第2章30 教えてせんせー!
「はっはっ! 随分と涙脆くなったなアーチェイン? シワも増えたし、確実にジジイへと向かってるな! ははっ!」
「笑い、すぎだろ」
ダンゼルは大笑いしながら相手をからかい、アーチェインはシーツの端で顔を荒く拭う。
――流れるほんわかとした空気。
二人はまるで昔に戻ったかの様に、楽しく談笑していた。
友人水入らずの時間。ミナトはその間に割って入らず、ただ黙って見ていた。
アーチェインにはゆっくりと休憩してほしいからだ。だがしかし――、
(感動の再会か……素直に祝いたいとこだが、コイツなんか嫌なんだよなぁ)
ミナトはダンゼルの横顔を見つめながら思う。
別に嫌がらせをされたり、アーチェインとは違って歳の割にチャラついている訳じゃない。
いつもの勘だ。昔から冴え渡っている勘。それがこの男を拒否している。
漠然としたものなので決して口に出す事はないし、今後付き合う必要性も皆無であろう。
ミナトがそう決めた一方、またアーチェインはシーツで顔を拭う。
「本当ならもっと大騒ぎしてたとこだが……この怪我だ。一緒に酒は飲めねぇな」
そう言うと、アーチェインは微笑む。
初めて見る表情だ。生徒にも、勿論ミナトにも見せた事がない表情。
ダンゼルが友人だからこそ、ここまで気を緩ませているのであろう。
それに後々、一緒に酒を飲もうという提案でもある。
だが、そのメッセージに全く気付かなかったダンゼルはオーバーリアクション並みに目を丸くする。
「マジか。今以上に元気だったら俺はどうなってたんだよ?」
「……そうだな。日が暮れるまでお前を胴上げしてたかもな」
「それは言い過ぎだろ! ははっ!」
ダンゼルが今一つ理解していない事を察し、アーチェインは諦めたかの様に冗談を言う。
素直に誘えば良いのだが、きっと正面切っての発言は恥ずかしいのだろう。
仲が良さそうで何よりニッコリ。
「ていうか何しに来たんだよここまで?」
「そりゃ勿論、迷宮の調査さ! ランセンカっていう子がいただろ? あの子と他数名で一緒に調査するんだよ!」
積もる話はさておき、アーチェインは一番の疑問を呈する。
ダンゼルはただただ元気良く答えると、予想もしてなかった名前が挙がった。
それにアーチェインは同じく目を丸くする。
ランセンカは一応、迷宮専門の研究者という肩書きだ。
魔物の素材から作った爆発物に殺されそうになった事からも、その優秀さを感じ取れる。
――だが、まだ幼い。
正体不明の怪物が暴れ回った後の現場を調査するとなると、どうしても教師的には不安を覚えてしまうのであった。
アーチェインは急に真剣な顔をすると、ダンゼルに託す様に話しかける。
「あの子はめちゃめちゃ弱いから、ちゃんと守ってやれよ」
「――あぁ。勿論だ!」
「――――」
ダンゼルは満面の笑みで同意する。
側から見れば、いや、アーチェインからすれば、とても頼りになる言葉だろう。だがミナトは目を細める。
歴戦の戦士であるアーチェインですら気づかなかった一瞬の冷たい間。
ミナトが、ミナトだけが気付いていた。
ダンゼルは大袈裟に頭を叩くと「しまった!」と叫ぶ。
「もう行かなければならないみたいだ。じゃあな! 安静にしとけよ!」
「あぁ! 頑張れよ!」
ダンゼルは手を振ると、小走りしながら立ち去る。
――不思議な人間だった。
アーチェインと、一応ミナトも手を振り返したが、どうしても懐疑心を捨てられなかった。
ただでさえ物騒な世の中なのだ。これ以上の揉め事は勘弁願いたい。
ただの杞憂、であれば良いのだが。
そうしてこうして静寂が訪れる。話す事がなくなったからだ。
故に、ミナトもそろそろ散歩に行くかと考えていたところ、重い足音と共に声をかけられる。
「――お前か」
ミナトが振り返ると、そこには大男が居た。
ゴリラみたいな体格、品のある深緑色の服、イメージとしては格闘ゲームに登場してくる指揮官キャラだ。
右肩にはこれまた、ダンゼルのよりも巨大で長い大剣を担いでいた。
そんな奴が自分に何の用があるのか。
お前か、と言われたからには初対面ではないようだが、ミナトは全く彼を知らなかった。
「シシメミナト、お前はあの場に居たそうだな」
「えぇ。それが?」
もし会っていたとしたら相当失礼なので、思い出し中のミナトであったが、途中で遮られる。
しかし何故かぶっきらぼうだ。鬱陶しい。
自分はまだ何もしていないのにも関わらずこの態度。
何故か分からない。だが無性に腹が立つ。
何故か分からない。だが無性に殺したくなる。
何故か分からない。だからこそ――
瞬間、大男は大剣を逆手に持ち、地面に勢いよく突き刺す。
大きくひび割れる地面と、激しく揺れる轟音。
周りで作業していた人間や、やいややいやと騒いだ野次馬が一斉に口を閉じた。
そして完全に静まった後、ようやく大男は言葉を紡ぎ始める。
「……舐めてるのか? この糞餓鬼が」
「は? いきなり威圧感と雑魚臭を漂わせんなよボケジジイ。殺すぞ」
「――やってみるか?」
ミナトは両拳を握り、大男はどろついた殺気を放出する。まさに一触即発。
――誰もが恐怖で震える中、勇敢に提案する者が居た。
「カイベトさん! 今ミナト君は体験実習中です。――それに、沢山の人と接しますしね」
アーチェインはわざと、いつもより調子良く発言する。
相変わらずのヘラヘラとした顔だが、その中に深い悲しみが滲み出していた。
カイベトは持念と共に息を吐き出すと、目を強く閉じた。
「……分かった。今回の件は不問とする」
「何偉そうに言ってんだテメェ? そもそも俺は何も――」
「じゃあそういう訳で! じゃあねミナト君!」
ミナトの反抗言葉を半ば遮られ、強制的に立ち去る流れとなる。
不満だ。正直言えばここで殺したい。大切な人が居ればその目の前で殺したい。こういう奴が人の想い出を冷たく錆びさせていくのだ。
だが、仕方がない。アーチェインが言うならば。
ミナトは闇暗い藍色の瞳でカイベトを睨み付け、心の底から不機嫌さを露わにしながら立ち去った。
「……すまないな」
「――――」
ミナトの背中をアーチェインが見送る中、自身の胸を強く掴んだカイベトがポツリと呟く。
その言葉に泣きそうになったアーチェインは唇を噛んだ。
――カイベトがこうなったのは、彼の責任ではないのに。
その思いを含め、アーチェインはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そんな事、言わないで下さいよ。……一緒に、その呪いを解きましょう」
「解ければ……良いんだがな」
人々が騒がしさを取り戻していく中、カイベトは珍しく弱気になっていたのであった。
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(あれ、そういや何でこの世界に来たんだっけ? ……そうだ、この世界でやり直そうとしてんだった俺)
青空を見ながら思い出すミナト。
彼は今、名も無きベンチにのんびりと座っている。
あの後、目的もなくただブラブラと散歩していたミナトは、どこか時間を潰せる場所を探していた。
その道中の景色はまさにファンタジーと呼ぶにふさわしいものであったが、ミナトの心を動かす事はなかった。
狭い石畳の通路に、隙間なく野店。
道行く人間達と肩をぶつけそうになりながらも歩いた結果、この場所を見つけたのだが、結構静かで良い。
今後も何かある度に訪れようと決意したミナトは、ほんわりと焦げた匂いが漂っている事に気付いた。
火事かと思い振り返ると そこには――、
「――ぁ? なん、だこれ」
火で焼けていく木造の家が、目の前でばきばきと悲鳴をあげていた。
ミナトが理解する間も無く、救急車と消防車のサイレンがけたたましく鳴り行く。
ふと足元を見れば、黒い塵に塗れた足が半白い砂利に埋もれていた。いや、違う。
砂利の石と石の隙間から、無数のか細い手が足を掴んで引き込もうとしているのだ。
ミナトは声にならない悲鳴をあげ、必死に掻きむしろうとした瞬間に気づく。
――自分の手が縮んでいる事に。
「――ミナト!」
「――っ」
突然の大声に息を飲んだ後、素早く足元を見る。
そこには、不安そうに頭をかしげたランセンカが居た。
どうやらずっとズボンを摘まれ、ゆさゆさと揺らされていたらしい。
つまりずっとランセンカに握られていたという事になる。
ミナトは足元から頭のてっぺんまで震えた。
そんなミナトの潔癖事情などつゆ知らず、ランセンカは嬉しそうにニカッと笑う。
「んぉ〜、びっくりしたぞミナト〜! 急にぼおっとしてどうしたんだぁ?」
「あぁ、ランセンカちゃんか……」
「お! ちゃん付け! いや〜親睦深めて良かった良かった! 仲良くなった証拠だな!」
「そうだね」
「あれ? そうでもない?」
ほっと胸を撫で下ろすミナトは、別に胸を撫で下ろす必要性がない事に気付き、逆に警戒しないといけない事実に震えた。
もし今、ランセンカが例の爆発物を持っていたらどうしようとヒヤヒヤしているからだ。怖い。
先程の話題にもあがった通り、彼女は天才なのだ。
しかしミナトには未だその認識はなく、ただの激ヤバイカレ科学者という認識であるのだが。
だからこそ、めたんこ怖いのだが。
「な、何でここに?」
「せんせーの見舞いに行く途中でミナトを見かけたから話しかけただけだぞ!」
ミナトは声を震わせながら問う。
冗談抜きで一番脅威なのはランセンカだ。
と、同時に一番優秀なのもランセンカだろう。この世界の知り合いの中で唯一の天才。
ぽんこつルースの怒った顔を思い浮かべながら、知識人でもあるランセンカに聞いてみる事にした。
内容は勿論、あの謎の女性がナレーションした単語についてだ。
丁度良い。天才なら何か知っているかもしれない。
ミナトは期待しつつ、ランセンカが自分からちょっと離れてくれるのも願う。
「丁度いいや。血核と肉魂って知ってる? もし知ってるなら教えて欲しいんだけどさ」
「んぉ、勿論知ってるぞ〜。何しろランセンカは超絶天才美少女天使だからな! はっはっはっはっは!」
(きっちぃ〜……)
心の中で悪態をつきながら、愛想笑いをするミナト。
そうして乱れた空気を正すかの様に咳払いをしたランセンカは「まず、血核というのはだな!」と人差し指を立てた。
顔が少し赤くなっているのは、この際優しく無視しておいてあげよう。
「簡単に言えば力の源だ。血核があるからこそ迷宮が生成、維持されるし、魔物を含め、色んな物が生まれるんだ。一迷宮一個! いつも迷宮の最奥にあるぞ!」
(成る程。血核は漫画でいうところのダンジョンコアみたいなものか……)
つまり自分の中にコアが存在する、という事だ。
それが高度次元化されたらしい。意味わかんね。
それよりも、それが体の何処にあるのか知る方法はないのだろうか。
もし、うっかりと指を切ったタイミングでコアがパリンとなってしまったら。
もし、うっかりと頭を打ったタイミングでコアがパリンとなってしまったら。
ミナトの顔が青ざめていく一方、ランセンカは満面の笑みで「でも!」と言う。
「しっこん……というのは知らないな! ごめん!」
「いやいや、別に謝る事じゃないよ……」
肉魂は知らなかったようだが、あのナレーションの内容から予想するに、ポイントに近いのかもしれない。知らんけど。
顔色が少し戻ったミナトは顎に手を当てると、少し考え込む。
(犬が自分の同種を犬とは言わない様に、血核はただの勝手な人間側の呼称の筈。ならつまり、あの声は人間側なのか?)
良く分からないが、とりあえず幸運なことに、血核というものを勉強できた。
物質生成や迷宮強化も聞いておきたいとこだが、怪しまれては敵わない。
それに拘束され、解剖されたくない。
いや、こんな幼気な少女が惨虐非道な行いをするとは考えにくいが、爆弾を作った経緯からも百パーセントとは言えない。
用心するに限るのである。
次は魔物召喚についてだ。
「気になったんだけど、魔物を召喚する人間っているの?」
「あぁ勿論いる! 私の出身地では盛んだよー。そこは魔物と人間が共生する楽園、迷宮も沢山あって研究者達の注目の的になってる。……実はランセンカ、魔物が元々好きな口だったんだけど、いつの間にか迷宮が好きになってたぞ!」
「口て」
ランセンカの性癖事情は知らないが、興味深い事を聞けた。
もし自分が本当に魔物を召喚できるなら、その場所に行ってみるのもありなのかもしれない。
また一つ人生の選択肢を増やしたミナトは、その中でも一番の謎単語を聞いてみる。
「最後なんだけど、高度次元化って何?」
「高度次元化? んぉ〜……分かんないなぁ。でもその言葉から察するに、どうやらこの先の次元に何か干渉するっぽいな! ……何で急に?」
「あ、いや……」
「ふ〜ん?」
コミュ症ミナトのきょどりに、ランセンカは目を細める。
心なしか、距離も縮んだ様な気もする。
まずい。逃げようかな。
ミナトが本気でそう考えている中、ランセンカは「あ!」と大声を上げると、急にてたてたと走り出していった。
「あ、ちょっと! どうしたの?」
「遅刻なのだ! じゃあね!」
「ほんとごめん」
きっと、ランセンカにとって無駄な時間だったであろう。それに遅刻させてしまった。
ミナトは心の底から謝ると、近くで何かしている集団に気付いた。
(……何あれ、ボランティアかな?)
先端がギザギザとした銀色でV字型の何か。
それでゴミを拾っている集団をミナトはただただ不思議そうに眺めていた。
しかし、今はどうでもいい。
(なんかの洗練化もしたって言ってたな……あそこだけ上手く聞き取れなかったけど、今から分かるだろ。多分)
拳を握りながら立ち上がるミナト。
その目線は、東を向いていた。
© 2022 風ビン小僧




