場所で見た、あの影。
それがミナトの足元で蠢き、ゆっくりと鼠の外見になっていく。
魔物召喚は、魔物の外見と名前を具体的にイメージしなければ成功しないのだろう。
ミナトはやっと召喚を成功させた喜びより、今、どうやってこの魔物であろう生物を "使用" するか悩んでいた。
何故ならそれは――、
「……一匹だけ?」
ミナトは思わず呟いた。
そんな事お構いなしに、丸々とした体に尻尾が導火線の黒鼠が一匹チュウチュウと鳴く。
せめて腰元まで大きければ良いのだが、なんせ普通の小鼠サイズ。
それに一匹だけなのだから頼りない事甚だしい。
あんな巨大な、それも、勢いよくこちらに転がってきている化け物にどう "ぶつければ" 良いのか。
突撃させても一瞬で叩き潰されるだろうし、そもそも自分の命令を聞いてくれるのかも不明だ。
盾にもならない、かと言って矛にもならない。召喚ルールを知った以上、他の魔物は召喚出来そうにもない。
ならもう、いつも通りのゴリ押し戦法でいくしか――、
「――"ぶつける"? そうか。別に命令、しなくても良いのか」
特攻しようとしたミナトは、急に足を止めて何かを閃く。
そしてそのまま指の間で爆灯鼠を摘むと、巨躯の魔物に向けて投げつけた。
一直線に飛ぶその鼠が、運良く豪炎の部分に触れた瞬間――、
「うわっ」
「ガオアァアアッ!!」
思わずミナトが顔に手をかざす程の爆発が起きた。
加えて爆灯鼠の臓物や体の一部が飛び散り、ミナトの全身に大きなシミを作っていく。
それを鬱陶しく思う一方、巨躯の魔物は直に爆発をくらい、叫びに近い声を上げた。
その衝撃で水色の炎は吹き飛び、分厚い氷柱は砕け、露出した皮膚が焼き爛れる。
しかしそれは所詮、全身の一部。ダメージにはなったものの、致命傷には程遠いものである。
――故にミナトは次の手を打つ。
「召喚爆灯鼠10ッ!!」
ミナトは叫ぶ。
先程、爆灯鼠は一匹しか召喚出来なかったが、それは数を指定しなかったからであろう。
ならば数を指定してやれば、簡単にこの問題をクリアできる。
短く端的な言葉でも召喚した事からも、魔物召喚のハードルは低いに違いない。
そしてその予想は適中し、ミナトの足元には十匹の爆灯鼠が生まれた。
それらをすぐに指の間で拾い上げると、即座に投げつけていく。
間近まで転がり迫ってきている巨躯の魔物は、連続する爆破の嵐に曝露し、その全身が爛れていく。
回転を急に止める事は出来ず、そのまま灰煙の中から飛び出してきた。
ミナトは両手で押し止めると、手が凍る前に壁に投げ飛ばす。
しかし、その途中で巨躯の魔物は体をぐんと伸ばし、投げ飛ばされる勢いを使って逆にミナトを壁に吹っ飛ばした。
間髪入れずに炎を吐こうとするが、口の中に爆灯鼠が一匹すっ飛び入ってくる。
そして即座に爆発が起き、顔面が灰煙に覆われて動きを止めた。
「テメェを見てると何故か無性に腹が立つんだよこのボケがッ!!」
叫ぶミナトはその隙に突撃するが、突如、巨躯の魔物は右腕で薙ぎ払う。
頭を下げて避けるのと同時に親指の爪に手をかけて剥がし、そのまま腹に突き刺そうとする。
だが、巨躯の魔物は氷柱を覆って阻止すると、左張り手でミナトを壁に叩きつけた。
同時に爪を剥がされ露出した部分を氷柱で覆うと、その壁に向かって何度何度も蹴りを入れる。
次第に辺りが土煙に覆われて視界不良になるが、構わずに蹴り続けた。
その顔面には大きな火傷が刻まれており、何個かの目玉は焼かれ白く変色している。舌は赤く膨れてボロボロだ。
余程プライドが傷つけられたのだろう。執念を感じさせる連撃だった。
しかし、執念だけでは勝てない。
――シシメミナトは "普通" ではないのだから。
「――――」
ミナトは土煙を切りながら跳び上がり、巨躯の魔物の首を背後から右腕で絞める。
だが手が届かず、完全に絞める事は出来ない。
それでも暴れ回りに耐えつつ、左肘で何度も何度も顔を叩く。
その顔半面はひしゃげ、潰れた目玉の数々から中身が飛び出していった。
耐えきれず、絶叫する巨躯の魔物が勢いよく屈んで投げ飛ばすが、その瞬間、ミナトは顎を踵で思い切り蹴り上げる。
先程の爆発でズタボロだった舌は自らの牙に挟まれて今度こそ千切れ、ぼとぼとと音を立てながら落ちた。
その牙も衝撃で罅が入り、緑色の血が閉じた口の端から噴出する。
巨躯の魔物は口を押さえて出血を止めようとする一方、ミナトは空中で身を翻して追撃に出る。
「召喚爆灯鼠6ッ!!」
宙に浮いた爆灯鼠を片っ端から投げつけて全身に叩きつける。
爆発しなかったが、それで良い。それこそが狙いなのだから。
しかし何も気付かない巨躯の魔物は、ミナトが隙を見せたと考え、全身から炎を放出する。
――瞬間、暴炎がその全身を包み込む。
「頭は獣以下のようだな。安心したよ、簡単に変換出来そうだ」
ミナトは着地しながら、ほっと溜め息をつく。
この魔物の頭脳が人並みであれば厄介この上ないのだが、鼠が自らの炎で爆発している事が分かっていない程に馬鹿だ。
加え、自然法則を無視するあの炎の対策が判明した以上、もはや敗北はあり得ない。
勝算が見えたミナトは笑みを浮かべ、約束された快感を求めて突撃する。
全身が黒爛れた巨躯の魔物は焦って蹴りを入れるが、軽々と避けられ、その膝に立たれた。
即座に脚を振ろうとするが、その前にミナトが右手を振り下ろして魔物の膝を叩き割る。
絶叫が鼓膜をつんざく中、ミナトは鋭い骨が厚い肉を突き破った箇所に左手を突っ込み、血管ごと太骨を引き千切り出す。
そしてその骨で太腿の横を突き刺しながら接近し、巨躯の魔物の顔面に向かって跳び回し蹴りをくらわせた。
舌の断面からの出血が更に酷くなり、その衝撃で砕けた歯が口内をズタズタに引き裂いていく。
巨躯の魔物は為す術なく壁に激突し、意識を失いかける。
だがミナトは容赦しない。
「召喚爆灯鼠40ッ!!」
ガラ空きになった左横腹に右手を突き刺すと、その中に爆灯鼠を召喚する。
そしてそこだけ異様に膨れ、グジュグジュと音を立てながら蠢いた。
巨躯の魔物はあまりの異物感と体験した事がない痛みに嘔吐感を覚え、血混じりの吐瀉物をその場に吐き散らす。
すぐに血鉄や鋭い酸気が混ざりに混ざった異臭が辺りに漂った。
余程慣れた人間でなければ、数秒もかからずに気絶してしまうであろう。
しかしミナトは全く怯まず左腕に抱きつくと、全力で斜めにへし折りおる。
もう喚く体力も無いのか、巨躯の魔物は低く唸るだけだった。
そのまま腹に右踵を蹴り入れると、粘着質な音と共に口から臓器の欠片と緑血が噴き出す。
「もう終わりだ」
そう呟いたミナトは高く跳び上がると、顔面のひしゃげた部分に右踵を落とす。
それは容易く脳を突き破り、下顎にまで到達した。
普通の生物ならばもう死んでいてもおかしくはない。
しかし、数々の猛者を屠ってきた事はある。
勢いよく大口を開き、ミナトを呑み込もうとしたのだ。
完全なタイミングでのカウンター、避けられる隙は無い。
――だが、相手が悪かった。
「開放ッ!!」
後方に右掌を向けたミナトがそう叫ぶと、遠くに落ちていた巨大な爪が吹っ飛んでくる。
吸い込んでしまう前に「閉塞」と呟き、それを両手で掴むと先端を魔物の頭に向け、そして――、
「死ねッ!!」
――脳天奥深くまで突き刺した。
巨躯の魔物は短く悲鳴を上げると、ザリザリと擦音を立てながら壁にずり崩れていく。
そしてすぐに血溜まりが生成され、少し痙攣した後にピクリとも動かなくなってしまった。
そう、あれ程に暴れ回った悪魔は、力が増したミナトによって小鼠の如く殺されたのだ。
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